あなたなら、どうしますか? 作:お犬さん
あなたは何らかの事情により死を迎えた。
それは病気であったかもしれない。あるいは事故であったかもしれない。もしかしたら、あなた自身把握しないままに、いつの間にか死を迎えたのかもしれない。
しかし、そんな何もわからぬあなたにも、自分が死を迎えたのだという本能的な確信だけはあった。
自身の不幸に絶望するあなた。
しかし、あなたは新たな生命としてこの異世界に転生を果たすという有り得ない幸運も手にしている。
ならば、自分のすべき事は、異世界で新たな人生を歩む事──あなたは前世においてサブカルチャーに傾倒しており、異世界で歩む事への拒否感が薄かった。
また、今のあなたは前世のあなたよりも『格段に頭が冴えており、自らの歩むべき道筋が明確に見える』のだ。
そのためまず、無力な赤子たるあなたがすべきなのは、自らが置かれた状況の把握だと考える。
前世の気掛かりはなかった。より正確に言えば、あなたが両親や友人を思い出そうとすると、頭に霧が掛かったかのような状態になり、思い出せなかった。転生の代償だろうか? それを考えるのは一旦後にすべきとあなたは認識し、状況の理解に徹した。
──まず、あなたは『自らが高貴な家の生まれ』だと認識する。
それは、あなたからすれば屋敷の広さ、親の着る服、使用人の数など様々な情報から容易に判断出来る事だった。
『あなたの名前はカイム。カイム•レンフォールよ。産まれてきてくれてありがとう……!!』
言葉はわからないが、あなたが生まれた事を喜んでいるのは明らかな母親と使用人たちは、全員やたらと見た目が整っており、あなた自身の将来にも期待が持てると想像した。
あなたは赤子としてしばらく過ごす。
今のあなたに出来る事はほとんどないのだが、やたら冴え渡る頭だけは常に動かしていた。
あなたは文明レベルの見立てが出来た。
恐らく、現代日本のそれは望めないが、さりとて自らの家の裕福さを考えたら許容範囲を下回る程ではないと認識した。
「カイムは本当に大人しくていい子ね〜」
あなたは、1週間程度で周りが話す言語を習得する事が出来た。
これは異常な事だとあなた自身も認識した。自分は、こうも早く外国語を習得出来るほど賢い人間ではなかった筈だからだ。
あなたはこの頭脳こそがいわゆる異世界転生特典なのかもしれないと思った。ただ、暫くの間……少なくとも乳児期の間は周囲には隠すべきだとあなたは考えた。
「あなた、見てください!! カイムが、もうハイハイ出来るように……!」
あなたは異常に成長が早く、両親や使用人から見てもそれは明らかだった。1ヶ月も経てばハイハイする事が出来るようになった。
どうやら、この身体が優れているのは頭脳だけではないらしいとあなたは理解した。
「いくらなんでも早すぎないか……?」
あなたは両親にとっての初めての子供であるため、それが異常ではなく単なる天才であると誤認した両親は喜んでいたが、使用人たちは異常性を感じ始めていた。
あなたは使用人たちがあなたをどういう風に見ているのかわかっていたが、頭脳面はともかく肉体的成長の早さは誤魔化しきれないし、何より両親が気付いていないならば問題ないと考えていた。
しばらく誤魔化せれば、後はあなたの頭脳を用いた話術でどうとでもなるからだ。あなたにはその確信があった。
そうして暫く。
両親はあなたを肉体的才能に優れた天才だと持て囃していたが、あなたは本当はもっと色々な事が出来た。しかし、それを巧妙に隠し、言語習得もわざと1年程度かかるかのように見せていた。
あなたは演技の才能にすら愛されていたのだ。
あなたはむしろ、自分は一体何を持ち合わせていないのか、などと頭の中で冗談めかす余裕を持っていた。
あなたが産まれてから5年が経過した。
「カイム様は聡明でありながら天与の肉体を持ち合わせておられる。このまま成長なされたら、将来は王国の礎となるお方に……!!」
あなたは自らが肉体的にも頭脳的にも、更に言えば演技や芸術にも優れた万能の天才であると理解していた。
あなたは自分の全てを発揮している姿をまだ誰にも見せていないというのに、そんな状態ですら、このまま行けばあなたは歴史に名を残すだろうと使用人が言っているのを聞いていた。
長男たるあなたの才覚に、両親はただ喜んでいた。当初は恐れていた使用人も、すっかりあなたの演技に騙され、あなたの虜になっていた。
5年の年月で、あなたは情報を一通り集め終えた。
情報源は両親や使用人の噂話や家の書籍といった断片的な物だったが、あなたの才能からすればそれで十分だった。
あなたは『この異世界はあなたの知識にある創作物のどれにも該当しない』と理解した。
少々寂しくはあるが、あなたからすればそう大した話ではないと思った。
別に、原作知識などなくとも、日本で生まれ育った知識経験とまっさらな肉体、裕福な家庭、冴え渡る頭脳さえあれば何でも出来るとあなたは考えたからだ。
あなたはこの世界には魔法がある事にはとうに気付いていたわけだが、ただ飛びつくのではなく、あなたの天才性は自分は武術と魔法のどちらを学ぶべきなのかを考えさせた。
この世界、どうやら際限なく強くなれるわけではなく、武と魔法のどちらかに特化した方が強い……というよりも、この世界において人間には種族的な限界があり、特化しなければ弱くなるのだという事を、あなたは理解していた。
現在、あなたは天性の肉体を得て生まれた神童として振る舞っている。
それがいきなり魔法まで優れている事が判明した場合、何が起きるのかは容易に予想出来る。あなたのこれまでの演技は無意味になってしまうだろう。
隠れて魔法の修練をしてもいいのだが、効率は落ちるし、それは教師を得る事の容易さという、上流階級に生まれた利点を投げ捨てる行為だとあなたは理解していた。
また、この世界には武技という、前世日本人たるあなたからすれば魔法に近い技術……この世界の事をまだあまり知らないあなたにとって馴染み深い概念としては、スキルに近いと言える技が存在しており、故にこの世界において、人間は基本的に魔法よりも武を治める者の方が強い傾向にあると理解していた。
また、人間はどうやら弱き種族であり、超越者の助けでなんとか生き残り、そして超越者が居なくなった途端に大陸の端に追いやられたという哀れな種族であるとあなたは理解していたから、効率よく修行するのは必須だと考えていた。
結論として、あなたは、魔法を使ってみたいという知的好奇心はあるが、好奇心よりも自分の人生を優先すべきと考え、武の道を鍛える方針に決定した。
そうして、あなたが産まれてから8年が経過しようとしていた。
3年の間、武に愛されたあなたの才能に喜んだ両親は、あなたに数多くの師匠を与えた。
現在あなたのいるリ•エスティーゼ王国においては、魔法は軽視されており、武に優れた者こそ歓迎される風土であったから、両親があなたに投資してくれる事はわかっていた。
あなたは、それを踏まえて武の道を選んだのだから。
そして、天才たるあなたは、すぐにその師匠たちから免許皆伝を受けるに至った。
師匠たちや両親が吹聴するあなたの名声はあなたの所属する国家の王にも届き、8歳の誕生日は王の御前にて、と招待を受けた。
あなたは、実はこれ以前にも招待は受けていたのだが、やんわりと断っていた。
あなたは自分が修行すればするだけ目に見えて強くなる事に快感を覚えており、またこの国は絶対王政というわけではなく、あなた程の天才が出向けば面倒な権力闘争に巻き込まれるだろうと理解していたから。
だから、あなたは自らの持つ『コネクションは、師匠たちと両親と使用人以外なかった』。
とはいえ、8歳にも満たない子供が自分のコネクションを気にするよりは、自己能力の向上を気にした方が建設的であるというのは一般的な事実でしかない。
ましてやあなたは王国史上最高の武の天才、武神の生まれ変わりと称されていたのだから。
故に、両親も8歳になるまではそれを許していたし、王も許容していた。
あなたとしては、もうあと2年は自領に籠っていたかったのだが、仕方ないと判断し、両親と共に王城へ向かった。
両親が王城にて手続きする間、あなたには自由時間が与えられたため、散策する事にした。
本来、王城で8歳の子供を放置するなどあり得ないが、既に両親はあなたの事を信頼しきっていたし、護衛の騎士も自分たちより既に強いあなたよりも両親を優先して護衛していた。
騎士も、あなたの圧倒的な才能に魅了された人間の1人だった。
あなたは王城という人生初の場所に浮かれていた。あなたは歴史上屈指の天才であり、異世界の前世持ちでもあったが、肉体年齢相応の少年心も持ち合わせていた。
探索する中、とある庭園にてあなたはとても美しい女の子を見かけた。
それは若干4歳の女の子。
あなたのちょうど半分しか生きていない幼女である彼女は、あなたが前世今世合わせて見てきた中で、際立って一番可愛い幼女だった。
あなたは、彼女が王国で噂になっているラナー王女だと理解した。
天上の美姫であるという一般的な噂と、もう少し踏み込んだ……何やらよくわからない事を口走る気味の悪い幼子という噂の両方をあなたは聞いていたから。
そんな彼女は、何やら退屈そうにしていた。
4歳にして、退屈そうにする美しい幼女にあなたは興味を持ち、話しかけに行った。
「あなたは……?」
あなたは自分の名前を幼女に紹介する。
「あなたが噂の武神様?」
あなたは即座に理解した。
この幼女は、質問しているという体裁を取っているだけで、あなたがどんな人物なのかなど話しかけられた時点で、最初から理解していたという事を。
──この幼女は、どうやらあなたと同じく4歳にして日夜演技に励むかわいそうな幼女なのだと。
あなたは幼女の耳元に口を寄せて、お互い大変ですね、と共感するように言った。
「……え? あなたは……」
あなたは人の目がない事を確認してから、2人きりで、ある程度の本音を出しつつ話をした。
『ある程度』
あなた自身はまだ自分の才能がどれ程の物なのか理解し切れていないが、あなたはこの世界における歴史上屈指の天才。その才覚は、オーバーロード界でも屈指の存在であるラナー王女すら上回っている。
何故なら、ラナー王女は天才ではあるものの、流石にナザリックや竜王から一度勧誘された上で断って真っ向から敵対し、敗北してなお許されて再度勧誘される程の異常な才能を持ってはいないのだから。
加えて、あなたたちの年齢における4歳差というのは大きい。
以上の理由から、あなたはラナーに合わせて話をしていた。
「カイム様。……また、お会いしましょう」
あなたは二つ返事で了承し、両親の元へ戻った。
「カイム•レンフォールよ。そなたの武の才、私に見せてくれまいか」
あなたは王に懇願され、ヴェスチャー・クロフ・ディ・ローファンと名乗る白髪の初老の男と手合わせする事になった。
木刀を握りしめるあなたは、高揚していた。
何故なら目の前の人物は、あなたが前世今世合わせて今まで見てきた誰よりも明らかに強い存在だと肌で感じたから。
自分がどこまで通用するのか? あなたは試したかった。
とはいえ、これまで演技をしていた都合上、全てを見せるわけにはいかない。あなたは既に武技を使えるようになっていたが、それらは封印して望んだ。
「そこまで!!」
あなたは敗北し、地面に仰向けに倒れる。
しかし、あなたを倒したヴェスチャーは喜びの表情を浮かべ。
「小僧! ワシの弟子となれ!!」
ヴェスチャーの発言に、場は沸いた。
この場にいる全員、敗北したあなたを嘲りなどしなかった。
むしろ、未来の王国の武の頂点はあなただと皆が確信するような手合わせだったのだ。
こうして、あなたはヴェスチャーの弟子になった。
レンフォール家の嫡男たるあなたが道場通いのために王都に住まうなど不可能であるが、そこはヴェスチャーがあなたの家に押しかける事で解決した。
ヴェスチャーは、あなたの才能に魅了されていた。
あなたの武に魅了されたのは六大貴族とて例外ではない。
ボウロロープ侯があなたに話しかける。
しかし。
「小僧はワシの弟子。育ち切るまで待ってはくださらぬか」
レエブン侯という貴族もあなたと話したそうにしていたが、ヴェスチャーに睨まれてはならぬとして、あなたと話すのを断念した。
あなたは六大貴族とのコネクションを構築出来なかった。
とはいえ、あなた自身はラナーとヴェスチャーという、権力は持たないものの個の能力に優れた2人の人物に出会った事に満足しながら自宅に戻った。
以降、あなたには数多くの貴族からの誘いの手紙が来るようになる。
しかし、あなたは父から返事や会食への参加を請われない限りは断り、父から請われた際にも当たり障りのない文面の記載や演技をする事で、相手を満足させながらも自らは特に何も支払わずに済むようにした。
ましてや、婚約など尚更の話だった。
あなたはその気になれば、政治にも手を出せる。
いやむしろ、あなたは政治においても天才であり、未曾有の成果を打ち立てる事が出来る。あなたにはその確信があった。
しかし、あなたは政治よりも武に興味を示していた。
なにせ、鍛えれば鍛えるほど自分が強くなるのが目に見えてわかるのだ。
男たるもの、その誘惑には抗えない。
政治に手を出せば多数を救えるとあなたは理解しているが、あなたは元来そこまで救済欲が強い人間ではなかった。
ましてや、あなたは未だ10歳にも満たないのだ。貴族の義務をあなたに論ずる者が現れたとしたら、それはその人物の方が頭がおかしいと断言出来る。
「カイム。お前はやはり政治より武の方を望むか? ならば、弟が必要だな」
あなたの父であるレンフォール伯爵は、あなたには王国軍の総司令、つまり現在でのボウロロープ侯の立ち位置を目指すように言った。そして伯爵は英雄たるあなたの補助要員として、領地を守る政治担当の子を欲しがった。あなたの母が妊娠中である事も父の期待を後押ししていた。
あなたには既に、4歳下のラナーと同い年たる妹がいた。
あなたと違い、平凡な妹であった。
レンフォール伯爵はあなたと妹があまりにも違い過ぎる事を理解し、彼女に期待する事を止め、教育を妻と使用人に一任し、あなたとこれから産まれる3人目の子供に期待をかけていた。
あるいは、どこかから婿を取る事を考えていた。
あなたは、妹はまだ4歳なのに、父は見切りが早すぎるとは思ったが、女性というだけで貴族として政治をするには厳しいハードルが存在している事をあなたは既に理解している。
この世界はどうやらそういう世界のようだし、貴族社会の恩恵を強く享受している未だ8歳のあなたが今そこに逆らっても意味はない。
それに、母や使用人にも教育を投げ出されたり、ましてや役立たずとして放逐されたりしないだけ、この王国においては妹は恵まれているのだという事をあなたは理解していた。
ただし、あなたは父に隠れて母や使用人に協力して妹の面倒を見ていた。
あなたは妹に対しては罪悪感を感じていたのだ。自分という異物が居なければ、妹は普通に父の愛を受けていたのではないだろうか? そう考えたあなたは、妹にあなたの天才性をフルに活かした教育を施した。
こうして、あなたはこれからヴェスチャーとの修行と、妹の教育、生まれた弟の世話、貴族からの手紙への対応、たまに開かれるラナーとの会食を楽しむ事で数年を過ごす事になった。
高評価ありがとうございます。励みになります。