裏切れなかった少女の話   作:息抜きのもなか

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残酷な描写が後半にあります。一応閲覧注意を出しておきます。


06.特別

 ベアトリーチェからの特別扱い(いやがらせ)は、ナナカの心が折れた後も続けられていた。

 自分だけが十分と呼べる量の食事を摂り、自分だけがプライバシーの守られた個室で暮らし、自分だけが柔らかい布団で眠る。

 放っておいても勝手に罪悪感を募らせていくナナカを見て楽しむベアトリーチェは、最近彼女の身に起きている事象を知りつつも静観する。ナナカを追い詰める事柄であれば、彼女にとって不都合にはなり得ない。

 

「ねえ、あんただけ一日三食食べれてるってホント?」

「私たちにも一食分ぐらい分けてよ、もともと皆より多く食べれてるんだからいいでしょ?」

 

 ナナカはもう何度目となるかもわからないそのやり取りに唇を噛みながら、何と答えればいいか頭を巡らせる。

 以前、彼女が知らぬままその生活を享受していたのは事実である。その事実があるが故に否定ができないナナカは、いつも答えを濁してしまう。

 以前のような溌剌(はつらつ)さを見せなくなった彼女に対して、その噂をどこからか聞きつけた者たちがそんなことを面と向かって投げ始めて、ぶつける先のない鬱憤を溜めていた者たちが続いて、常習化した。

 彼女の部屋に侵入されたのは今日で三度目。朝、昼に続く、夕飯時の襲撃であった。

 

「あの、今日は、何も、いえ、昨日も、ホントは……」

「何? 聞こえなーい」

「あ、今から食べるとこだったんだ。ちょうどよかった。いただきまーす」

 

 勝手に部屋に踏み込んで食卓に置いてあった夕食を堪能する二人の生徒に、ナナカは声を掛けることもできずに部屋の隅で(うずくま)る。彼女にできるのは空腹を訴える体の主張を退け、この時間がただ過ぎ去るのを待つことのみ。

 これが当然の報いなのだと目の前の現実を受け入れて、彼らが苦しい訓練の日々の中で笑顔を零している現実に小さな幸せを見つけ、大丈夫だと言い聞かせる。

 みんなが笑顔を見せられるなら、私はどうなってもいい。

 そう思わないと、ナナカは耐えられる気がしなかった。

 

「皆をこの地獄に落としたのに、あなただけが逃げていいと思っているのですか?」

 

 逃げ出そうと考えたことはあった。何度も、何度も。

 その度に頭の中に植え付けられた支配者(ベアトリーチェ)に糾弾されて、彼女は行動を起こせない。

 もうどうしようもないほどに自分の心が彼女に屈してしまっていることを自覚させられて、ナナカは弱い自分が嫌いになる。

 アリウスから出ることも、死ぬことも、忘れることも、狂うことも、その全てが逃避の手段であると指摘されてしまえば、ナナカは正気のまま苦しむ以外の選択肢が選べない。もっと彼女が自分本位で動く人間でありさえすればそう思い悩むこともなかったのかもしれないが、そうであればベアトリーチェに目を付けられることもなかったはずなので、それは無意味な仮定に過ぎない。

 荒らされた自身の部屋を整えてから、ズタズタにされて綿を抜かれた寝台に転がるのが日常になった。今日は悪夢を見ませんようにと願った彼女を嘲笑うように、夢の中でまた死んでいった者たちと目が合った。

 

「夜間訓練を免除? どうしてでしょうか」

 

 突然ベアトリーチェから言い渡されたその指示に、ナナカはその理由を問う。

 せめて訓練プログラムぐらいは皆と同じ扱いを受けなければ、彼女は自分を許せそうにない。

 夜間訓練自体の意味を考えれば参加しないメリットが考えられず、実利的な意味合いでもナナカはその判断を疑問に思う。

 

「あなたも薄々気づいているでしょう? あなたは訓練を受けていたから強かっただけなのだと」

 

 その言葉に、ナナカはベアトリーチェの目を直視することが出来なくなる。

 彼女が幼いながらも内戦で小隊長となっていたのは、彼女を拾った上司からの薫陶を受けていたからである。よい指導者に恵まれ、周囲がそうでなかった環境であれば、才能に恵まれずとも結果を出すことは難しくなかった。

 だが、周囲も指導を受け始めれば話は変わる。彼女はアリウス生を集めるために訓練に参加しなかった時期が長い。加えて、訓練は軍人養成に用いられるような質の高いプログラムである。才能のない彼女が経験で補えたお釣りはそう多くなく、既に結果が出なくなりつつあった。

 ナナカのその有様に周囲がベアトリーチェの特別扱いの理由を疑問視する声もある。いつの間にやら彼女がベアトリーチェをアリウスに招いたことも周知の事実となっており、革新派に所属していたことも広まって裏切り者のレッテルを張られていた。

 裏切り者の劣等生が、自分たちを地獄のような環境に陥れたくせに優遇されている。それは彼女を攻撃する明確な理由として正当化されるのにそう時間はかからない。ベアトリーチェが気付いているのにも関わらずそれに何ら反応を示さない現状、攻撃はヒートアップするばかりだった。

 

「今のあなたの状態ではある日急に倒れられてしまうかもしれませんからね。眠る時間ぐらいは与えてあげましょう。その代わり、あなたには皆とは別にやってもらうことがあります」

 

 新たな命令。

 もう彼女は希望を抱かない。どうせ今回も自分を苦しめるための策なのだとわかっていたから。絶望の準備をしたところでいつもそれを踏みにじられている今までの経験上意味がないことは明らかだったが、覚悟だけはしておくことにする。

 そうして連れられて行ったのは、重厚な壁に覆われた一室。奥にもう一つ部屋があり、ガラス張りになっていてその部屋がよく見えるようになっていた。

 夢で見るあの部屋と同じような造りの部屋に、嫌な汗が背中を伝う。

 彼女と同じように連れられてきたであろう少女たちがそのガラスの前にずらりと一列に並び、奥の部屋で椅子に括り付けられて拘束された少女のことを見つめている。

 呼吸が乱れる。息がしづらくなる。

 そんなナナカにいくつかの目の一つを向けながら、ベアトリーチェは部屋に並ぶ少女たちに語り掛けた。

 

「今日はあなたたちがもし脱走や裏切りを行ったらどうなるか、その目に焼き付けてもらいます」

 

 それだけで自分が何をさせられるのか、理解した。

 ナナカは視線で抗議を試みたが、ベアトリーチェは奥の部屋にいる少女の罪状をつらつらと読み上げるだけで、反応を示さない。奥の部屋には声が届いていないのか、目隠しをされた少女が不安そうにキョロキョロと首を回している。

 聞けば、仲間複数人を連れて脱走を試みたそうだ。軍隊のような訓練に反発し、追ってきた部隊にも抵抗したが確保されたとのこと。元々内戦に参加していた者たちだったが訓練をしていたものたちで制圧できたことを強調し、言外に逃げても無駄だと脅している。

 脱走も裏切りも我々は絶対に許さず、逃がさず、どこまでも追いかけると宣言したベアトリーチェに、ガラスの前に並ぶ少女たちは恐怖で顔を引きつらせていた。

 

「彼女が処分の実行担当者です。脱走者や裏切り者を発見した場合はすぐに彼女に連絡し、引き渡してください」

 

 察してはいたものの、ナナカの気分は沈んだ。

 殺し、ましてや仲間殺しなど受け入れられるものではない。内戦を経験した彼女でさえ、そこは躊躇してしまうラインを踏み越えている。

 それを予期していたであろうベアトリーチェがナナカに近付いて、耳元で囁く。

 

「あなたがやらないのであれば、私が元生徒会長と同じやり方で彼女たちに実演しますよ?」

「私が、やります……」

 

 脳裏にこびり付いたあの記憶を絶対に忘れさせない気なのだろう。

 ベアトリーチェはナナカが小さく吐き出した受領の宣言を聞いて満足そうな笑みを浮かべる。

 奥へと続く扉に案内された彼女は、奥の部屋に足を踏み入れる。部屋に置かれた銃を手に取り、それが威力だけを追求したカスタムが為されていることに気が付いて瞑目する。撃ち手にとってはあまり安全ではない代物だが、ナナカが内戦で使用していた銃と酷似しているためその使い方は手に取るようにわかる。

 自分の銃に対する思い入れさえ汚そうとしているのだと気づいても既にどうしようもなく、ナナカは銃を構えて椅子に拘束されている少女に相対する。

 部屋に入ってからの行動は一任されていたので、ナナカは何を思ったか処分対象者の目隠しを外してしまう。その顔を一目見ようと動いたその行動が彼女自身にとって大きな傷となることも知らないまま。

 

「小隊長……!」

 

 それはかつての部下で、内戦を共に駆け抜けた革新派の一員。

 その目が大きく見開かれているのを見て、ナナカは気まずそうに目を伏せる。それでも銃口を下げないのは、内戦中に染み付いた警戒心故か、それとも訓練で培った慈悲のない攻撃精神故か。

 少しの逡巡の後、ナナカは銃を構え直して、その頭部へ狙いを定めた。

 

 誰かがやらなければならない汚れ役なら、自分が。

 皆にあんな凄惨な光景を見せるぐらいなら、自分のを見せた方が幾分かマシだ。

 人殺しを行うのは、もう既に手が汚れてしまっている自分が適任だ。

 

「なぜあんな大人に従うのですか!」

 

 一発。着弾の勢いで、後ろ向きに椅子が倒れる。

 

「あんな奴に従っていたらアリウスの未来はないことは分かっているでしょう!」

 

 一発。上から下にその額に向けて、銃口が火を噴いた。

 

「誰よりもアリウスの未来を憂いていたあなたが、どうしてそちら側にいるのですか!」

 

 一発。痛みに歪むその顔に、震えながら引き金を引く。

 

「隊の編成時に我々に理想を語ってくれたあなたは、どこにいってしまったのですか」

 

 一発。滴る水粒が銃を濡らさないよう、袖で拭ってから引き金を引く。

 

「あの女に一人で挑む勇気を持っていたあなたは、どこに消えてしまったのですか」

 

 一発。撃ち込まれ続ける銃弾で変色している部分を目掛けて、息を整えながら引き金を引く。

 

「あなたが裏切ったと、聞いたとき、あなたがあの女に、騙されたのだと、信じていました」

 

 一発。リロード。息を切らし始めた彼女の眼は既に焦点が合わなくなりかけている。

 

「でも、そもそも、あなたにすべて背負わせたことが、間違いだったんですね」

 

 一発。そんな状態で、どうして息を整えてまで話そうとするのだろうか。

 

「我々は、あなたに、背負わせすぎてしまった」

 

 一発。ヘイローにヒビが入り始めたことを視認する。

 

「……すみません、小隊長……」

 

 一発。光を失いかけたその目を向けないで。

 

「あなたを…………置いていく……べき……では……」

 

 一発。もう喋らないで。私を呪わないで。

 

「ナナカ…………ちゃん…………どうか……」

 

 一発。ヘイローが砕けた。

 

「…………い、きて…………」

 

 一発。銃弾が床に届いた。

 

「……………………」

 

 終わった。

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