誤字報告もありがとうございます、いつも助かっています。
これからも応援よろしくお願いします。
「ぽにおー」
「広いねー」
試験が終わり、現在スイミングスクールのシャワールーム。ボールから出たオーガポンが、部屋の広さに驚いている。
ポケモンも洗えるように、ある程度の広さは確保してあるだろうとは思っていたが、まさかここまでとは思わなかった。
三つの個室があるのだが、その一つ一つがとても広い。我が家のポケモン全員を出して洗ったとしても、まだ余裕がありそうだ。
横を見ればラックが置かれていて、これなら他のポケモン達にも近くに居てもらえる。これだけ広いのだ、ビニール製のバッグに入れているし、気を付けていれば濡れてしまう事もないだろう。
狭かったらロッカーの中で待っていてもらおうかと思っていたのだが、必要なさそうで良かった。
「みんな、ちょっと待っててね。マスカーニャは家でお風呂に入れてあげるからね」
他にもシャワーを浴びたい子はいるかもしれないが、母達が待っているのであまり時間をかけられない。今日は試合に出た子が優先だ。
マスカーニャは家に帰ってからお風呂に入れてあげよう。何回も濡れたくないだろうし、雨にもプールの水にも浸かっていない。ここで洗わなくても問題はないはずだ。
「ぽに?ぽにおー」
「大丈夫だよ、オーガポン。お風呂にも入れてあげるからね」
鳴き声を上げながら抱き着いてくるオーガポン。お風呂に入れてもらえるマスカーニャが羨ましいのだろう。
だが心配しなくていい、家に帰ったらオーガポンも順番に入れてあげるつもりだ。シャワーだけで済ませるつもりはない、湯船に浸かってしっかりと温まって欲しい。
「お湯、流すよー。おめめをギューってしてねー」
「ぽにー」
「シャワシャワー」
シャワーヘッドを左手に持ち、抱き着いたままのオーガポンの頭にお湯をかけていく。反対の手に持つボディスポンジで優しく撫でてあげれば、嬉しそうに顔を胸に擦りつけてきてくれる。
頭が動いて少し洗いにくいのだが、甘えてくれるのが嬉しくて、動かないでくれとはとても言えなかった。
「ぽにー、ぽにおー」
とっても可愛い。抱きしめ返して、ずっとナデナデしていたい。
いや分かっている、そういう訳にもいかない事は。みんなが待ってくれているのだ、今は体を洗う事に専念しよう。
「オーガポン、一回離れてねー。お顔、パシャパシャしようねー」
「ぽに…」
「んー、背中を流してもらいたかったんだけど。これは時間が足りないかなー」
「ぽ、ぽに!」
主人を洗う時間がなくなると聞き、慌てて離れるオーガポン。顔を上げ目を瞑り、両手を広げて準備万端。いつでも来いと言わんばかりだ。
そんな彼女の可愛らしい姿に、ついつい笑ってしまいそうになりながらも、シャワーでお湯をかけてあげる。
「ぽに!」
「まだだよー。体も洗わないとねー」
「ぽにおー…」
顔を洗い終えたオーガポンは、頭を振って水滴を飛ばし、こちらに向かって両手を伸ばす。
どうやら交代して欲しいようだが、まだ体を洗い終えていない。笑顔を曇らせてしまい心が痛むが、しっかりと洗ってあげなければならないのだ。
「ぽに、ぽにおー」
それでも洗ってもらうのは嬉しいようで、すぐに笑顔が戻ってくる。
こんなに喜んでくれるのだ、ボディソープでしっかりと洗ってあげたかった。
排水の関係か、ここでは使用できないのが残念だ。家に帰ったら泡まみれにしてあげよう。
「うん。これなら大丈夫かな」
「ぽに!」
「ありがとう、オーガポン。背中お願いね」
「ぽにおーん!」
シャワーヘッドを右手に掲げ、嬉しそうに笑うオーガポン。
喜んでくれるのは嬉しいけど、お湯が出たままだから気を付けてね。これだけ離れていれば大丈夫だとは思うけど、みんなのボールがあるからね。
被ったままだった水泳キャップを外し、オーガポンに背を向けお湯を待ち構える。さて、楽しもうか。
オーガポンに洗ってもらって、心も体も温まった。
私服に着替えて、ホルダーを腰に。ボールを撫でれば、みんな嬉しそうに震えてくれる。
「行こうか、みんな」
バッグを肩にかけ準備完了。みんなに声をかけてから、更衣室の出口に歩いて行く。
母達に合格の報告をすれば、あとは受付での少しのやり取りだけ。落ちるかもと不安に思いもしたが、無事に合格出来て本当に良かった。
家に帰ればいつもの様に、軽いパーティーを開いてくれるだろう。今からとても楽しみだ。
「おかえり、白雪くん!」
「おめでとう、白雪くん!」
「合格おめでとうね!白雪くんもオーガポンちゃんも凄かったよ!」
「ねー!凄かったよね!」
そうして更衣室から出た瞬間、左右から先程の少女達に挟まれてしまった。気を抜きすぎて警戒を怠っていたようだ。
いや、彼女達は恐ろしい敵ではない。スキンシップが激しいだけの普通の少女だ。
それ自体はとても嬉しいし、試験が終わって水着から着替えている今、警戒する必要は特にない。服越しならたとえ抱き着かれたとしても、心乱されることはあまりないのだ。
それに警戒するなんて、こんな時間まで残ってくれている彼女達に対して失礼だ。褒めてくれているのだし、喜ぼうではないか。気持ちを切り替えていこう。
「応援してくれてありがとうね、嬉しいよ。でも時間大丈夫?試験長かったよね」
「大丈夫!お母さんがいいって!」
「わたしも!それに楽しかったから平気!」
前段階のテストや休憩等を合わせて、試験はおおよそ一時間。シャワーの時間を含めたらそれ以上かかっている。
水泳教室の後でお腹が空いているだろうし、彼女達の親御さんにも都合もある。それなのに応援してくれて、更にはこの時間まで待っててくれた。その事がとても嬉しい。
見れば彼女達の親御さんは、うちの母と一緒に子供のやり取りを微笑みながら見ている。
母も優しく見守ってくれていて、そんな母に手を振れば、小さく手を振り返してくれた。
「オーガポンちゃん凄かったね!」
「ねー!あんなに可愛いのに凄いよね!」
「凄いけど怖くないの!白雪くんに懐いてて、すごく可愛かった!」
「ねー!ポケモンって、もっと怖いのかと思ってたー!」
さすがオーガポン、その可愛らしさに彼女達もメロメロだ。主人として鼻が高い。
「わたしねー、ポケモン飼うんだ!」
「え!どんな子?」
「まだ決まってないけど、ママがパパに頼んでくれるって!」
「そうなんだ、楽しみだね」
まだ頼む前の段階なのか。
もしかして試験を見ていてポケモンを欲しくなったのだろうか。そうだとしたら自分とオーガポン達の姿が彼女に影響を与えられたようで、少し照れるが嬉しかった。
「白雪くん!」
「た、田中さん?どうしたの?」
「ポケモンってどうやって捕まえるの?」
何かと思ったらポケモンの捕まえ方か、真剣な表情で顔を近づけて来るから吃驚した。
しかし困った。このような質問をするという事は、身内にポケモンを連れている人が居ないのだろう。つまりは野生の子を捕まえることが出来ないという事だ。
「えっと…ポケモンに戦ってもらうんだけど…家族には」
「ううん…、いないの。だからお母さんも無理だって…。他にないかな?」
「他は…タマゴを貰うとかだけど」
「ペットショップとかじゃダメなの?」
「ポケモンは売り買いしちゃいけないんだよ」
ポケモンの売買は法律で禁止されている。我が校のように入学者に譲渡という形なら問題ないのだが、金銭のやり取りが発生してはいけないのだ。
「そうなんだー…」
「親戚か知り合いの誰かがポケモンを連れてたりしない?」
「お母さん、無理って言ってたから…多分いないと思う」
「お父さんにも聞いてみたら?もしかしたら誰かいるかもしれないよ?」
「お父さん、いつも仕事で疲れてるし…」
お父さんがどんな仕事をしているのか分からないが、聞いてみるくらいはしてもいいと思う。田中さんの表情を見ても嫌な感情は感じられないので、険悪な仲という訳でもないようだし。
「聞くくらいは大丈夫じゃない?可愛い娘さんのためなら頑張ってくれると思うけど」
「え…ほ、ほんと!?」
「う、うん。僕だったら頑張って探すけど…」
「そっかー!ンフフ、そっかー!うん、お父さんに聞いてみる!」
僕なら頑張る。可愛い娘のためなら、疲れなんて気にしないだろう。
どうやら田中さんはその言葉で決心がついたようだ。お父さんに聞いてみる事にしたらしく、笑顔で頷いている。結果がどうなるかは分からないが、先ずは一歩前進だ。
「し、白雪くん!」
「な、何?鈴木さん…?」
会話に割り込み、同じく顔を近づけてくる鈴木さん。話しはちゃんと聞くから少し離れて欲しい。
嫌という訳じゃないが、至近距離に少女の顔というのは、落ち着いて話せそうにないのだ。
「ポケモンの育て方、教えて!」
「い、いいけど…。どんな子を育てるか分からないと…」
「え、えっと!…どんなポケモンでも好きになるご飯とか!」
「そんな凄いご飯はないと思うけど…。あ、そうだ」
あのサイトはどうだろうか。全てのポケモンのという訳にはいかないが、人気のあるポケモンの好みは分かるはず。
鬼気迫る表情をしている鈴木さんから目を逸らし、バッグの中からタブレットを取り出す。
「あ、それって専用のやつでしょ?やっぱりポケモンを飼うなら、タブレットがいいの?」
「んー、ポケモンの数が少ないうちはスマホで大丈夫だよ」
何匹も育てるなら専用タブレットは必須だが、少数のポケモンを連れるだけなら必要ない。スマホがあれば十分だ。
「ほら、ここ。いろんなポケモンの好みが分かるよ」
「まっちゃんゴハン?」
「うん。写真も載ってて探しやすいでしょ?」
まっちゃんゴハン。何十種ものポケモン達の、それぞれに合わせたご飯の作り方が乗っている個人サイトだ。まっちゃんさんが全国を回って、直接情報を集めているらしい。
我が家のポケモンには新種扱いの子もいるが、タイプや種族の近い子で調べることが出来るので、とても参考になる。渡邊さんもよく見ているようだ。
ポケモンの写真で探せるので、学名を知っている必要はない。鈴木さんがどんな子を育てるのかは分からないが、珍しいポケモンでなければ大抵は載っている。ここなら問題ないだろう。
「白雪くんは…教えてくれたり…」
「もちろん僕も教えるよ、分かる事ならだけどね。鈴木さん、コネクトやってる?」
「や、やってる!」
「ID教えてもらえるかな?」
「うん!」
先ほどまでとは一転、とてもいい笑顔の鈴木さん。軽快な指使いでスマホを操作している。
「白雪くん!わたしも!」
「うん、田中さんも分からない事があったら聞いてね」
「ありがとう!」
笑顔でコネクトIDを教えてくれる二人の少女に、顔がにやけそうになる。
カッコいい白雪くんというイメージを壊さないように、我慢しなくてはいけないので大変だ。
「白雪くんもいろいろ聞いてね!何でも教えるから!」
「わたしも!何でも聞いてね!」
「うん。二人ともよろしくね」
これで二人のポケモン友達が出来た。まだ捕まえられると決まった訳ではないが、ポケモン談義は出来る。
それに望みがない訳ではないのだ、上手くいくことを期待して待っていよう。
試験の後はいつものお約束。
限定のグッズを買ってもらわないと、終わったとは言えないよね!
「こんなの売ってたんだー」
「いろいろあるねー」
「試験を受けた人にしか売ってないのよ」
受付カウンターの上に置かれた様々なグッズ。水着やキャップにゴーグル、ビート版に腕に付ける浮き等。みずタイプの印がついたそれらを、少女二人が興味深そうに見つめている。
さすがスイミングスクール、この様なものまで限定にするとは。
「白雪くん!これ買おうよ!」
「これ着て一緒に泳ごう!水泳教室に入ろう!」
いや、限定だからといって何でも欲しがるわけではない。水着は買わないよ。
「えっと、ポケモンと一緒だとコースが違うんじゃない?」
「あ、そっか…」
「私たちがコースを変えればいいんだよ!泳げるポケモンを捕まえて!」
「あ、いや…ポケモンの面倒も見たいから、水泳はいいかな。時間が足りないしね」
「んー…、一緒に泳ぎたかった…」
「ごめんね。ポケモンは好きな子を捕まえてあげて」
残念だけど水泳教室に通うつもりはない。速く泳ぐのは少し興味があるけど、それよりポケモン達と一緒にいたいのだ。
だから最初のポケモンは泳げる子に限定しないで、捕まえたいと思った子を選んであげてね。
「お母さん、グッズ買ってもらってもいい?」
「ええ、いいわよ」
さて、母からお許しが出た。グッズを選ぶとしよう。
いろいろあって迷ってしまう、どれがいいだろうか。
「レーくん頑張ったからー…、二つ選んでいいわよ」
「ふッ、た…つ?」
いつかの父のように全部買ってもらえるとは思っていなかったが、まさか選べるのが二つとは。
レプリカバッジやステッカー、Tシャツにタオル、他にもいろいろ。選択肢が多すぎる。今しか買えない限定グッズだ、せめてもう一つ枠を増やしてほしい。
どうやらこの試験場での戦いはまだ終わっていなかったようだ。まさか最後の最後にもう一戦残っているとは思ってもみなかった。
母や瀬川さん、少女達には情けない姿は見せたくない。駄々をこねているように見えないように、気を付けておねだりしないと。
難しい戦いだがここで引くわけにはいかない、何としても勝利を掴み取ってみせる。
「お母さん―――」