裏切れなかった少女の話   作:息抜きのもなか

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12.調印

 聖園ミカによる桐藤ナギサのヘイロー破壊は失敗に終わった。

 アズサが裏切り、先生がそれを助力した。非戦闘要員もいたはずだが、遅滞戦術を駆使されシスターフッドの到着が間に合った。そして百合園セイアの生存を知った聖園ミカが戦意喪失して白旗を振り決着、と。予想できた事態ではあったものの、もう少し暴れてくれればよかったのにと思わないこともない。

 だが、これで桐藤ナギサや先生、そしてアズサも騙すことができただろう。

 これ以上エデン条約に対する妨害行為は行われない、と。

 

「さあ、アリウスだけじゃなくて、トリニティもゲヘナも、地獄に変えてしまいましょう」

 

 巡航ミサイルが宙を舞っている音が聞こえる。

 花火のように尾を描くことはないが、衝撃時の破砕音はおよそそれに似たものを感じた。続けて建物が崩落する様を見届け、我々は地上へと進出する。

 スクワッドがターゲットを探しながら移動している通信が聞こえる。

 ナナカはミサキの後ろに続いて部隊を進める。先遣隊と偵察の結果、彼女と担当する相手が同じ場所にいるのを確認していた。

 

「調印は上手く行ったようですね」

 

 戦闘を行いながら目標に向かっているところで、マエストロの言っていた『戒律の守護者』が顕現した。ETO(エデン条約機構)としてユスティナ聖徒会がトリニティ生とゲヘナ生の蹂躙を開始する。

 そうこうしているうちにヒヨリが取り逃がした空崎ヒナが先生の居るところまで到着してしまって、ツルギやハスミ、それとシスターフッドの大きい人に行く手を阻まれてしまった。

 通さないことを念頭にしているからか、その守りは固く、攻め手がなかなか得られない。

 だからこそ、ナナカがここに招聘されたのだが。

 

「お久しぶりです。元気にされていましたか?」

 

 戦場で陽気な挨拶をしてきた敵に、相対していたトリニティ生たちが警戒する様子がガスマスク越しに見える。

 一瞬の隙を作ること。それが今日ナナカがここにいる意味。

 乱戦とも呼べるこの戦場で、一瞬の動揺は大きく戦況に影響を与える。

 

「誰だ? いや、待て。その声は――」

「こんな形になってしまいましたが、また会えて嬉しいですよ。ツルギさん」

 

 ガスマスクを外してナナカが顔を晒せば、ツルギとハスミ、そしてその後ろに控えるトリニティ生の何人かが目を丸くして動きを止めた。かつてトリニティで親交を深めた相手がテロリストとしてそこに立っている。その事実を受け入れるための時間を少しばかり作ってもらう。

 そのわずかな時間で、放たれたロケットランチャーが着弾するには十分だった。

 悲鳴が聞こえた爆発地点に、ユスティナ聖徒会から追撃の鉛玉の雨が降り注ぐ。

 ナナカはその様子を確認してガスマスクを被り直し、離脱するために隊員たちの後ろに下がる。

 

「ミサキさん、先生を追ってください。『シッテムの箱』の効果は巡航ミサイルによって弱体化、あるいは無力化されているはずです。いまならきっと、殺せます」

「了解。ヒヨリも連れてくけど、いい?」

 

 その言葉に了承を返して、彼女の部隊を引き継ぐ。

 通信で指示を与え、周辺の生徒の制圧を進めようと動き出したとき、煙の中から黒い影が飛んできた。集中砲火をものともせず、奇声を上げて突貫する狂気の所業。正義実現委員会の剣先ツルギである。

 ガスマスク越しに目が合った。ナナカは他のアリウス生徒比べても頭一つ分ほど背が高いため、すぐに見つかってしまうのも仕方がない。

 ユスティナ聖徒会に進路を塞いでもらいながら、ナナカも自身の銃で応戦する。

 

「ナナぁア!!」

 

 ナナ。それはナナカがトリニティで名乗っていた偽名。その名を呼びながら怒りに表情を歪める正義の執行者の姿に、彼女はガスマスクの下で笑みを浮かべる。

 それは何に対する怒りなのだろう。単純に自分たちを騙していたことへの怒りだろうか。それとも疑わしいと思っていたはずなのに信じてしまった自分への怒りか。あるいはただトリニティに害を為したものへの純粋な憤りである可能性も捨てきれない。

 そのどれが正解であったとして、思い通りに事が進むと気分がいい。

 状況を冷静に分析しハスミを諫めていた彼女はどこへやら。戦場でそんな感情に身を任せた行動をしたら、どんな目に遭うか彼女が一番わかっているはずなのに。

 ナナカはユスティナ聖徒会に道を阻まれて砲火の嵐に晒される足止め対象が沈黙したのを尻目に自分の役割は果たしたと離脱する。

 この後はマエストロと合流して彼の儀式の手伝いをすることになっているので、合流地点へ向かおうと歩を早めた。

 

「……見つけました……っ!」

 

 被弾。

 トリニティ生やゲヘナ生を見なくなり、部隊と別れて行動を開始した直後だったために、無防備にその側頭部に一撃をもらってしまう。

 しかし、ナナカとてキヴォトスの住人である。頭に一撃を貰ったところで、至近弾でなければ昏倒までは至らない。

 そこまでの威力ではない。リストアップした要注意戦力はどこかの部隊が対応に当たっているし、空崎ヒナのように取り逃がしたという報告も届いていない。

 だとすれば自分でも問題なく対処できるはず。

 そう思ってナナカが凶弾を放った相手を見れば、恨まれる覚えがありすぎる相手がそこに立っていた。

 

「覚悟してください、ナナさん、いいえ、(ひとや)ナナカさん」

「聖園ミカから聞きましたか。ツルギさんたちには情報が行ってないようでしたので、君にだけ話したのでしょうね」

 

 返事代わりの鉛玉が飛んできて、ナナカはそれを回避する。

 戦うか退くか判断しようにも困る相手だなと彼女は思案した。

 桐藤ナギサは強い。特筆するような戦力とまではいかないが、フィリウス派のトップとして奇襲に対応できるぐらいにはちゃんと戦う能力を持っている。聖園ミカやスクワッドと比べるのは可愛そうだが、通常のアリウス生であれば一対一では負けないだろう。

 通常のアリウス生より弱い自分を考えれば、戦うには怪しい部分がある。しかし相手がトリニティの現首長であることを考えれば、ここで捕らえておかない理由がない。

 

「監督官から第十二班へ連絡。桐藤ナギサを発見。繰り返す、桐藤ナギサを発見。協力者との合流地点へ誘導する」

「増援を呼びましたか、いいでしょう。それまでに決着をつけるまでです」

 

 それを有言実行すると言わんばかりに速度を上げてこちらに迫るナギサに、ナナカは舌打ちしながら迎撃しつつ退避を図る。

 容赦なく昏倒を狙う頭への照準とその精度に焦りながらもなんとか防御と回避を行って距離を取り続ける。しかし向こうの方が基礎能力が高いのだろう、少しずつ彼我の距離は縮まっていくばかりだ。

 こちらの行く手を阻みつつ、自身は着実に距離を詰める。陰湿なトリニティの生徒らしい堅実な狩りのような戦い方に苦戦を強いられて、合流地点はまだ遥か先だ。

 

「先ほどの会話を聞きました。監督官、という立場にいるようですね。あなたを捕らえれば少しぐらい、アリウスも我々の言うことを聞くでしょうか」

 

 そう言いながら迫る桐藤ナギサの影が大きくなる。

 こちらは既に息切れをしているのにまだ向こうには余裕がありそうなその様子に、ナナカは己の体力の少なさを恨む。昨日は睡眠も時間を取って万全の状態でこれなのだから、やはり自分には肉体労働の才がないのだろうと思わざるを得ない。

 隙を見て走り抜けようとした後頭部に一撃。視界が明滅し、足が縺れた。

 

「やっと捕まえました。抵抗されも困りますし、そうですね。ひとまずはこうするとしましょう」

 

 リロードの音がして、後頭部にゼロ距離で二撃。

 意識が飛びそうなところをなんとか堪えて、体を持ち上げようとしたところにもう一撃追撃をもらって、体のコントロールを手放す。

 またリロードの音が聞こえて、連続した銃声が届く。利き腕と右足に対して執拗に銃弾を撃ち込まれて、折れてはいないようだが痺れている感覚があってまともに動かせそうにない。

 雑に首の後ろの服を掴まれて、引き摺られる。

 

「あなたには聞きたいことが山ほどあります。逃げられると思わないでくださいね」

 

 瓦礫の陰、周囲から見えづらい場所に運ばれたナナカは、動けないままにその制服を脱がされて拘束に使われてしまう。手慣れた様子で彼女を拘束したナギサはと言えば、瓦礫の陰から誰かが来ることがないか確認していた。

 ナナカは自身の状態を鑑みて、脱出は不可能だなと判断する。

 片腕と片足の感覚がないし、加えて自分の銃は相手方に没収された状態である。通信を警戒した彼女によって無線機と連絡手段は奪われ、防弾チョッキの中身も全て洗い出されて怪しいものは放り投げられるか破壊された。

 

「徹底的ですね、桐藤さん」

「当たり前です。テロを起こした組織のスパイなど、何を隠し持っていても不思議ではありませんから」

 

 支援要請も出した。連絡が途絶えたことに彼らもすぐに気が付くはず。

 ここについてから通信機器を壊している以上、部隊が到着するのも時間の問題。それにナギサが気付いているかどうかはわからないが、脱出ができないのならナナカには待つこと以外にやることがない。

 たとえ銃を突き付けられて、尋問紛いのことをされたとしても。

 

「首謀者は誰ですか。拠点の位置は。作戦の目的は。――いえ、もう既に事が起こってしまった以上、聞いても無意味かもしれませんね」

 

 ですので、これは私刑です。

 そんな言葉が聞こえて、ああ自分が殺される番が来たのだな、とナナカは瞼を下ろす。

 彼女が使うハンドガンなら、自分は何発で死ぬだろうか。ナギサがこちらに銃口を構えた気配がして、そんなことを考えた。

 

「――っ!?」

 

 キィーーーンと、耳鳴りがした。瞼を閉じているのに、世界が白んでいく感覚がした。

 その裏に複数の足音を聞きとって、そのすぐ後に銃撃戦の音が聞こえてくる。遠ざかっていく誰かの足音と、それを追う複数の足音が耳に届く。

 思っていたよりも早い部隊の到着に、ナナカは安堵の息を吐く。

 

「今度は間に合ったようだな、監督官」

「助かったよ、イオナ」

 

 目を開ける。以前誘拐されたナナカを助けに来た二つ年下の生徒の顔が近くにあった。

 馴染みのある顔を見たナナカは緊張で張り詰めていた糸が切れ、ふっと意識を手放した。




ナギサ様はミサイルのあとずっと気絶してたと本編では語られてましたが、こちらのナギサ様は動けたみたいです。作品唯一の明確な原作改変が出番がほぼないナギサ様というのはおかしな話ですが、ちゃんとこの後ボコボコにされて原作同様眠っていただきました。

追記:温泉開発部のグルスト実装によって唯一ではなくなりました。
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