百鬼夜行 - Million Monsters   作:B∀P

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夜道

 

 丑三つ刻。

 夜の帳が下りた京の都で、コツコツと固い足音がしじまに溶けていく。

 足音の主は、黒いパーカーのフードを深く被っている。ほとんど街灯のない小路を歩くその姿は、まるで夜の闇に溶けこむかのようだった。右手に提げるビニール袋のカサカサと擦れる音と、ブーツが鳴らす固い足音が、暗闇の中でかろうじてその所在を主張している。

 

「ちょっと、そこのあんた!」

 

 その背後から、静寂を破る声が投げかけられた。

 それまで足音の主以外には誰もいなかったはずの一本道に、いつの間にか、もう一人の少女がいる。

 

「…………」

 

 それまで規則的に鳴っていた足音が一瞬とまる。しかし、足音の主は振り返ることなく、何事もなかったかのようにまた歩き出した。

 

「無視するんじゃねーぺこ! フード被って、コンビニのビニール袋を提げてるそこのあんたぺこ! ほかに誰も歩いてないやろが! 」

 

 背後の少女は、トツトツトツ、と早足でフードの人物の前に回り込む。それによって件の人物はようやく立ち止まった。

 フードの人物に向かい立つ少女は、特徴的な青い髪とコスプレのようなウサギ耳を付けていた。彼女は自らの背後、つまりフードの人物が歩いていく方向を指差して言う。

 

「いーか? そっちのほうは今ちょっと危ないから行かないほうがいいぺこ! …………ちょっ、聞いてるぺこか!? 」

 

 しかし少女が喋り終える前にはもう、その人物は脇を抜けてまた歩き出していた。

 

「ちょっとは話を聞け! 多分あんた女の子でしょ? いまそっちの方にはアブなそう人たちがいたから行かないほうがいいぺこ! 家に帰るなら、ちょっと遠回りになっても、引き返して別の道から行ったほうがいいぺこ! ……おい聞いてんのか! いいから止まるぺこ!! 」

 

 フードの少女の横に並んで歩きながらウサギ耳の少女は必死で説得し続ける。しかし、その言葉にも全く反応することなく彼女は歩き続ける。

 そんな攻防がいくばくか繰り返された。しかしフードの少女は頑なに口を開こうとしない。それどころか視線を向けることすらしなかった。

 いくら声をかけども全く応じる気がないその様子に、だんだんと少女の勢いも萎んでいく。……いい加減あきらめたのか、ウサギ耳の少女はとうとう声をかけるのをやめて、足も止めてしまった。

 

「あー、もう……。いいや」

 

 そんなことすら全く気にも留めない様子でフードの少女はスタスタと歩いていく。

 

「ぺこーら久々にキレちまったよ……」

 

 その、あくまで自分をいない者のように扱う態度にとうとう――ブチり、とウサギ耳の少女の中で何かが千切れた。

 

 

「さっきからスカしてシカトしやがって……! てめー、いい加減ぺこーらの話を聞けええええええ!!!!!!」

 

 

 さきほどまでとは比べ物にならない怒号が響き渡り、さしもの少女もその場で立ち止まったようだ。――ちがう。いつのまにか少女の足下では、それまで何もいなかったはずの黒いアスファルトの地面が白く蠢いている。そして、その蠢きはまるで生き物のように少女の足にまとわりつき、彼女をその場に縫い止めていた。

 

「……兎?」

 

 はじめて、フードの中からつぶやく程度の声が漏れた。ウサギ耳の少女が想像していた通り、その声音はいかにも女性らしい角のないものだった。意外だったのは、その声に彼女が想像していたほどの刺々しさがなく、それまでとっていた態度と比べて柔らかいものだったことだ。

 だがその一方で、ウサギ耳の少女が抱いていたある疑念は確信に変わった。

 

「それはぺこーらが使役している妖。……けど、その様子じゃあ大して驚いてる、ってわけでもなさそうぺこね」

 

 さきほどは声が漏れたが、フードの少女は相変わらず黙して、続く言葉を待っている。今度はもう無視をする様子はなさそうだった。

 

「おかしいと思ってたぺこ。この辺りには、こよちゃんが作った人払いの札が貼られているはずなのに、あんたはそれを素通りして入ってきた。はじめは一般人がたまたま紛れ込んじゃったのかもしれないと思ってたけど、いまので確信に変わったぺこ。――あんた、何者ぺこ? 」

 

 ウサギ耳の少女は、毅然としてフードの少女の前に立ちはだかる。それを受けて、相対するもう一人の少女は、ゆったりとそのフードの中に手を入れる。

 

「っ……」

 

 やっと顔を見せる気になったか、いったいどのように打って出てくるんだ、とウサギ耳の少女が固唾をのむそばで、少女はフードの中からその手を引き抜く。

 ――その指先がつまんでいるのは、ワイヤレス式のイヤホンである。

 

「ごめんごめん、さっきから余なんも聞いとらんかった。……もっかい言ってもらっていい? 」

 

 

 

 

 

          ◇

 

 

 

 

 

 フードを被った少女は百鬼あやめ、ウサギ耳の少女は兎田ぺこらと互いに名乗った。

 

フードの隙間から覗いたあやめの顔立ちは、ぺこらが想像していたよりもさらに幼さなさを残したものだった。背格好からもそのような印象は感じられていたが、真正面からしっかりと向き合ったぺこらの目算では、彼女自身とそう歳も変わらないように見える。

 だが、あやめの醸し出す豪胆なまでにのほほんとした雰囲気は、その幼さとはまた別のところに由来するようにぺこらには思えた。現に、彼女はいまもぺこらの前で、コンビニの袋から取り出したチョコレートアイスの封を切って「うへぇ……。やっぱちょっと溶けてるよ~」と、気ままな振る舞いをつづけている。自らを問い詰めているぺこらの剣幕など、まったく気にする様子がない。

 

「――それで、いいかげん白状する気になったぺこか? 」

「……ん? ふぁふぃふぁ(なにが)? 」

 

 ぺこらが詰め寄ろうとも、あやめはどこ吹く風だ。それよりも、今まさに自分の手の中で溶けかかっているアイスのほうが重要だと言わんばかりに、その口は喋ることよりも専ら食べることに使われている。

 

「どんだけぺこーらのことコケにすれば気が済むんや! ――あんたは! なんで! ここに入ってこれたぺこ! それに、ぺこーらの野兎を見て驚いていないってことは、妖のことも知ってんだろ!? いったいあんたは何者ぺこ!! 」

「ん~……」

 

 最低限ぺこらの言葉を聞く素振りはするものの、あやめがアイスを食べる口を止めることはない。それを苛立ちまじりに待つぺこらの視線をものともせず、あやめは木の棒にこびりついたアイスの欠片まで丁寧に食べ切ろうとする。彼女が最後に木の棒のアイスを綺麗に舐め取ってゴミを袋に戻すまで、ぺこらはずっと黙ってその様子を見つめていた。

 

「ふぅ、おいしかった…………それで何だっけ? 」

「ようやく答える気になったぺこか……。それじゃあ聞くぺこだけど、あんたがここに来た目的は? 」

「……目的? 」

 

 ぺこらの問いの意図がわからないとばかりに、あやめは呆けた表情をする。

 

「目的って……そんなの家に帰るだけだよ。ゲームしてたらアイスが食べたくなったから、コンビニまで買いに行ってたんだよ。何か変なとこある? 」

 

 そんな見え透いた誤魔化しには騙されないぞと、ぺこらは追及の手をゆるめない。

 

「ありまくりぺこ! さっきも言ったけど、いまここにはコレと同じ人払いの札が貼られている。普通なら意識が別のことに逸らされて、どんな理由があってもこの場所には来ようと思わない。この場所のことすら認識できなくなるぺこ。それなのに何であんたは何事もないみたいな顔でここに入ってきているぺこ」

 

 そう言ってぺこらがあやめに見せたお札には、人の眼のような奇妙な模様とミミズがのたくったような文字が書かれている。それを見たあやめは、ぺこらの説明と併せて得心したとでもいうように何度も首肯する。

 

「あー……なるほどなるほど。そういうことね。………………ぺこちゃん、そういうお年頃かもしれないけど、早めに卒業しておかないと、あとで辛くなるのは自分だよ」

「ぺこーらは厨二病患者じゃねえっつーのっ!!」

 

 あやめのまるで憐れむような視線がぺこらの気に障ったが、そうやって話題をそらして煙に巻く魂胆だろう、とぺこらは揺らがなかった。こういう手合いには、ムキになって反論するのではなく相手の発言や行動の矛盾を突いてやればいいのだ、と気を取り直す。

 

「ふぅ…………誤魔化そうとしたって、そうはいかないぺこよ。それじゃあ、これを見てもまだ厨二病の妄想語りって言えるぺこか? 」

 

 そう言って、ぺこらは両手を胸の前で組み、不思議な形に指を折り曲げる。夜の静寂の中で、音になりきらない空気の揺らぎがぺこらを中心にして広がる。

 

「妖喚術――来い、“野兎(のうさぎ)”!! 」

 

 ……ポコ、ポコ……ポコポコポコ。

 ぺこらの呼び掛けに答えるように、彼女の足元の地面から白い毛玉の群れが湧き上がってくる。――それだけでない。電信柱や側溝、建物の陰など、空間の隙間という隙間から無数の白い兎がつぎつぎとその姿を現す。――いつの間にか、ぺこらとあやめの周囲を無数の白い兎が埋め尽くしていた。

 

「どうぺこ? これでもまだ白を切るぺこか? 」

 

 瞬く間に自らを取り囲んだ白兎の群れに、あやめは驚きを隠せない様子だった。

 もちろん、その反応はぺこらも予想していた。彼女があくまで、妖など知らないという態度を貫きとおすつもりなら、虚空から突如として湧いてきた兎の群れに対して無反応でいるわけにはいかないからだ。

 

(……さて。ここで何かボロを出してくれればいいぺこだけど、果たしてどう出てくる? )

 

 常人であれば、このように数えきれないほどの兎がいきなり現れて自らを取り囲んでいるとあらば、驚きを通り越して恐怖の感情を抱くものである。逆に、そのような気配をこれっぽっちも見せないようであれば、彼女がただ迷い込んだだけの一般人ではないことを示していると言えるだろう。

 突如あらわれた兎の群れに対して、次にあやめがとった行動は――

 

「わぁ!かわいい~~!! これさっきの兎さんだよね! みんなぺこちゃんが呼んだの!? 」

 

 ――歓喜だった。

 

「そ、そうぺこだけど……」

「すごーい! みんなモフりたい放題じゃん!! いいな~! 」

 

 ぺこらにとってそれは、予想の斜め上をいく反応だった。もし彼女が偶然迷い込んだ一般人を自然に装うのであれば、驚きは驚きでも、歓喜ではなく恐怖をともなった驚きを示そうとするはずだ。自分はこんな奇怪な現象は初めて目の当たりにしたのだと、ぺこらにアピールしなければならないのだから。

 だが、あやめはそのような気配などまるで見せずに膝をかがめて、自らの足元に寄ってきた兎を抱え上げてその毛並みを楽しんでいた。

 

「ぺこちゃんはいつでもこれが堪能できるなんて羨ましいなぁ~」

「そ、そんなことのためだけに呼んだりしないぺこ! 」

「えー? もったいないよ~」

 

 あやめの振る舞いの意図を、ぺこらは図りかねる。

 

(いったいどういうつもりぺこ……?)

 

 ここまできて、ぺこらの頭に浮かんできたのは、もしかするとあやめは本当に何も知らない一般人で、大抵のことには動じないほどマイペースさが突き抜けた人物なのではないかという、いちばんあり得なさそうで、しかし妙に腑に落ちる推測だった。

 

「ねえ、あんた――」

 

 

 

『ぺこーら先輩! 聞こえる!? 』

 

 

 

 ぺこらがもう一度その素性を問おうとした瞬間、彼女の頭の中に切迫した声が響いた。

 

「わっ――!?」

「……?」

 

 その声は、この先の地点で今回の目標である妖の討伐にあたっているファミリーからのものだった。

 とつぜん大声をあげて飛び上がったぺこらを、あやめは怪訝そうな顔で見つめるが、そんなことは気にする余裕もないぺこらは、すぐそれに応答する。

 

『こんちゃん! どうしたぺこか!? 』

『よかった!無事なんですね! 野兎を召喚したみたいだったから、何かトラブルが起きたのかと思ったんですけど』

『あっ! ごめんぺこ、実はトラブル――』

 

 ぺこらは、ちょうどいま彼女の頭を悩ませているあやめの方を見る。それを見つめ返すあやめの表情はポケーっとしたもので、なんだか今まで真面目に取り合っていたのが馬鹿らしく思えてきてしまう。

 

『……いや、ちょっと一般人がたまたま人払いの中に入ってきちゃっただけぺこ。ぺこーらが外に出すから、そっちはそのまま続けてもらって大丈夫ぺこ』

『えっ、そうなの!? …………それはちょっとマズイかもしれないですね』

 

 それはつまり、向こうで何か問題が起こっているということだ。自分の側もちょうど悩みの種を抱えているというのに。「今日は珍しくツイていないぺこね……」とぺこらはひとりごちる。

 

『そっちで何があったぺこ? 』

『戦闘の最中で、妖が急に目標を変えてこよたちから離れていったんです。いま急いで追いかけているんですけど……』

 

 そこまで言われれば、ぺこらも察しはつく。

 

『つまり、妖がこっちに向かっているってことぺこね……』

『人払いの外に出られるとマズイですから、一般人も守りつつ、がんばって食い止めてください!! こっちもすぐに向かいますから! それと——』

 

 こよりが言葉を続けようとしたところで、通信が不自然に途切れてしまった。

 

『こよちゃん? ……こよちゃん! 応答するぺこ! 』

 

 今度はぺこらの側から通信することを試みるものの、何かに遮られているかのような感覚がしてうまく繋がらない。不測の事態が起こったと判断したぺこらは他のファミリーにも同じく通信を試みる。だが、結果は変わらなかった。

 明らかに何かがおかしい。しかし、すでにこちらへ妖が迫ってきている以上、ぺこらに選択の余地はない。あちらには一分一秒でもはやく合流してもらって、こちらは妖を足止めすることに集中しよう、とぺこらは意識を切り替える。

 

「ぺこちゃーん。さっきから黙ってどうしたの~? 」

 

 問題はあやめだ。この際、彼女が一般人かどうかは置いておいて、ぺこらは彼女を妖との戦闘に巻き込むわけにはいかない。今からひとりでこの場を離れるように促しても徒労に終わるであろうことは、先ほどまでの押し問答からも想像に難くない。

 つまりぺこらは、あやめを背に守りつつ、妖をこの場に引き留めて時間を稼ぐという、難題を課せられたわけだ。

 

「無茶なこと言うぺこ。……けど、ぺこーらにできないわけがねえっつーの! 」

 

 久方ぶりのハードモードにぺこらが気合いを入れ直した、その矢先に事態は動き出す。

 

「……おっ? ぺこちゃん、あっちのほうから何か来たよ? 」

 

 あやめが、遠くの空から飛来する何かの存在を告げる。初めは小さな点だったそれは、夜の沈んだ空気を引き裂きながら、みるみるうちに2人の方に接近してくる。

 

「もう来てるぺこ!? こいつどんだけ足はえーんだよ!! 」

 

 妖が近づいてくるにつれ、その相貌が次第にあらわとなる――筋肉が隆起した獣のような四肢に、筒状の長い首。そこから先には頭部らしきものはなく、頭を切り落とされた喉にそのまま歯が生えているかのようなおぞましい姿をしている。

 

「あ~もう! ほんとに今日はツイてないぺこな!! 」

 

 想定外の接近の早さには驚いたものの、ぺこらとて戦いの場に身を置く者であり、これまでも数多の妖を相手どってきたのだ。異形の姿を目の当たりにしたところで怯むようなヤワな人間ではなかった。

 

「とりあえず、あんたはぺこーらの後ろに隠れてなっ! ――こっから先は、ぺこーらたちの領分ぺこ!!!! 」

 

 

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