羅生門(芥川龍之介)の二次創作っていうと怒られるかもしれない。

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ダイバーシティ羅生門

登場人物紹介

A川:小説家

T田:担当編集者(若手)。働き者

界隈:正義を実現しようとする人たち。どこにでもいる。

下人:無職

老婆:猿に似てる。カツラが作れる

女の死骸:たぶん髪が長い。生前の得意料理はヘビの干物。

 

(…以下、本編。)

 

 小説家のA川が行きつけである喫茶店に入ると、待ち合せの相手である編集者のT田は既に席についていて、こちらに向けて軽く手を挙げてきた。

 

 古くはあるが清潔な店内は、有線の音楽もかかっておらず、静かである。

 席に向かいながら、磨かれた木製カウンターの奥、店長にむけて「ブレンド」と注文を告げる。

 

 打ち合わせでよく使っている店だ。

 互いに勝手は分かっている。

 

 奥まったテーブル席。T田の向かいに腰を下ろせば、挨拶も終わるかどうかのうちに店長がコーヒーを運んできた。

 A川がそれを一口飲み、腰が落ち着くのを見計らって、T田が口を開く。

「A川先生。この間お預かりした短編、『羅生門』よかったですよ。」

 

「そうかい?」

 笑顔で応じながら、A川は内心で少しばかり警戒する。

 このT田という編集者。あげて落とすというか、初手でほめて、それから悪い用件を伝えることが多いのだった。

 

「善悪のはざまで揺れ動く人間の不条理な情動が見事に表現されてて、こう真に迫ってくる迫力がありましたよ。」

 いよいよ、A川は警戒を高めた。

 

 本当にただ「良い」だけなら、わざわざ口を極めて褒めることはないのだ。

 ただ、「良かったです。〇月号に掲載します。」と伝えてくれれば、あとは読者の反応がすべてを語ってくれるというもの。

 なので、このT田の態度はつまるところ、A川に対して悪いニュースもあるということなのだろう。

 

「T田くんが評価してくれているのは分かったが、それが本題ってわけではないんだろう。お互い暇じゃないだろうし、本題に入ってくれよ。」

 心の準備をしながら促すと、相手は心なしか申し訳なさそうな顔をした。

 

「いや、面白さは間違いないんですけど、今って、ホラ、いろいろ気を使わなきゃいけないことが多いじゃないですか。厄介な界隈から物言いがついて、発禁にでもなったらお互い泣くに泣けないでしょう?」

 

 なるほどね、とA川は内心でため息をついた。

「今日の用件が読めたよ。つまりは、自主規制というか、内容の変更をしろって言いに来たんだろう?」

 

「本当、申し訳ないんですけど」

 正直、面白くはないが、A川とてもう何年も小説で飯を食っている人間だ。業界の状況は分かっていた。

 努めて冷静に応じる。

 

「とりあえず話を聞かせてくれ。判断はそのあとにしよう。」

「そうですね。基本的には登場人物について、ひっかかってる感じなんですよ。」

 

「登場人物と言っても、君。あの短編には下人と老婆の2人、女の死骸を加えたって3人しか登場人物はいないんだぞ。」

 

 A川の短編の筋はシンプルだ。

 仕事を失った下人が平安京の端で女の死骸から髪を抜いてカツラを作ろうとしている老婆に出会う。最初はその行為をとがめていた下人だが、問答の末、追いはぎとなって老婆から着物を奪い去る。

 

 シンプルな筋の中に善悪に揺れ動く人間の機微があり、それがA川の筆力で鮮やかに記されて、切れ味のいい小説に仕上がっているのである。

 

「まず、女の死骸から老婆が髪を抜いているのが、若い女性が搾取されている描写と解釈される恐れがありますし、最終的には男性の下人が老婆から追いはぎするでしょう?今のご時勢だと、どんな状況であれ、男性に女性が傷つけられるのは不味いですよ。」

 

「おいおい、何言ってんだ。そもそも暴力犯罪の加害者は男が多いし、平安京っていう場面設定からしても極めて自然な配役だろう。大体、あの小説に女性搾取を描く意図なんかないことは誰でもわかるだろう。」

 

 A川の言葉にT田は無念の表情で肩をすくめた。

「A川さん、ある種の界隈に理屈は通じません。」

「……、そうか。…、そうだな。わかった。で、どうすりゃいいんだ。」

 

 冷静さを保つように努めながら尋ねる。

 A川とて、小説が発表できないのは困るのだ。

 現代の読者は気が短い。

 新作を発表し続けなければ、あっという間に過去の作家にされてしまうだろう。

 

「女の死骸ですが、中年の男になりませんか。」

「おいおい、男の死骸じゃ髪の毛が短くてカツラは作れないぞ。話の筋が壊れちまう。」

 

 あわてて制止するとT田は「あ、そうですね。」と言って考えるそぶりをする。

 しかし、それもほんのわずかの間。

 すぐにいいアイディアを思いついたと口を開いた。

 

「じゃあ、女装癖のある中年男性にしましょう。」

「なんだって?」

「いや、いっそトランスジェンダーってことにしますか。心は女性だから、女性の格好をしていたってことで」

「待て待て!何を言ってるんだ!?」

 

 思わず声が大きくなった。

「舞台は平安時代だぞ?わかってんのか?100万歩譲って髪を伸ばした男がいたとして、なんでトランスジェンダーなんだ!?」

 

 喫茶店の迷惑にならないギリギリの音量で声を荒げるA川だが、対するT田は涼しい顔である。

「多様性をぶち込めるだけぶち込んだほうが、界隈の受けがいいですよ。」

「界隈ってどこだよ。」

「でも、それだとトランスジェンダーが被害者みたいに見えちゃうか。じゃあ、こうしましょう。女の死骸は生きてるトランスジェンダーの女性(肉体的には男性)に変更ってことで」

 

「君、本気か!?」

「え?なにがですか」

 瞬間、A川は恐怖した。

 目の前に座る男。

 先ほどからとても素面とは思えない発言を繰り返す若手編集者。

 その澄み切った真っ黒な瞳に、否応なく、彼が本気であることを察したからである。

 

 いつの間にか浮かしていた腰を、力なく椅子に戻す。

 ひとまず、話を聞くしかない。

 そう思わせるだけの狂気が目の前の席から放たれていた。

 

「女の死骸が生きているトランスジェンダーになったとして、老婆はどうするんだ。まさか、生きている人間から髪を抜くわけにもいくまい。」

「そうなんですよね。だから、トランスジェンダーと老婆は友達ってことにしましょう。」

「ラブ&ピースってことか。笑えないな。」

 

 力なく、それでも皮肉をぶつけるA川だが、そんなものでT田は揺るがない。

 30連勤の過酷さが、彼から理性とブレーキを奪い去り、代わりに狂気を与えていたのだ。

 

「さすが、A川先生。そのテーマいいですね。ラブ&ピースはどこの界隈でもウケがいいですから。」

「だから、界隈ってどこだよ。というか、そもそも界隈よりも読者のウケの方が大事に決まってるだろ。」

 

 そろそろA川は反論の元気もなくなりつつあったが、それをいいことにT田はどんどん要望を出してくる。

「まあまあ、じゃあ老婆は妙齢の女性に変更してトランスジェンダーとは友達ってことでお願いします。でも、あんまり美人にはしないでくださいね、美女と美少女ばっかりだとルッキズムって言われちゃうんで。」

 

「不美人である必要性がないなら、美人出しといたほうが単純に楽しいだろうが」

 せめてもの抵抗だが、すでに相手は気にしちゃいない。

 

「で、最後の登場人物の下人ですが」

「まだあるのかよ。というか、今度こそどうすんだよ。羅生門で女の死骸から髪の毛抜いてる婆さんが、トランスジェンダー女性と友達の妙齢女性になっちまって、もう何の名残もないぞ。」

 A川、すでにさっさと終わらせて帰りたくなっている。

 

「いやいや、さっきA川さんが言ってたじゃないですか。ラブ&ピースですよ。」

「まじかよ。さすがラブ&ピースは万能だな。」

 皮肉である。彼も疲れているのだ。

 

「雨をよけて羅生門の下でバーベキューしてる2人のもとに差し入れ持って登場すればいいじゃないですか。」

「ば、ばーべきゅー、」

「でも、動物の肉なんか焼いていると界隈が騒がしくなる恐れがありますから、大豆製の代替食品(ダイズミート)でお願いします。」

「だ、だいずみーと」

「あと、登場人物の国籍やルーツに多様性が欲しいですね。トランスジェンダーはメキシコからの移民二世、妙齢女性はアジア系とネイティブアメリカンの混血でバイセクシャル、下人の男は亡命してきたユダヤ系移民の末裔でアセクシャルってことにしましょう。」

「だ、だいばーしてぃー」

 

 息も絶え絶えなA川だが、それでも力を振り絞って最後の抵抗を試みる。

「な、なあ、T田君。さすがにダイズミートや日本人以外の国籍は時代考証が」

 

 みなまで言うな。とばかりに、T田の腕がA川の肩をガッシとつかんだ。

 万力のような力強さだった。

 

「A川さん。よく聞いてください。」

「お、おう。なんだ」

「今の時代ですね。正確な時代考証なんかより、界隈のご機嫌取りの方が大事なんですよ」

 

 有無を言わせぬ迫力だった。

「あ、はい」

 言葉の圧力に負けて、気が付けば肯いていた。

 

「でもなあ、T田君。これ、面白いか?」

 根本的な問いである。

 

「そこはほら、A川先生の腕の見せどころじゃないですか。うまく料理してくださいよ。」

さわやかな笑顔とともに言い残し、T田は風のように去っていき、

「食材の癖が強すぎるだろう。せめて一つずつ調理させてくれよ。」

 冷めたコーヒーカップを前に、そうこぼしたA川の言葉は独り言になった。

 

 その後、やけくそになったA川は帰宅途中にスト〇ング・ゼロ(ロング缶)を2本買い、べろべろに酔っ払いながら「羅生門(改)」を執筆した。

 捨て身としか思えない熱量が込められたその作品は意外にも読者に受け、小説家A川の新境地、令和の怪作と呼ばれることになるのだが、それはもう少し先の話である。

 

 

 

 

 


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