裏切れなかった少女の話   作:息抜きのもなか

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一応閲覧注意を置いておきます。


08.自白

 目を覚ますと、視界が朦朧としていた。

 ここはどこだったかと頭を巡らして、ヒュッと自分の喉が鳴らした音をナナカは聞いた。

 瞬時に覚醒した意識によって視界もクリアになり、飛び上がって体を起こせば去年自分が提言した医務室のベッドだと気が付く。下着だけの姿になっている状況から考えて、自分は結局アリウスに確保されたのだろう。

 ガンガンと痛む頭に顔を顰めながら、頭上横の台に置いてあった自分の荷物から支給されたスマートフォンを探して、マダムへと連絡を入れる。帰ってきたのは、出頭は明日でいいという簡潔な連絡。

 普段だったらどんな状態でも即時出頭を命じる彼女がその指示を下したことに、ナナカは今回は状況が状況だったために情状酌量があったのだろうかと首を傾げる。

 しかし猶予を与えられたその心遣いに感謝しつつ、ちゃんと休んで、泣いておくことにした。

 

「あなたと連絡が途絶えたとき、流石の私も肝を冷やしました」

 

 あなたは多くを知りすぎていますからね、と出頭直後にマダムは言った。

 高校に入る年齢になったナナカは通常訓練について行くことが難しくなり、その代わりにアリウス外部での任務を与えられて外に出ることが多くなっていた。そのため長らく続いていた特別扱い(いやがらせ)も終止符を打ち、今はスクワッドの育成にリソースを割いているようだ。

 外で任務を行い、戻ってきてからは造反者の処罰を行う。洗脳の効果を感じられるようになってきた現在は減少傾向にはあるが、作戦失敗の際の軽度の処罰についても彼女の担当になったために中々暇を弄ぶというようなことはない。

 作戦失敗の処罰は外部での作戦行動が増えてきたことによるもので、それに伴って負傷者も増加したので医務室の設置を提言したら、あっさりと聞き入れられた。ベッドがあるだけで医療知識の乏しい人間しかいないのであまり意味を持っていないのかもしれないが、安静にできる場所があるだけでもよいものだなと自分が利用者になってナナカは実感する。

 

「私が警戒を怠った結果です。申し訳ありません、マダム」

「今回は不問とします。皆も今回に関してはとやかく言ってくることはないでしょう」

 

 それは自分の痴態が皆に広まってしまっているということなのでは。

 その言葉を喉から上には来ないように押し込めて、任務に失敗した自分が悪いと観念する。元々良いわけでもない仲間内での評判が落ちたところであまり影響はないだろうという判断である。

 随分と寛大な判断だと思う。苛烈と言って差し支えないぐらいの性格をしている目の前の大人の普段を考えれば、不気味に思えて仕方ない。いつものマダムであればここぞとばかりに責め立てていたような気がするのだが。

 

「甘い処置ですね。あなたらしくありませんね、マダム」

「まさか、記憶を失くしているわけではありませんよね?」

 

 まるで本当に気を遣っているかのような言動に、ナナカは今日は気分がいいのだろうかなどと場違いなことを考える。

 ナナカは彼女からの問いに首を横に振って応え、その流れで事実確認に雪崩れ込んだ。

 

 今回の任務はゲヘナ地区での拠点構築だった。

 周辺地区の調査を行って、人の住んでいない廃墟群であることを確認。人通りがほとんどないことを確認して地下へとつながる縦穴を掘るために大型爆弾を設置。距離を取って安全を確保した上で爆破した。縦穴を建物の瓦礫がいい感じにカモフラージュしてくれるとありがたかった。

 しかし、ナナカの運が良いのか悪いのか、爆風に閉じていた目を開けた彼女が見たのは、熱湯が拠点構築予定の地点から噴き出している異様な光景。()()そこに湧いていた源泉とぶつかってしまったようで、想定外の事態に固まってしまう。

 

「お姉さん、何をしてるんだ?」

 

 女子生徒にしては低めの、しかし幼い声が後ろから聞こえた。

 振り返ってみれば背丈の小さい、黒髪の少女がそこに立っていた。先端が朱い角や尻尾を有していることからゲヘナ自治区の生徒だと判断する。

 しかし、目撃者が存在したことに対して驚きはしつつも、ゲヘナであればこの程度の爆発は日常茶飯事。そこまで心配はせずにどうにか乗り切ろうと頭を巡らせる。

 その言葉が目の前の少女の未来を変えることも知らないまま。

 

「あなた、温泉に入ったことはありますか?」

「温泉?」

 

 目の前の拠点構築予定地から噴き出ているのが温泉であろうことはすぐに分かったため、よく回る口が喋り出した。

 首を傾げる少女に向けてさも入ったことがないのがもったいないとでも言うような勢いでその効果効能の力説をはじめ、終いには誰が聞いても絶対に誤った手段であると分かる爆弾を使用した温泉開発を行っていると騙った。

 熱でもあるのだろうかと自分の言動に頭を抱えそうになったナナカとは変わって、それを聞いた少女は呆気に取られてはいるものの、その目に光を宿していた。

 ちなみにナナカは他のアリウス生同様に温泉に入ったことはない。そんなものがあれば皆の不調も少しは楽になっただろうかと夢想してみて、ダメ元で提案するかとくだらないことを考えた。

 

「……なるほど、実に『自由』だ」

 

 ナナカが後から聞いた話では報告した後に黒服に話が言って資金源としての温泉施設を作ったとのこと。それを見たどこかの少女が勘違いしたことは彼女の耳には届かなかったが、全く以て彼女には関係のない話である。

 将来のゲヘナの問題児を産んだことなど知らぬまま、ナナカは少女と別れてマダムの指示通りゲヘナ近辺で拠点となりそうな別のポイントを探しに動いた。臨時の行動なのであまり良いポイントが見つかるはずもなく、難航する。

 その最中にあまりにも人が少ないエリアに足を踏み込んでしまったナナカは、背後からの襲撃に気が付くことができなかった。アリウスでの訓練で多少鍛えられていたとはいえ、首筋に至近弾を複数発貰ってしまえば簡単に意識を落としてしまうのは仕方のないことである。

 そうして、牢ナナカは誘拐された。

 

「おい、起きろ」

 

 ナナカはいつも自分が手を下している者たちと同じような状態で目を覚ました。後ろ手にされた状態で椅子に括り付けられており、ロープで固定されて身動きが取れない。

 所持品が全て回収されていることに気付いて帰ったら処分は避けられないなとナナカは他人事のように思った。

 彼女を囲んでいる者たちからいくつか質問を受けて、目的が身代金目的なのだと気が付く。

 それでふと誘拐犯たちに目を向ければ、生徒ではなくブラックマーケットで時折見かける職を失った大人のように見えた。ブラックマーケットに近かったこともあって性質の悪い連中に捕まってしまったかもしれない、とナナカが危機感を覚えたのはこれぐらいからである。

 

「さっさと出身校を言えって言ってんだよ!」

 

 黙秘を決め込んだナナカに対して怒号が飛ぶ。

 腹いせで腹部に何発か銃を撃ち込まれて気を失い、目を覚ましても同じことが繰り返される。

 食事が摂りたかったら自分の情報を吐けと言われたが、元より三日間何も食べないのが日常茶飯事だったナナカである。一日二日食事を抜いたところで心が揺らぐような生徒ではない。

 それに加えて彼女の心に余裕があったのは、アリウスの部隊が自分を見つける確信があったからである。

 アリウスは脱走者を逃がさない。定期連絡を二日行わなかった時点で一番最後のGPS情報をもとに確保のための部隊が派遣されるようになっているため、誘拐されて定期連絡が出来ていない現状は既に捜索隊が出されているはずなのだ。身代金目当てであれば荷物も残っているだろうと考え、その部隊が自分を見つけるのも時間の問題だとナナカは考える。

 

「クソがッ! 社会の落伍者と思って舐めやがって!」

「もうこいつ口割らないだろ。人質にできねえなら綺麗である必要もねえよな」

 

 ナナカの想定に不備があったとすれば、誘拐犯たちの堪忍袋の緒が切れるのが想定よりも早かったことだろう。

 ベアトリーチェからの英才教育を受けるアリウス生たちはテロリストの思考をトレースすることができても誘拐犯に関してはその限りではない。業を煮やした彼らが取る手段のことを想定できなかったのは、彼女には仕方のないことだった。

 そこからのナナカの記憶ははっきりとしていない。殴られたり銃で撃たれたりして終始意識がほぼない状態であったことに加えて、副作用で記憶が混濁するような自白剤のようなものも撃たれたらしい。自白剤についてはナナカにその意識がほぼなかったので、マダムからそのことを聞かされた彼女は頭痛の原因はそれかと納得した。

 

「私は、彼らに何かアリウスの重要な情報を話してしまってはいないでしょうか」

「そこは心配いりません。既に犯人のグループは共犯者含め全員始末しました」

 

 それならば一応、自白剤の件については問題ないのだろう。

 それにしてもやはり、今回の対応が自分に対して過保護すぎるような気がして、ナナカは今回の自分の処罰にあまり納得がいっていない。正直にいえば最悪処刑、最低でもヘイローが変色するぐらいは覚悟していた彼女にとって、彼女を慮るような対応に拍子抜けしていた。

 そんな彼女に、再三マダムから疑問の声が飛ぶ。

 

「今回あなたの身に起こったこと、本当に理解が出来ているのですか?」

「清算は昨日済ませました。どちらかといえば、私を発見した彼女たちの方が心配では?」

 

 その返しに、マダムは絶句している様子だった。

 お前が自分をこうしたんだろうという言葉は胸にしまい込んで、ナナカは自分の捜索に参加していた部隊のメンバーのリストを貰い、彼女たちのケアに向かう。

 その一人目に出逢うよりも前、誰かいるかと訪れた訓練場の裏手から聞こえた声に、何を話しているのだろうと気になったナナカは入り口の陰に隠れて聞き耳を立てた。

 

「彼女は姫を儀式に利用してその命を奪うつもりだ」

「ええ? このままじゃ姫ちゃん死んじゃうんですか? 人生って辛いですね……苦しいですね……」

「どうするつもり、サオリ姉さん」

「機を見て逃げよう。どこか大規模作戦失敗の混乱に乗じる形がいいだろう。作戦に失敗すれば、処罰を受けるのは変わらないのだからな」

「そんな状況、ありますかね?」

 

 音を立てないようにその場を離れ、そのまま先ほどまでいた部屋へ足を向ける。

 スクワッドに叛意在り。ナナカにとっては先の一件よりこちらの方が心に来るものがあった。

 アリウスの未来を拓くなら彼女たちだと思っていた。それなのに、彼女たちは自分たちの身が可愛い仲良し集団でしかなかった。その事実を突きつけられて、気分が沈む。

 勝手に期待して勝手に失望した自分が悪いのだが、聞いてしまったものは仕方のないこと。期待が膨れ上がる前に弾けてくれたことを喜ぶことにする。

 それにしても、白昼堂々の犯行予告とは驚いた。危機感が足りていないのか、はたまたいつも人が居ない時間だから大丈夫だと高を括っていたか。ともあれ身柄の確保より先に自白が取れているのは幸運だ。尋問の手間が省けて助かるというもの。

 

「随分と、慣れちゃったな」

 

 もうすぐ三桁に届きそうな数の仲間たちを手に掛けたことを想い、ナナカは大きく息を吐く。

 泳がせる判断をしたマダムに対して今日は甘い日なのだろうかと思いながら、ナナカはアリウスの転ぶ先を夢想する。

 幸せな想像はあの時からできなくなっていて、今思い浮かんだのはスクワッドの五人がアリウスを崩壊させる様。気絶しているだけか死体かはわからないが、彼らの足元に数多のアリウス生が転がっていた。

 その妄想が現実になりませんように。そんなことを祈りながら、ナナカは私室の崩れていない壁に背中を預け、瞼を閉じた。




気分悪くされた方がいたらごめんなさい。
青春フィルターってネームド以外には働いていないと思うの私だけですかね。

追記:今更ですが温泉開発部のグループストーリーを読みました。温泉開発始めた理由が思ったよりも人情味溢れる話でしたね。まあこちらはif話ということでお納めください。
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