暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ 作:dwwyakata@2024
川や湖でもヤバイのに、海はこんな感じです。沿岸部ですら。
四日目。
内海の方の堤防での作業を終えたらしいフィリスさんが、また海に泡を纏って潜っている。
作業をしているらしいのは、荷車が時々自動で飛んできて。
土砂を捨てていくので分かる。
だけれども、それ以外はさっぱり分からない。
時々堤防の上に上がってきて、何か道具を使ったり確認したりしているけれど。
正直、それを観察している余裕が無いのだ。
血の臭いに引き寄せられているから、か。
それともフィリスさんが、此方にかまうつもりがそもそも無い事に気付いたか。
獣の襲撃が。
加速度的に増えてきているのである。
スールは悟る。
また来る。
「大きいのが来ます!」
「人夫は下がれ! 総員シールド展開!」
魔族の戦士が、率先してシールドを張る。錬金術の高度な装備を身につけているらしく、凄まじいシールドが展開される。
ルーシャとリディーもシールドを展開。
だが、海を文字通り押しのけるようにして現れた獣は。
今までとは桁外れの大きさだった。
シールドを押し流すようにして、一気に街の中に突入してきたそれは。
魚と言うには巨大すぎ。
手足らしいものが六対もあって。
目も左右に三つずつある。
口は巨大で、家を丸呑みにしそうなほどである。三重に展開された分厚いシールドごと押し込んで、街の中に乱入してきた。
「堤防の戸を閉めろ! 人夫は下がれ! 街の外まで逃げろ!」
五月蠅いと言わんばかりに、巨大な体でタックルしてくる巨獣。魔族の戦士が、冗談のように吹っ飛ばされる。
駆けつけてきたマティアスが、シールドで魔族の戦士を受け止め。
アンパサンドさんが、体格差をものともせずに突貫。
左側の目を、全て切りつけながら、飛び退く。
獣は気にもせず、背中を左右に開く。
其処から出てきたのは、無数の蠢く触手だった。
動きは鈍いが。
触手が蠕動すると、周囲に無数の魔法陣が展開され。
一斉に氷の槍が降り注いでくる。
そう、こいつは頑丈さとパワーで、押し潰しに掛かってくるタイプだ。そしてそれが異次元だから、速さなんて必要ないのである。
だけれども。
陸に上がったことを、後悔させてやる。
走って氷の槍を避けながら、スールはフラムを取りだす。
それを見て、リディーが頷く。
ハンドサインを出す。
殆ど間断なく、全周囲に氷の槍を無差別攻撃してくる巨獣だが。
攻撃は余技に過ぎないらしい。
一度、シールドを破らないと無理だ。
氷の槍をかいくぐって、ルーシャが至近に。
全力で、傘から光弾をぶっ放す。
だけれど。至近からの攻撃が、モロに弾き返され。更に、体を揺するだけで、ルーシャが押し潰されそうになる。
フィンブル兄が即応。
ルーシャを抱えて飛び退き。
代わりに踊り込んだオイフェさんが、フルパワーでの拳を叩き込むが。
コンビネーションブローは全てシールドに防ぎ抜かれる。
あれを抜かないと無理か。
仕方が無い。
手を変えようと思った瞬間。
足を取られて、転び掛ける。
なんと、巨獣の放った氷が、既に地面を凍り漬けにしている。どれだけの低温の氷の槍を放っているのか。
更に、無尽蔵に槍を放ってくる巨獣。
凍らせ、動きを鈍らせたところで、パワーで叩き潰すつもりだ。
アンパサンドさんは上手に攻撃を避けながら、目を狙って一撃を入れ続けているが。それでも駄目だ。相手の装甲を破れていない。視界を塞げてはいるが、それだけ。
何とか体勢を立て直すと、一旦バトルミックスフラムを叩き込む。
シールドを展開する巨獣だが。
極限まで強化された、ピンポイントフレアによる熱線は、それを貫通した。
全身を貫かれ、始めて悲鳴を上げ、隙を作る巨獣に。
フィリスさんが連れてきた傭兵達が一斉に斬り付け、ずたずたに切り裂く。魔族の戦士も攻撃に転じ、凄まじい雷撃を叩き込む。
巨獣は悲鳴を上げながらも、触手を振るって、纏わり付いている戦士達を払いのけ。
そして今度は、触手を地面に突き刺した。
まずい。
「リディー! シールドッ!」
「うんっ!」
リディーが地面に手を突き、シールドを展開。
次の瞬間、凍り付いている地面全域に、凄まじい雷撃がぶち込まれていた。
しかしながら、即応したリディーが、シールドで巨獣を包んだことにより、雷撃はこっちまで通らない。
巨獣が吠え猛り、シールドをぶち抜く。
多分、今のは必殺のコンビネーションアタックだったのだろう。
だが、それもぶち抜いた今こそ、勝機だ。
もう一つ、フラムを取りだす。
それも束にした奴だ。
巨獣は吠える。スールを敵として認識したのである。
だが、決定的な隙が、それによって生じた。
ルーシャが放った光弾が、目の一つに食い込み。シールドを発生させる暇さえ無く巨獣を貫く。
更にフィンブル兄とマティアスが、息を合わせて、敵の触手をまとめて薙ぎ払い。
アンパサンドさんが、激しい戦いで泥濘化した地面を、敵の残った目の一つに投げつけていた。
絶叫しつつ、巨獣がスールに向き直ろうとする。その視界が殆ど塞がれているというにも関わらず。
それこそ、勝機。
これだけの手数がある中、スールに注意を払い続けた事が、致命傷になる。
時間を掛けて、フルパワーで詠唱していた魔族の戦士に。
リディーが、魔力強化の魔術を掛けていたのである。
魔族の戦士がぶっ放した光弾は、まるで光の束だった。
光の槍に、文字通り串刺しにされた巨獣は、しばし停止し。
やがて体に大穴を開けたまま、横倒しに倒れる。
びくりびくりと痙攣している。まだ油断は出来ないが、致命打を与えたのは確実だった。
「負傷者! いるならトリアージ!」
「外に逃げた人夫の安否確認!」
鋭い声が飛び交う。
同時に、アンパサンドさんが、相手の急所をぐさぐさ刺して、死んだかを徹底的に確認。
外に飛び出していったフィンブル兄が、叫ぶ。
「外にも獣だ! 急いで来てくれ!」
無言で飛び出す。
幸い、堤防側の方は、即応して戸を閉めてくれたおかげで、これ以上の獣の襲撃は防げていたが。
街の外に逃げた人夫達の方は。
護衛についていったわずかな戦士が、十体以上の中型の獣を、必死に防ぎ止めている状況だった。
「アン、外を頼む!」
「分かりましたのです」
アンパサンドさんが残像を作ってかき消える。
魚に近い姿をした巨獣だ。徹底的に殺さないと危ないと判断していたのだろう。実際魚は生命力が強く、真っ二つにしてもバタバタ暴れる事があるくらいである。
アンパサンドさんと入れ替わりに、マティアスが躍り出て。
気合いと共に、巨獣の首を刎ね飛ばし、更に体を真っ二つに切り裂く。
力だけは大したものだと言われていたが。
最近は昔よりずっと勇気が出るようになっているようだし。
もう力は明確な長所になっている。
そろそろ、マティアスの力を生かせる装備品を造るべきなのかも知れない。
街の外に出ると、獣の駆除に取りかかる。
中型の獣ばかりだ。
アンパサンドさんが、既に飛び込んで、注意を引き始めている。襲われていた人夫には、幸いまだ死者はいない。
立て続けの戦闘にもかかわらず、まったく躊躇せず飛び込むアンパサンドさんの体力と胆力に舌を巻きつつ、拳銃を取りだし乱射。今のスールなら、充分に相手に手傷を負わせられる。
コレなら、今の戦闘での負傷を考慮しても、フィリスさんの派遣してくれた戦士達と、ルーシャと連携すればどうにでもなる。
どっと、戦士達が場になだれ込む。
獣の一体が、せめて少しでもと思ったのだろうか。
子供を襲おうとするが。
リディーが、的確に反応。飛びかかった獣を、シールドで弾き返す。
戦力が整うと。
後は、一方的な戦いになった。
呼吸を整えながら、堤防側の扉をまた開ける。
既に氷は溶かしたし。
負傷者の手当も終えた。
倒した獣は全て片付けて、肉などの処置も終わった。
巨獣の方は、内臓から寄生虫が山ほど出てきて閉口したけれど。
前のように、虫は見るだけでもいや、という状況では無くなっている。克服できたとまでは言わないが。少なくとも、触るだけでピーピー泣くような、昔のスールと同じではない。
前にアンパサンドさんに鍛えられたから、というのもあるだろう。
いずれにしても、獣の肉は燻製にし。
皮は分けて貰った。
巨獣の皮は生臭かったけれど。
剥いでみると、かなり頑強で。特に鱗は非常に鋭く頑丈。強い魔力も帯びている。素材として、活用出来そうだった。
フィリスさんが戻ってくる。
激戦で気付かなかったが、もう夕方だ。
リディーに休むように言われて、頷いて街の外に出る。
マティアスが、住民の代表の抗議を受けていた。
「殿下、あんな凶暴なのが何度も入り込んだら、街は壊滅してしまいます! 騎士団からもっと人員を割けないのですか!」
「申し訳ない。 今、騎士団は大半が出払っていて……」
「堤防がかなり危ない状態になっているのは分かります! しかし我々にも生活が……!」
騎士団がカツカツなのはスールも知っている。というか、状況から見て誰にでも分かるはずだ。
あれは抗議では無くて、言いがかりに近い。
いくら何でもあれは無い。
文句を言いに行こうとするが。
アンパサンドさんに手を引かれる。
アンパサンドさんの手は相変わらず小さいけれど。ぐっと握りこんでくる力には、強い意思が確かにある。
「其処まで。 あれが王子の仕事なのです」
「でも、そもそもあの人達が」
「いいのですよ。 そも王子が望んでやっている事なのです」
「……っ」
それは、そうかも知れないけれど。
腑に落ちないというか。
色々と気分が悪い。
王族の光の部分を代表するのがミレイユ王女だとすれば、影を象徴するのはマティアスだ。
そしてマティアスにはああいうことを言いやすい、というのもあるのだろう。間違っても、ミレイユ王女にあんな事は言えないのだから。
本音を引き出せる。そういう強みは確かにあるのだ。
道化役をあえて買って出る。
それしかできる事がないから。
ルーシャもそうだけれど。
生半可な覚悟でできる事では無い。
ルーシャといいマティアスといい。
本当にスールは、どうしてこう、本当に馬鹿にすべき相手では無い相手を馬鹿にしていたのだろう。
それが普通の人間だったと言う事で。
本当にどうしようもないと、嘆くほか無い。
理不尽な抗議をしばらく受け続けていたマティアスだけれども。
流石に全員の無事と。
フィリスさんがぱっぱと治療を済ませてくれると。
これ以上の文句を言えないと判断したのだろう。
俯いて、作業に戻った。
フィリスさんが超越級の錬金術師だろうと言う事は分かるのか。
多分、見た瞬間逆らう気が失せるのだろうと言う事は分かる。
まああの堤防の上に行って、平然と巨獣達を返り討ちにしながら作業をしたり。
あげく深さも分からないような海に平気で潜ったりしているのである。
アダレットにいたどんな錬金術師……ネージュも含めて……よりも凄い。それは一目で分かる事だ。
これ以上は文字通り虎の尾を踏む。
そう判断しただろう事は、見ていて分かった。
色々釈然としないが。
フィリスさんは、反論を封じるかのように。
笑顔で手を叩いた。
「みんなー、集まって」
逆らうという選択肢は無い。
多分海の中でも相当にたくさんの獣を殺してきただろう、インフラ整備の世界的な権威は。
笑顔のまま、血に染まっているだろう手を可愛らしくあわせて説明してくれる。
「とりあえず応急処置は明日までで終わるからね。 ただ、本格的に作業をするとなると、わたしが一ヶ月は貼り付かないとならないかな」
「フィリスどの程の方が一ヶ月も」
「そうだよフィンブルさん」
「ふむ……」
フィンブル兄が堅実な武人である事を知っているのか、フィリスさんは対応が丁寧である。
考えてみれば、フィンブル兄は誰にでも誠実な態度を崩さない。
荒くれ揃いの傭兵には珍しい性格だ。
或いは、フィリスさんも、くせ者ばかり相手にしてきたから、こう言う人には敬意を払いたくなるのかも知れない。
ちょっとだけ、そんな事を考えてしまった。
「とりあえず明日の作業が終わったら、応急処置は終わるけれど。 あの堤防、一度本格的に直さないと駄目だから。 マティアス王子、お姉さんに伝えておいてね。 ええとね、軽く計算したけれど、アダレットの国家予算の十年分くらい掛かるかな」
「はいいっ!?」
「うふふ、でも王都を外海の脅威から守るにはそれくらいは必要だからね。 今の状態だと、明日の補強工事が終わった後でも、五十年もてば良い方かな……。 それと工事は一気にやらなければならないから、何とかする方法を考えるように言っておいてね」
「俺様、帰ったら姉貴に殺されるの?」
肩を落として泣きそうな顔をするマティアス。
情け無さそうだけれども。
実際問題、この後マティアスが受ける理不尽な仕打ちを思うと、同情しか湧いてこない。本当に、理不尽を引き受けることに特化しているんだなと思う。
フィリスさんも、それを見抜いた上で言っているのだろう。
それから、フィリスさんは、てきぱきと戦士達と一緒に、壊れた家などを直してしまう。凄まじい手際で、あっと言う間に壊れた家などが直って行く。住民もこれには言葉も無い様子で、文句を以降言う者もいなかった。確かに、これでは文句など言いようが無いのも事実である。
しばしして、宿の準備が整う。
元々砦のような役割を果たしている街なのだ。
宿はたくさんある。
宿の主人は、強面で、隻眼の大男だったけれど。
流石にあの巨獣。
そしてフィリスさんの単身での活躍。
どちらも顎が外れるしか無かったのだろう。
落ち着き無く。
ずっと口を引き結んで黙り込んでいた。
ルーシャと分け合った獣の体を本格的に確認する。生臭さがとれれば、この強靱な鱗、そのまま装備品に加工できそうである。
スールにも魔力が見えるようになっている。
それが今はありがたい。
暖炉で温まりながら、軽くリディーと話をする。
「この鱗、どんな風に加工しようか」
「ちょっと鋭くて危ないけれど、縁はどうにかすれば使えそうだね。 スーちゃんはどんなアイデアがあるの?」
「そうだね、例えば、縁をこうやって覆って、魔法陣を刻んで、穴を此処に開けて……」
今までの戦闘を見ていて気付いた。
おなかを敵が狙って来る事が多い。
人体急所の一つだ。
当たり前である。
ならば、最初におなかに。服の下に、ガードできるように装飾品を仕込むのはどうだろうか。
勿論素材はこの鱗じゃ無くてもいい。
強めの獣の毛皮でも、同じ役割を果たせるだろう。
暖炉にルーシャも来る。
パンを貰ったと言う事で、分けて貰う。
あんまり美味しいパンでは無かったけれど。
文句を言っている余裕は無い。
「そういえば二人とも、そろそろ錬金術の布については勉強していますの?」
「あ、そうか。 でもこの服、お母さんが作ってくれたんだよね」
「うん。 変えるのは抵抗があるかな……」
「そうは言いますけれども。 例えば最高位の錬金術で作った布、ヴェルベティスの性能は生半可な錬金術装備数個分に匹敵しますわよ」
そうだ、確かにそう聞いている。
だが、まだ粗悪品のプラティーンをちょっと作るのがやっとである。
布については殆ど知識が無かったし。
ちょっと厳しい状況かも知れない。
「ハルモニウムを、防具に利用できないのかな」
「この間貰ったドラゴンの鱗を利用して?」
「うん。 何ならドラゴンの鱗をそのまま使っても……」
「バカ仰い。 ドラゴンの鱗のままでは、性能の一割も引き出せませんわ」
ルーシャの言う通りだ。
ちょっと考え込む。
確かに、錬金術の装備品だけで身を守るのには、限界がある。
イル師匠も、着ている服は多分ヴェルベティス製。それも最高品質のものと見て良いだろう。
ヴェルベティス製の服を着ていると、弱体化していない雷神とまともにやり合うくらいの能力が出せる可能性が出てくる。
そういう事だ。
勿論イル師匠が桁外れに強いのもあるのだろうけれど。
それでも、ヴェルベティスによる基本性能の引き上げは、必ずある筈。
「ちょっと調べて見るね」
「それが良いですわ。 それと、その鱗、調べて見ましたけれども、防御魔術とは親和性がよくありませんわ」
「え、そうなの……?」
「多分鱗自体に最初から、あの獣由来の魔術がしみこんでいるせいでしょうね。 残念ですけれど」
そうか。
鵜呑みには出来ないけれど、後で詳しく調べた方が良いだろう。リディーも同じ意見の筈だ。
まあ、スールは魔力がやっと見えるようになってきた段階。
魔力そのものだって、散々装備品でパンプアップして、やっと何とか使い物になる状況である。
魔術をバンバン使っていたルーシャの言う事に、反発する気は無い。
素人と玄人の差を甘く見るほど。
流石にスールも、素人では無かった。
一晩休んで、翌日の作業に入る。
フィリスさんは、大きめの空飛ぶ荷車をどこからか持ち込んでいて。それに見た事も無い道具を山ほど積み込むと、海に何のためらいも無く出かけていった。
街の人達は、海側の扉を開けるのには抵抗もあったようだけれど。
一人で何の躊躇も無く出かけていくフィリスさんを見て、流石に文句を言う気にもなれないのだろう。
何より昨日の怪我に対する処置の速さ。家の修復。
いずれも文句など言いようもなく。
そして一人で海に出て、平然と巨獣をなぎ倒し、生還してくるフィリスさんを見て。
もうこれ以上、文句など言う事は出来ないのだろう。
また大量に荷車が土砂を運んでくるので、それをすぐに捨てに行く。
そういえば、今日で作業が終わりだから、だろうか。
新しい戦士が何人か来ていて。
街の外に捨てられている土砂を、回収して何処かに運んで行っていた。何処に運んでいるのかは分からないが。
ともかく、護衛を続け。
やはり大胆になって来ている獣を、何度も押し返し、倒す。
大きいのが間断なくしかけてくるので、かなり怖い。ルーシャとリディーが位置を交代。最前線のシールド役は、何回か位置を変えて、それでどうにか凌ぐ。正直色々と冗談じゃあ無い。
もっと実力がつけば。
フィリスさんと同じ事が出来るようになるのだろうか。
もしそうなったら。
ふと、思う。
この世界には、苦しんでいる人がたくさんいる。誰も彼も全員を救うことは出来ないかも知れない。
だけれども。
迫害されたネージュ。
氷の世界で小さな居場所を守り続けているトカゲの王。
灼熱地獄でドラゴンとの共存を必死に続けてきたフーコとその一族。
ああいう人達。
少なくとも、救うべき価値がある人を、救える力は手に入るのではないのだろうか。
また獣が飛び出してきて、シールドにぶつかってくる。今度は頭に角が生えている、巨大な魚のような奴だ。
シールドを角が貫通してつき刺さるけれど。
飛び出したマティアスが、一刀両断に頭を叩き落とす。
それほど大きな獣では無かった事が幸いした。
マティアスの斬撃もタイミングが完璧だった。
胴体部分は海に落ちて。
瞬く間に獣が群がり、バリバリムシャムシャと凄まじい音を立てて食べ始めた。頭は回収し、シールドを張り直す。
海は本当に修羅の世界。
あんな場所で生活している生物の気が知れない。
まだまだ荷車が土砂を運んでくるのだ。
あの土砂、どういうものなのだろう。
堤防の駄目になった部分なのだろうか。
分からないけれど。
ともかく、雑念は少しでも払った方が良さそうだ。
獣の襲撃の度に、人夫には一旦下がって貰って、処置をしなければならない。獣の頭を解体するのは、フィリスさんが連れてきた戦士達に任せる。
あの角、凄い魔力を感じる。
もしも貰えたら、何か使い路があるかも知れない。
「集中して。 複数の殺気が狙っていますわ」
「うん、分かってる。 ありがとう、ルーシャ」
「……」
ルーシャは口をつぐむと。
海に油断無く視線を向け直す。
少しルーシャの態度も変わっただろうか。此方の態度が変わったから、だとは思えない。何かあったのかも知れない。
ともかくだ。今は油断が即死につながる。気を張り続けないといけない。
いずれにしてもはっきりしたのは。
海が、とてつもなく危険だと言う事。
再確認させられた。
これは、命知らずを自称する漁師達でさえ、堤防にさえ近付きたがらない訳だ。そして昔好きだった、海賊が活躍するピカレスクロマンが大嘘だと言う事も。分かってはいたが再確認させられる。
また、凄いのが飛び出してくる。
シールドでは防ぎきれない。
リディーが指示を出して、迎撃を開始。
今度はたくさん触手が生えた、蛸が更に禍々しくなったような巨獣だ。多数の目が全身についていて。触手を振るいつつ、数十の魔術を同時展開してくる。
これがネームドでは無いのだろうと考えると。
外海に船なんか出したらどうなるか、一発で分かる。
戦闘開始。
犠牲者も出させないし。
こいつも、海に生かして返すわけには行かない。