暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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後半戦開始です。

双子に理不尽な試練は更に次々に襲いかかります。


青黒い水の底
序、行き着けぬ場所


アダレット王都には漁港がある。海に隣接しているからだ。

 

だが、海は極めて危険な場所でもある。

 

故に、海に出る船は基本的に強固で。そして、出られるのは内海まで。これはどんな漁師にとっても鉄則である。

 

理由は、危険すぎるからである。

 

陸上にいる獣でさえ、危険すぎるネームドが多数いるのが実情だ。

 

海は、ただでさえ生物が巨大化するのである。

 

勿論駆除なんてしきれるわけがない。

 

内海で魚を捕る。

 

それが人間に出来る精一杯。

 

どこまでも広く広く続いている海の先に行きたい。

 

そういう願望がある事は、スールも知っていた。そういう物語は、たくさん存在しているからだ。

 

だけれども、幼い頃から釣りを嗜んでいて。

 

実際に漁師と会ったことがあるスールは知っている。

 

漁師達はスールに教えてくれた。

 

海に出るのは命がけ。

 

基本的に巨大な獣が出ない場所にしかいけない。

 

浅瀬や内海。

 

其処で網を使って魚を捕り、獣に襲われる前に逃げるのだと。

 

アダレットの王都を無心のまま歩く。

 

ようやく、ファルギオルが降らせ続けた長雨によって汚れた街の、掃除が一段落し始めている。

 

リディーとスールを見る周囲の目は完全に変わった。

 

あの雷神ファルギオルを倒すのに、最大貢献をした。

 

そして、英雄であると、国が太鼓判を押したからである。

 

ミレイユ王女は人望がある。

 

彼女が無礼は絶対に許さないという事を宣言したこともあり。

 

リディーとスールが。

 

ネージュのように、迫害されることはない。

 

ただ、明らかにスールを見る目が、前と違ってきているのは感じる。

 

周囲からは明らかな恐れが感じられ。

 

そして、スールを避けるものもいた。

 

雷神を倒した。

 

やはり錬金術師は恐ろしい。

 

そういう言葉を交わす者もいる。

 

やはり人間は、200年掛かっても何も変わっていないのだなと、スールは思う。ネージュが人間を見放したのも、無理はないことなのだろうとも思う。人間、特にヒト族は、迫害するべくしてネージュを迫害したのだろうとも。

 

そして、ネージュの迫害に対して罰を下せたのは。

 

深淵の者だったというのも、この世に対する乾いた視線を向けるに、充分な事実だった。

 

スールは変わりつつある。

 

それを自覚している。

 

目が濁っているとも言われた。

 

だけれども、何も知らずにヘラヘラ笑っていた自分を、今では殴りたいし。

 

昔の、平均的なヒト族と同じように「気持ち悪い相手なら何をしても良い」と考えていた自分を蹴り殺してやりたいとも思う。

 

だいたいそもそもだ。

 

ヒト族は己の住まう世界を焼き払い、氷に閉ざした大罪の種族だ。

 

恐らく他の人間。魔族、獣人族、ホムも、何らかの罪を犯している存在なのだろう。

 

だとしたら、なんでのうのうと、人間賛歌なんてものが出回っているのか。

 

スールは分からなくなりつつあった。

 

思考を閉じる。

 

周囲をぼんやり見て回っていたのも。

 

リディーが時間の掛かる調合に入り。

 

スールも、あらかたやる事を終えてしまったから。

 

ここのところ、殆ど休む事も出来なかったし。

 

交代で休もうと、リディーと決めた。

 

だから、今こうして、何も考えずにふらふらと歩いている。

 

どうせ家に戻ったら、今度はスールが長時間の調合で釜を独占することになるのである。

 

ちょっと小高い丘に上がり。

 

海を見る。

 

綺麗で、澄んでいて。

 

そしてあの中には、巨大な獣がたくさんいる。

 

海棲のドラゴンは、陸生のドラゴンとは桁外れの大きさと強さを誇るそうで。それこそ船なんか襲われたらひとたまりもないそうだ。

 

フィリスさんのような規格外が作る船ならどうかは分からないけれど。

 

それでも、そんな船は、世界に二つも三つもないだろう。

 

空も雲が殆ど無くて。

 

力尽きたように、青空が拡がっている。

 

数年分の雨を流し尽くしたのだ。

 

しばらくは雨は良いだろう。

 

騎士団はかなり忙しい様子で。

 

頻繁に城門から出入りを繰り返している。

 

やはり案の定、薬が足りていない。彼方此方で災害が発生しかけている。そして、大型の獣が機を窺って徘徊している。

 

何より、息をひそめていた匪賊が、またぽつぽつと姿を見せている。

 

それら理由もあって。

 

騎士団は、当面忙しい様子だ。

 

アトリエに戻る。

 

リディーが丁度調合を終えて、薬を荷車に積んでいる所だった。

 

頼まれたので、数のチェックを行う。

 

追加の注文がどんどん来ているので、次々に納品している。

 

各地での疫病流行を抑え。

 

負傷者を一刻も早く回復させるためにも。

 

薬は幾らでも必要なのだ。

 

「じゃあ、行ってくるね」

 

「荷車リディーが引くの?」

 

「うん、少しは力もつけたいから」

 

「そう、じゃあ調合してるからね」

 

リディーが荷車を引いて、アトリエを出て行く。あのお薬で、どれだけの人が助けられるのだろう。

 

治療をしないと、ちょっとした傷でも致命的な事態になることもある。

 

魔術よりも錬金術の薬の方が遙かに傷には良く効く。

 

魔術では出来ない事を錬金術では出来る。

 

どんなに強い魔術師でも、ドラゴンには絶対に勝てないけれど。

 

錬金術によって増幅することによって、それは不可能ではなくなるのだ。

 

イル師匠は少し前に戻ってきたので。

 

今後はまた、イル師匠に話を聞こうと思っている。

 

レシピはまだ一瞥くらいはしてもらいたい。

 

そろそろ、自分達でレシピを好きに作って良いと言われるかも知れない。

 

だけれど、いずれにしても。

 

勝手な判断は事故の元だ。

 

プラティーンの鉱石を。大枚をはたいて買ってきた鉱石を砕いて、炉で熱して。

 

念入りに熱量を調整して。

 

他の鉱物と分離する。

 

炉の火力も、もっと上げなければならないかもしれない。

 

そうなると、もっともっとお仕事をして。

 

最終的には、鍛冶屋の親父さんに、徹底的に手を入れて貰わないと行けないだろう。

 

黙々と作業を続ける。

 

何度も熱し、何度も冷やし。

 

鈍いプラティーンの輝きが現れ始めるのを確認。

 

鉱石から比べても、殆ど採れない。

 

プラティーンの鉱石が、もの凄く高価である事を考えると。

 

これだけしか採れない、というのは致命的だ。

 

更に、もっと上位のハルモニウムに至っては、当面作るのは不可能だろう。それは分かっている。

 

ハルモニウムは素材の希少性もあるが。

 

そもそも、技量的な問題で作る事が出来る錬金術師が殆どいないと、スールも聞かされている。

 

当然、今のリディーとスールには無理だ。

 

作業をしている内に、リディーが戻ってくる。

 

プラティーンの作り方自体は、一度イル師匠に見てもらっているので、これで問題は無い筈なのだが。

 

採れる量がこれしかないと。

 

今まで使っていた、合金を主体にまだまだ当面はやっていくしか無い。

 

或いは、プラティーンの鉱石が大量に採れる不思議な絵画でも探すか。

 

それとも、周辺地域で、鉱山でもないか確認するしか他に無い。

 

リディーと話ながら、出来たプラティーンを確認するが。

 

リディーさえ、苦笑いした。

 

「この質だと、イル師匠に10点とか言われそうだね」

 

「もっと質を上げていくと、どんどん量が減るだろうし……」

 

「交代して。 私もやってみる」

 

「じゃあ、スーちゃんはお薬作るよ」

 

また、追加で注文が来ている。

 

コンテナを覗くと、在庫はまだまだ充分。

 

素材については、あれから一度アンパサンドさん達に声を掛けて、採取に行って補充済みである。

 

しばらくは調合に専念できる。

 

一つ心配なのは。

 

お父さんがふらりと出ていって。

 

それっきり、という事である。

 

何処で何をしているのか、今度はまったく行方が掴めない。

 

街を出たという情報も入っていて。

 

心配でならなかった。

 

幾つかのお薬を仕上げた後。リディーが、横で額の汗を拭っている。

 

非力だから、熱したプラティーンをハンマーで叩くのに難儀しているようだ。

 

薬はもういいので、手伝う。

 

しばしして、どうにかほんのちょっとだけ出来たけれど。

 

やっぱり質については、ロクなものではなかった。

 

「イル師匠に、見せに行く?」

 

「うん。 アドバイスを貰わないと、これ以上は進歩しそうにもないね」

 

肩を落として、イル師匠のアトリエに。

 

イル師匠は、あれから更に険しい表情になっていて。

 

前以上に、笑顔が減っているようだった。

 

ルーシャを助けてくれたのは、本当に嬉しかった。

 

リディーとスールが未熟なせいで、ルーシャに大けがばかりさせているような気がするのである。

 

そして、現状のリディーとスールでは、ルーシャを救う事なんてとても出来ない。

 

本当に、師匠という以上に。

 

イル師匠には、頭が上がらないのが現実だ。

 

厳しい顔で、何かとても難しそうな調合をしていたイル師匠は、やはり背中に目でもついているのだろうか。

 

すぐに不肖の弟子どもの到来に気付いた様子だった。

 

「入りなさい」

 

「はい、失礼します」

 

「失礼します……」

 

「どうせプラティーンが上手く行かないんでしょう。 今調合が終わるから、少し待っていなさい」

 

ソファに並んで座って、調合が終わるのを待つ。

 

どうやらお薬を作っているようだけれど。

 

素材がもの凄い魔力を放っているのが、スールにも見える。

 

魔力がよく見えるようになったから。

 

イル師匠のアトリエに、もの凄い素材が大量に集まっていることは、何となくでは無く、視覚で分かるようになった。

 

あの薬、ひょっとして。

 

本当に死人を蘇生させることくらい、可能なのではないだろうか。

 

いくら何でも、と思ってしまうが。

 

しかしながら、それくらいイル師匠なら、出来ても不思議では無い。

 

程なく調合が終わり。

 

イル師匠が手洗いをした後、此方に来た。

 

そしてひょいとプラティーンを取りあげられて、言われた。

 

「10点」

 

「うわ、予想通りだったね……」

 

「イル師匠。 その、私達だとこれが精一杯で」

 

「プラティーンは極めて気むずかしい金属よ。 今後は更に念入りで、丁寧な調合が必要になるわ」

 

見本を見せるのが良いだろうと言って。

 

イル師匠が、あまり品質は良く無さそうなプラティーン鉱石を取りだす。

 

手際よく鉱石を粉みじんにすると。

 

炉に放り込んで。

 

もう何千回もやったかのように。

 

ぱっぱと作業を進めていく。

 

文字通り固唾を飲み込んでしまう。

 

これだけの手際。

 

一体どれだけの調合をこなしてきたのか、想像もつかない。

 

程なく、炉から出した鉱石を、ハンマーで叩いて分離させ。

 

それをもう一度炉に。

 

三回ほど同じ作業を繰り返し、そして鉱石を冷やしたときには。

 

美しい輝きが、そこに現れていた。

 

白銀色というのだろうか。

 

兎に角、天上の光のような美しさだ。

 

これぞプラティーン。

 

自然に採れる鉱石の中では、最高の品。

 

強度、軽さ、錆びにくさ、魔術への親和性、いずれもが最高レベル。

 

今使っている合金は、強度と錆びにくさだけはどうにかプラティーンに並べているけれど。

 

軽さと魔術への親和性は、どうしてもプラティーンには及ばない。

 

生唾を飲み込む。

 

イル師匠は、幾つかのアドバイスをしてくれたので。

 

スールはメモ帳を取りだして、慌ててメモをとった。

 

リディーもメモをとっている。

 

昔は聞くだけで、何となく勘で作業をしていたのだけれど。

 

今はスールも。

 

メモをとるのが、自然に身についていた。

 

「同じ程度の鉱石でも、加工次第ではこれだけのプラティーンを、この品質で取りだせるのよ。 覚えておきなさい」

 

「はい師匠!」

 

「ありがとうございました」

 

「良い返事ね。 ならば後は試行錯誤しながら、経験を積みなさい」

 

そのまま返される。

 

二人並んで歩きながら、帰路で反省点を色々と話しあった。

 

「イル師匠の手際が超人的なのは確かにあるけれど、やっぱり単純に私達が雑なんだと思う」

 

「そうだね。 スーちゃんから見ても、何というかイル師匠の作業って、すっごく細かかったし」

 

「そうなると、やっぱり作業ごとに、細かくチェックを入れるべきなのかな」

 

「そうだと思う」

 

アトリエにつくまで、ああでも無いこうでもないと話し合い。

 

そして、もう夕方になっていた。

 

リディーが夕食を作り始めたそのタイミングで。

 

ドアがノックされる。

 

スールが出ると。

 

マティアスだった。

 

「いやー、すまねえな。 ちょっと色々忙しくて、告知が遅れちまった」

 

「えっと、ひょっとしてアトリエランク制度の話?」

 

「ああ、そうだ。 飯作ってるのか? 一段落したらリディーも来てくれ」

 

「はーい」

 

マティアスにも食べていくかと聞くけれど。

 

首を横に振られた。

 

もう食べてきたらしい。

 

最近騎士団が殺人的に忙しいそうで。

 

食べられる時に食べているそうだ。

 

まあ、見ていれば忙しいだろう事はすぐに分かる。ただ、健康には良くないだろうとも想ったが。

 

リディーが作業を切り上げて、此方に来る。

 

咳払いすると、マティアスがスクロールを手渡してくれた。

 

確認する。

 

リディーとスールのアトリエを、Cランクのアトリエとして認める。

 

まず最初にそう書かれていた。

 

そして義務がまた一つ増える。

 

今度は何だろうと思ったら。

 

シールド発生装置、と言う事だった。

 

魔術によるシールドを発生させる装置で。レシピは記載されている。見た感じ、其処までは難しくは無い。

 

ただ素材として、相応に高度な錬金術金属がいる。

 

出来ればプラティーンが好ましいと記載されていたので。思わず溜息をついてしまった。

 

「あー、やっぱりプラティーン……」

 

「でもスーちゃん。 このレシピを見る限り、あんまりたくさんはいらないみたいだよ」

 

「あ、本当だ。 コアになる一部だけで良さそうだね。 それで、シールドなんてどうするの?」

 

「彼方此方の街の城壁に設置するんだよ。 獣程度なら普通の城壁でも良いんだが、ネームドのアウトレンジ攻撃とか喰らって、城壁が吹っ飛ばされたら、洒落にならない被害が出るからな」

 

大きな街だと、ドラゴンのブレスでも防ぎ抜くシールド発生装置が置かれている場所もあるのだとか。

 

多分イル師匠やフィリスさんが作ったんだろうなと、スールは思った。

 

「納入数は、一つだけで良いんですか?」

 

「他のCランク以上の錬金術師にも作ってもらっているし、何よりこれくらいの高度な装置になってくるとほとんどオーダーメイドに等しいからな。 たくさん一気に作られても、払う金がねーんだ」

 

「うわ、世知辛い……」

 

「本当に、200年前の出来事のツケが今になってこの国を蝕んでいるんだよ。 ネージュを大事にして、ノウハウをきちんと引き継いでいれば、ファルギオルが出てもすぐにどうにか出来ただろうに」

 

ため息をつくマティアス。

 

まあ国政には関わらせて貰えないようだけれど。それでも、マティアスなりに思うところも多いのだろう。

 

それと、任務があるらしいので、スケジュールを空けておくようにも言われる。

 

それについては分かっている。

 

ここしばらくは国からの任務は無かったけれど。

 

ファルギオルを倒したのだ。

 

討伐任務や。

 

或いはインフラ整備で。

 

声が掛かることはあるだろう事は、覚悟しておく。なお、一週間後という事なので、少しそれまでにやっておきたい事がある。何とか時間を調整して、対応しておきたい所だ。

 

マティアスが帰ると、まずはシールド発生装置について調合を開始する。

 

これが人々を守る。

 

人々か。ネージュを迫害したのも、また人々だと思うと。スールは複雑だった。

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