なんとしてでも元の世界に帰りたい兄妹VSファンタジー 作:酉柄レイム
「はぁ……はぁ……!!」
意味がわかんない。昼休み、ご飯食べよーって思ったらいきなり美少女エルフが教室にきて「伊世甲斐の妹はいますか」って言われたから手ぇ挙げたら、いきなり追いかけられた。兄貴が悪いからって無関係を装ってたのに……!
「エイリーンさん! お話しましょ!?」
「人間風情が、話しかけるな!」
「追いかけといてそれはなくない!?」
ダメだ、まったく聞き耳持たない! 仲良しゲージも私なにもしてないのに-100だし! 幸先悪いどころの騒ぎじゃないでしょこれ!
なにしてんだよ兄貴……! 魔法でスカートめくりって、しかもエイリーンさん狙い撃ちって! わざとやったわけじゃないだろうけど、ただでさえ嫌われてんのに! もしかして女の子から嫌われることに興奮を覚えるタイプ?
……やめよう。兄貴も好きでこんな状況にしたわけじゃないし、今はこの状況をどうするかを考えるのが先だ。
むしろ、チャンスなんじゃないかと思う。喧嘩するほど仲がいいって言うし、喧嘩は仲良しの始まり。私がなんとかしてエイリーンさんと仲良くなって兄貴と橋渡しすれば、一人目のエルドラドはクリアできるはず!
「エイリーンさん! 止まりますから、暴力はやめてくださいね!」
「わかった、約束する」
「もう隣にきてた……」
後ろを向いてエイリーンさんの姿を探そうとしたら、隣から声が聞こえた。すべてを諦めて約束通り立ち止まれば、エイリーンさんも約束を守って握りこぶしを私のお腹の前で寸止めして、「失礼しました」といって拳を収めてくれた。ギリじゃん。
「あの……私、追いかけられるようなことした覚えないんですけど」
「あなたの兄に耐えがたい辱めを受けました」
事情知ってなかったら完全にエイリーンさんの味方してたわ。こんな美少女が辱めを受けたって言ったら、絶対にエイリーンさんのこと信じるもん。
でも、私は事情を知っている。……その上でもエイリーンさんの味方したいけど、兄貴が嫌われるのは避けたい。元の世界に戻るには、兄貴と私、どっちもエルドラドと仲良しにならないといけないから。
「兄がとんでもないことをしでかしてしまったようで、申し訳ございません。それで、なんで私を追いかけたんですか?」
「人質にしようと」
兄貴も人質を用意しようとしていたから、もしかしたら案外気が合うかもしれない。やっぱり異世界は人質という言葉が身近にあるのかな。
ただ、エイリーンさんには申し訳ないけど、スカートめくりで人質は流石に過剰だと思う。から、よっぽど人間嫌いなのかもしれない。今も私とまったく目を合わせようとしないし、目に光がないし。
……ちょっとぞくぞくする。ちょっとだけね?
「あの……その、兄貴、悪気があってやったわけじゃないと思うんです」
「人間は狡猾で醜悪な生き物です。悪気があってやったに決まっています」
人間である私の前でそういうことを言うんだから、相当だ。どうしよう、仲良くできる自信がなくなってきた。仲良しゲージもどんどんマイナスされるし、なんで話してるだけでスリップダメージみたいに仲良しゲージが下がってくの?
エイリーンさんは私を冷たい目で見降ろして、「よく考えれば」と続けて。
「そんな人間相手に人質を取ったとしても、無意味でしたね。人質など知ったことかと逃げるでしょうから」
カチン、ときた。そりゃあ兄貴はろくでなしで人でなしなところがあるけど、誰より家族のこと大切に思ってるし、お母さんが亡くなってお父さんが忙しくなってから、いっつも私のこと気にかけてくれたし、何ならそうなる前からずっと私を守ってくれてた。私がやりたいことは何でも尊重してくれるし、家のお金を私に回せるように自分は楽しいこととかほとんど我慢してることも知ってる。
「兄貴のこと何も知らないくせに」
「何?」
「そもそも人間って記号でひとくくりにして嫌ってるみたいですけど、その人個人のことをちゃんと見ようとしたことあるんですか?」
「見る必要がないです」
「じゃーいいですよ! 人質にしても! 兄貴、絶対助けにきてくれますから!」
「その必要はねぇ!!」
ぐい、と後ろに引っ張られる。かと思えば、私は兄貴の腕の中にいた。
「エイリーン!! ワリィのは俺で、麻衣は何も悪くねぇだろ!! 俺が嫌いだか人間が嫌いだか知らねぇけど、やっていいこととやっちゃダメなことの区別もつかねぇのか!」
「スカートめくりは、やっていいことなんでしょうか」
兄貴が土下座した。カッコいいこと言おうとしたけど、その前に「この人スカートめくりしたんだよね……」っていう前提が邪魔をする。
でも、やっぱり助けにきてくれた。エイリーンさんに勝ち誇って笑ってみせれば、哀れなものを見る目で兄貴と私を交互に見る。いや、確かに助けに来てくれたっていうには絵面がひどいけど!
「本当に申し訳ございませんでした」
「謝罪ならサルにでも……あぁ、そういえばサルでしたね。謝罪ができるなんて賢いサルで感心します」
「ウキ! お褒めいただき光栄ウキ!」
エイリーンさんの私を見る目が同情に変わった。違うんです、これでも誠心誠意謝ってるつもりなんです。お父さんから「女性が怒っていたら、全部自分が悪いと思って全肯定しなさい」って教えられたんです。それを真正面から受け止めてサルになっちゃっただけなんです。
「……フン。もういいです。腕の四本は折ってやろうかと思っていましたが」
「腕はそんなにねぇよ。阿修羅か俺は」
「何勝手に頭を上げてるんですか?」
「煮るなり焼くなり好きにしてください」
「炎属性は使えません」
「マジで煮るなり焼くなり好きにしようとしてんじゃねぇよ」
……お? 仲良しゲージがちょっと回復した? なんだろう、兄貴が面白い生物だったから? 人間からちょっと外れてたからかな。それとも、形はどうであれ私を助けに来てくれたから?
どっちにしろ、いい兆候なのに変わりはない。エイリーンさんの姿が見えなくなるまで頭を下げていた兄貴のそばにしゃがんで「お疲れ様」と声をかければ、やり切った顔で立ち上がった。
「どうやら、完全に許しを得たようだな」
「まだまだブチギレてたと思うけど……」
ちなみに今仲良しゲージいくつ? と聞けば、「-777」と返ってきた。いいんだか悪いんだかよくわからない数値だ。多分よくない。っていうかなんで上限が100なのに下限が振り切ってるんだ?
「エイリーンさん、本当に人間が嫌いみたい。人間は狡猾で醜悪な生き物だって言ってた」
「なるほど。つまり俺たちは誠実で美しいと思わせればいいってことか。じゃあいつも通りでいいじゃん」
「あんまり面白いこと言わないでよ」
「俺が狡猾で醜悪だって言いてぇのか?」
少なくとも、さっきの兄貴の姿は醜悪に見えても仕方ないと思う。美少女エルフに土下座してサルの鳴き真似なんて、醜悪以外の何物でもない。あと人質用意しようとしてたし。
ただ、もしかしたら私を助けにきてくれてずっと土下座してたから、ちょっとは誠実だって思ってくれたのかもしれない。だから仲良しゲージが回復した、んだと思う。
「エイリーンがなんで人間を嫌ってるかを知れると一番いいんだけどな」
「それは朝話した通り、周りの人に聞いてみようよ」
「それまでは誠実で美しい振る舞いを心がければいいんだな。任せろ」
「できれば何もしないでほしい」
「大丈夫、俺に任せろって」
正直なところ、異世界が起因で変なことを起こさなければ、兄貴は一応誠実でも通ると思う。美しいかどうかは微妙なところだけど、普段通りにしていたら少なくとも-100くらいまでは回復できるはず。
……その後は、まぁ、なんとかしてエイリーンさんの人間嫌いを解消してるはずだから。きっと仲良しゲージ80を達成できるはず。
不安だ。兄貴が自信満々だから余計に。
《ふっ、どうやら困っているようだな》
《神様。教えてくれてありがとな。おかげでなんとかなった》
《べ、べつに? 流石に一人目で躓くのもなぁと思っただけだが》
兄貴と別れて教室に戻ろうとした時、神様の声が聞こえてきた。まだ会って数日なのに、神様と普通にどころか、仲良く喋っている兄貴は大物だと思う。ていうか神様かわいい。古のツンデレの匂いがする。
神様は仕切り直すように咳払いした後、《いいことを教えてやろう》と切り出した。
《なんだ? 今日の晩飯の献立か?》
《それがいいことなら、些細なことで幸せを感じられるお前を褒めるべきだが……違う。エイリーンと仲良くなるために最適な者が、お兄ちゃんのクラスにいる》
《お兄ちゃんって言うの可愛いですね、神様》
《お前ら二人いたら、お前って言っても伝わらんだろう! ただの記号だ、記号!》
やっぱり神様はかわいい。今度会ったら抱えて撫でまわそうと思う。怒りを買ったとしても兄貴がなんとかしてくれるだろう。兄貴はノリが合う人に対しては基本的に無敵だから。あれだ、ソシャゲで言うとイベント特効みたいな感じ。だから汎用性はまったくない。
《お前の部屋にクラス名簿がある。それを見てみろ》
《お前?》
《だから、お前だ!》
《お前?》
《もう知らない!》
兄貴が神様をいじり倒すと、機嫌を損ねて神様の声が聞こえなくなる。そんな神様が可愛くて思わず笑うと、兄貴と目が合った。
「神様、可愛くね?」
「うん、かわいい。妹にした」
「確定かよ」
冗談を言った瞬間、神様が《年上だぞ!!》と言ってきた。そういうところを気にしてムキになるから可愛いのに、多分神様はそれがわかっていないんだろう。
もう神様に対する憎しみは消えた。やっぱり可愛いは正義だ。