ようこそ綾小路がいなかった教室へ   作:せご曇(せごどん)

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しかしなぜかな ちっともほめる気がしないのは

 

「……………………………」

 

ホテルの一室。

 

隣でぐぅぐぅとだらしのない寝息を立てて眠る星野課長をひと睨みして、私はベッドから立ち上がった。

 

いくら暖房がかかっているとは言え、冬に裸でいるのは寒い。さっきまでは身体が火照っていたから感じなかったけど、急に冷え込んできた。

 

私は急ぎ目に服を着て、この不愉快な空間から出ることにした。

 

もう何度目になるか分からない逢瀬。私はこうして身を課長に売ることで、将来の道を約束されている。勿論、通常の業務成績が良いことが前提ではあるけど、それでも何も後ろ盾が無いより余程マシだ。

 

あと少しの辛抱だ。

 

あと数ヶ月で、この地獄も終わる。私は晴れて昇進出来る。そしたら後は、順風満帆な人生のレールを進むだけ。

 

だから、あと少し………少しだけ…………。

 

「………っ」

 

不意に目に浮かんだ涙を拭って、私は部屋の扉を開けた。

 

 

 

 

 

 

「はぁ………」

 

外に出てふと息をつくと白くなっていた。時刻は既に深夜の2時。

 

昨日も、飲み会が長引いてこんな時間になっていた。最近はあんまり眠れていないから、肌荒れも見られるようになっている。

 

学生時代にはありえないことだ。

 

「学生……か」

 

思えばあの時の私は、甘えていた。優秀な大学を出て、優秀な会社に入れば人生安泰なんだって。学生時代は周りの皆も同じことを考えていたし、言っていた。まだまだ子供の、社会を知らない人間の戯言。

 

そんなに甘くはなかった。

 

それは所詮、スタートライン。優秀な人間は世の中に五万といる。偏差値で70以上と言われる高校だって、1校や2校じゃない。何十校とある。そんな学校の生徒全員がライバルだと言えるんだ。一流企業で地位を築くには、そんな優秀な彼らを出し抜かなければならない。

 

しかも、社会で競う相手は同い年だけだとは限らない。むしろ、歳や世代が同じ相手ということの方が少ない。

 

出身地も性別も経歴も、何もかもが違う人間たちの中で社会に存在価値を示さなければならない。

 

私が通った高度育成高等学校は、社会の縮図だ。実力で他者を打ち負かし、自分の手で未来を掴む。いつかは知ることになる現実を、まだ若い頃から教えてくれた。

 

でも、それは社会の全てではない。今にして思えば、子供の争いでもあったのだから。高々160人の中での戦い。それも、優秀なリーダーがいればその人に従うだけの学校生活。Aクラスに上がれば、将来は明るいと信じて疑わない生徒たち。

 

結局、社会のリアルなんて大人にならなければ分からないことだった。

 

「皆、もう寝てるんだろうな………」

 

昔のことを考えていたら、かつての友人たちの顔が思い浮かんだ。皆、とっくに眠っている時間のはず。

 

最近は連絡も中々取れずに、疎遠になりつつある。元々仲が良く、ずっと関係を持とうと思える人はいなかったから、当然のことかもしれないけど。中学時代の友達も、高育の友達も、大学の友達も皆、そこそこの会社に就職していった。

 

何人かの人はもう結婚していた。出産した人もいる。高育のクラスだった篠原さんは年賀状で、夫と共に幸せそうにしている写真を見せていた。

 

どれも別に顔が整っているわけでもない男性。きっと、私の理想とするような優秀な男性ではない。

 

だから、その時思った。私は絶対に、彼女たちの夫よりも優れた男性と結ばれて、彼女たちよりも幸せになってみせると。私は彼女たちよりも大変な思いをしているのだから、そうでないと割に合わない。結局、この社会は実力主義。優秀な人間の方が、より大きな幸福を掴むことが出来る。

 

そのためだったら、今の苦労なんて苦労でもない。

 

私は断固たる決意を持って、夜の都会を歩いていった。

 

 

 

 

それから2週間が経った12月の中頃、私は日曜日に久しぶりに外出した。

 

基本的に、休みの日は家で長い時間眠っていることが多い。平日はしっかりと睡眠を摂る機会も減っているし、何よりも普段の仕事や接待の飲み会、そしてたまの課長の相手なんかで体力に余裕は無い。

 

本当は趣味を見つけて楽しみたいけど、時間が無いし何よりも体力が無い。生きる力のほぼ全てを仕事に使っているから、土日は休まないと本当に身体が壊れてしまう。

 

だけど今日は、冷蔵庫の食材が無くなったから買い出しに行かないと駄目になった。正直面倒だけど、一人暮らしな以上は自分で買う必要がある。

 

マンションを出て、スーパーに向かう。土手沿いに淡々と足を進める。日曜日だからか、外に出ている人の数は多い。

 

家族連れで歩いている人たちや、学生服のまま川を眺めている男女。男友達4人で何やら話し込んでいる青年たち。

 

そのいずれもに共通するのが、笑顔。普段私が会社でするみたいな作り物ではなく、多分本物の笑顔。

 

 

いいな………。

 

 

そう一瞬思った所で、思い留まる。これでは、私がこの先ずっとこのままみたいだ。

 

そうはならない。あと少しの辛抱なんだから、他人を羨むのは無し。

 

すぐに私もそっちに行ける。もう私の目指すものは、目の前にまで来ている。

 

「だ〜〜るまさんが〜〜こ〜〜ろん〜だっ!!」

 

突如懐かしいフレーズが聞こえて、私は声のした土手下の方を見る。家族が子供と遊んでいるのかと思ったけど、私の予想に反した光景が目に入って少し硬直する。

 

遊んでいたのは、皆大人だった。

 

その奇妙な光景は人の目を引きつけるのか、周りの人たちもチラチラと彼らを見ている。私だったら恥ずかしくて出来ない。

 

「寛治アウト!!いま動いたろ!!」

「はっ!? 動いてねーし。そうだよな春樹!!」

「………………………」

「何か喋れよ!」

「いや、口も動かしたらアウトかなって」

 

赤髪の体格の良い男性、中肉中背の黒髪の男性、背丈は低い茶髪の男性。

 

そして…………。

 

「お前はどう思う清隆!!」

 

心臓が強く鼓動する。何故なら───

 

「池は動いていなかった。仕切り直しといこう」

 

バレリーナみたいなヘンテコなポーズでビタリと止まっている男性。

 

あのパン屋さんで一緒にいた、綾小路さんも遊びに参加していたのだから。

 

 

 

 





サブタイトル:『幽☆遊☆白書』 竹中の台詞より引用

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