裏切れなかった少女の話   作:息抜きのもなか

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01.内戦

 少女が覚えている最も古い記憶は、飢餓状態の空腹の記憶。

 

 食料の入手手段としての盗みが常習化していた中で、それを阻まれて体中をズタズタにされて投げ出された時の記憶。

 体が動かせないまま、ただ地面と見つめ合って二日以上が経つ。道の先で同じように倒れていた誰かが、今日自分が目を覚ました時から動いていない。呼吸によってわずか膨らむ胸部の動きすら失われた姿に未来の自分を幻視する。

 

「ぁ”……ぅー……」

 

 声にならない呻き声が自分の喉から発せられる。

 もはや言葉を発することが出来なくなった自分に絶望する。

 空腹はもはや腹痛と判別できないほどに飢えを主張しており、水分を求める喉は痛いほどに渇きを訴える。

 加えて遠くからこちらへ近付いてくる銃声が、ここももうすぐ内戦の戦地になるであろうことを告げていた。

 

「何だこいつ、邪魔だな」

 

 近付いてきた足音が、無遠慮に私を足蹴にした。

 思わず「……ぅグ」と呻きを漏らした私に「何だ生きてんのかよ」と吐き捨てたそいつは私を近くの建物の中に放り込むと水を私の口に含ませ、幾らかの食糧を置いて離れていった。

 

 体を起こすことは叶わないものの、激痛さえ我慢すれば何とか保存食の袋ぐらいは開けられる。僅かに動くだけで軋む身体に苦戦しながら、二時間ぐらいかけてようやく一つの袋を開けることに成功した。体を(よじ)って少しずつ動いて、ようやく床に広がった食料を直食いで口に入れる。

 噛むたびに頬の傷が痛むが腕を動かしたときほどの痛みではない。よく噛んでから飲み込む。

 久々の食糧の供給に体がびっくりして腹痛が別の腹痛へと切り替わる。(もど)しそうになる感覚を堪えながら少しずつ、少しずつ食べ進めていく。

 銃撃戦の音が聞こえながらの食事はあまり生きた心地がしなかったとナナカは当時を思い返す。

 

 運よく親切な人が分け与えてくれたから良かったものの、本来ならば死んでいた命だ。

 いつか会えたのなら感謝の言葉を伝えなければとナナカは思っていた。

 

「嘘……」

 

 数日後に重い体を引きずりながら立ち上がった彼女は、建物の外で事切れている恩人の姿を発見する。他にも死体が転がっていることを考えれば、内戦の銃撃戦の結果なのだろう。

 銃撃戦による死者も、餓死者も珍しいことではないアリウスの地であれど、ナナカは顔見知りがそうなっているのを目にするのは初めてだった。同じ行き倒れに親近感を覚えるのとは訳が違う、明確な恩のある人間がその命を散らしたことを自覚して、ナナカの心は子供のままではいられなくなった。

 彼女の歳を数えるのに両手で事足りる頃の話だった。

 

 子供ではいられなくなった彼女はアリウスの現実を知った。

 内戦はこの地を出ていこうとする革新派とこの地で生きていこうとする保守派の二つの勢力が争っていること、食糧問題については彼女がそうだったことを考えれば分かりきったことではあるものの、それでも彼女が想定していたよりもずっと追い詰められていることを知る。

 この地で生きていくには、安定した補給路――といっても満足な量ではないのだが――を保有する内戦している二派のどちらかに所属するのが手っ取り早いことにも気が付いた。恩人の形見の銃を背負った彼女が門を叩けば、猫の手でも借りたい両陣営の人手不足を考えれば疑われることはあれどその身を置くことはできるだろう。

 少女はどちらの派閥に所属するか迷わなかった。

 

「私は(ひとや)ナナカ。革新派の手伝いがしたい」

 

 ガラガラの声だったが、言葉は聞き取れるぐらいその声ははっきりとしていた。

 彼女の幼いその姿を見た高校生らしき生徒は眉をひそめたものの、結局彼女を派閥へと引き入れることを決めた。自分が面倒を見る形で部隊に組み込み、訓練を行い、使い物になるレベルまで引き上げた。

 ナナカの戦闘技術は今もなおその生徒から教わったものが根底に根付いている。

 そして彼女を拾い上げたその生徒もまた、一年と経たないうちにあっけなくその命を散らした。

 

「泣きそうな顔してんじゃねえぞ、クソが」

 

 強面で口も悪かったが、面倒見のいい人だったな、とナナカは彼女のことを思い返す。

 彼女にとっての第二の恩人。一人目こそ間に合わなかったが、二回目にはすぐ側で戦っていたこともあって立ち会うことができた。

 既に砕け散ったヘイローが示すように、もう彼女の未来(さき)は長くない。

 その手を握って涙するナナカを諭すように、地に伏した少女は言葉を紡ぐ。

 

「お前があいつの銃を背負ってオレらのとこに来た時は、何の冗談かと思ったよ」

 

 保守派連中の手先かもしれないと思っていた、と少女は言う。

 実際、連絡がつかなくなった生徒の知り合いを名乗る人物が形見の品を持って敵派閥へ潜り込み、スパイ行為をするケースはそれなりに横行していたらしい。彼女の恩人はその場でヘイローの破壊を確認していたがために、ナナカのことを疑ってかかっていたようだった。

 だがその疑念はナナカがあまりにも戦場(いくさば)の常識を知らなかったことによって氷解し、途中からは不出来な後輩としてただ慈しんでいたと言う。

 

「お前、どうしてウチに来た?」

「アリウスは、もう内部でどうにかできるような状態じゃありません。外から技術や食料を入れなければ、ただ衰退の一途を辿っていくだけです」

 

 ナナカが保守派ではなく革新派に足を踏み入れた理由は、その一点に集約される。

 動けるようになった体を引き摺ってアリウスを見て回った結論は、もうこの自治区は外部の助けなくしてはままならないということだった。

 だから革新派の頭がトリニティに対して敵意を持っていることを知っていたものの、この地区内で衰退していく未来しか残らない保守派につくことはできなかった。力を示せば無視できなくなるという過激派のような首長の言葉もあながち間違ってはいないとナナカが考えていたこともある。

 

「はっ、随分と大人びた子供だと思ってたが、そんなことを考えてたとはな」

 

 呆れたように笑う彼女の恩人は、真っすぐ自分が拾ってきたの目を見つめる。

 その力強い意志を宿す瞳から少しずつ光が失われていく様が、彼女の脳裏に刻まれていく。

 

「ナナカ、お前は死ぬなよ。お前は、きっと……」

「……隊長?」

 

 ナナカが握っていたその手から、ふっと力が抜けた。命が指の間を零れおちていくような感覚。

 その灯が消える瞬間を目にした彼女の頬を伝う滴が恩人の顔に落ちていって、汚してはいけないとその顔を拭う。

 彼女はそれがよくないことだと理解していながらも、その安らかな寝顔に一度だけ口付ける。

 

「私が、アリウスを――」

 

 ナナカは穏健派の長であるアリウスの現生徒会長の姿を思い浮かべる。

 その者をどうにかしなければこのアリウスに未来がないと確信する彼女に転機が訪れたのは、彼女が小隊長に昇進してからすぐのことだった。

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