ベアトリーチェが内戦の終戦を宣言し、支配体制を組み始めてから数か月。
ナナカはその体制の戦列に加わることはなく、別の任務を与えられていた。契約時の条件通り、生徒をベアトリーチェの支配する学校に連れてくることである。
皆が武力訓練を行っていることは知っていたがその内情を垣間見ることは許されず、たまに道ですれ違う生徒たちからその状況を察することしかできない。訓練に滅入っているのか暗い顔を覗かせる者もいたが、以前よりは遥かに餓死者や戦死者を見なくなったこともあって、約束は守られているのだろうとナナカは一つ安心する。
無法地帯だった以前のアリウスから考えれば確実に良い方向に変化している。そう思えばあの日の記憶を思い出して
「この辺りか」
ナナカが訪ねるのは日中に学校にいない生徒たち。アプリの生体反応に目を落とせば赤い点がほぼ自分の居る地点と重なっているようだった。
辺りを見回すが、ここは少し背のある廃墟ばかりで骨が折れそうだ。
どうやら赤い点は動いているようで、こちらが建物に近付く度に離れていくのが見て取れる。既にナナカのことを認識しているのか、あからさまに避けるような動きである。
顔を上げる。この状況で自分のことを見ているということは、こちらを観察できる位置にいるということだから。また建物を移動しているということを考えれば、中途半端な階ではなく上か下の二択だろうと目を付けて見回せば、視界の隅の建物の上階に一瞬だけ揺れた白髪が見えた。
「そこだね」
彼女がいた建物に飛び込み、階段を駆け上がる。
二階に踏み込んだところで何かの線にぶつかった感覚がすると共に、仕掛けてあったであろう罠が炸裂した。逃げ回られたことはあったが戦いになったことは少なく、それも半ば突撃のような形で突っ込んでくるような相手ばかりだったので、罠への注意が疎かだったことを反省する。
だが、警戒して足を緩めるのも相手の作戦のうちのはず。
ナナカが取った戦法は基本方針として引っ掛からずに突き進み、万が一引っ掛かっても突き進むという相手の資源の少なさを軸にした脳筋戦法であった。
「見つけた!」
白い髪が部屋に消えていったのを確認し、部屋の入り口ではなく壁を爆弾で破壊して最短距離で飛び込む。部屋の入口の刺客に構えていた少女はその突入を予期していなかったようで目を瞬かせる。
こんな戦法を使うのだから自分よりいくつか上だと思っていたのだが、そこにいたのはアツコと同じぐらいの少女だった。そのことは予想外ではあったものの、壁を抜かれたことに驚いて一瞬だが確実に動きが止まったその隙に距離を詰め、彼女が有していた凶器を叩き落す。
退こうとした彼女の腕を掴めばゲームセット。
暴れようとする少女をどうどうと宥めて、別に取って食おうというわけじゃないと話しかける。
「終戦の宣言は聞いたでしょう? アリウスの学校を新しい生徒会長の旗下で整備しようという動きがあるんです。食事も寝る場所も提供されます。あなたも来ていただけませんか?」
「それが本当だとは思えない。私は騙されないぞ」
「本当です。食事は外部から定期的に入手して安定供給していますし、部屋も夜間の校舎を解放してそこに泊まっていいことになっています。食事が不安なら、あなたに私の持っているものをいくつか渡しましょう」
そう言いながら、ナナカは肩に提げていた鞄からいくつか保存食を取り出して、少女に渡す。
その行動に驚いて目を丸くした少女に食べながら話すことを提案して、火をつけて暖を取りながら食事の準備を進める。
白洲アズサと名乗った少女は話してみれば年の割に知識のある生徒で、少し偏った思考をしがちではあるものの芯の強さが感じられる少女だった。愛読書のことをキラキラとした目で語る彼女はとても輝いて見えて、ナナカは彼女が学校に馴染んでくれることを祈る。
共に火を囲ったからか、はたまたナナカが彼女の話についていけたこともあって信用してくれたのか、彼女は明日から学校に行ってみると約束してくれた。まずはここに顔を出してほしいと目印が書かれた手書きの地図を渡して、私は彼女と別れた。
彼女やアツコのような人間がアリウスの未来を担うのだと思うと、ナナカはほんの少しだけ未来へ希望が湧いた気がした。
「アツコ、どうしたの?」
帰り際にナナカの部屋近くで待ち伏せをしていたアツコにスケッチブックを渡し、問いかける。
終戦宣言の後、ベアトリーチェのところに連れていかれたアツコは声を出すことを禁止されたらしい。それからは仮面をつけて過ごしており、周りの人間含めて手話とハンドサインの勉強中ではあるものの、まだまだ筆談に頼らなければコミュニケーションすら難しいのが現状だ。
アツコは母親の一件以降、度々こうしてナナカの許を訪れている。
その理由を語ることがないためその真意を図りかねてはいるものの、懐かれているのか学校のことやサオリたちとのことを彼女に教えに来てくれるのだ。
「アツコ、少し痩せた? ちゃんと食べてる?」
『かあさまといっしょにいたときほどではないけど、みんなとおなじぐらいはたべてる』
少しだけその言い回しが気になるものの、あの生徒会長の下にいたことを考えれば普通の基準が高くなるのもしかないのかもしれないと受け流す。
それから戦闘訓練が少し大変なこと、キツい生徒は折檻も受けていることなどを話してくれて、子供が受けるにしては厳しいものなのかもしれないと察する。あのベアトリーチェが組んだ内容だと考えれば、優しいプログラムになっているとは思えずに同情した。
『ナナカはまだこないの?』
「もう少しで私も合流できると思うよ。あとはカタコンベ近くの外に近い地域の子がほとんどだから、逃げ込まれて長引く可能性もないではないけどね」
仮面越しに見える瞳が輝いたように見えて、ナナカは反応に困ってしまう。
自分が彼女にしたことを考えれば、本当なら顔も見たくないはずなのに。実際サオリやミサキには顔が遠くで見えただけで道を変えられてしまうぐらには、明らかに避けられているというのに。
それから少しだけ話して遅くならないうちに彼女を皆の許へと帰した。泊まらせるほどナナカの部屋は広くないし、何より彼女がいると気が休まらないことが分かっているから。
その日、久々に行き倒れを発見してその処置をした。
黒と白の入り混じった髪が特徴的な少女は本当にギリギリの状態だったようで、その場で胃に優しい粥を作成して食べさせてあげる。一口ずつ息を吐いて冷ましながら飲ませれば、少しずつ彼女の顔がよくなっていった。
終戦宣言についても理解できていなかったようで、寝る場所と食べ物があることを伝えればすごい勢いで感謝されてしまった。準備したのは自分ではないと伝えても、自分を救ったのはあなただからと引き下がらない。
「ありがとうございます……。この恩は、必ず」
一人で歩くのも怪しかった彼女を学校に連れて行く。
管理している上級生たちにその子を引き渡して別の子がいる場所に向かおうとしたとき、私の姿を認めた生徒たちが話しているのを聞いてしまった。
「マダムに取り入って一人だけ贅沢をしてるんだって」
「嘘つきの癖にあいつが一番いい生活してるなんて許せない」
「自分の所属してた革新派を裏切ったって聞いたことあるよ」
その言葉たちに、違和感を覚える。
ナナカは確かに皆とは違って食事を家で取らせてもらっているし、勧誘のために保存食糧やレトルトの食糧なんかも余分に貰っているのは事実である。しかし、移動のために食事を抜くこともあり、三食すべて外で缶詰を食べていることもあるので、あまり贅沢をしている自覚はなかった。
一度確認してみた方が良いかもしれないとベアトリーチェとコンタクトを取ろうとするが、忙しいのか連絡がついても別日にしろといなされる。
結局、彼女が学校内で起きている地獄を知ったのは、彼女が全員を学校に招き終わった数か月後のことだった。