二つの固く鈍い音が交差する、例えるなら鉄に対して衝撃音の様な、中身までガチガチに詰まった超硬質なゴムの塊への打撃音の様な、とにかくその様な固いもの同士がぶつかった様な音が鳴り響いていた。
・大型車両同士がぶつかり合っている?
・PMC兵士達の抗争?
・大型の破壊工事?
なんと答えは殴り合いである、しかもお互い有するは鋼鉄の身体ではなく生身の肉体。
肉と肉がぶつかり合う音が鋼鉄や、圧縮ゴム等の硬質な物体が響かせる音を凌駕していたのだ。
相見える両者の片側──神将マコラには傷らしい傷はない、対して栗浜アケミには小さなものではあるが打撃によってついた数が多数あり、当の本人も肩で息をしているほど消耗している、どちらが優位に立っているかは一目瞭然だろう。
「……分かりきってた事ではあるが、タフだなお前」
疲れた様子も無いマコラは冷めた感情でアケミを見つめそう述べる。
「私の肉体をここまで破壊しておいてよくそんな事を言えますわね、私がこの子達を育て上げるのにどれだけの時間を有したと思ってるのですか」
「知るか、
──想像以上に時間を食ってる、こいつの術式の影響もあるんだろうが、それ以上周囲に気を遣って戦うのが面倒すぎる。
マコラが攻めきれない理由、それは生半可ではないアケミ自身の実力やアケミの術式もそうだが一番の理由は周囲への被害を考慮してのことだった。
──
「なぁもう良いだろ、加減して人殴んのも楽じゃねえ、さっきも言ったが
──これでも結構本気なのですけど、やはり務所で鈍った身体で戦りあえる程緩い相手ではなかった‼︎
噂によれば書類仕事等で身体がかなり鈍っているらしいですが、それでもこんなに遠いだなんて‼︎
だけどもう十分過ぎるほど身体は温まった‼︎術式の出力を最大にして──
アケミの決心虚しくマコラの拳はアケミの腹部に強力な一撃を叩き込み意識を刈り取った、倒れ伏すアケミ対してマコラの表情はやはり虚しさを包み隠そうともしない。
平時のマコラならば、互いの心行くまで戦いに興じていただろう、マコラにとって自身と肉弾戦は愚か戦いが成立する生徒の方が珍しいのだ。
しかし今はマコラにとって時間は有限だ、従ってマコラはこの戦いを早々に切り上げる事にしたのだ。
「──次からは、そのスロースタートをどうにかしてから来るんだな、開幕から最大速ならまだ勝負ができるだろう、精々強くなれ」
そう言い残しマコラはその場から跳び去って行った、対してアケミは地面に伏しながらも既に意識を回復させており敗北を噛み締めている。
──既に経験はしていますけれど、やはり悔しいものですね、同じ方に敗けると言う物は。
所変わってシャーレの建物地下では二人の人物が見合っていた、その人物とはつい先程このキヴォトスにやって来たばかりの
対するは矯正局から脱獄した囚人の一人である“災厄の狐”こと狐坂ワカモ。
ワカモにとって平時であれば誰か来たところで特段気にする様な性分ではない、邪魔をするならば排除するのみ、しかし今回に限ってはそうではない、その理由とは道中にて噂になっていたキヴォトスの外から“人間の大人”が来るという物。
狐坂ワカモにとって“大人”とは、いやそもそも他人とは唾棄すべき存在である、綺麗事を並び立て同じ立ち位置に立っていたとしても自身の都合が悪くなればどれほど仲が良い相手であろうと即座に切り捨て事なきを得る、狐坂ワカモにとって人間とはそういう物であった。
無論最初は他人を信用し信頼して背中を預け共に戦った記憶もある、尽くした記憶もある、しかしその相手は悉く自身を裏切り挙げ句の果てには全ての罪を己に被せて来た者も居る、要はその者達にとって必要だったのは“狐坂ワカモ”ではなく狐坂ワカモの“力”のみであり、そこに狐坂ワカモの意思の有無は考慮の外だったのだ。
以来ワカモは他人を一切信用せず他人に暴虐の限りを尽くす事となる、秘められた想いは一重に大人や他人と言う概念を通り越し最早“人間”という生物への恨み、そしてその想いは“呪い”へと昇華される事となる。
今回もまたいつもの様に不運にも自身に声を掛けたきた存在に対して暴殺の限りを尽くして自身の仕事に戻る筈──だった、その人物の全体像を見るまでは。
“やあ、初めまして、なにか……探し物?手伝おうか?”
狐坂ワカモにとってその人物の第一印象はひ弱な存在と言う物、少し強めに小突けばそれだけで重症を負いそうな程弱い存在、されど単身で己の目の前に我が身を晒せるのは豪胆なのかそれとも無知故か。
ここで二つ、お互いにとって、想定外の事が起きた、
二つ目は狐坂ワカモはその人物を見た瞬間にキヴォトスの外の人間であると察知できたが透情蒼記は狐坂ワカモについて何も知らない、精々が独特な格好してるなと言った程度、つまりは目の前の人物が指名手配されているなどとは露程も思っていないのだ、従って透情蒼記は狐坂ワカモを“災厄の狐”というフィルター越しではなくただの“狐坂ワカモ”として認識した、尤も本人は彼女の名前すら知らないのだが。
それら二つの想定外が発生し異常が発生したのは狐坂ワカモの方、彼女は曲がりなりにも囚人として収監される程の人物、従ってそれ相応に人間という物を見て来ている為にある程度の人間の目利きが出来る、出来てしまう。
目の前の人間はどうだろうか、自身の知る人間達と違い醜悪ではない、かと思えば完全な独善的ではない、清濁併せ呑む事ができる程の人物。
“あー……えっと、こう言う場合は自己紹介から先にするべきだったね、私は透情蒼記、本日付けでここの先生になった者なんだけど……君は?”
加えてこの状況下でも自身の身元を明かすという、誠実さを通り越して思い切りが良いというかなんというか、正常ならばこの状況で身元を明かす事ができる人物はそういない、少なくとも狐坂ワカモの記憶の中には、しかし目の前の人物はその様な事は知らないとばかりに、極めて普通に、なんでもない様な、言い換えれば社会的に考えるなら至極常識的な行動を本人はしただけのつもりなのだろうが、その行為が狐坂ワカモの琴線に触れた、要するに──。
「あ、ああ……」
「し、し……」
“し?”
“え⁉︎ちょっと⁉︎”
そこからの狐坂ワカモの行動は早かった、自身の感情を自覚した瞬間生娘の様な声を上げ*1狐なのに脱兎の如く逃亡した、その際に上階からガラスが割れた様な音がしたが多分気のせいだろう。
何はともあれ到着する迄の間唯一中にいた存在の狐坂ワカモが外に出た事により結界が解除され誰でも自由に出入り可能となった、この後結界を解けたのを確認した七神リン達が駆け寄ってきてその後透情蒼記はこの場に置いてある端末を起動させたのであった。
「ああ……これは困りましたね……フフ……フフフ」
目的の建物に向かう道中に怪しく笑う知り合いを見かけた時の
「何だ、えらく上機嫌だな、いいことでもあったのか?」
「えぇ……今しがた最悪になりましたが……何故あなたがここにいらっしゃるのですか?」
ウケる、気分下がりすぎだろ、仮面越しでも伝わるわ。
「そりゃお前シャーレの担任が決まったからな」
「そうですか、これで話は終わりですね、もう行ってよろしいですよ」
「……良い“大人”だったろ、アイツ」
「ハァ⁉︎いきなり何言い出すんですかあなた!?」
「反応激しすぎだろ、どれだけ気に入ったんだお前……」
「それでもうよろしいですか⁉︎さっさとここを去りたいのですけど⁉︎」
「そう邪険にすんな、お前をここで見逃す代わりに一つ頼まれたい、実は──」
ワカモは癖は強いが誠実な女ではあるし信用も信頼もできる、だからこそ
シャーレのメインロビーに案内され一通りの説明が済んだあと解散という形になった、何はともかくとして一先ずはここでの仕事に慣れる必要がある……んだけど、仕事の前に一つ気になることが。
“君ここにいていいの?仮にも組織の頭でしょう”
「ああ、
“信用ないねぇ、まぁ仕方のない事だけど”
「監視と言っても殆ど形だけみたいな所あるけどな、何もしないと政治的に煩い連中が多いから外面だけでもこうしとかないといかんのだよ、息苦しさはあるだろうが何とか我慢して欲しい」
“いやまぁそんなの気にしたことないけども、寧ろ分からない事ばかりだからそう言った補助は真面目に助かる”
「さてさて、アンタの就任は既にキヴォトス中に広まっている、情報ってのはいつだって足が早いモノだ、アンタの今後の活躍に期待してるぞ?」
“存外に高く買ってくれて嬉しいよ、まぁ出来る限りな事はやってみせるよ”
そうして私はキヴォトスにて先生をやることになった。
次回からようやくアビドス編です。
アケミ
身体の鈍りとスロスタが無ければもう少し殴り合えてた。
ワカモ
逃れ得ぬ運命(一目惚れ)
マコラ
本来ならもうちょいプロレスに付き合ってる
先生
黒いカラコン入れた