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「ゆっきー、ちょっといい?」
「いいよいいよ、何時ものだね。いま行くよ」
昼休みもまだ半分が過ぎたところ。そんな時間の学校の教室で、友人の町田に廊下から呼びかけられる。その目は鋭く、こちらを睨め付けるような物。なんて恐ろしいオーラを放っているのだ、あの女の子は。
しかしそれは何時もの事、慣れたものである。軽く返事を返して、彼女の元へ歩いて行く。
「え、なに?町田ってそうなの?お相手は白雪かー!」
しかしそこで、別のクラスの誰かさん。どうやら彼は町田のオーラを感じ取れなかったようだ。無謀にも彼女に喧嘩を売ってしまった!
いけないよキミー、今の彼女は細心の注意を払って扱わなければならないのだから。友人付き合いが長いから落ち着いた振る舞いが出来るけど、本来は危険なのだよ。
「は?何あんた、誰?バカなの?」
「…え?」
「え?じゃなくて、名前と頭の出来を聞いてるの。耳も悪いの?良い所どこ?」
「ご、ごめん!なんでもない!」
「足は速いのね」
脱兎の如く逃げ出す誰かさん、彼の足の速さには町田も感心している。
それにしても彼は誰だったのだろう。名前を知られているようだし、どこかで会ったことがあるのだろうが、どうしても思い出せない。若年性健忘症か、まだ十歳なのに。
「誰だっけ…」
「知らないわよ、見たことないし。もういいでしょ」
「そうだね。それでどうしたの、ママちゃん?」
「ごめんね、ちょっと屋上に一緒に来て欲しいの」
「いいよいいよ。もしかしてササラちゃん?」
「うん。理由は聞かないで」
「わかったよ、それじゃあ行こうか」
理由は聞くなというのだ、聞かないでおこう。町田の案内で行き先が紗更の元なのだ、悪いようにはならないだろう、恐れる必要はない。そういえば一年前にも同じような事があったな。見違えるような成長ぶりである。
何かを言おうとした高貴に目で合図を送る。只今、危険ナリ。彼は頷き右手を頭の横に、敬礼!どうやら伝わったようだ。
「一緒に来なくても逃げたりしないよ?」
「そんな心配してないわよ」
階段を町田と一緒に登り、屋上へ続くドアの前。この先に紗更がいる。場所は違うが、呼び出す相手も案内役も前と同じ。
あの時はバレンタインのチョコを貰った。今回はどのような理由で呼び出されたのだろうか。四月のイベントは何があっただろうかと考えるが、特に思いつかない。
「さらさら、呼んできたよ」
「あ、ママちゃん。ありがとー」
「いいのよ。誰もいないわよね?」
「うん、だれも来てないよー」
「それじゃ見張っておくから、頑張ってね」
どうやら町田は、見張り役として残るために付いて来ていたようだ。今は前回と違って昼休み、誰が来るか分からない。
しかしそんな見られては不味いイベントとは何だろうか。まさか告白なんてことはないだろう、こんな時間にそれはないはずだ。
「来てもらってごめんねー、レイくん…」
「ううん。全然いいよ、大丈夫」
と思ったら、なにやら急にモジモジし始めた。何なのだ、まさか本当に告白イベントなのか、緊張するではないか。
「あのね…。去年の誕生日に、プレゼント貰ったでしょ?」
「え?うん…あげたけど」
「それでね、お返しにって…考えてたんだ」
なんだ告白ではないのか、少し残念だ。だがなるほど、その時のお返しを渡すために呼んだのか。
しかし彼女からは、もうお返しを貰っている。今年の誕生日に、友人達と一緒の物とは別に、彼女からは受け取っているのだ。それに屋上に呼び出してまで渡したいもの、全く想像がつかない。
「ササラちゃんからは、もう貰ってるよ?」
「あ、えっと…。違うの、あれは…あ!でも、ちゃんと気持ちを込めて選んだよ!」
「う、うん。大丈夫、信じてるよ。すごく嬉しかった」
何が違うのかは分からないが、気持ちを込めて選んでくれた事は分かった。紗更の必死な表情を見て、そんな疑いなんて持たない。
「あのね…本当はこっちをあげたかったの」
「見ていい?」
「…うん」
紗更が後ろ手に隠していた紙袋、それを受け取り中身を取り出す。
それは手編みのマフラーで、白と水色の毛糸で編まれていた。所々に小さなピンクのハートがあって可愛らしい。初めて編んだのか編み目は揃っていない。しかしそれが一生懸命さを表しているようでとても嬉しかった。
なるほど、これは教室で渡せないだろう。確実にそういう目で見られる。
「あのね…プレゼント貰ったの十月でしょ…?」
「うん。ササラちゃんの誕生日だからね」
「それでね…お返しにって…寒かったから、レイくんに暖かくなって欲しくて…」
たしかにあの夜は寒かった記憶がある。そんな時にマフラーを貰えたら絶対に喜ぶだろう。今はもう四月だが、それでも紗更のその気持ちだけでとても嬉しい。
「バカだよね…レイくんの誕生日、三月なのに…」
「三月はまだ少し寒いから、全然大丈夫だよ」
「でも、間に合わなかったよ…暖かくなって欲しかったのに…ごめんね」
「なんで謝るの、ササラちゃん。とっても嬉しいよ。それにまだ朝とか寒いし」
一か月遅れたくらいで文句なんて言うはずがない。紗更が想いを込めて編んでくれたマフラーなのだ、嬉しいに決まっている、謝る必要なんてないのだ。
これはもう実際に巻いて、喜んでいる姿を見てもらうしかない。このプレゼントをどれだけ嬉しく思っているかを、彼女に知ってもらおうではないか。
「ササラちゃん、巻いていい?」
「う、うん。いいよ」
マフラーを自分の首に巻いていく。確かに四月の昼で少し暑いが、そんなもの紗更に喜んでもらうためなら問題になんてならない。
だが暑さはいいのだが、気になる事が一つある。これ長くないですか?
明らかに一人で巻くには長すぎる。これはもしや伝説のあれか、二人で一緒にマフラーを巻くというあれなのか。期待してもいいですか?
紗更を見れば、マフラーを巻く手を止めた事に不安そうな顔をしている。
ごめんね、嫌で止まっているわけじゃないんだよ。これはもう止まれない、どこまでも突き進もう。
「ッ…レイくん…」
「嫌だった?」
「う、ううん…、イヤじゃない…」
自分の首に巻かれたマフラーを、紗更の細い首にも巻いていく。彼女は少し驚いたようだが、大人しく動かないでいてくれた。
「え、えっと…やっぱりちょっと、暑いかなー…」
「そう?ササラちゃんと一緒で嬉しいから、僕は気にならないかな」
「あ、う…」
自分でやってて大分恥ずかしいが、紗更の可愛い照れ顔を至近距離で見れたので大満足だ。
それにしても丁度いい長さのマフラーだ、もしかして二人で巻くことを想定していたのだろうか。そうだとしたら恥ずかしがってはいるが、紗更も大胆な子だ。
「二人だといい感じの長さだね」
「ッ、ち、違うの!…あ、ごめんね…」
紗更が大きな声を出したことを謝る。
だがそんな事は気にする必要はないのだ。唇が顔に当たりそうになるという、ドキドキイベントを味わえたのだから。むしろもっとやって欲しい。
「あのね、ユキメノコちゃんと一緒のレイくんの事を考えて…編んだの…」
「そうだったんだ」
「うん。一緒にいるとき、優しい目だなーって……あ!えっと…だから違うの」
なるほど、ユキメノコと一緒に巻いている姿を想像して編んだのか。たしかにこの色の毛糸というのは彼女のイメージに合う。
そういう事ならユキメノコと巻かせてもらおう、きっと喜んでくれる。
「それじゃあ、ユキメノコと一緒に巻かせてもらうね」
「うん。あ、他の子ともいいからねー。みんなも一緒に巻きたいって思うはずだから」
それはとてもありがたい。ユキメノコだけというのは、他のみんなが悲しんでしまう。家族仲に亀裂を入れる訳にはいかないのだ。
「みんな仲良くがいいからねー」
「ならササラちゃんも、これからも一緒に巻こうね」
「わ、わたし…は…」
「イヤだったらしょうがないけど、ササラちゃんとも仲良くしたいな」
「い、イヤじゃ…ないよー…」
ポケモンのみんなとも巻かせてもらうが、出来たら紗更とも一緒にマフラーを巻きたい。
恥ずかしそうだが、頷いてくれてよかった。
「…手つなぐ?」
「…うん、つなぐー」
彼女のお気に入り、おててニギニギ。いつもなら躊躇いなく握ってくるのだが、この時は少し返事に間があった。
ガンガン攻めすぎた、恥ずかしすぎる。後悔している訳ではないが、これが終わった後にどんな顔をして彼女と会話すればいいのかが分からない。
「……そろそろ不味いわよ、昼休み終わるから」
「ッ!ま、ママちゃん…見てたのー?」
「大丈夫よ、さらさら。ほんと今開けたとこだから」
おっと、町田に見られてしまったようだ。紗更に恥ずかしい思いをさせてしまった。
自分は彼女の乙女顔を普段から見ているので、恥ずかしいがお相子という事で別にいい。だが紗更には悪いので後で謝らなくては。
「そ、そうなんだー…。あ、あのね、レイくん…マフラーを…あ!嫌じゃないんだよ?」
「うん、大丈夫だよ、ササラちゃん。またしようね」
「…うん。またしようね、レイくん…」
少し残念そうな顔をしてい紗更の首からマフラーを優しく外していく。そんな彼女の表情を見て、絶対にまたやると心に誓う。
マフラーを傷つけないように慎重に紙袋に入れ、紗更と一緒に教室に戻るため歩き出す。
町田の横を通るときに背中を叩かれるが、彼女の顔を見れば嬉しそうに微笑んでいる。少し痛かったが気にしない事にした。
帰りの会が終了して今は放課後。教室で自分の席に座り、ユキメノコを正面から抱きしめている、彼女のお気に入りの体勢だ。その首にはマフラーが巻かれていて、嬉しそうに鳴き声を上げている。
「ユキィ、ユキィー」
「どういたしましてー」
「ピハッピハー!」
紗更にお礼を言うユキメノコ、そんな彼女に紗更も嬉しそうに笑っている。和やかな空気でとてもいい。
だがそこで彼女の相棒のピーちゃんが、羨ましかったのか近寄って来て、顔をグリグリと擦りつけてくる。なんだ、修羅場か!?
ピーちゃんも可愛がってあげたいが、今はユキメノコを抱きしめてあげたいのだ。どうすればいい、困ってしまった。
「ユキー」
「ピハ?ピハーッ」
だが何と、ユキメノコは寛容に頷いた!優し気な表情で、ピーちゃんを受け入れている。
そんなユキメノコの優しさに、ピーちゃんも嬉しそうな表情でお礼を言う。どうやら危機は去ったようだ。
「ありがとうね、ユキメノコ」
「ユキィー」
「ピーちゃん、髪なでていい?」
「ピハッピー」
ユキメノコを抱きしめて頬を合わせると、嬉しそうに鳴き声を上げる、とっても可愛い。ピーちゃんの髪を優しく撫でると、気持ちよさそうに目を細めた、とても癒される。
「お?まだ残ってたのか」
「ただいま」
「おかえりコウキくん、ママちゃん」
「おかえりー」
とそこで、職員室から高貴と町田が戻ってきた。彼らはプリントを提出するために、担任のハルハルセンセーに会いに行っていたのだ。
ちなみに須田は先に帰っている、どうしても外せない用事があるらしい。
「どう?上手くいった?」
「何とかね…、なっつんもたまにはいい仕事するみたい……よくはないわね」
「絶対に覚えます!頑張ります!って何度も叫んだ」
「横で聞いてたのよ?うるさかったわ…」
この学校では自分の相棒の育成計画を、定期的に担任に提出しなければならない。彼らも少し前に出してはいたのだが、再提出するようにと言われたのだ。
その理由というのは、本来は覚えない技を前提にした計画だったからだ。原作では技マシンでしか覚えないもので、こちらの世界では前例がないのだ。
彼らは友人のアドバイスを信頼して出してくれたのだが、教師としては教え子のそのような計画を認める訳にもいかなかったのだろう。
彼らの熱意に負けて何とか頷いてくれたようだが、いつまでも覚えないなんて事になったら成績に影響する。これは何とかしなければ、友人達の信頼に報いるのだ。
「ママちゃん、あの技ね、テブリムが使えるからお願いしてみようか?」
「え!ほんとう、ゆっきー!?…いいの?」
「この子は優しいから、イヤとは言わないと思うよ。…落ち着いて見てね?」
「気を付ける!ありがとう、ゆっきー!テブリムちゃん、お願いね」
腰にあるテブリムのボールが優しく震える。
町田はこれで大丈夫だろう。ネットにある物よりは、知っている子が使っている姿を見る方が、恐らくイメージしやすいだろうから。
うるさくて厳しいようなら、動画を撮って見せればいいのだ。
あとは高貴なのだが。
「コウキくん、あの技は進化すれば出来るんじゃないかな?」
「んー、でもなー」
「うん、でも大丈夫だと思う。似たポケモンがいるし、多分あの姿になるよ」
コノハナからダーテングへの進化方法は、まだ判明していない。『リーフのいし』の見た目から分かりやすいとは思うのだが、進化石はものすごく値段が高い。全国のコノハナを育てているトレーナーさんは、簡単には試すことが出来ないのだろう。
「絶対じゃないけど、あの不思議な石を使えばいけるかも」
「あれか!すっげー高いやつ!…でもなー…お小遣い前借りしてて…」
それは本当に申し訳ない。高貴は誕生日プレゼントを友人達と一緒に買うため、お小遣いを前借りしてくれたようなのだ。
出来れば進化石をあげたいのだが、高価なものを小学生がプレゼントするというのは問題がある。
「ぬあー!お父さんにお願いする!土下座でも何でもする!」
「ちょっとあんた、ゆっきーは絶対じゃないって言ってるわよ?」
「レイレイなら大丈夫!ゴウタ待ってろよ!冷たいの絶対に覚えような!」
間違いなく進化はするので嘘は言っていない。しかしそこまで信用してもらえると、全てを言えない事に罪悪感が湧いてくる。
絶対に進化すると断言して、彼を安心させてあげられればいいのだが、そういう訳にもいかないのだ。言わないと決めているので、これはもうどうしようもないのだが。
「ユキメノコ、ピーちゃん、癒してー」
「ユキィー」
「ピッハー」
罪悪感を紛らわせるために、女の子達に癒しを求める。ユキメノコを抱きしめて、ピーちゃんの髪を撫でる。段々と心が温かくなってきた。
マフラーが少し暑いが問題ない、紗更の想いが詰まっているのだから。これは実質、三人の女の子に抱きしめてもらっているという事では?
「そういえば、何でマフラーしてんの?暑くないのか?」
「は?何あんた、文句あんの?」
「ええ、何で!?いえ、文句なんてありません!だからその目はやめて!」
紗更が少し恥ずかしそうだが、嬉しそうに笑っているのだ、問題なんてありませんとも。
高貴が町田の目を怖がっているが、あまり詳しく説明はできない、言ったら紗更がもっと恥ずかしがってしまう。心苦しいが彼には理由の分からない脅威に怯えていてもらおう。今日は彼に申し訳なく思ってばかりだ。
「あ…、ササラちゃんも育成計画、気を付けた方がいいかも」
「な、なにー、レイくん?なにかダメだったー?」
どうやら紗更は時間が経って、昼の恥ずかしさが落ち着いて来たようだ。
授業中は隣の席からこちらを恥ずかしそうにチラチラ見ていて、しばらくまともに会話も出来ないかもしれないと心配していたのだが、その様な事態にはならなそうでよかった。
「少し前に教えた技、ピーちゃんは普通には覚えないと思う…」
「むーん…」
小さくなって歌って声で攻撃、傷ついたら雫で回復。それがピーちゃんの戦法なので今は学校に認められている。しかし少し前に教えた技を取り入れるとなると、提出した時に高貴達のように何か言われるかもしれない。
「あの技は難しいみたいで、使える子が少ないんだ…」
「そうなんだー…」
「うちのお父さんのポケモンが、進化したら覚えるみたいだけど」
「今は戦ってないんだよねー?」
「うん。ごめんね…、調べてはみたんだけど」
「ううん!調べてくれてありがとー、レイくん!頑張って動画さがしてみるよー」
まあ自分で覚える子は少ないが、全くいない訳ではないのだ。学名が違うので名前で探すことは出来ないが、試合の動画を一つずつ根気よく探していけば、いつかは見つかるだろう。
レアな子という訳ではないのだから、絶対にどこかに出場している筈だ。
「ピハー、ピッハー!」
「どういたしまして、ピーちゃん」
ピーちゃんが調べた事へのお礼に、ホッペをスリスリしてくれる。
おや、何故か力ががくっと下がってしまったよ?効果が間違っていませんか?いや、甘えているので特におかしくはないのか。とっても嬉しいし、何も問題はなかった。
「ユキィー」
「そっかー、ユキメノコもかー」
ユキメノコも同じく甘えてくる。ダブルは反則だろう、これはもう骨抜きだ、しばらく動けそうにない。
それならもう仕方がない、存分に楽しもう、今日は家に帰るのが遅くなりそうだ。
「ピーちゃん、うれしそー」
「…さらさら、やりたいなんて言わないわよね?」
「い、言わないよー!」
少し残念だがトライは駄目だろう、冗談抜きで耐えられそうにない。