裏切れなかった少女の話   作:息抜きのもなか

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※アリウススクワッドのメンバーに対する暴力描写があります。
 そこまで過激なものではないですが、判断はお任せします。


02.外患

 その大人が接触してきたのは、ナナカが小隊長に昇進して結果を出し始めてからすぐのことだった。街の外れで戦闘を終えて肩で息をしているところに気配無く表れた赤い大人に対して、すぐさま銃を向ける指示を出したのは日頃の訓練の賜物だろう。

 彼女たちのその動きに「よく訓練されていますね」と評したその大人はナナカのことを見下ろしながら扇子を使ってナナカのことを指す。

 

「あなたにお話しがあります。応じていただけれるのであれば、あなたの部下たちに危害は加えませんよ」

「話を呑めばの間違いだろう?」

 

 銃を下げずに言葉を返したナナカに、凶悪な顔で背の高い赤い女が笑う。

 怯えた声を出したのは誰だったか。自分だったか部下の誰だったか、ナナカの記憶にはもう残っていない。しかし当時の自分が内戦の中で培った危機察知能力が、目の前の大人が危険であることを叫び警鐘を鳴らしていたことは覚えている。

 そんな彼女の警戒を嘲笑うかのように、眼前に赤い飛沫が舞った。

 目の前の大人の白腕が朱く染まっている。

 それ即ち――

 

「待て!」

 

 皆の殺気を感じとったナナカが静止の指示を出す。仇を討たんとした部下たちがその命令に苛立ちを覚えて彼女の方を睨み、その異様さに息を飲む。

 いつも冷静な小隊長が動揺を隠せていない。凶行に及んだ大人を上目に睨みながら、大きく息を乱していた。戦場に身を置くものであればそれが何を意味しているか分かってしまう。

 恐怖だ。ナナカは彼我の実力差を思い知ったが故に、目の前の大人に恐怖したのだ。

 目に見えぬ速度だった。誰も彼女の動きを捉えられなかった。ここで攻撃すれば少なくない数の部下達が犠牲になることを察した彼女が静止を命じ、怒りに任せて手を出そうとした彼女たちは自分たちが命拾いしたことに気が付く。

 

「良い判断です。私の話を聞いて下さいますね?」

「……ああ、わかった。皆は彼女の治療を」

 

 ハンドサインで指示を出せば、彼女の部下たちは怪我をした生徒を運んで早々に撤退していく。

 その場に残ったのはナナカとその命をすぐにでも奪えるであろう大人の二名のみ。

 体の硬直、動悸、表情の強張り。そのどれもが恐怖していることを示しているのに、自分と二人だけの状況を作り出したことに赤い大人は感嘆する。

 

「その勇気に免じて、勝手な行動でしたが不問としましょう」

「それで、話とは?」

 

 銃は下ろさず、まっすぐ照準を合わせたまま。

 その視線が怪しい動きを見せれば容赦なく引き金を引ける覚悟を持った者であることを見て取ったのか、彼女を見下ろす大人は扇子で口元を隠し、目を細めて彼女に向き直る。

 

「私がこの地で起きている内戦を終わらせます。私に力を貸しなさい」

「目的は?」

「この地を支配すること自体が目的です。あとのことは支配さえ終わってしまえばどうとでもなることですからね」

 

 内戦を終わらせる。その提案はとても魅力的に思える。

 しかし先ほど有無を言わさずこちらを害したことを考えるに、現状のアリウスが好転するとは思えない。

 引き金に指を触れる。

 顔を強張らせたナナカに対して、相対していた大人の無数の目が細められる。

 

「あなたの望みを一つ聞きましょう。何が望みです?」

「アリウス生全員に行き届く食料の安定供給」

 

 ノータイムでの返答に、欲望の吐露を期待していた大人の複数の目が見開かれる。

 赤い大人は少し考えるそぶりを見せた後、「いいでしょう」とナナカの要求を呑む言葉を吐き出した。

 その代わり、と扇子をナナカに突きつけながら、彼女に一つ条件を付け足す。

 

「あなたが全員を私たちのところに連れてきなさい。あなたが連れてきた生徒には十分な量の食糧を与えましょう」

「わかった。それでいい」

 

 では、契約成立ですね。

 その言葉に、ぞわりとした背筋が凍る感覚を覚える。

 自分は今、何か致命的な間違いをしてしまったのではないかと震えそうになる体を抑え込んで、彼女は目の前の大人を見る。

 

「私は牢ナナカ。あなたは?」

「私はベアトリーチェ。私のことは『マダム』と」

「わかった。マダム」

 

 突然ベアトリーチェから何かを放り投げられ、ナナカはそれを焦ることなくキャッチする。

 スマートフォン。革新派の上の人間たちが外で売られていると話していた最新機器。携帯電話の後継機であると言われるそれを受け取った彼女は、ベアトリーチェと名乗った大人の意図をすぐさま理解する。

 

「連絡は全てこれで?」

「ええ。私の友人たちの技術で生命反応を調べるアプリを入れてあります。私がアリウスを支配できた暁には、そこに表示された点の場所へ行って生徒を私のところへ連れてくるのです」

 

 言葉を聞きながら、アプリを開く。

 今自分がいる場所を中心に、赤い点がいくつも散らばっていた。部下達を対比させた方向や革新派のアジトであろう場所には点が密集している。

 自分がいる場所に来れたのもこれが理由か、と納得したナナカはポケットへ放り込む。

 その直後、しまい込んだスマートフォンが鳴動し、誰かからの着信を伝えてきた。

 確認すれば『最初の指示です。生徒会長の娘を革新派のアジトへ連れてきなさい。手段は問いません』との文字。

 顔を上げれば、「ちゃんと届いたようですね」と満足そうな顔をするベアトリーチェの姿が目に入る。直接伝えればいいだろうと愚痴を零せば、念のための確認は必要だと押し切られてしまう。

 

「私は先に革新派のアジトに向かい話を付けておきます。いいですね」

「……わかった」

 

 ベアトリーチェが、何をするつもりかナナカには分からない。

 だが、約束さえ守られるのであれば構わなかった。現状の袋小路よりはずっとマシなはずだと、本気でそう思っていた。

 

 先ほどベアトリーチェから貰った生命反応を探る装置で三人組か四人組、あるいは一人で動いている相手を探しながら穏健派の地域へ侵入する。

 生徒会長の娘は、生徒会長が世襲制であるがためにロイヤルブラッドと呼ばれている。現生徒会長の娘は今はまだ私の三つか四つ下の年齢のはず。確か名前は……。

 

「アツコちゃん、サオリちゃんから伝言があってね」

 

 (はかり)アツコ。最近生徒会長が内戦激化を嫌って孤児の中に紛れ込ませた唯一の血縁。

 以前生徒会長の弱点を洗うために情報収集したときに随分と姉代わりの錠前サオリに懐いている様子だったので、ナナカはそれを利用させてもらうことにした。 

 信用されても信用されなくてもどちらでもいい。信用されるなら騙すだけ。信用されていないのなら脅すだけ。連れていくだけでよいのなら、方法はいくらでも思いついた。

 

「あなた、革新派の人ね。母様が、あなたたちについて行ったらダメって言ってた」

「そうか。なら、話が早い。あの三人はこちらで預かったよ。別動隊が確保していつでも始末できる状態にある。付いてこなければ、わかるね?」

 

 ハッタリだ。別に錠前サオリたちに別動隊など向けていない。だがそう言えば目の前の少女を確保できるのならば、やらない手はないだろう。

 こちらを見定めるような目を向けるアツコから視線を逸らし、無線を受け取ったような演技をする。ちらりと彼女の方に視線を戻し、少しだけ口角を上げて見せれば何を勘違いしたのか私に縋りついて来た。

 

「ついて行くから、みんなに手を出さないで」

「……もちろん」

 

 たっぷりと余韻を取ってからそう返事をすれば、アツコの表情が悲痛に歪む。

 自分の行動如何で皆が危うい状態に陥ることを理解しているが故の強張り。いつかの自分よりも若いはずの少女が見せたその態度に、生徒会長になるべくして生まれてきたのだろうなというどうでもいい感想を抱く。

 意識が逸れているアツコに対して、腹部に二発だけ発砲する。

 カクリと支えを失ったその体を優しく受け止め、「ごめんね」と囁いて担ぎ上げる。

 ナナカが穏健派側の地域を抜けようとした間際で、三つの小さな影が彼女を襲撃した。

 

「アツコを離せ!」

「ひ、姫ちゃんは渡しません!」

「……消えて」

 

 見覚えのある三人組だった。錠前サオリ、槌永ヒヨリ、戒野ミサキ。

 担ぎ上げた小さな体と共に過ごしていたはずの子供たち。まだ戦える体も育っていない、物心がついているかも怪しい彼女たちのことをナナカは文字通り足蹴にする。

 呻き声を上げる彼女たちを見て、アツコの意識を刈り取ってよかったと一つ安堵の息を吐く。こんな光景を見られては、自分の言葉が嘘だとバレてしまうから。

 自分よりも体の大きい年上からの暴力に屈して地に転がる彼女たちの姿に、死にかけていた自分の姿と重ねてしまう。

 

「そんな顔しても、こっちも仕事だからね」

 

 先ほど私に睨まれていたマダムも同じような気持ちだったのだろうか。

 可愛らしい子供たちが無意味な反抗をするために奮起している。その姿はこちら側に立ってみればひどく滑稽に見えてくすぐったくなり、同時になんだか悪いことをしている気分にもなる。

 そんなことを考えながら、ナナカは腹を抱えてうずくまり憎々しそうな顔だけをこちらに向ける青髪の少女を見下ろす。

 

「そんなに憎いのなら、力をつけなよ」

 

 そう言い残して後ろを向く。

 歩き出すと同時に駆けてくる足音が耳に届いて、振り向きざまに思いっきり足を振るった。確かな手応えと、小さな身体が壁と衝突することで発生した大きな衝撃音がその成果。

 音を出したのは不味ったかなとナナカはその姿を確認することなく足早にその場を立ち去っていく。その背中に刺さるような視線を浴びていることに気付きながらも、その足は緩まなかった。

 

「何、これ……」

「思ったよりは早かったですね。ですが、ちょうどこちらも終わったところです」

 

 (あか)(あか)、一面の赤。

 その凄惨な光景を目に入れて、アツコの意識を奪っておいて良かったと心の平静を保つために意識を逸らす。目の前の光景は、年端も行かない彼女に見せてはいけないものだ。

 だが、目が合ってしまった。今ちょうど命の灯が消えんとしている革新派のリーダーと。

 そのまま掴んでいた首ごと拳を握って終わらせたべアトリーチェは、ナナカが背負う紫髪の少女に目を向けて満足そうに笑って見せる。

 

「ロイヤルブラッドの少女、命令通りですね。よろしい」

「どういう、つもり?」

 

 息がしづらい。動悸が収まらない。

 内戦に参加していたとはいえ、ナナカは本来ならばまだ中学校に上がっていないような年齢の少女である。一年以上目的を共にした顔見知りが、仲間が、自分よりも確固たる実力を有する頼れる先輩たちが皆殺しにされている現場に遭遇しても動揺しないような鋼の精神力など持ち合わせていない。

 

「よくも、よくも!」

「あなたが招いたことですよ。この惨状は」

 

 外患誘致。

 それが私の罪。

 ナナカはその惨状が自身が招いたものであることを疑えない。それがベアトリーチェの思い通りであることを認識しながらも、間違いなく彼女を受け入れたのは自分だったから。

 受け入れられず放心する少女に対して、「約束は守りますよ」と悪い大人が甘言を囁く。

 あなたの理想には私が必要でしょうと語る大人の言葉に、結んだ約束が無理矢理彼女の体を突き動かす。

 少しでもアリウスの皆の生活が、改善するのならば。その一心で。

 

「……次の命令は?」

 

 ナナカは自身が無意識にベアトリーチェに下ってしまっていることに気付かない。契約を結んだ当初はギリギリ対等だったはずの関係は既に、命令を出す者と命令を受ける者という上下関係が出来上がってしまっていた。

 ベアトリーチェがそれに気が付き笑みを浮かべていたことに、動揺するナナカは気が付けない。

 掌の上で踊る少女に絡み付く悪意は、丁寧に彼女の心を傷付けていく。

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