あなたなら、どうしますか?   作:お犬さん

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4話:停滞と打破

 

「よもや2年で我が技を全て受け継ぐとは……」

 

 あなたがヴェスチャーに弟子入りして2年。

 導く者が居れば、効率は飛躍的に向上する。

 10歳を迎えたあなたは既に、技量面で師匠を超えていた。

 

「しかし、惜しむらくはやはり年齢か。肉体が才能に追い付いておらん。まったく、小僧ならばあの武技すらも体得出来るだろうものを……」

 

 ヴェスチャーは、10歳のあなたの肉体が未成熟である事を惜しんでいた。いくらあなたの成長が早く、同年齢の子供よりは遥かに屈強な肉体を誇るとはいえ、それでもあなたは未だ10歳である以上当たり前の話なのだが、初老に差し掛かろうとする男はそれを完全に忘れていた。

 あなたという天才の貴重な1年が、肉体の成長をただひたすら待つ事などに費やされるなど、と本気で残念がっていた。

 

 ──あなたは現在、冒険者で言うところのオリハルコン級の強さになっている。技量ならば既にアダマンタイト級冒険者のヴェスチャーを超えているのだが、根源的な膂力の差は如何ともし難い。

 しかし、あなたには予感があった。訓練ではなく本気の果し合いならば、可能性は低いだろうが自分は師匠に勝てるかもしれない、と。

 

 とはいえ、自分の師と殺し合いなどするわけもなく、あなたは身体作りに励む以外にする事がなくなった。

 そんなあなたを見た師は。

 

「……どうにか出来るやもしれぬ者に心当たりがある。待っておれ」

 

 そう言い残し、ヴェスチャーは去って行った。

 

 ──あなたはこれまで剣の修行に時間をかなり費やしていたのだが、王国一の技量を誇る剣士の技を身につけた今、修行にて技量を磨く道筋が失われてしまった。

 つまり、繰り返しにはなるが今のあなたが武の修行においてやる事が身体作りと自己流の技を編み出すくらいしかなくなり、余暇が生まれたのだ。

 

 そして、これまでひたすら武を楽しむだけだったあなたは考えた。

 

 あなたは、王国最強の剣士となる道は既に見えており、後は身体が成長するだけでそれは完成する。

 あなたが修行や弟妹への教育などと並行して調べた情報では、王国において、剣士以外の強者も居るのは確かなのだが、せいぜいがヴェスチャーに毛が生えた程度。

 

 ならば、世界に飛び立ちたい。

 あなたは野望を抱いた。

 

 しかし、せいぜいヴェスチャーに毛が生えた程度の強者しかいないというのは聖王国、都市国家連合においても変わらず、帝国にはフールーダ・パラダインという伝説的な魔法使いは居るが、彼があなたの求めを叶える類の強さかと言われると怪しい。

 あなたは竜王国の女王及びに始原の魔法という物には興味があったが、さりとてどうやらあなたが習得できる魔法ではないらしい。

 

 となると、あなたにとっての先立となる存在が居るであろう国は、近隣だと法国か評議国の2択となる。

 

 その内、評議国に関しては不明点が多すぎるため、異世界における初めての旅立ち先とするには少々危険に思える。複数の旅を経た後に行くべきだろうとあなたは考えた。

 更に言うと、あなたはこの世界における人類最大国家という点に興味を抱いていた。首都は一体どれくらいの都なのだろうか? と。

 

 結論として、あなたはいずれ法国に旅立ちたいと考えた。

 

 しかし、あなたは同時にこうも考えている。

 あなたはレンフォール伯爵家の長男だ。

 根無草たる冒険者として旅に出るのは、貴族としての責任を投げ捨て、両親から受けた恩に泥を塗りたくる行為だと。

 勿論、貴族でも冒険者をする例は確認されている。とはいえ彼らは跡継ぎではなかったり、根無草を標榜しながらなんだかんだで結局自領に留まったりしている。

 

 加えて、あなたには確信があった。

 あなたは、恐らく一度世界に旅立ってしまうと、みるみるうちに冒険の魔力に取り憑かれてしまうだろう。そうなるとたまには故郷へと帰郷するだろうが、レンフォール家を継ぐ気などはまったく無くなってしまうだろう、と。

 

 では、どうすべきか? 

 あなたには既に、自らが歩むべき道筋が見えていた。

 

 まずは弟妹の教育。

 未だ2歳の弟にはともかく、6歳の妹に対し、あなたはその天才性をフル活用して熱心に教育している。勿論、弟にも同じ事をする予定をあなたは立ててはいるが。

 

 妹は、凡才だった。

 光る点といえば、精々が貴族として生まれたが故に見た目が少し良い点だけ。

 いくらあなたが天才だからといって、凡人たる妹の能力を伸ばす事には限界がある。才能がない人間が教育だけで際限なく伸びるなら、世界はもっと違った形になっていただろう。

 

 ならば、どうするか? 

 妹は凡才だが、あなたは歴史上屈指の万能の天才だ。

 才能がないならないなりに、妹はこれからどうすれば良いのかという生き方の目算ならばお手のものだった。

 

 あなたは妹に、引き続き可能な限り能力を向上させるよう教育しながらも、同時並行して今後あなたが旅立った際に妹がどうすべきなのかを記載したメモ書きを記し始めた。

 それによって、自領や家族に莫大な利を与えるならば、あなたの貴族長男としての役割は果たせると思っての事だった。

 

 最早メモ書きの域を完全に超え、このまま書き続けたら本……下手をしたら辞書と称されるような厚みになるだろうとあなたは考えていた。

 

 あなたはそれを、弟、父、母の分まで書く事にした。

 

 内容は、これから王国はどうなる事が想定されるのか、どの貴族が優秀なのか、諸外国の予想される動向、レンフォール領が成すべき政策、周囲から恨まれたり妬まれなりしないように上手く稼ぐ手段、突発災害への対抗策など。

 

 少なくとも、弟の代までは問題なく過ごす事が出来るように、あなたは筆を走らせ続けた。

 

 それはこれまで修行に並行して、ラナーから来る手紙や、王城での会食や、時たま行う貴族とのやり取り、父が購入してくる書籍などから集めた情報と、生まれた余暇を活かした更なる情報収集で得られた物を元に作っていった。

 

 勿論、普通の人間はその程度の情報でまともな予測など立てられはしない。しかし、1を聞けば10を理解するあなたの才能があれば、王国の未来予想など容易な話だった。

 

 あなたは八本指という、王国を覆いつつある暗部の存在にも当然気付いている。既に侵食された貴族は誰なのか、自領にその指が伸びて来るのはいつ頃になるのか、その時はどういった対応を取るべきなのか……あなたは本に書き記し続ける。

 

 そんな中、判明した事として。

 ──どうやら、あなたの弟は才人らしかった。

 あなたには遠く及ばないとはいえ、才能豊かであるというのは素晴らしい事だ。

 

 恐らく、あなたがこの世に存在しなかったとしたら、弟が後を継ぎ、父と似た様な領主としてレンフォール領を無難に運営していったのだろうと考えた。何故なら、あなたの父もまた、才人であったから。

 

 あなたが今住むレンフォール領は、肥沃な土地のお陰でそこそこ豊かではあるものの、王都から離れた田舎で流通もあまり整ってはいない。それは、外敵や飢えからは逃れやすいが成り上がるのに適した領地ではないという事を意味する。また、魔法使いなど全く存在せず、教育ノウハウなどあるわけがなかった。

 つまり、もしあなたが居なかったとしたら、才人たる父も弟も、戦や経済競争を勝ち抜き領土を増やして行く事など出来なかっただろうという事だ。

 

 レンフォール家というのは、生涯を1地方領主として生きて死ぬ事に満足出来る人間にとってならば最高かもしれない。しかし、それ以上を望む野心を持った者にとってはかなり難しい土地なのである。

 

 あなたは弟に対しては将来の領主としての教育を始め。

 並行して、妹に対しては弟に嫉妬心を抱いたりせぬよう細心の注意を払って育成した。

 

 それは、悪く言うならば思想教育に近かった。

 しかし、王国においては姉弟による血肉の争いなど珍しい話ではない。

 弟妹が悲惨な肉親の争いの果てに死ぬよりは、ある程度の思想の押し付けをした方が遥かにマシだと思い、あなたは続ける。

 まあ思想教育というのはあくまで悪意を持った表現であり、普通に考えて、姉弟仲良くしなさいなんていう教育は至極真っ当な物ではある。

 

 

 ──そうして、2年が経過した。

 

 

 あなたは12歳となり、既にアダマンタイト級冒険者と同等の実力を手にしていた。しかし、あなたはまだ自らの力に満足していない。

 

 この2年、王国や周辺諸国の動向はほぼあなたの予想通りだった。

 

 特に、あなたの2歳上──14歳であるジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスが父帝の死を境に帝国皇帝に即位し、苛烈な改革を推し進めている事。

 あなたの4歳上──16歳であるカルカ・ベサーレスという名前の聖王国の新女王が、大きな失敗こそないものの、結局の所は才能の割には現状維持のための、にっちもさっちもいかない政策ばかり取っていて停滞の道を歩んでいる事。

 

 全て、以前から予測していた通りだった。

 

 そんなあなたの未来予想図兼、家族の導きとするために執筆する本はかなり良い感じに出来ている。しかし、人の一生を左右する辞書のような4冊のため、まだ完成には至っていない。

 

 あなたは少しマンネリを感じていた。

 ヴェスチャーの言うように、あなたのような寿命の限られた種族である人間という種に生まれた天才にとっては、停滞は後退に等しい。

 

 両親に受けた恩を返すために本の執筆は必須であり、身体が未だ未成熟であるために年月を重ねて成長するしかないとわかってはいるが、転生人生初の停滞は、あなたの心にしこりを発生させていた。

 

 そんな中、風向きが変わる出来事が発生する。

 

 ヴェスチャーが帰ってきたのだ。

 とある老婆を連れて。

 

 その老婆の名前は、リグリット・ベルスー・カウラウ。

 

 なんと、かのおとぎ話の十三英雄にいる魔法詠唱者の一人『死者使い』であった。

 あなたは、自らの師匠たるヴェスチャーが、かつて王国初のアダマンタイト級冒険者としてリグリットとパーティを組んでいたという話は聞いていた。しかし、パーティの解散以来音信不通とも聞いていた。

 

 あなたは偉大なる英雄を前に興奮する。

 

「坊やが、王国歴史上屈指の天才少年かい? ふうん……わしには剣士の強さはわからんが……確かに、只者ではなさそうだ」

 

 リグリットはあなたを見てそう評価する。

 

 あなたは考える。

 ヴェスチャーは、あなたの肉体的ハンデをどうにかする可能性のある人材を連れて来ると言い、300歳を間近にする伝説の英雄を連れて来た。

 

 ならばこの品定めは、リグリットがあなたに力を与えるかどうかの判断であるとあなたは悟った。

 あなたは姿勢を正し、何を課されてもいいように構える。

 

「ほう……その面構え。わしには坊やほどの才能はないが、年の功ならある。坊やはどうやら、武だけでなく智にも……いや、あらゆる才能を持っているようだ。ローファン、あんたとんでもないものを育てちまったね」

 

 リグリットはヴェスチャーを見てそんな事を言う。

 師匠は自慢げにしていた。

 老婆はそんなかつての同僚に少し呆れながらも。

 

「王国にもまだ、坊やのような人間が産まれるのか……リーダー……。……悪いね、年寄りの冷や水さ。確かに、わしは坊やの悩みを少しだけ解決出来る品を持っている」

 

 リグリットがあなたに見せて来たのは、1つの小さな指輪だった。

 

 ──あなたは理解する。

 この指輪は、あなたが10歳の誕生日に父から貰った鋼の名剣どころか、数多くの冒険の果てにヴェスチャーが手に入れ、愛剣としている魔剣と比べたとしても、まるで比較にならないほど凄まじいアイテムであると。

 

「しかしまだ、渡せないねえ。坊や、すぐにまた来るから待っておきな」

 

 リグリットはそう言って去って行った。

 

 すぐに老婆は、1人の少女を連れて戻って来た。

 少女の名はラキュース・アルベイン・フィア・アインドラ。あなたの1歳下で、アインドラ家の令嬢だった。

 金髪で、緑色の瞳。生命力に満ち溢れた美少女だった。あなたの知る限り、ラキュースはあなた自身とラナーに次ぐ美貌を持っていた。

 

「あなたがローファンさんやリグリットから、王国の歴史上1番の天才と言われている人……」

 

 少女の言葉こそ、あなたを尊敬するような言い方だった。

 しかし彼女は決して負けてたまるか、のような反骨心を感じさせる目もしていた。

 

「ラキュースは、坊やとは流石に比べられないが、かなりの才能を持っている。坊やがラキュースを強くしてくれたら指輪を渡そうじゃないか」

 

 これが、試練か。

 あなたはそう思った。あなたにはある種の確信があったのだ。

『自分はそう簡単には優れたアイテムを手に入れる事が出来ない』と。

 

 あなたはリグリットとヴェスチャー、両親や弟妹に見守られながら木刀を構えてラキュースと相対する。

 

 ラキュースがあなたに突撃する。

 11歳にしてはかなりの速度と剣筋の鋭さだった。

 しかし。

 

「そこまで!!」

 

 あなたはラキュースの攻撃をいとも簡単に避け、同時に足払いをかける。面白いように転んだ彼女にすぐさま木剣を突きつけて試合を終わらせた。ものの数秒の勝負だった。

 

 あなたは既にアダマンタイト級冒険者と比較して遜色ない実力を身に付けている。今のラキュースが相手になるわけがなかった。

 

 あなたに敗北したラキュースは、あなたの元で修行するためこれから暫くの間レンフォール家にて過ごす事になった。つまり彼女は、あなたの初めての弟子となったのだ。

 

 ふと前世を考え、自分に弟子が出来るなど露ほどにも思っていなかったあなたは内心大喜びし、ラキュースに自らの天才性の全てを使って技の伝授をした。

 ラキュースも、あなたほどではないにせよ極めて優れた才能を持っていたため、あなたの持つ教える事へのやる気は向上した。

 

 強くなるためのアイテム確保という明確な目標と、前世今世含めて初めての弟子たる彼女の存在は、あなたの停滞感を払拭してくれた。

 

 

 ──余談だが、ラキュースがあなたの家にやって来てすぐ。

 やり取りを続けて既に4年が経つラナーから

 

『アインドラ嬢の事、あなたはどう思っているのですか?』

 

 と手紙が来た。

 何やら怨念が感じられたような気がしたが、あなたは気の所為だと断じ、あなたはラナーへの手紙に。

 

『弟との結婚相手として理想的かもしれない。まだ見極めは必要だが』

 

 と返信した。

 

 ラキュースはアインドラ家の令嬢であり、あなたは彼女に対し、実力的にヴェスチャー級になれるくらいの才能を感じている。

 そんな彼女と弟が婚姻する事は、これから先、皇帝ジルクニフによって徐々に支配されていく事により、世情が変するであろう王国の貴族として弟が生き残る為には良い策だろうとあなたは考えている。

 

 自分の弟子と弟が結婚……あなたは未来のその光景を想起し、後方頷き役の面構えをしていた。

 

『そうですか。グレンドル君の。──あなたに応援など不要でしょうけれど、試練を無事越えられる事をこの地よりお祈りしております』

 

 と返って来た。

 何やら喜悦が感じられるような気がしたが、別に普通の文章だ。

 やはり気の所為だろうとあなたは断じた。

 なにせラナーはまだ8歳。確かにラナーはあなたに次する天才ではあるが、8歳の彼女にそんな狂った女の情念のような物などあるわけがないのだから。

 

 こうして、12歳のあなたはラキュースや弟妹の世話、未来予想本の執筆などをしながら時間を過ごす事になった。

 

 

 

 

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