暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ 作:dwwyakata@2024
そしてその邪神すら歯牙にも掛けない魔人ソフィー=ノイエンミュラー
絶望を回避するための絶望の戦いは
どうあがいても破滅と死だけを其処にもたらしていました。
リディーとスールの双子は為す術もなく魔人と邪神の掌に連れ込まれ
そこで蹂躙されていたのです。
既に八千回以上も……
プロローグ、悲鳴すら上がらず
またダメだった。死なせてしまった。
大雨の中俯いているわたしフィリス=ミストルートの前で、高笑いしている雷神。最強の邪神、雷神ファルギオル。四本の鋭角的な足と、節に別れた体、鋭い剣と盾を持ち、どこか昆虫を思わせる凶暴な姿。弱い、弱すぎる。そう喚いて勝ち誇っているそいつは。
悲鳴を上げる暇すらも無く。
一瞬で「線」になった。
左右から押し潰されたのだ。
そして今度は「点」になった。
上下前後から押し潰されたのである。
きゅっと音がして。何もかも残さず消える。
飽きるほど見た雷神の最後だった。
雨が晴れていく中。
雲が割れ。光が差し込んでくる。
その中を歩いて来るのは。雷神と呼ばれる最強の邪神を、一瞬で手さえ動かさずに屠ったこの世界最強の錬金術師。特異点ソフィー=ノイエンミュラー。
わたしの師匠であり。
そしてこの惨劇を引き起こした張本人の一人でもある。
彼女は濡れてさえいない。
これだけ激しく雨が降っていたのに。
ソフィー先生の冷徹な目は。まさに地獄の、いや地獄さえ天国に見える深淵最深部の顕現。その視線は。
呆然と歩いている、傷だらけの若き未熟な錬金術師。
スール=マーレンに向けられていた。
既にスール、スーちゃんは正気を保っていなかった。
隣では、俯いたままわたしの親友、イルメリア=フォン=ラインウェバーが。唇を噛んだまま立ち尽くしている。この事態を防げなかった事への。自分への強い怒りを覚えているのが分かった。
わたしはひたすら悲しかったが。
もう涙は涸れ果てた。
皆の視線の先で。
焦点の合っていない目で。
スーちゃんがイルちゃんに話しかける。
「イル師匠。 リディーが半分しかないの。 半分見つからないの。 一緒に探してよう」
スーちゃんが引きずっているのは。
下半身を失ったリディー=マーレン。
スーちゃんの二卵性の双子の姉。リディーちゃんの変わり果てた姿。
勿論生きている筈が無い。雷神との戦いで、一瞬で吹き飛ばされたのだ。
これでもう八千回を超えたか。
どうしても此処を突破出来ない。
ソフィー先生が用意した「壁」。
世界の終末を打開するために必要なエサを、どうしても双子は食い破れない。必ず此処で死ぬ。運が良くても一人は死ぬ。どちらかが死ななくても生き残りは再起不能になる。
ソフィー先生は、顎をしゃくると、どこともなく歩いて行く。
今回は失敗だ。
だから、世界の終焉まで打開策を探し。
ダメならまたやり直す。
そういう事である。
もう双子には完全に興味を無くし、見てもいなかった。もはや十億年を超える時間を、世界の詰みを打開するために動いている錬金術師には。人の心はないとしか言いようがなかった。
へたり込んで泣きじゃくっているのは、双子の従姉妹。ルーシャ=ヴォルテール。ルーシャちゃん。
最初にソフィー先生が手を回して。
双子を守ると決意させたもの。
どれだけ双子に馬鹿にされ続けてもめげず。
必死に努力を続けて、ソフィー先生の魔の手から双子を守ろうとあがき続けた決意の子。
だけれどこの子は。
今回も双子を守りきれなかった。
わたしの時も。ソフィー先生は、20万回以上繰り返したと聞いている。
それくらいの苛烈な試練でないと、とてもではないが世界の詰みを打開する人材を育てられない。
そういう判断なのは分かる。
だが、わたしは。
恐らくイルちゃんも。
ソフィー先生の師匠だったプラフタさんも。
その苛烈すぎる行動には、今では強い反発を感じている。
確かに全てが終わってしまう。
それは事実だ。
わたしだって見てきた。
一度で上手く行くはずが無い。
最初から覚悟はしていたが、それでも此処までの地獄だとは思っていなかった。いや、地獄などというものはもはや天国だろう。
地獄と言う言葉が生ぬるく思える程の、凄惨な未来の有様を嫌になるほど見てきた。もう八千回以上も。合計して、もう数千万年分の経験も積んで来た。
だから理解出来る。
理解は出来るが、納得出来るとは、別の話だ。
正気を失ってふらふらしているスーちゃんを見かねて。
ルーシャちゃんが飛び出し、抱きしめて叱咤する。
「スール! もうリディーは、死んでしまったの! 死んでしまったのよ! だからせめて、お母様と一緒の場所に埋葬してあげましょう! ね!」
「ルーシャ、何言ってるの? リディーは半分残ってるじゃん。 錬金術があれば、何でもできるんだよ。 半分あれば、治せるよ。 本は苦手だけど、治す方法、今から調べなきゃ。 眠らないように頑張らないと」
「スール! ああ……私が弱いから……っ! ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
慟哭の声が雨の止んだブライズウェスト平原に響く。
イルちゃんの手をわたしは引いた。
少し躊躇ったが。
イルちゃんは言う。
「せめて……あの二人を無事に家に届けてくるわ」
「ごめん。 辛い思い、させるね」
「……今回のではっきりしたわ。 戦力が足りないのよ。 二人を育てても、多分追いつかない。 そもそも彼奴の攻撃で死なないようにするためには、ターゲットを分散させるしかない」
さっきまで、怪我をしているフリをしていたイルちゃんも。
既に綺麗な姿に戻っている。
もうわたしもイルちゃんも。雷神ごときに遅れを取る実力では無い。
だからこそ、次こそは。何度もそう言い聞かせ、すり切れそうになりながらも。頑張って来た。
そしてこれから。
また見なければならない。
何をしても無駄という事実を。
人類が資源を食い潰し。
滅びていく有様を。
そして最後の一人が死んだときには。
やり直す。
時間が戻り。
わたしとイルちゃんが、賢者の石を作って、パルミラに謁見した時まで戻る。
そしてソフィー先生が何があったかを皆に説明し。
それから戦略会議を開いて。
嗚呼。何という地獄だ。
ソフィー先生が地獄と言うのも生やさしい目をしているのもよく分かる。最初からおかしかったという証言も聞いているが。それでも、人の心はあった筈だ。だが今の先生は。もはや合理主義の怪物以外でも何でも無い。
わたしも。そうなりつつある。
イルちゃんは必死にまだ抗っているが。
だからこそに、すり切れかけている。
完全に壊れてしまった双子を連れて、帰るイルちゃん。片方は体が死に、片方は心が死んだ。
犠牲者は出たが、あのファルギオルを倒したのだ。アダレットでは、死ぬときまで面倒を見てくれるかも知れない。少なくともイルちゃんが、そう手を回すはずである。
だがどちらにしても。
ファルギオルとまともにぶつかるようにし始めてから。双子は揃って生き延びた試しが無い。
前回に至っては、戦闘開始七秒で二人揃って消し炭だった。
今回は一人と半分残っただけでも、大きな進歩なのかも知れない。
頬を叩く。
そんな風に考えてしまう自分が、とことんおぞましく感じたし。
何より壊れてしまったスーちゃんがあまりに可哀想でならなかったから。
あの子は頭がお世辞にも良い方ではない。
だけれども、あの子が鍵を握っているのは事実だ。
ソフィー先生はいう。
本来潰れてしまうような育成はするべきではないが。
あの二人に関しては、そうしないと大成できないと。
それは既にあらゆる方法を試した上での言葉。
強烈な相依存と。
あからさまに違う才能。
それ故に、二人にはあまりにも過酷すぎる試練を叩き付けないと、未来の光さえ見えないのだと。
反発したいけれど、できない。
目の前で、その言葉が事実なのだと。
散々見せつけられているのだから。
ソフィー先生は正論でフルスイングしてくる。
そして正論は正しいから正論なのだ。
もはやわたしには。
二人の墓参りくらいしか、出来る事はない。
勿論この世界が終わるまではあがくつもりだ。最後の人類になるまで、手は徹底的に尽くしてみる。
だが、それでも無理だと。
何処か心の隅で諦めてしまっている自分も、確かにいた。
いつのまにか、お姉ちゃんと。ツヴァイちゃんが、側にいた。
お姉ちゃんは何も言わず、雨に濡れたわたしの頭を布で綺麗に拭き取ってくれた。
ツヴァイちゃんはぐっとわたしの手を握ってくれていた。
あれから少し背も伸びたツヴァイちゃんは、ヒト族と成長速度が違うホムだけれども。こういう優しさを見せてくれている。
後遺症もない。
お姉ちゃんは普段は過保護な姉を演じているけれど。
それはわたしに対する警戒を双子にさせないため。
今ではすっかり影役に徹して。
わたしの負担を減らすために、あらゆるダーティワークを平然と行うようになっていた。
それでも、こう言うときは優しい。
だからわたしには。余計に悲しかった。
ファルギオルとの戦いで双子が死ぬのは、もう嫌になるほど見た。
歴史を何度もやりなおし。
ずっと戦いを見続けてきたわたしも。
心が痛む。
双子の父であるロジェさんは、完全に酒に逃避。
「英雄の葬儀」でも、喪服を着て、ぼんやりと自分の世界に逃げ込んでしまっていた。
喪主はイルちゃんが務め。
完全に正気を失ったスーちゃんには、ルーシャちゃんがついていた。
葬儀はアダレット式らしく戦士のもので。
勇敢に戦い。
ファルギオルを倒した。
そういうことにして、最後の尊厳を守った。
以前の戦いでファルギオルを封じた錬金術師ネージュも、戦いの後には不幸しかなかったことをわたしは知っている。
そもそも、最上級の邪神であり。
単独で幾つも街を文字通り焼き払ってきたファルギオルを、一人の犠牲で倒す事が出来た。
というだけでも、国家的偉業である。
一錬金術師の葬儀でも、国葬になったのはそれが故だ。
虚しい話である。
それですら、完全に作り物。
道化の踊りに過ぎない。
全てソフィー先生の掌の上で踊らされているに過ぎず。
わたしはそうだと分かっていても止められない。実際に地獄を見ているから、止められないのだ。止めてはいけないのである。打開の方法が見つからないのだから。
もしもこれから現れる人材で、未来が切り開けるのなら。
とっくにそうしている。
だがあらゆるデータが。
この双子以降、それ以上の才能を持つ錬金術師が現れないことを示している。
人工的に作り出す事も試してみたが。
それでもダメだ。
天才となるように作り出したホムンクルスでも。
どうしてもこの二人の才能を超えられない。
そしてこの二人にはそもそも根本的な欠陥があって。
生半可な方法では才覚を切り開けないのだ。
ソフィー先生と同格の錬金術師。正確には賢者の石を造り、創造神に直接謁見する実力を手にした錬金術師が後最低でも二人。
しかも全員が、それぞれ違う考え方で。
世界の終焉を切り開く方法を模索して。
やっとこの世界の、完全に詰んでしまった状況は打開できる。
あの全能に最も近い創造神パルミラでさえ無理なのだ。
それくらいの無茶苦茶でないと、どうにもならない。
リディーちゃんの葬儀は父も妹も従姉妹さえも不在なまま執り行われ。
そして虚しいまま終わった。
涙を流しているものもいたが。
殆ど馴染みがない錬金術師だ。殆どはうれし涙だろう。
知らない人がちょっとだけ死んで、あの雷神が消えたのだ。
喜ぶに決まっている。
それが分かるから、わたしは悲しくてならない。
イルちゃんが来て、葬儀の片付けをしながら、教えてくれる。わたしもそれを手伝う。
完全に壊れたスーちゃんは、リディーちゃんの人形を抱きしめたまま、けらけら笑っていると言う。今は以前お世話になったドロッセルさんのお母さんが経営している救貧院で、世話を受けているという。
元々二人は崩壊家庭の出。
この救貧院に世話になっていた事もある。
だから、馴染んではいるようだ。
ロジェさんは完全に体を壊して、もう長くない。
そうイルちゃんは冷静に言う。
それはわたしも知っている。
双子が死ぬ場合。
ロジェさんはだいたいの場合、二年と生きられなかった。
愛妻家だったロジェさんは、奥さんがなくなった時点で壊れた。
そして最後の生き甲斐だった双子を失う事で。残っていた線がぶつりと切れてしまい、生への執着を完全に失う。
見に行くと、わずか数日で老人のように老け込んでいた。
何度見ても、気の毒な姿だ。
「……次で決めるわよ」
「うん。 それと、今回も、できるだけ最後まであがこう」
「分かっているわ。 悔しいけれど、ソフィーの言う事が正しいのは事実よ」
「そうだね」
一度、アダレットの首都。最近メルヴェイユという可憐な名前に変わった都市を離れる。
昔はもっと無骨な名前だったのだが。
庭園趣味の先代王が、街を全体的に作り替え。
そう名付け直したのだ。
浪費のせいで国は傾きかけ。
結果として、わたしも今所属している「深淵のもの」の介入によって、有能な王女が国政を見るようになり。
無能な王は幽閉された。
「まずはどうしていこうか」
「蓄積した技術と知識の整理からね。 私は時々スーの様子を見に戻るけれど、それは許して」
「もちろんだよ。 その分はわたしが頑張るから」
「ごめんなさい。 私、どうしても甘いままだわ。 もう何千万年も生きていると同じなのに」
イルちゃんが目元を拭う。
とっとと人間なんて止めないと。
苦しいだけだよ。
ソフィー先生が、何の感慨もなくそう言ったことは、よく覚えている。
そしてそれは全くの事実だ。
イルちゃんも苦しんでいるし。
わたしだって苦しい。
それでもわたしは最後の最後まであがいてやる。
この世界が詰んでいるというなら、それをぶっ壊してでも、その先に進むべきなのだから。
まずは深淵のものの本部「魔界」に出向き。
今後の事の話し合いからだ。
恐らく、もっと入念な仕込みが必要になってくる。
双子を壊さないためには。
念入りな、徹底的な仕込みが必要なはずだ。
勿論今回も、最後まで諦めるつもりはない。この世界の詰みを我々だけで打開できるならそうする。
そうしなければならない。
力を持っているのだから。
その義務が、当然わたしにはあった。
だが、時々不安になるのだ。
本当にわたしでいいのか。
わたしに成し遂げられるのか。
イルちゃんと一緒だったら、何でもできるつもりでいた。
もう、その自信は。
消え去りかけていた。
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