裏切れなかった少女の話   作:息抜きのもなか

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プロローグ

 トリニティのティーパーティー。その会議室が存在している建物の地下には、正義実現委員会が所有する反省部屋とは似つかないほど暗く殺風景な石造りの牢が並んでいる。

 牢には鉄格子に松明、そして用を足すためだけにくりぬかれた穴があるだけで、尊厳を守るような衝立や安眠を担保する寝床など、安息のための代物は何一つとして提供されていない。

 それもそのはずで、その牢は歴史から消去し修正しなければならないほどの罪を犯した生徒だけが入れられる特別な牢であり、外患誘致やティーパーティーメンバーながら裏切りを行った聖園ミカでさえ入れられていないことを考えれば、そこに収容されるということがどれだけ重大なことなのかが分かるだろう。

 

 コツ、コツとトリニティ生徒であれば誰でも履いているであろうブーツでそこを歩けば、石畳と地下空間が反響してその静寂の中にその足音を響かせる。

 長く続いていた足音が一つの牢の前で止まる。

 黒いブーツ、頭に被ったベールから長い銀髪を覗かせるその少女は、長い間使われていなかった牢の中を見て、痛ましげにその表情を歪めた。

 

「シスターフッドの方が、私に何か用ですか」

 

 牢の中から、声がする。

 もうすっかり汚れて黒ずんでしまっている白の制服を纏う少女が、壁に背を預けるようにして力なく座っていた。左腕に付けていたはずの白い髑髏が描かれた黒の腕章は、その支えを失ったのか石畳の上に投げ出されている。

 その諦念と不安の入り混じった瞳に射抜かれて、訪問者の少女は思わず瞑目してしまう。

 

(ひとや)ナナカさん、件の書類についてなのですが」

 

 目を開けぬまま、少女は用件を口にする。

 ナナカと呼ばれた彼女は一度首を傾げた後、思い出したのか「あれのことか」と口にして訪問者の次の言葉を待つ。その視線はどうでもいいと言わんばかりに石畳に落とされていたが、瞑目している少女は気付かない。

 

「何かの術式が掛けられた痕跡が見つかりました。何かご存じでしたらお話を聞かせ願えますでしょうか」

 

 訪問者の言葉に、ナナカは自嘲気味に鼻を鳴らす。

 その仕草に目を開いた訪問者の少女が見たのは、渇いた笑みを浮かべる彼女の姿であった。

 

「そこまで判っているのであれば、その術式が解除済みだということもご存じでしょう。あの契約書に書いてあったことが全てですよ」

 

 その質問を予期していたのかと思えるほど落ち着いた声音でそう返され、シスターフッドの少女の視線が少しだけ下がる。ナナカの指摘通り、シスターフッドでの解析結果としてナナカが所有していた契約書に掛けられた術式が解除済みであることは把握済みのことだった。

 恐らく、術式は改竄あるいは隠蔽を目的としたものだったのだろう。それ即ち、本来の契約内容が既に露見しているということに外ならず、契約書の内容に関する質問は大きな意味を持たない。

 だが、それを理解してなおここへ足を運んだ訪問者の方にも、それだけの理由が存在する。

 

「我々シスターフッドはあなたにも救済が与えられるべきだと考えております。あの契約書が改竄されていたことを考えれば、あなたが元生徒会長に騙されていたと主張すれば情状酌量の余地は十分にあります」

 

 毅然とした態度で言い放つシスターフッドの長の表情をちらりと見て目を伏せた少女は、力なく首を横に振る。

 少女がついた()()()の音だけが、地下空間に広がっていく。

 深く大きく息を吐き出したナナカは引き締まった表情で顔を上げ、訪問者と視線がぶつかる。

 

「前にも言いましたが、アリウスにいる人間を一人残らずベアトリーチェの教育を受けさせるように仕向けたのは私です。もともとトリニティを攻撃する過激派に所属していましたし、マダムとの利害は一致していました」

 

 それでも、私に何か情状酌量の余地がお有りだとお思いで?

 そう返されてしまっては、訪問者の少女は口を閉ざすことしかできなくなってしまう。教会は開かれた存在であれど、救いを求めていない人間に対しては基本的に無力なのである。

 銀髪の少女は牢の中にいる金髪の少女にまた来ることを告げ、礼をしてその場から離れていく。

 コツ、コツという彼女の歩く音だけが地下に響く。

 

「みんな、元気にしているかな」

 

 牢の中の少女が零した独り言は、シスターフッドの少女の許に届いていた。

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