ポケモンが現れた世界に生まれて   作:ダダダッダ

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八話

「―――はい、…はい、ではそのように。…失礼いたします」

「んー…わたぁべさん?」

「すみませんお坊ちゃん、起こしてしまいましたね」

(―――???)

 

 カーテンの隙間から僅かに漏れる、そんな光だけの暗い部屋の中。

 聞こえてきた話し声に、玲の意識は浮上した。

 

 しかしそこで目に入ってきた光景に、脳が異常をきたす。

 自分の下には渡邊さんが仰向けに寝ていて、胸に顔を乗せた玲の頭を左手で優しくなでていた。

 意味が分からなかった、今の自分の状況が。どうしてこうなっているのかが分からなかった。

 玲の頭の中は起き抜けという事も合わさり、とても混乱していた。

 とても暖かくいい匂いだ、だが名残惜しいが胸の上で寝たままというわけにもいかない。急いで渡邊さんの上から降りる。

 

 まだ上手く回らない頭のまま、玲は渡邊さんの後姿を見る。

 渡邊さんはカーテンを開け、部屋に光を取り込んでいた。

 そこでやっと玲は思い出す、昨夜の自分の最後の記憶を。渡邊さんの胸にうずくまっている己の姿を。どうやらそのまま眠ってしまったようだ。渡邊さんの服装は昨日のままで、その胸元は湿っていた。

 しわでグチャグチャにもなっており、服をつかんで離れなかったのであろう己の姿に羞恥心で顔を赤くする。

 

「ごめんなさい、わたなべさん」

「問題ありません、お坊ちゃん。お気になさらずに」

 

 迷惑をかけてしまった、玲は謝る。しかし渡邊さんは微笑んでいて、少しも気にしていないようだった。

 いつまでも恥ずかしがっていても仕方がない、玲も気にしないことにした。

 そこで玲は気付く、渡邊さんの右手に携帯端末が握られていることを。渡邊さんも玲の視線に気づいたのか、それについて話し出す。

 

「それよりお坊ちゃん、旦那様からのお電話です」

「どっ、どーしたのっ」

「元気なお子様がお生まれになったと、奥様のお体も問題ないとのことです」

 

 体の奥から喜びが込み上げてくる。夢じゃないだろうか、実はまだ寝ているなんて事ないだろうか。聞き間違いという可能性もある。不安になり、玲は渡邊さんに確認する

 

「ほんとっ、わたなべさんっ」

「はい、よく頑張りましたお坊ちゃん。ご立派でした」

 

 渡邊さんは微笑んでいた。大丈夫ですよ、不安に思う事は何もないですよと。玲の不安をかき消すかのように。その微笑みに体から力が抜けていく。

 

 渡邊さんの腕に体を包まれ、頭をやさしく撫でられる。

 玲の瞳は涙で流れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

(まだかっまだかっ、まだかっまだかっ!)

 

 渡邊さんは玲を離した後、すぐに準備に取り掛かった。

 玲は離れた事を残念に思う。暖かかった。その温もりに心底安心していた。恥ずかしかったが、心癒されていたのだ。仕方がないのだが、渡邊さんの胸が恋しい。

 

 現在時刻は十三時。玲はソファーの上で体を揺すっていた。

 バウちゃんがその振動を嫌がって、床に飛び降りる。ごめんよバウちゃん。

 床に伏せ耳と尻尾を下してるバウちゃんに罪悪感が湧くが、玲は貧乏ゆすりを止められなかった。

 母の面会に行きたかった、今すぐにでも飛び出してしまいそうだった。

 しかし、そういうわけにもいかない。今の自分は四歳児、一人で面会なんて行けるはずがない。

 それを抜きにしても、面会時間がある。早く会いたいのはこちらの都合、病院に迷惑をかけるわけにはいかない。

 

 玲は渡邊さんを見る。

 寝てはいたのだろう。しかし玲の面倒をみていたのだ、体が休まってはいないはずだ。なのに家事に育児、入院の準備等ずっと動き回っている。

 手伝おうとしたのだが、断られてしまった。雇用主の息子を働かせるわけにはいかないのだろうし、逆に邪魔になってしまいそうだ。渡邊さんには感謝してもしきれない。

 

 父は一回、病院から家に帰ってきた。

 そこまで急いでいなかったので、午後からの出社にしてもらったのだろう。

 少し仮眠して皆で昼ご飯を食べ、会社に出かけて行った。

 

「玲くん、今日からお兄ちゃんだ。一緒に頑張ろうね」

「うんっ、ぼくがんばる」

 

 その際に玲に声をかけて。嬉しそうに笑いながら家を出ていった。

 

 そして現在、家を出るのを待ちわびているのだ。

 面会時間は十四時から。あと十五分したら家を出るようで、すぐに時間はやってくる。

 しかし、その短い時間が今はとても長く感じられた。

 

「お坊ちゃん、準備は出来ましたか」

「うん、はやくいこっ」

「はい、―――少々お待ちを、はい大丈夫です。お嬢様に素敵なお姿をお見せしなくてはなりませんからね」

「ありがとぉ、わたなべさん」

 

 バウちゃんのボールは持った。病院では出せないが、家に一匹にはしたくない。

 ティッシュ、ハンカチしっかり持って、渡邊さんの身だしなみチェックもオーケーだ。

 

 母と妹は元気なのか、自分のような問題は起きていないか。二人は元気だと聞かされていても、そんな不安を感じてしまう。

 大きな不安を抱えながら、病院にいくため家まで呼んだタクシーに乗る。

 右隣りに座った渡邊さんの手のひらをギュッと握りしめる。

 

 病院までの道のりは、とても長く感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 渡邊さんと手をつなぎ急いでやってきた病室で、母は柔らかな表情で微笑んでいた。

 隣には小さな小さな赤ん坊、気持ちよさそうに眠っていて。その二人の顔を見て、玲はやっと緊張を解いた。

 前例があるのだ、安心しきるにはまだ早い。しかし少しくらい気を抜いてもよさそうだ。

 

 息をついたことで少し前の自分を思い出し、顔が赤くなってしまう。

 居ても立ってもいられなかった、タクシーを降りてすぐ走った。料金を払っている渡邊さんを待てなくて、それでも病室が分からないから戻って来て。

 渡邊さんごめんなさい、慌てていた彼女に申し訳なく思う。今思い出すと自分の馬鹿さ加減が恥ずかしい。己も面倒を見られる立場なのに、子供の体だったのを忘れていた。

 

 思っていたより広い個室だった。母と子供、見舞客が数人。それだけの人数しか入らないような、残りは機材があるだけの部屋を想像していたのだ。

 しかし、この部屋は広かった。見舞客は何人も入れるし、テレビもあるしテーブルもある。小さいが冷蔵庫まであって、それだけ置いてもまだ余裕のある、広くて快適そうな個室だった。

 やわらかいクリーム色の壁紙、木目調の優しい色合いのベッドや他の家具。可愛らしいピンク色のシーツはお母さんと妹にぴったりだ。玲は退院日までここにいたくなった。パパが落ち込んでしまうかもだが。

 

「ざんねんだわ、さっきまで起きていたのよ」

「またくるぅ、―――わたなべさん、いいよね」

「はい、もちろんでございます」

「おかあさん、いいよね」

「ええ、まってるわね」

 

 少し前までは起きていたらしい、残念だが仕方がない。また来ればいいと思ったが、タクシー代を払ったのは渡邊さんだと気づく。うちから出ているとは思うが不安になって渡邊さんを見ると、笑顔で快諾してくれた。母もいいと言ってくれている、おそらく渡邊さんの懐は痛まないのだろう。玲は安心した。

 

 横で眠っている赤ん坊を見る母の顔、嬉しそうに微笑んでいてとても綺麗だ。父がとても羨ましい、家族全員しあわせにしてねパパ。もちろん自分も妹の面倒を見る、不幸になんてするものか。決意した玲はそこで気付く、妹の名前が分からないと。

 

「おかぁーさん、あかちゃんのお名前なんてゆーの?」

「ひかりちゃんっていうのよ、こう書くの」

「奥様、お坊ちゃんにはまだ難しいかと」

「いやだわ、そうよね嬉しくってつい」

 

 紙に書かれた妹の名前を見る、姫光。

 

(ひかり…姫?ひ、かり…ヒカリちゃんッ、かわいい名前だ響きがいいねッ)

 

 白雪家では普通です。

 

 




母の名前は姫輝(きらり)です

全国の姫光さんを馬鹿にしているわけではありません


そして、次回の話ではついに!
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