裏切れなかった少女の話   作:息抜きのもなか

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蛇足。前回で彼女の物語は終わっているので、こちらはただのおまけ話です。


エピローグ

 アリウス自治区。

 その一画にある建物は、とある生徒の部屋があったとされ、今もその状態のまま残されている。

 少なくとも記録上で十年間はその部屋で生活が行われていたと記されているが、しかし末期の状態を考えればその記述には疑問が残っている。壁の八割以上が崩れ落ちている部屋で本当に寝泊りをしていたのだろうかというのが否定派の言であり、実際他の生徒が校舎の教室で寝泊まりしていたことを考えると途中からそちらに合流していたと考える方が自然であるという見解である。

 しかし、その生徒が他の生徒たちから疎まれていたとされる記述も数多く残っており、そういった生徒たちから逃れるために与えられた私室を最後まで使い続けたのではないかという意見も少なくない数が主張していた。

 

 現在では、当初一人だと思われていたその部屋の使用者は途中で切り替わったのではないかというのが定説となっている。

 その根拠として、活動期間の辻褄が合わないことが挙げられる。

 仮にその生徒が一人であったと仮定すると、エデン条約調印式時点で三年生だったとしてもベアトリーチェをアリウスに招いたのが八歳、内戦に参加したのが七歳、アリウスの調査を開始したのが五歳ということになってしまうのである。

 仮に一つ留年を挟んでいたとしてもアリウスの当時の生徒会長を九歳の彼女が倒したことになってしまい、ベアトリーチェを圧倒したと言われる生徒会長の実力を考えるとあり得ないというのが共通認識である。仮に一対一ではなく部隊を率いていたとしても、九歳の少女にそこまでの大物喰いが可能であるとは思えなかった。

 そのため、明確にアリウスの行動が変化するスクワッド発足前と発足後で別の人間が『監督官』としての役割を果たしていたと考えるのが最近の主流である。アリウススクワッド発足後に『監督官』が前線に出てこないのも、その辺りで発足前の『監督官』が死亡して戦闘能力の高くない新たな人物に切り替わったと考える方が納得できた。

 

 しかし、この説には説明できない部分も存在しており、アリウススクワッド発足前の『監督官』が内戦時に得意としていた遅滞戦術を、アリウススクワッド謀反時の防衛戦に使用されていたとされている記述が存在しているのだ。

 たまたま別人が同じレベルの遅滞戦術を指揮できたという可能性もないわけではないが、その十年に二人もその戦術の天才がアリウス自治区という狭い場所に現れるだろうか。

 この点の説明が現在この人物の研究に関する最重要課題であり、現在はアリウススクワッド発足前の『監督官』がアリウススクワッド発足後の『監督官』にその技術を継承した証拠を探る方向性で研究が進められているが、十年以上その記述を見つけられず新たな資料の発見が待ち望まれている。

 

 ただ、この人物の行動動機についてはかなり解明が進められており、アリウススクワッド発足前の『監督官』についてはベアトリーチェ側の資料にある通り彼女に脅されて協力していたという説でほぼほぼ間違いないと見られている。

 また、この『監督官』の死因については自殺と考える説が一般的であり、ベアトリーチェによる騙し討ちや処刑官としての仕事のストレスに加えて、部屋の状況を見るにいじめというにはやりすぎな攻撃を受けていたことが考えられ、その状況に耐えかねて自死を選んだとされている。

 別説として色彩に接触して恐怖(テラー)となったために処分されたとされる説も以前は提唱されていたが、ゲマトリアの『黒服』と呼ばれる研究者の資料が公開されたことにより彼女が色彩に発見されない特異体質であったことが判明し、この説は現在では誤りだとされている。

 

 アリウススクワッド発足後の『監督官』についてはベアトリーチェに恭順する姿勢が多く見られるため、信奉者であったとされる説が有力である。

 最終的にすべての罪を自分が被ってトリニティに出頭したことに加え、単独での外部の任務が多く逃げる機会があったのにも関わらず逃走を図らなかったことから、ベアトリーチェの洗脳を受けた生徒の一人であると考えられており、当時のシャーレの先生に対する態度がかなり敵対的であったことがその説を補強している。

 

 最近の若い研究者が『監督官』を同一人物だと仮定して行動動機を発表したが、あまりにもこじつけだと多くの批判を浴びた。

 彼の主張では、『監督官』は七歳のときに調査を開始し、恩人の死を見たことによって子供ではいられなくなったと主張している。そして十歳の時にベアトリーチェを招き入れるが、当時内戦に参加できていたのは本人の戦闘技能ではなく遅滞戦術の指揮に優れていたからという理由で説明できると述べていた。確かに戦力ではなくその頭脳が評価されたのだとすると隊長という指揮官の立場であったことにも説明がつくのだが、十歳でも流石に幼すぎるというのが皆の見解であった。

 エデン条約時にゲヘナ学園に十一歳の丹花(たんが)イブキが飛び級で万魔殿(パンデモニウム・ソサエティ)に在籍していたことから不可能ではないというのが彼の主張ではあったが、丹花イブキについてもその年齢を疑われている生徒であるために説得力に欠けた。

 

 ただ、アリウススクワッド発足後に別人に切り替わらなかったと主張する根拠としてスクワッド謀反時の遅滞戦術に加え、アリウススクワッドがわざわざ別ルートを選ばず突破を選んだというのが過去――彼の論文内では生徒会長と戦った十歳時の秤アツコ誘拐時――に因縁があったという新説を提唱したのは皆面白いと興味を持った。

 確かにこの時のアリウススクワッドは消耗を避けるために当時アリウス自治区内に顕現していたユスティナ聖徒会の複製(ミメシス)(ゲマトリアの技術であるとされる)やアリウス生徒をなるべく避けていたという記述があり、どうして一番突破に時間が掛かる『監督官』との戦闘だけは行っていたのか疑問に思っていた研究者は少なくなかったのである。

 幼少期の因縁があるとは思わないが、訓練時の因縁は何かしらあるのではないかという意見が大半を占め、現在はその方向で検証が進められている。

 

 また、彼は『監督官』がベアトリーチェに従っていた理由について、『監督官』がベアトリーチェに情を抱いたのではないかと提唱した。自分の心を護るためにストックホルム症候群を発症していてもおかしくない状況で、反転(テラー化)をしていなかったことを考えると精神的にはどこか安定している部分があったと考えたようだ。

 これについては反転が小鳥遊ホシノの例によって色彩を解さなくても起こりうることだと示されていることもあり、信奉者説の方が支持者は多いものの最近支持者を増やしている仮説である。

 実際にゲマトリアの研究者『黒服』とそれを示唆するかのような口約束をしていたとされる記録が存在し、研究が進めばもしかするとこちらの説が有力視されることもあるかもしれない。

 

 そして彼はそもそも前提としてこの『監督官』がアリウスのことを愛していたという可能性を強く主張した。当時のアリウス生は事件後の離脱者がかなり多かったため、彼らがアリウスに対して好感を持っていた可能性は少ないとされている現在の定説(なお、実際には矯正局に送られた生徒も多いため、最近ではこの主張に懐疑的な部分もある)に真っ向から反抗した。

 彼女が何回かベアトリーチェと交わしたとされる契約はその内容がどれもアリウスの環境改善を望むものであり、矯正局出所後の接触禁止期間が終わった後すぐにアリウス自治区へとんぼ返りしていることを彼は根拠として説明する。

 こちらは単純に居場所がなかっただけではないかとも言われているが、特に反証するような内容もなく、アリウス自治区へ戻った後も生徒に対する奉仕活動が主であったことを考えると単純ではあるが否定もできない意見であった。

 

 そしてその主張は矯正局が突然実施した百年以上経過した収監生徒の名簿を公開する改革よって証明された。

 なんとそこに記載されていた名前にアリウス自治区の復旧と観光計画を立案した(ひとや)ナナカ氏の名前があったのである。

 他にもアリウス生の名前は多くあったが、年齢記載欄に収監時二十歳、在籍がアリウス分校との記載があったために彼の仮説が一気に最有力説に押し上げられた。

 そして牢ナナカ氏の手記と照らし合わされた結果、ついに『監督官』を牢ナナカ氏が担当していた事実が浮かび上がった。そして周囲の人間の子孫や関係者の子孫から情報収集を行って研究が進んだ結果、彼の主張はほぼ事実と一致していたことが判明したのである。

 

 生前、牢ナナカ氏はアリウスの未来を憂う発言が多かったことが知られている。

 実際に彼女は二十六歳という若さで早逝したため、彼女は自身の行動の結果が出るよりも早くこの世を去ってしまっている。

 その若さで亡くなった原因については多くの憶測を呼んでいたが、『監督官』が彼女であったという事実が判明した今では、十代になる以前からずっと戦い続けてきた彼女は命の炎を燃やしすぎてしまったのだろうという同情の声が多く囁かれている。

 その彼女の早逝と同時に語られているのが、トリニティと共同で行ったユスティナ聖徒会の複製(ミメシス)の掃討作戦や、バシリカ及びアリウス旧校舎の補修工事と観光地化である。

 彼女は次の目標としていた市街地の戦跡維持工事が達成される前に亡くなってしまったためにその効果を見ることは叶わなかったが、完成したそれらは重要な内戦の史跡として評価され、翌年から多くの見学客と研究者を呼び込むこととなった。

 今ではキヴォトス有数の史跡として歴史的価値を持つ史跡都市として成立しており、修学旅行や平和学習を目的とした学生の定番スポットとなっている。

 牢ナナカ氏の想いは彼女の死後、間違いなく実を結んだのだ。

 

 シスターフッドの聴聞記録に、興味深いものがあった。

 当時のシスターフッドの首長が記録した、『監督官』に向けられたアリウス生徒の言葉である。

『私たちには監督官が必要です。ずっと、お待ちしております』

 それは当時『監督官』がトリニティの地下牢(※現在は使用が禁止されている)にいた頃に伝えられたとされており、『監督官』への信頼と期待が感じられる言葉である。

 牢ナナカ氏が『監督官』であることが分かった今、アリウスという場所だけでなくそこにいた人さえも愛していた彼女にそんな言葉が届けられたとなれば、研究者の解釈は一致している。

 きっと彼女は向けられた信頼と期待を裏切れなかったのだろう。

 彼女は自分が果たすべきと決めた役割を最後まで全うする人だったから。

 

 最初から最後までアリウスのために奔走した彼女が、安らかな眠りについていることを願う。




最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
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