裏切れなかった少女の話   作:息抜きのもなか

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09.卒業

 わかっていたことだった。

 私より歳を重ねた先輩方がまだアリウスにいる意味も、彼女たちが少しずつ消えていっている理由も。

 改めて突き付けられたことで、考えないようにしていたその甘さを思い知らされただけ。

 それだけなのに。

 

「もうすぐあなたも、他の学校だと卒業となる年次ですね」

 

 呼び出されたかと思えばそう言われたあの時、遂にこのときが来てしまったかと緊張したことを覚えている。

 もともとアリウスから出ていくつもりはないのだが、もう今の生活から解放されたいと思わなかったのかといえば、それも嘘になってしまう。

 ずっと付きまとう責任の重みがナナカをこの地に固定しようとするが、それから逃げたいという相反する感情も彼女の中に少なからず存在していて。

 だから圧し潰されて小さくなった希望が微かに顔を出して、期待を抱かせたのは仕方のないことだった。

 

「ですが卒業はさせません。留年という形でアリウス分校に生徒として残っていただきます」

 

 生徒というものは、大人に従うべき存在ですから。

 当然のように語られたその未来に気落ちしなかったはずもなく、久々に見せたナナカのその様にマダムはここぞとばかりに追撃を加えた。

 本気で自分だけ逃げられるとでも思っていたのか。責任から逃れられるはずがない。自分が地獄に落とした者たちを残してこの地を去るとはどういう了見か。誰よりも優遇されていた人間がなぜ自分が一番不幸だとでも言うような目をしているのか。お前のような出自もはっきりせず、仲間を裏切ってきた人間が受け入れられると思っているのか。

 その言葉一つ一つが刃となり、既に裂傷となっている傷口を内側から抉るように傷付ける。肉どころか骨まで断たれてしまいそうで、その体を抱えるように縮こまらせてナナカは口を強く結ぶ。

 

「他の学校の生徒は卒業すれば子供ではなく大人として扱われるようになる。なのであなたもこれからは兵士として、より危険な任務に就いていただきます」

 

 まあ、と一つ言葉を置いて、マダムはナナカに対して目を細める。

 そのアリウス生の中でも下位に位置するであろう彼女自身の戦闘能力を認めて、呆れた声色でその先を続けた。

 

「危険な任務と言っても、あなたを失うのは危険極まりないのは変わりません。情報収集と調査の難易度が少し上がる程度でしょうね」

 

 その言葉に安堵した自分に、少しだけ自己嫌悪。

 他人に危険を押し付けて自分は比較的な任務に就く。それを適材適所と言う言葉で片付けることができたならばこうなってはいないのだろうとナナカは自身の思考傾向にため息が出る。燻った自責思考にじっとこちらを見つめられて、耐えられずにそれを受け入れてしまうのだから。

 帰ってこない人が居るのは、それをマダムが咎めようとしないのは何故なのだろう。今までの疑問を抱いていた日々に終止符が打たれて、残酷な真実が影を落とす。

 今まで理解を拒んでいた頭の中で、消えていった先輩方に囲まれた。物言わぬ彼女たちに責めるような目を向けられてしまえば、やはり自分だけ逃げるというのは選べそうにない。

 

「わかりました。最後まで、お付き合いします」

 

 彼女のその言葉に、マダムが邪悪な笑みを浮かべたのを見逃さない。

 アリウスはどうなってしまうのだろう。今よりもっと悪くなるのだろうか。新しい世代の担い手が確保できないことを考えれば、戦力が最大になるここ数年間が勝負となるはず。

 自分が地獄に変えてしまったアリウスがどう転んでいくのか。それが良い方向であれ悪い方向であれ、ナナカはその未来と心中する腹積もりである。

 

「そろそろあなたの目的を教えていただけますか、マダム」

 

 ふと思いついて、この機会に彼女がアリウスを支配してこの先何をしようとしているのか聞いてみる。

 単純な興味本位の質問ではあったものの、悲惨な結末が待っているのであればその心構えをしておきたいというのもあった。彼女が何を目指し、どこへ向かおうとしているのか、それが承服できないものであることは承知の上で、それでもそれを消化する時間が欲しかった。

 ナナカの質問にその意図を図るかのような眼を向けたマダムは、しかし彼女の微妙に硬く強張った身体の様子を見て単純な怖いもの見たさであると気が付いて、「あなたには話してしまってもいいかもしれませんね」とその複眼の全てを閉じる。

 再び開いたそれらが差すような鋭さを有していることに緊張を覚えながら、ナナカは次の句を待った。

 

「目的は二つあります。一つは兵力を手に入れること。本命はユスティナ聖徒会ですが、それを手に入れるための戦力が必要です。戦力が手に入れられればどこでも良かったのですが、ユスティナと関わりがあり、トリニティに憎悪を向ける理由を有するあなたたちは随分と都合が良かった」

「ユスティナ生徒会というと、トリニティのシスターフッドの前身ですね。聖女バルバラの復活が目的ですか?」

 

 ナナカは経典や歴史書を読んだことがあるため、その辺りの知識も有している。

 内戦勢力に合流する前、外部との交流手段としてのトリニティへの攻撃をする可能性を考えていた際にその理由探しをしていたこともあって、その周辺の知識については下手なトリニティ生よりも上かもしれない。

 ユスティナ聖徒会を戦力として考える場合に避けられない話が聖女バルバラの存在。

 最も偉大と謳われる聖女は多くの地区の平定に携わった記述があり、彼女がバシリカで発見した秘匿された資料にはその制圧方法が圧倒的個の力による暴力であったことが記されていた。

 マダムはナナカにその知識があったことに驚きこそしたものの、彼女が想定しているであろう手段については否を告げる。

 

「よくご存じでしたね。そう、聖女バルバラを入手できれば今ゲヘナで猛威を(ふる)っている雷帝の勢力ですら造作もなくへし折ることが可能です。しかしその手段としては復活という形ではなく、マエストロが有する複製(ミメシス)という手段を用いて再現を行うつもりですが」

 

 聞きなれない単語の数々に、ナナカは一旦自分の中で噛み砕く時間を取る。

 マエストロという名前に聞き覚えはあった。マダムや最近『黒服』と呼ぶように強要してきたあの大人から時々聞こえてくる名だったような記憶があり、マダムが所属している『ゲマトリア』の一員なのだろうと納得する。

 そしてミメシスという言葉に聞き覚えはないものの、マダムや黒服が持つ奇特な技術や力を考えるに、それがマエストロという何かが持つ技術の一つなのだろうと当たりはついた。

 それに今しがたマダムが口にした復活ではなく再現という言葉をあてはめて考えれば、それが単純な肉体の復元や蘇生を行うものではなく、その力や概念自体の模倣した何かを作り出す技術だと読み解ける。

 そしてそれを手に入れればアリウスが不要だというような先の口ぶりから察するに、一度きりの代物ではなく再利用が可能な戦力であると予想して、ナナカの眼が細められる。

 

「やはり頭だけはアリウスのトップクラスのものを持っていますね。では新しい連邦生徒会長を利用するつもりだと私が言えば、その手法についても理解ができますか?」

 

 先日調査しに向かった新連邦生徒会長の名を出されて、ナナカは思考を巡らせる。

 まだ連邦生徒会の編成を始めたばかりのあの連邦生徒会長の話をするのであれば、公約に掲げていたもののどれかになるのだろう。どれも実現不可能に思える絵空事ばかりだが、それを成し遂げてしまいそうなところが彼女が周囲から『超人』と呼ばれる所以か。

 アリウスに関わるものは何かあっただろうかと自身の頭の中身を整理しても引き出せず、アプローチを変えるべきだと思い直す。

 バルバラ。ユスティナ生徒会。トリニティ。ゲヘナ。

 連想していけば三大校の名が自然と浮かび上がり、その二つが出てしまえば簡単に答えに手が届く。それだけでもマダムの期待には十分だったのだろうが、ナナカはその先まで一足飛びで辿り着いた。

 

「公会議の再現をすることで、エデン条約の規定にユスティナ聖徒会の戒律を上書きする?」

 

 目の前の大人が愉しそうな笑みを浮かべたことに、考え込むナナカは気付かない。

 上書きさえすることが出来れば、中身などこちら側で決めてしまうことで好きな条項を指定できるはず。そうなればマダムが求めているであろう不死の軍勢も現実離れした話ではなくなって、戒律によって動く兵士を産むことができるのではないか。

 しかしその上書きを簡単にさせてもらえるわけがないとその方法を見つけようとして頭を巡らせて、一人の少女の顔が思い浮かぶ。

 

「だからこそ、生徒会長の娘が必要だったのですね。正統な後継者たる彼女が」

 

 外に向かわせて情報を探らせ、そのために多くのことを学ばせた甲斐があったとベアトリーチェは笑う。ナナカ自身は比較対象を持たないためその自覚がないかもしれないが、その頭脳に関しては間違いなく凡人の域から外れている。

 開花すれば間違いなくこちら側(ゲマトリア)に成る。その素質を持っていると確信した。

 アリウスの、自治区の未来を拓く手段を現実的に思案することなど、何も持たない齢十二に満たない子供ができるわけがない。いくら現実を突きつけられて子供でいられなくなったところで、身体でなく頭を動かす選択ができる者が一体どれだけいるというのだろう。

 アリウスの元生徒会長も黒服も色彩も、彼女の真価を理解できなかった凡俗どもと嘲笑う。

 世界にすらも見放される少女の価値にたった一人だけ気付いたベアトリーチェは、その才能を正しく理解し自分から離れないように繊細に整えることに成功した。

 世界(キヴォトス)がナナカを拒めば拒むほど、彼女は自分からマダムの傍に近付いていく。ナナカの中に微かだが確かに存在する特別扱いへの喜びは、間違いなくナナカがベアトリーチェの命令を受け入れる一要因として残っている。それが結実する日はそう遠くないと確信があった。

 

「もう一つの目的は、色彩を私の力として取り込むことです」

 

 その贄としてロイヤルブラッドの少女を使用することで色彩の召喚を確実なものとし、ユスティナ聖徒会の権限を確固たるものに昇華する。

 その儀式の詳細を聞いて、ナナカの心に微かに燻る悪心は踊る。

 自分を勝手に見限った色彩など、この最低な大人に吞み込まれてしまえばいい。

 それが育ち切ることが何を意味するかを知らぬまま、少女は自身を支配するマダムと目標を共有する。

 たとえ悪評だとして、間違いなくアリウスは外に出る。

 無視できない力を示せるのなら、それが虎の威を借る狐の行いだとしても構わない。

 スクワッドが叛意を示した時点で既にアリウスが良い方へ変わることを完全に諦めているナナカからしてみれば、その結末がアリウス生にとっては最良なものであるような気がしてしまう。

 内部勢力でマダムを斃すことができない以上、そう舵を切る以外に道はない。

 

「理解しました。次の命令を」

 

 迷うことから卒業した彼女は自らの意思で、独裁者の次の指示を待つ。その上下関係に疑問を抱くこともなく、少女は粛々と任務を受け入れる。

 掌の上で踊っていたはずの少女は自ら糸を自分に括り付け、人形となることを(いと)わない。

 それがきっと、彼女が物語の主役足り得なかった理由。

 

 選んでしまったが故に同情できない。彼女の救いがその先にある以上対立を避けられない。

 語り手が『先生』である以上、悪役(ベアトリーチェ)に与する彼女にスポットライトは当たらない。

 その語り手に与する少女たち(スクワッド)との因縁もあって、彼女は悪役として定義されてしまった。




不自然な改行に彼女の汚い心の内を隠しておきました。
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