裏切れなかった少女の話   作:息抜きのもなか

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13.因縁

「死にゆく彼女に掛ける言葉はないのですか、ナナカ」

 

 儀式の台で磔にされたアツコを見上げるナナカに、マダムから問いが投げられる。

 彼女をここに連れてきたのはナナカである。目を覚ました後にマダムから呼び出しを受けてその護送任務に指名されてしまったのだが、彼女が到着するよりも早くスクワッドが投降したためにナナカがアツコの護送部隊と合流したのはカタコンベに彼女たちが突入しようとしていたタイミングだった。

 聞けば、マダムと口約束を交わして自ら捕まったようだった。

 いろいろと誓わせたようだが、ナナカは既にスクワッドメンバー抹殺の命令が下っていることを知っている。マダム相手に契約ではなく約束という言葉で契りを結んだところで何ら意味がないことをナナカは経験として知っていた。

 だが、聞いていた状態から自力で逃げ(おお)せたことを無線で聞いていたために、特に何かアツコに対していうことはなかった。結果として約束が守られているならわざわざ何も言う必要はないと判断したのである。

 

「もともと私と彼女は敵同士。()()()()()()()()()()から、私は彼女に掛ける言葉なんて持っていません」

 

 話しかけてきてくれていたのは、ずっとアツコの方からだったから。

 ここまで連れてくるときにも、声を掛けたのは彼女の方からだった。

 

「こうやってあなたに連れていかれるのは、二回目だね。ナナカ」

 

 まるで懐かしい思い出を語るかのようなアツコに、先導するナナカは後ろを見ることもなく「そうですね」と一言だけ返す。

 変わったのは、どちらも同じ。お互い子供ではなくなって、立場も変わった。

 お互い昔の快活さを失って、得たものはそう多くない。奪われたものの方がきっと多くて、数えるのも憚られる。

 ナナカには彼女から多くのものを奪ったのが自分だという自覚がある。そこに対して後悔はもう見あたらないが、後ろめたさは未だ残したままだ。気まずい、というのが一番適切な言葉になるのだろうな、とナナカは考える。

 

「ええ、そうでしたね。彼女の母親を下したのは、私ではなく、あなたなのですから」

 

 あの日、アツコを人質に当時のアリウスの生徒会長を呼び出したベアトリーチェは、言いつけ通りに一人でやってきたアツコの母親に、()()()()。お互い死力を出し切った結果、一対一の勝負でベアトリーチェは負けたのだ。

 それを眠っているアツコを抱えながら見ていたナナカは、自分がやってきたことが無駄になってしまうことを危惧した。結果的に仲間を裏切ってまで革新派を壊滅させた彼女にとって、そこでベアトリーチェが負けてしまえば自分の行動が何の意味をなさなかったことになってしまう。

 だから、ベアトリーチェの手勢を率いて戦った。

 元々罠である。卑怯だと言われても構わないと開き直ったナナカは、ベアトリーチェにとどめを刺そうとしたアツコの母親に発砲した。

 そこからは持久戦だった。ベアトリーチェの回復を待ち、アツコを回収されないように動きを制限しつつ耐え続ける。個人の戦力としては明らかに足りていないはずなのに、ナナカの部隊はギリギリで持ち堪え続けた。

 

「遅滞戦術は内戦にいた時から得意分野でしたから」

 

 リロードの隙を与えず、互いのカバーを徹底的に行いながら少しずつ後退する。

 相手が一人であれば、リロードのために遮蔽物に隠れる必要がありより効果を発揮し、業を煮やして突撃を図ろうとした敵には手榴弾と散弾の嵐をお見舞いして散開する。

 ナナカが戦力不足ながらも小隊長をやれていた理由に、この作戦に関する指揮が頭一つ抜けていたことが起因する。地形と残弾、そして隊員の体力を把握して飽和攻撃を仕掛けるナナカに相対した部隊はほぼ確実に足止めを喰らうことになり、突破力のない部隊は撤退を余儀なくされた。

 即席の部隊でもそれは機能した。

 そしてベアトリーチェが体力を取り戻しつつあることを確認したアツコの母親が突撃しようとしたのを見切ったナナカはありったけの手榴弾を飛び出してきた彼女に叩き込み、一斉射の指示を出して鉛玉の雨を降らした。

 

「勝っ……た……? ……私、が?」

 

 自分の足元でヘイローを明滅させる相手を見て、当時はその結果が信じられなかった。まさか自分が率いた部隊で彼女を倒せるなんて、想像の中ですらできたことがなかったから。

 肩で息をしていたナナカは無意識化でリロードしなきゃとマガジンを変えようとして、横から出た手にそれを止められた。共に戦っていた即席の部隊のメンバーで、顔を上げればその必要はないというように首を横に振られた。

 そこでようやく、自分がとんでもない大物喰い(ジャイアント・キリング)を果たした実感が湧いた。

 

「アツコは恐らく、マダムが母親を殺したんだと思っていたんでしょうね。だから私にあんな態度が出来たのだと思います」

 

 彼女を連行している中で、その事実をようやく話すことができた。

 顔はマスクで覆われていたし後ろを振り向かなかったので見えなかったが、声色から動揺していることだけは理解できた。撃たれてもおかしくなかったのに発砲されなかったのは、怒りよりも衝撃の方が大きかったからだろう。

 必要なことだった。ベアトリーチェがアリウスを訪れることがなくても、いつかは達成しなければいけない目標だった。アツコを攫うという手段には遅かれ早かれ辿り着いて、その日よりももっと露骨なやり方をしただろう。その場合は単純に内戦の最終戦争として全戦力がぶつかり合う乱戦になっていたのかもしれないが。

 

「もうずっと前に、私が彼女に掛けるべき言葉は言い終えています」

 

 今更、何を彼女に言えというのだろうか。

 ああ、でも、もう忘れてしまっているかもしれないから。

 

「私のことを、恨んでくれて構いませんからね」

 

 いつか幼い彼女に掛けた言葉を、もう一度だけ贈る。

 ナナカはそれだけ言うと背を向けて、バシリカの出口に向かって歩き出す。

 アツコの意識があるのかどうかなんてどうでもよかった。どうせ、もう二度と会うことはないのだから。

 バシリカを出る手前、ふと奇妙な予感を感じたナナカは足を止める。

 

()()()()()()()。私は、貴女(あなた)に感謝しています」

 

 ステンドグラスで描かれた昏い光を見てから、ナナカはマダムへと視線を移す。

 突然の言葉に、言葉を投げられた彼女は困惑しているようだった。それもそうだろうな、とナナカは一人納得して、しかしその内心は告げることなく言葉を続ける。

 

「あなたがいなければ、今の私はない。あなたがいなければ、私はここまで来れなかった」

「あなたをそうしたのは私だということを、忘れてしまいましたか?」

「いいえ、覚えていますよ。ですが、貴方の庇護がなければ、私はきっと生きられなかった。あなたのおかげで、私は今日も生きている」

 

 最後だという確信があった。

 そう思うということは、自分たちは負けるのだろう。これからここに来るであろうスクワッドと先生に。

 だからどうしても、伝えておきたくなったのだ。

 その特別扱いが、その歪んだ愛情が、自分がここで五体満足で立っている理由なのだから。

 

「――本当に、ありがとうございます」

 

 せめてもの抵抗で、過去形にはしなかった。そうすることに何も意味はないことは分かっていたが、彼女なりの矜持だった。

 ナナカはベアトリーチェの言葉を待たず、バシリカを後にする。

 彼女にはまだ、役割が残っていた。主人公たちの前に立ち塞がる、因縁の相手としての役割が。

 十年以上使用している愛銃のチェックをする。自分の命を繋いでくれた者たちに感謝を込めながら、最後の仕事を行うための準備を行う。

 

「私たちの勝利条件は2つあります。先生を擁するスクワッドを倒すこと。マダムの儀式が完了するまでの時間を稼ぐこと。このどちらかを達成すれば、我々の勝利です」

 

 前者が難しいことは理解している。ヒエロニムスを単独で下した先生の大人のカードによる攻撃のことも考えれば、そこを目標とすると却って突破されてしまう可能性が高くなる。

 だが、後者であればどうか。ここには遅滞戦術のスペシャリストがいて、手負いの向こうはマダムとの戦いに備えて体力の温存を必要とする。もし時間を稼げなくとも、マダムが勝てる状態まで弱体化させることができれば十分なのだ。

 後ろから聖園ミカがこちらに向かっているという報も入っており、動きを見るに恐らくスクワッドもそれを把握している。

 儀式に間に合うための強行突破をしようとすれば被弾が増えて消耗し、慎重に進めば間に合わない。聖園ミカの追撃を考えれば、スクワッドが強行突破を図る可能性が高い。こちらはそれを想定して徹底抗戦するだけだ。

 本気で突破しようとする彼女たちの足を、一秒でも止めなければならない。

 

「時間を稼げば、聖女バルバラの顕現も間に合うでしょう。彼女が顕現すれば、スクワッドも突破の手段を持っていません」

 

 条件を並べれば、随分とこちらが有利に見える。

 だがその無理筋を通すのが物語の主役である。先生とスクワッドがそう定義されていることをナナカは薄々気付いているが故に、油断なく準備を進めていく。

 

(ひとや)、ナナカ……」

 

 ガスマスクを外して待っていた私の姿に、錠前サオリの表情が歪んだ。

 先生はその名を聞いてもなお、視線がどこに向いているのか分からない。腹が立つ。本当に。

 合図を受けたスナイパーたちが彼女たちに発砲して、彼女たちは瓦礫の陰に身を隠した。ナナカも予定していた位置に移動して、部隊全員に作戦の開始を伝える。

 案の定強行突破を図ろうとしたサオリに、手榴弾と近接メンバーのショットガンが見舞われた。

 それを何とか耐えたサオリは私に向け、憎いという感情を隠さずに声を上げた。

 

「あの日からずっと、お前が憎かった。お前を倒さねば、私はあの日に囚われたままだ……ッ!」

 

 奇しくもいつかと同じ、攫われた(アツコ)を救わんとする三人とナナカという構図である。スクワッドには先生がおり、ナナカは部隊を連れてきているが、スケールアップと考えれば悪くない。

 あの日、ナナカは彼女たちに力を付けろと言った。その言葉通りに彼女たちは成長して実力を磨き、いまや個人技ではナナカは三人の誰にも敵いそうにない。

 まるで彼女たちが正義で自分が悪のような立場も変わらず、幼いころの因縁に決着をつけるなんて王道の物語(ストーリー)にありそうな展開である。

 

「では、決着を付けましょうか」

 

 ナナカの得意とする遅滞戦術を打ち破って彼女たちがハッピーエンドを迎えるなら、それは紛うことなき彼女たちの勝利に違いないだろう。

 だがそんな物語の都合などナナカの知った話ではない。

 彼女はずっとアリウスのために戦ってきたのだから。自分たちが救われたいがために戦う者たちの身勝手な我儘に付き合う気などさらさらない。

 ここを超えれば、ベアトリーチェの目的が果たされる。

 誰もアリウスを無視できなくなる。単純な暴力という手段を以て、キヴォトスにアリウスという存在を確立させる。

 そのためならここで命を落としても構わない。ナナカはその覚悟を持って、戦いに臨む。

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