「正直に言うけれど、私はこれまで他人に恋をしたことがないの。今はまだその感覚もないし、どんなものなのか見当もつかない。私を好きだと言ってくれた須藤くんと付き合えば、時と共にあなたを好きになれる可能性もあるかも、そう思った。けれど……そういった誘発じゃなく、多分本能から誰かを好きになる瞬間を私は待っているのだと思う」
自分の気持ちを確かめるように堀北はそう須藤に伝えた。
(2年生編8巻 208Pより引用)
ディナーの時間、私は静かに鼓動を強める自分の心臓に気が付いた。
今日1日の時間は、私の人生からすればほんの一瞬の出来事。瞬きにすらならない程に短い、冬の1日に過ぎない。
でも、今日1日で私が知った感情は、これまでの空虚だった何年もの時間では学べなかったもの。
そしてその感情の中には、私が人生で一度も味わったことのないものも含まれていた。
駅まで歩く私たちは、お互いに口を開かない。ただ別れの時だけが近付いていく。
「…………綾小路さん」
それに焦ったのか、私の口はひとりでに彼の名を呼んでいた。
「ん……」
「あ…………その………………」
呼んだのは良いけど、どう話すべきか分からない。私はとりあえず話を繋げるだけの言葉を探していた。
「今日はありがとう。綾小路さんのおかげで、大切なことに気付けたわ」
「オレは大した事はしていない。ただ、そうだな、オレのような人間でも生きていけるということを知って欲しかった」
「オレのようなって………自分を卑下しないで。私は綾小路さんに感謝しているんだから」
そこで話が途切れてしまった。
こういう時、何を話していけば良いのか分からない。未知の領域の事柄に、私は悪戦苦闘する。
そうしている内に駅に着いて、改札に入って、階段を上がる直前になっていた。
「オレはこっちの方だ。堀北さんはそっちだったよな」
私と綾小路さんは、ここからの帰りは別々になる。
楽しかった時間は、もうじき終わる。私が伝えたいことを残したまま。
「またな、堀北さん」
綾小路さんはそう言って、私に背を向ける。足を前に出して、私から遠ざかっていく。
ああ、行かないで。まだ言い残したことがあるの。
そう思った時には、口を開いていた。
「待って!」
思っていたよりも大きな声が出てしまい、自分でも驚く。綾小路さんはその場で立ち止まった。
「………振り返らないで聞いて」
「……………………」
今、彼の顔を直視すれば、言葉が引っ込んでしまう。だから、そのままでいて欲しかった。
「私は………きっと、あなたに特別な感情を抱いている」
顔が熱い。寒い冬の夜とは思えないぐらいに赤くなっているのが分かる。
「でも、それを言葉にしてあなたに伝える勇気が、まだ私には無い」
「…………………」
何も言わずに、綾小路さんは私の話を聞いてくれていた。
「明日……18時に、あのレストランで待っているわ。その時までには、この気持ちに整理をつけてしっかりと言葉にする。だから………もう少しだけ、時間をちょうだい」
今言える精一杯を、彼に伝えた。
綾小路さんは私の言葉を聞き終えると、また前に歩き出す。
そこまで言い終えたのに、私はまた1つ言いたいことが出来てしまった。
「綾小路さん!」
離れた所にいる綾小路さんを、再び呼び止める。
「名前、なんて言うの?」
私は、綾小路さんの名前を知らなかった。初めて会った日も、その次の日も、数日前に居酒屋で会った時も今日も、綾小路さんから名前を聞かされたことは無かった。
遠くにいる綾小路さんは、口を動かした。
なんて言っているのかは、聞こえなかった。上で電車が走る音に掻き消されてしまったから。
ただ、1つはっきりと分かることがある。
綾小路さんが、少し笑っていたということだ。
私は自宅に戻って、ある所に電話を掛けた。
掛けた相手は─────兄さん。
もうずっと長い間、兄さんに電話をしていない。それでも、兄さんの電話番号は携帯に登録してあった。
今も同じ番号を使っているのか、それは分からない。もしたしたら、既に番号を変えてしまったかもしれない。
それでも、私は電話した。兄さんが、出てくれることに希望を抱いて。
コール音が何度も鳴る。緊張が高まる。長い間話していない兄さんに、私はあることをお願いする。他でもない、兄さんにしか頼めないことだ。
そして、最後のコール音が鳴った後………電子音声が私の耳に入り込む。
『ただいま電話に出ることができません。ピーという発信音の後に、お名前とご用件をお話ください』
ピー。
やっぱり。
兄さんは電話に出てくれなかった。何となく、それは分かっていた。
でも、それならそれでいい。
私は、私の言いたいことだけを言う。
これはただの「お願い」ではない。「願掛け」だ。ただの「祈り」ではない。「
私は息を深く吸って、口を開いた。
「────兄さん、鈴音です。お変わりありませんでしたか」
兄さんへの挨拶。それはすぐに終わる。
「兄さん…………今回お電話したのは、仲直りがしたいからではありません。ただ、兄さんに聞いて欲しかったのです」
はっきりと、自分の意志を口にする。
ここから、私は自分の心を包み隠さずに伝える。
「私は……………ある男性に恋をしました。27年間生きてきて、最初の恋です。その男性は、自分の意志のままに、自分を偽ることなく真っ直ぐに生きています。私はそんな彼に大切なことを教えられました」
これまでの綾小路さんのことを思い浮かべる。掴みどころのない、表情に乏しい男性。
でも、彼は彼なりの意志で明日を生きようとしていた。
「ですが………今の私には、この気持ちを彼に伝えることが出来ません。どう伝えれば良いか分からず、もし拒絶されたらどうしようか、怖いと思ってしまっています」
それが、今日彼に想いを告げられなかった理由。
そして、ここからが私の「意宣り」。
「私は明日、その人と会います。そして、この想いを伝えます。ですから兄さん────私に勇気をください」
それだけ言って、私は電話を切った。
不安と期待を胸に抱きながら、私は23日の夜を終えることにした。
12月24日。
世間ではクリスマスイブと言われるこの日、私は一世一代とも言える告白をしに行く。
小学校でも、中学校でも、高校でも、大学でも。社会人になってからも、私は誰かに想いを寄せることは無かった。
周りをよく見ていなかったからなのか、単に好きだと思える人がいなかったからなのか、今になっては分からない。
でも、過去のことはもう良い。
私は、今のこの気持ちを大切にしたい。
「………………!」
すると、携帯に通知が来ていた。
私が寝ていた時に─────兄さんが私にメッセージ音声を残していたのだ。
久しぶりの兄さんとの会話。直接ではないけれど、私の言葉に兄さんが答えてくれた。
それだけで、嬉しくなった。
私は耳に携帯を当てて、兄さんの声を待った。
『─────────鈴音』
…………!
兄さん…………!
『────頑張れ』
音声はそこで終わった。
「………………………兄さん」
長くは語らない。
兄さんは、必要なことだけを言ってくれた。
私の願いを───私に勇気をくれた。
「………頑張ります」
私はもう、自分を偽らない。
ありのままの気持ちを、綾小路さんに伝える。
待ち合わせ時間の近くになり、私は1日ぶりにあのレストランを訪れていた。
そして、昨日も座った席に腰を下ろして、綾小路さんの到着を待つ。
心臓がバクバクと鳴っている。覚悟は決めた。それでも、緊張はする。
この気持ちを、早い子だと小学生のうちから経験している。20歳以上歳下の先輩たちが、世の中には五万と存在している。
初めて知る乙女の気持ちに浸りながら、私は腕時計を見る。
17時53分。
綾小路さんは昨日は早く来てくれたけど、今日はまだ来ていない。
元々昨日だって、私が少し早く到着しただけだもの。
今はただ、その時を待つ。
17時58分。
綾小路さんは、まだ来ていない。私の場所が分かっていないのかと思ったけど、入り口から見え辛い位置ではない。
私が伝えたのは18時。まだ時間はある。
18時。
誰かがお店の中に入ってきた。
「あや────」
白いコートを着た、180センチくらいの茶髪の─────中年の男性。
「……………………………」
綾小路さんではなかった。背格好がよく似ていたから、綾小路さんだと見間違えてしまった。
一瞬湧き上がってきた温かい感情に、即座に冷水が掛けられる。
でも、まだ大丈夫。
綾小路さんは、きっと来てくれる。
18時30分。
30分経ったけれど、綾小路さんはまだ来ていない。
お店の中に誰かが入って来るたびに、心臓を強く叩かれる。そして綾小路さんでないと分かるたびに、心臓がしぼむように鼓動も弱まる。
「あ…………」
暗い夜の空から、小さな白い粒が降ってきた。
「雪…………………」
雪が降り始めたんだ。
もしかして雪の影響で電車が遅れて、それで綾小路さんも………。
………いえ。30分前には雪は降っていなかった。多分、電車の運行には影響を与えていない。
「はぁ…………」
あれこれと細かいことまで考えてしまう。
早くこのもどかしい想いから解放してほしい。そう願いながら、綾小路さんを待ち続けた。
19時7分。
1時間以上が経過した。
まだ綾小路さんは私の前に姿を現さない。
「それでね………」
「うん………」
私の側を、2人の男女が通っていった。腕を組みながら、笑顔で白い歯を見せ合っていた。
その様子を見て、胸がチクリと痛む。
もしかしたらこの時間には、既に私たちがそうなっていたかもしれない。
そう考えると、まなじりが下がってしまった。
「綾小路さん…………」
声に出すと、彼の姿が頭に思い浮かぶ。決して表情豊かではない、仏頂面の綾小路さん。でも、そんな綾小路さんからは冷たさは感じられなくて、むしろ温かみのある時間だけが流れていた。
手が冷たい人は心が温かいと言うけれど、無愛想に見える人も温かい心を持っていると思えた程に。
もしかして、綾小路さんは私のことを………。
そう思いかけた時、首を左右に振ってその考えを頭から消す。
そんな弱気でどうするの。
私は今日、人生で最初で最後の恋だというつもりでここに来た。
兄さんにも勇気を貰った。
私は最後まで信じる。信じていたい。
19時41分。
今日は12月24日。クリスマスイブ。
そして今は、聖夜の真っ只中。
クリスマスの夜は、カップルたちで街中が賑わう。それは高育も同じで、特に24日はケヤキモールが男女で溢れかえっていた。
何とも思わなかった。私は彼らのことを見てすらいなくて、ただ淡々と買い物を済ませたのを覚えている。
3年生と思われる生徒も目にしていて、受験勉強があるのに何をやっているのかと呆れさえした。
イブの夜は恋人たちのランデブーポイント。
それはこのレストランも同じで、既に客席には多くのカップルたちが座り込んでいた。
カップルだけじゃない。
家族と一緒にやって来た人たちもいる。
皆に共通するのは、柔らかな微笑みを浮かべていること。
私だけが1人。
ワイングラスに映る自分の顔は笑っているだろうか。
目は細めている。眉は垂れている。けれども………口もとは横一文字に結ばれている。
透明なグラスに、黒紫色のワインが注がれた。一瞬見えなくなる自分の顔。
「……………………………………」
私はグラスを手に持って、中のワインを一気に飲み干した。
渋い酸味が舌を滑り落ちる。
それが、私の中に篭っていた感情を刺激してしまう。
「ぷはっ………………っ………」
空になったグラスをテーブルに置いた。
そこに映る私の顔を見る。
どこか呆けた顔を浮かべる私の右目から、一筋の涙がこぼれていた。
21時6分。
私は何杯目になるか分からないワインを喉に流し込んだ。
「……………ぐすっ………ううぅ…………………」
涙を手の甲で拭う。
手で拭えば痕が残る。そうなれば、綾小路さんを心配させてしまう。そのことを気にする余裕が無い程に、私はやるせない想いを抱いていた。
いっそのこと、直接拒絶された方が良かった。溢れる恋心のままに突き進んで、砕ける。それならそれで諦めもついた。
なのに。
なのにこれじゃ、どうしようもないじゃない。
「あやの…………こうじ……さん………」
あなたは、YESと言ってくれるの?
それとも、NOと言うの?
…………いいえ。
きっと、これが答えなのね。
自分に都合良く、希望を残そうとしても虚しいだけ。
あなたは、あなたの生きたいように生きる。のらりくらりと、自分のやりたいように前に進む。
私はそんなあなたの生き様が好きになった。
だから、否定しない。
あなたの選択を、私は受け止める。それがどんなに寂しい結果であっても、私があなたを好きになった事実は変わらない。
この味を知れただけで、私は十分。私のこれまでの人生は変わらないけど、これからの人生を変えるための大切な1ページになった。
だから、私は───────。
「……………フフッ、意地悪………」
あなたが言ったのよ。自分を偽るなって。
───────寂しい。
昨日、あなたに会うことが出来た。私は本当に、本当に久しぶりにありのままの自分をさらけ出した。
それがどれだけ大切なことか、教えてもらった。
そのありのままの今の私は、あなたに会いたがっている。
あなたに会いたくてたまらないと思っている。
あなたの顔が見たい。あなたの声が聞きたい。あなたの肌に触れたい。
─────もう一度、あなたの笑った顔が見たい。
『ああ、寂しいな』
綾小路さんが、耳元で囁いた気がした。
「寂しい……寂しい……!」
私はただ、子供のように涙を流し続けた。
「……………さま………………くさま………」
「んん…………」
「……く様………お客様」
女性の声が耳に入る。
暗闇が徐々に明るくなっていく。目を閉じていたみたい。
ゆっくりと目を開くと、白いテーブルクロスと白い椅子が目に入る。
ここはレストラン………私は、眠ってしまっていたのかしら………。
「お客様、お目覚めに?」
「私………寝ていた…………」
身体を起こして周囲を見てみる。残っている客は私だけだった。
「もうじき閉店ですので……」
私は腕時計に目を向けた。
22時。
お酒を飲んで、泣き疲れて眠ってしまったのね。
「あの………すみませんでした。レストランで眠るなんて」
「大丈夫ですよ。お疲れのようでしたしね」
店員さんは若い女性で、柔和に微笑んでくれた。
「あれ……」
何かが肩に掛かっているような気がした。
目を向けると、そこには────────。
「…………! これって………」
白いコート………それも、このコートには見覚えがある。
昨日、綾小路さんが着ていたコート………。
「ああ、そのコートなら………30分ほど前に、男性が1人いらして、ご自身のコートを脱いでお客様の背中に掛けられていったのです。ただ、特に注文はせずに………不思議な方でしたね」
「……………!」
もしかしてその男性って………。
「あの……」
「はい?」
「その男性って……どんな方でしたか?」
私は答え合わせをせずにはいられなかった。
私の中では、既に答えが出ている。それでも、直接聞きたい。
「どんな………そうですね、茶髪の男性………歳は若い方だと思います」
やっぱり。
やっぱり、綾小路さんだ。
綾小路さんが、来てくれたんだ。
でも、じゃあどうして私に声をかけずに行ったの………?
「お知り合いの方ですかね?」
「………きっと、そうです」
お店を出た私は、空を見上げる。
まだ雪が降っていて、少しずつ足元が白く染まっていく。
とても寒い夜。私の吐く息が、白くなっていった。
「…………………」
綾小路さんが、私に掛けてくれたコート。
こんな寒い夜なのに、コートを脱いでから帰った。
それに、一体どんな意味が………。
「寒い………」
今羽織っているコートだけでは、寒くなってきた。本当に、こんな天気なのに何も羽織らないで、綾小路さんは大丈夫だったのかしら……。
「…………良い、わよね」
このままだと風邪を引いてしまうかもしれない。
せっかく綾小路さんが残してくれたのだから、自分のコートの上からでも羽織って大丈夫、よね。
私は綾小路さんのコートを広げて、腕を通した。
体温は残っているはずがない。それでも、不思議と暖かく感じられる。綾小路さんの温もりが、身体に伝わってくる。
そんな時。
綾小路さんのコートのポケットに、何かが入っていることに気付いた。
「何だろう………」
ポケットに手を入れて、それを取り出してみる。
「花…………?」
紫色の、綺麗な花だった。どうして花が?
これにも何か意味があるのかもしれない。そう思って、携帯を取り出してから調べてみた。
写真を撮り、画像検索を行う。
検索結果はすぐに出てきた。
「ミヤコワスレ…………」
キク科の多年草。別名「ノシュンギク」「アズマギク」。
そして、花言葉は…………。
「しばしの別れ…………!!」
そこで、何かが繋がった。
コートを脱いで、寒い格好で外に出た綾小路さん。そして、コートのポケットに入っていたミヤコワスレ。
綾小路さんが私に言いたいことは……………。
「……………もう、本当に意地悪……」
翌日。
私はいつものように電車に乗り、会社へと向かった。
ぎゅうぎゅうの満員電車。忙しなく行き交う人々の群れ。その誰もが、私のことを見ていない。
それで良い。
誰も見ていなくたって、私はここにいる。
オフィスの階段を上る。いつもなら、ずんずんと1段を踏みしめるごとに心に重りが掛かる。
でも今は、重りは掛からない。
扉を開けて、私は口を開いた。
「おはようございます」
私の声に、何人かの人が顔を向けてくる。そして、その誰もが私から視線を外せずにいた。
「ほ、堀北さん………?」
「その髪は…………?」
やっぱり。そのことが気になっていたのね。
「なに、堀北さん? 失恋でもしたの?」
ある女性社員が、くすくすと笑いながら尋ねてきた。
「いえ……」
私は彼女の方を見る。そして、ニッコリと笑ってからこう答えた。
「新しい恋の、始まりです」
朝目が覚める。
テレビをつけると、朝のニュースが流れ出す。
目に付いたトピックは、あの国民的人気漫画が遂に連載終了を迎えたというもの。
西暦が2000年になる前から、日本人の心に冒険を見せてくれたとして、アナウンサーたちも口々に自身の少年期のことを話している。
「終わったのね………」
麦わら帽子の、やんちゃな青年の冒険譚。
彼はこの時を迎えて、何を思っているのかしら。
私は、あの白いコートに身を包んで玄関の扉を開ける。
扉にかけられていた黄色い鈴が、温かい音色を奏でていた。
冬になると、この白いコートを着ることにしている。
彼と会った時に、いつでも返せるように。
寂しくないと言えば嘘になる。本当はとても寂しい。
それでも、私は毎日を生きている。あれまでとは違って、心にほんのりと温かみを宿しながら、毎日を頑張れていた。
いつか兄さんに認めてもらえる立派な人間になるために。
そして─────また綾小路さんと会うために。
『あそこで飲んでいたら、また会えるかもな』
その言葉を胸に、今日も頑張る。これまでではなく、これからを見ていたいから。
仕事が終わり、私は電車を下りた。
あの居酒屋への道を、真っ直ぐに向かう。
今日は12月24日。
あの日から2年。時間が過ぎるのは本当に早い。
でも、2年経ってもまだ私の心にはあの甘い感情が残り続けている。
時間が経てば、距離が離れれば、忘れる恋もある。
でも、私はそうじゃなかった。
なら私はその心に従いたい。それが私の素直な気持ち。
居酒屋まであともう少し。
その時。
「………………………!」
私と向かい合うように、誰かもまた居酒屋へと歩いていた。
薄暗い道。それでも私はその人の姿を、顔を、はっきりと捉えていた。
見間違えるはずもない。だって、その人は─────。
「綾小路………さん…………」
私がずっと会いたくてたまらない人だったのだから。
「堀北さん」
2年ぶりの綾小路さん。
雪の降る寒い夜だというのに、彼は何も羽織らずに薄着のまま夜道を歩いていた。
そして、私はその意味をすぐに理解した。
私は白のコートをゆっくりと脱ぎ、彼に渡す。
「これ、貸してもらったもの。ありがとう、あの時は」
彼は無言でコートを受け取り、腕を通した。
「髪、切ったんだな」
「ええ」
自分の短くなった髪に目をやりながら、私は答える。
「もともと、私はショートだったの」
「そうか」
兄さんの好みだと思い込んで長くした髪の毛。
今にして思えば、あれは兄さんからのメッセージでもあったのね。
でも、私はもう誰かに言われて自分を変えたくはない。
短い髪が、ありのままの私だ。
「連載………終わったわね」
「ああ」
綾小路さんも、当然知っている。彼が唯一の生きる目的だと言っていた漫画の連載。
それは、少し前に終わった。
「綾小路さん」
「どうした」
「これから綾小路さんは……何のために生きるの?」
「………そうだな」
『その時は、その時考えるさ』
あの時と同じように、綾小路さんは何とは無しに答えるのだろう。
そう思っていた。
でも───────。
綾小路さんは、バッグの中に手を入れて何かを取り出した。
緑色の包み紙に、赤いリボン。まるでクリスマスプレゼントのようなその箱は、掌に乗っかるほどの大きさだった。
「綾小路さん………?」
すると─────綾小路さんは笑った。
あの時のように、口もとを緩めてこう言った。
「オレは─────────────」
私はこの日───嬉しくて流れる涙もあるのだと、初めて知ることになった。
ようこそ綾小路がいなかった教室へ─────√堀北・完
散々な夢に
目を覚ます
日射しの強い朝
お気に入りの曲
聞きながら
洗いたてのシャツ
腕をとおす
昨夜のアイツ
疲れた声だった
"刺激が欲しい"
"今を壊したい"
おちぶれないで
煌(キラ)めく瞬間(トキ)に
捕われ
夢中でいたい
後悔する
素敵じゃない
一人じゃないし Wow
あふれだす 涙が
美しければ
人はまた
終わらぬ旅に
時を費やせるから
次回、松下編。
誰の曇らせが一番好き?
-
堀北鈴音
-
一之瀬帆波
-
坂柳有栖
-
軽井沢恵
-
椎名ひより
-
櫛田桔梗
-
佐倉愛里
-
長谷部波瑠加
-
松下千秋
-
佐藤麻耶
-
天沢一夏
-
七瀬翼
-
雪
-
茶柱佐枝