裏切れなかった少女の話   作:息抜きのもなか

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07.色彩

 その日、ナナカは生まれて初めてアリウスの外へ繰り出していた。

 その世界の眩しさに目を細めつつ、全て放り出してしまいたいという欲望すら抱けなくなった自分を受け入れてしまう。

 もう完全に言いなりになってしまっていることをベアトリーチェも理解しているのだろう。逃げ出す機会などいくらでもある状況にもかかわらず、監視の一人もつけていないことがその信頼の証左である。その方向での信頼は貰いたくなかったが。

 

 ベアトリーチェから協力者が自分を呼んでいると伝えられ、カタコンベの抜け方と落ち合う予定のポイントがデータで送られてきた。URLは彼女が一度確認した後二度とアクセスできなくなっており、その記憶に不安は在れどなんとかカタコンベを抜けた世界をナナカは進む。

 眩しい。自分には眩しすぎる。

 居場所がなくなりつつあるアリウスであっても、そこが彼女の故郷であることに変わりはない。

 自分がそこでしか生きていけない自覚もあるナナカからしてみれば、もう既に昔抱いていたような外の世界への憧れはなく、早くあの地に戻りたいというホームシックの方が強くなっている。歩いているだけで感じる自分が住む世界ではないという感覚が、彼女をアリウスから逃がさない。

 

(ひとや)ナナカさん、ご足労頂きありがとうございます」

 

 今では黒服と名乗っているらしいスーツ姿の大人と落ち合って、ナナカはその指示に従い後ろを付いていく。ひび割れた顔や胡散臭い笑みを浮かべていることは気になるものの、拒否権がないナナカはどうでもいいことだと切り捨てた。どうせ抵抗を許されていないのであれば、疑うだけ疲れるだけなのだから。

 だから、黒服が提供した飲み物にも躊躇なく口を付けた。

 久々の味がする飲み物に目を瞬いて、水以外の飲み物があったことを思い出す。その変化に若干黒服が反応を示したものの、特に何を語るでもなくその様子を見守っていた。

 

「マダムからは何も聞いていませんが、私は何をすれば?」

「私のことを疑わないのですか?」

「あなたの指示に従うよう、マダムから仰せつかっています」

 

 疑っても、どうせ受け入れるなら無意味でしょう?

 そう口に出せば表情が分かりづらい大人の顔が、少しばかり同情めいたものになった気がした。

 黒服はナナカを連れていった先で装置に座らせ、念のため拘束した。抵抗なんてしないのにと彼女は思うが、過去の教訓故の行動なのだろうと口を噤んだままじっとする。

 それから体をスキャンしたりデータを取ったりしているのかいろんな色の光線が自分の周りを動いているのを二時間ぐらい彼女が見つめていると、黒服が「ひとまずデータは取れました」と言いながら拘束を解き、ナナカを解放した。

 別の部屋で資料に落としこまれた検査結果を見てもナナカには何のことだか分からない。グラフや表が多く視覚的に分かりやすいものではあるのだろうが、その指標が何を示しているのか全く理解ができなかった。自分の頭が悪いわけではなく単純に専門的な内容なのだろうと彼女は楽観的に考える。

 そんな彼女に、黒服は落ち着いた様子で問いかける。

 

「牢ナナカさん、あなたはどうして反転していないのでしょうか?」

 

 反転。資料にもちらほらと見かけたその言葉に、ナナカは首を傾げて反応する。

 詳しく聞いてみれば、キヴォトスの生徒は心身に強い負荷が掛かると神秘が反転して恐怖(テラー)になることがあるのだという。親しい友人の死亡であったり恩人の裏切りであったり、理由は様々であれど強い絶望がトリガーになって発生するその現象を、黒服は研究しているとナナカに語る。

 正直それを聞いてもあまり理解が及んでいなかったが、話を聞いていくごとに確かに自分がそうなっていないことは不思議だと言えるのかもしれないと思い始める。

 

「諦めてしまったから、じゃないですか?」

 

 ナナカは専門家ではないが故に、ひねり出せるのはそれぐらいだ。

 強い絶望がトリガーになったとして、その絶望を受け入れてしまっているのなら話は変わるのではないか、あるいは絶望から目を逸らし続けているのであれば反転は起こらないのではないか。

 そんなナナカの予想に対して黒服は後者の予想、目を逸らした場合に関してだけ反転は起こらないことを肯定した。

 だからこそおかしいのだと語る黒服は、どこか興奮気味で彼女に言う。

 

「あなたは狂いもせず、逃避もせず、絶望を受け入れたはずなのです。その瞬間、色彩があなたに接触したはず。この空間異常に関する値がそれを示しています。それなのにあなたの器は壊れることなく現存し、精神状態も色彩に汚染されていない」

 

 専門家である黒服がここまで言うということは、ただ心が強いだけなどという安易な理由などではないのだろうな、とナナカは勝手に解釈する。そもそも自分の心が強いと思ったことはないし、もし心が強いのであればベアトリーチェの支配に抗えているはずなので、そもそもこんなところに連れてこられる事態には陥らないはずなのだ。

 最後の計測の結果が出るまでの時間で食事に行きましょうと提案してきた黒服に従い、近くのレストランで久々にまともな食事をした。

 よく知らない料理を一つ一つ解説してくれる黒服に感謝はすれど、この知識は二度と使うことはないのだろうなと話半分で聞き流す。

 今はただ、もうこの先味わうことができるか分からない美味しい料理の味を堪能したかった。

 

「クックックッ。なるほど、そんなこともあるのですね」

 

 食事を終えて戻った建物で完成した資料に目を落とし、黒服は心底面白そうに笑う。

 一体何事かと問うてみれば、どうやら私が反転しなかった理由が分かったという。

 その理由を聞いて、私はどんな反応をすればいいのか分からなかった。喜ぶべきなのか悲しむべきなのか判断がつかなかった。

 ベアトリーチェに持ち帰る資料を渡されて帰路につく。

 先の話で足取りは重たかったが、アリウスに戻れるならと道を急いだ。

 

「なんと! こんなことがあるというのですか!」

 

 ベアトリーチェに資料を渡すと、とても楽しそうに笑ってその()()()()が私を捉える。

 ナナカが反転することがないと分かったことで、ベアトリーチェはとても嬉しそうに見えた。

 それは玩具(オモチャ)が壊れることがないと知った子供のような無邪気さも感じられるが、それよりも滲み出る悪辣さがナナカの背筋を凍らせる。

 

「色彩に見向きもされないとは! ああなんて哀れで、なんて矮小な存在なのでしょう!」

 

 絶望した彼女に接触した色彩は、()()()()()()()()()()()()()()()()

 キヴォトスにおいて、神秘の量や影響力、あるいは戦闘能力の高さはその存在を示す光のようなものだ。物語に関わって影響を与え、どう世界が転ぼうと向こうから存在を発見され接触される死の神の化身ような1等星がいる一方で、ナナカのようにどう転んでも影響を与えられない10等星のような者たちも数多く存在する。

 いくら色彩とて目印を元に近付かなければ接触などできず、その光と呼ぶには暗すぎる彼女の存在を前に発見を諦めて戻っていったというのがナナカと色彩の接触と呼べない接触の顛末である。

 

 黒服が自分を調査して得られたその結果に、自分がいかに取るに足らない存在なのかを思い知らされた。元々反転しても制御できるだろうと思って私を選んだと語るベアトリーチェの言葉ぐらいでは何とも思わないぐらいになっているナナカではあるが、世界の仕組みのようなものからすらも目を向けられなかったことは流石に堪える。

 耐えられない存在の軽さ。

 ベアトリーチェの遊び道具として存在するこの状況とて、彼女の機嫌次第で吹けば飛ぶような脆弱な足場にしがみついているに過ぎないことを思い出す。世界が少し違っていたら、私は戦闘訓練に耐えられずヘイローが壊れていただけなのかもしれない。

 そう思うと最悪だと思っていた自分の立場は、皆が言うように恵まれているのかもしれない。ベアトリーチェに捕まった幸運に感謝するべきなのかもしれない。

 少なくとも彼女の目に留まったことで塵芥の一つとして消える未来は避けられたのだから。

 

 ある日の自主訓練。今朝から感じている違和感を無視しながら、射撃演習の準備を行う。

 以前来たときからそこまで期間が開いた覚えはないのだが、分かりやすいように色が分けられていた補充用の弾薬の箱が黒系統の同じ色で統一されていた。実戦形式の訓練で持って行ったときに破損して次を買うまでの繋ぎだろうかと思いながら、仕方なく一つ一つ開けて中身を確認し、6発セットの弾丸を取り出した。

 いつの間にか他の生徒たちも来ていたのか、嘲笑うような声が後ろから聞こえてくる。

 

「あれー? やっても無駄なのに射撃訓練なんてやるんだ?」

「しかもさっきスナイパーライフルの箱とかまで開けてなかった? 色忘れちゃったのかな?」

「ハハッ! ついに色の見分けもつかなくなったんじゃない?」

 

 最初のはいつも言われる小言だから気にしないが、最後の言葉が引っ掛かった。

 振り向いて彼女たちを見れば、もうずっと抵抗らしい抵抗を見せていなかった私が反応したことに驚いたのかこちらを見て身構えている。

 ふと、その容姿を見て気が付く。三人組の一人、長い金髪だった子の髪が知らぬ間に白目の色、銀髪のようなカラーになっている。

 

「ユキネさん、いつ髪の毛を銀髪にされたのですか?」

 

 その言葉に空気が凍ったのを感じ取った。

 何を言っているんだという顔に示す者。本気かと疑うような目で見てくる者。ただ驚いて言葉を失くす者。三者三様なその反応に嫌な予感がして、ナナカは一つ彼女たちに質問を投げる。

 帰ってきた言葉に黙り込んだナナカを見て、三人も彼女の身に何が起こったのかを察した。

 

「お前まさか、ホントに色が?」

 

 とうに限界を迎えた心がSOSを発しているのか、単純に体に支障が出始めたのか、あるいは色彩と接触した影響か。

 原因は定かではないにしろ、起こってしまった事態を変えることなどできるはずもなく、ナナカはそれをただ重く受け止めるのみ。すぐにベアトリーチェに連絡し、大事を取って自主訓練を中断する。

 今朝からの違和感の正体に気が付かせてくれた三人に感謝の言葉を述べることも忘れない。痛ましいものを見る顔をしていたけれど、今さらだ。

 外に出て空を仰ぎ見れば、変わってしまった世界がナナカを出迎える。

 

「なんで気付かなかったんだろう」

 

 世界が、空が、こんなにも色を失っているのに。

 牢ナナカの世界から、色彩が消失した。

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