暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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原作では愉快なキャプテンであるバッケンさん。

本作世界では元々海賊なんてものは実在しません(無慈悲)

故に愉快な楽しい賊になっております。


3、バッケンと不思議な島

キャンプは見た目よりもずっとしっかりしていて、色々な機材などが揃っていた。

 

不思議な絵を外からみても。

 

多分この絵を描いた錬金術師は、海に出たいと言う強いあこがれを持っていた人物だったのだろう。

 

だけれども、海に出られる船なんて。ましてや外海に出る船なんて。生半可な錬金術師に作れるわけが無い。

 

七つの海、なんてバッケンは言っていたけれど。

 

そんなもの、聞いた事もないし。

 

海賊を題材にしたピカレスクロマンは読んだことこそあれど、見た事がない単語である。

 

きっと、それくらいの海があると空想して。

 

その空想が、バッケンに引き継がれているのだろう。

 

そも、内海を移動するのがやっとの人間である。

 

海岸線の集落が脆弱な武装しかしていない、と言う事は無く。

 

何かしらの理由で海岸線に集落を作る場合。強大な海の獣に備えて、ガチガチに守りを固めているのが普通だとリディーは聞いている。

 

たかが船一つに乗った戦力程度で。

 

簡単に攻略できるほど甘くは無いだろう。

 

ましてや船なんて高級品。

 

賊ごときに入手は無理だ。

 

たとえば、である。

 

大規模な商人が、荒くれを束ねて。

 

交易をしつつ、探索もして、場合によっては海賊にもなる。

 

そんな無頼が出来るくらいに、海の獣が弱かったのなら。或いは海賊という商売は成り立ったかも知れない。

 

これについては持論では無く。

 

海賊について書かれた本の後書きに、作者が書いていたことだ。

 

浪漫と現実は違う。

 

その作者は、こうも書いていた。

 

もしも、そんな一軍事単位としての海賊が存在しうる世界だったら。海賊は時には軍に、時には商人に、そして時には最も残虐な賊になっただろう。何処にでも移動出来るのだから、エジキにする相手に遠慮する必要がないからである。

 

匪賊ですら、襲った集落の人間を全て食ってしまうような事は滅多に無い。獲物を食い尽くせば後が無いからだ。

 

だが幾らでも移動出来る海賊が実在したら。

 

それは残忍非道の代名詞になるだろう、と。

 

幸いにもと言うべきなのか。

 

リディーとスールが住んでいる、この絵の外の世界では。海は危険すぎて、アルファ商会でさえ外海に出られるような船を用意できる状態ではない。

 

従って海賊など存在しないのだ。

 

キャンプで、さっき仕留めた魚を焼いて食べる。

 

バッケンは酒を飲んでいたが、骨なのに零れていない。飲んだ酒が何処に行くのか良く分からない。

 

マティアスは下戸らしく。バッケンの酒にはフィンブルさんがつきあっていた。アンパサンドさんはドロッセルさんと周囲を警戒中。

 

さっきもレンプライアがいたように。

 

案の定、この世界にもレンプライアはいるようなのだから。

 

そして、どういうわけか、バッケンはルーシャに殆ど興味を見せない。

 

アンパサンドさん達とは別方向を、オイフェさんが警戒。

 

ルーシャは、どうも男同士が酒を飲んで騒ぐのを見て、あまり好感を覚えないらしい。

 

或いはルーシャのお父さんが、国の高官を飲み会で接待しているのを、昔から見ていたから、かも知れないが。

 

「カカカカ! そんなヤバイ雷神を倒したのか!」

 

「倒したのは主にそこの双子と、その赤毛の錬金術師だ。 ただ、相手の力を極限まで弱体化させて、やっと勝負になった状態ではあったが」

 

「それでも大したもんだぜ! 或いはお前さん達なら、向こうの入り江に住み着いたのをどうにか出来るかも知れないな」

 

「!」

 

何か、いるのか。

 

バッケンはお酒が何処に行っているのかさっぱり分からないけれど。

 

それでも、気持ちよく酔って赤くなりながら言う。

 

「俺様が宝を隠して、子分共が来て、それからしばらくしての事だ。 島に厄介なドラゴンが流れ着きやがってな」

 

「ドラゴン!?」

 

「それも海棲の奴な。 知ってるかもしれないが、海棲のドラゴンはデカイし厄介なんだぜ。 それに海棲のくせに普通に空も飛びやがる」

 

ぞっとする。

 

ただでさえ、恐怖の権化に等しいドラゴンだ。

 

隣で話を聞いていたマティアスが、もう顔に帰りたいと書いている。

 

フィリスさんは、ちらりと奥の方を見た。

 

或いはドラゴンの気配を察知したのかも知れない。会話には殆ど加わってこないが。この人、或いは感覚だけで、既にこの絵の全てを把握しているのかも知れなかった。それくらいは出来ても不思議では無い人だ。

 

「俺はこんな体になっちまったが。 この島は、海賊の夢の果ての島として、今後も守って行きたいと思ってる。 どうせこの世界に海賊はもう俺しかいないし、何より見ていれば分かるが、どうせお前達の世界にも海賊なんていないんだろう?」

 

「!」

 

「其処の赤いの、ずっと俺を警戒しているな。 俺があり得ない存在だってのは、それだけで分かるんだよ」

 

ルーシャに初めてバッケンが話しかける。

 

なるほど、それで話しかけなかったのか。

 

バッケンは楽しそうに笑っている愉快な海賊だが、それでも知能は劣悪ではないという事だ。

 

観察力も優れている。

 

此処が、閉じられた小さな世界で。

 

自分があり得ない存在だと言う事も、理解出来ているのだろう。

 

「流石の俺もドラゴンにはかなわん。 見たところ、腕利きの騎士が二人、傭兵、更に錬金術師が三人……あっちのは更に桁外れのようだが。 ともかくそれだけの戦力がいるなら、ドラゴンをどうにか出来ないか。 アレはあからさまな異物だ。 この島に、子分AとBが戻ってきた時に、あんなのがいたらあまり面白くない事になりそうだからな」

 

「分かりました。 少し調べて見ます」

 

「おっ、即断か。 とりあえず、居場所については教えておくが、かなり獰猛な奴だから気を付けろ。 下手をすると、一瞬で遠くからズドン、だぞ。 ドラゴンのブレスの恐ろしさは、お前達は……その様子ではまだしらねえか。 俺の船程度なら、一撃で木っ端みじんだな」

 

カカカとまた笑うバッケン。

 

ドラゴンの恐ろしさは、再三叩き込まれてきている。

 

そして、そろそろ戦う事があるかも知れないと、覚悟もしていた。

 

それならば、今がその時、と言う事だ。

 

呼吸を整えると、バッケンに頷く。

 

居場所を教えて欲しいと。

 

先にここに来た子分AとBというのにもちょっと気になる事があるのだが。

 

今はそれよりも優先度が高い処理事項として、ドラゴンがある。

 

どうやったのか分からないけれど。

 

もしも不思議な絵画にドラゴンが入り込んだのだとしたら。

 

それは絶対に駆除しなければならない害獣だ。

 

あのフーコと火竜の世界にいた、話が通じるドラゴンなんてのは、例外中の例外なのである。

 

基本ドラゴンには知能はなく。

 

そして人間がある程度近づいて来たら、ものにもよるが問答無用でしかけてくるのが当たり前。

 

どんなに大人しいドラゴンでも。

 

近付けば攻撃は絶対にしてくると、リディーも聞かされている。

 

スールが立ち上がった。

 

「バッケン船長、案内お願い出来ますか?」

 

「お、やる気だな子分D。 じゃあ早速いくとしようか」

 

「はい」

 

「こっちだ。 油断だけはするなよ」

 

酒を入れていても、流石に自称七つの海を渡った海賊。

 

歩いていて殆ど隙は見えない。

 

マティアスさんが青ざめているのは、多分下戸で、酒の臭いだけで気分が悪くなったかだろう。

 

「マティアス、大丈夫?」

 

「ああ、気を遣ってくれて済まないな。 情けないだろ、武門の家の男が、酒にこんなに弱くてよ」

 

「何言ってるの。 お酒は個人によって飲める量が全然違うし、マティアスちゃんと立派に騎士してるじゃん。 お酒が飲めないくらいで、価値なんて落ちないよ」

 

「そう言ってくれると助かるぜスー。 最初に宴会に出された時なんて、俺様が飲めないのを散々からかわれたからな。 飲めないのもあるんだが、それもあって今も酒が苦手でしょうがねえ」

 

アンパサンドさんが、黙るように口元に指を当てる。

 

見るとバッケンも、いつの間にか注意深く周囲を見回している。

 

見晴らしが良い場所から、いつの間にか色々な木が生えている密林に出ていた。普通安全なはずだけれど。

 

不思議な絵画の世界は。

 

外とはルールが違う事が多い。

 

フィンブルさんも、動けなくなるほど飲んでいた訳では無い様子で。

 

既にハルバードを構えて、戦闘態勢に入っている。

 

わっと、森の中から飛び出してくるレンプライアの一団。

 

いずれも、今まで見てきた奴より大きい。

 

どんどん凶悪なレンプライアになっている気がするが。

 

それは恐らく、危険度が高い絵に、ランクの上がった錬金術師をいれるように調整しているからなのだろう。

 

この絵はそもそも。

 

あり得ないと分かりきっている事を書いた絵だ。

 

作者のどこかに、強い怨念というか。海に対する憧れに対する憎悪というか。どうにもならない事に対する怒りというか。

 

そういう負の思念があるのだろう。

 

だから、レンプライアも強くなる。

 

真っ先に前に躍り出たアンパサンドさんが、木々を蹴って立体的に動きながら、レンプライアの注意を惹く。

 

スールが横っ飛びに連射連射連射。全弾見事に当てて、しっかり敵を削りつつ。

 

敵の動きが止まった所に、ルーシャが射撃。

 

更にマティアスさんとフィンブルさんが突貫し。敵を順番に切り裂いていく。

 

リディーは即座に詠唱完了。

 

複数の装備品の助けで、身体能力強化の魔術は、殆ど詠唱無しで撃てるようになった。前線で戦っている皆に、即時で切り替えながらかけていく。戦況をそれで、一気に有利に出来る。

 

鎧の奴だけには絶対に近付かない。

 

あれは周囲に、敵を切り裂く風のフィールドを纏っている。

 

「やるじゃねえか、カカカッ!」

 

バッケンが、兵士のようなレンプライアの槍を軽々サーベルで捌くと、至近距離で頭を撃ち抜く。

 

それで泥になって消えるレンプライア。

 

前に躍り出たオイフェさんが、大きめの魔術を撃とうとしていたレンプライアの顔面に拳を叩き込み。

 

その拳は、頭を粉砕していた。

 

スールが放り込んだドナーストーンがとどめになり。

 

レンプライアが全て溶けて消える。

 

すぐに残骸を回収。

 

やはり相当な高純度だ。

 

ネージュのアトリエで廃棄されていたものほどではないが。

 

此処のレンプライアはかなり強い。油断すると、火傷ではすまないだろう。場合によってはバトルミックスも必要か。

 

フィリスさんは。

 

見ると、彼女の周囲には、木っ端みじんにされたレンプライアが散らばっていて。

 

無惨な有様だった。

 

何をしたかも分からないうちに殺されたのだろう。

 

ドロッセルさんの周囲も同じ。まあ彼女は戦略級傭兵。一方からのレンプライアを、全て片付けてくれていた。

 

「こっちは終わったよー」

 

「トリアージ」

 

酒も既に抜けているらしいフィンブルさんが呼びかけ。

 

けが人が出ていないか確認。

 

マティアスがちょっと槍での一撃をもらっていたけれど。

 

装備品でガチガチに固めている事もあって、少し鎧の上から打撃を貰ったくらいである。回復の魔術をリディーが唱えて、それで終わり。これも最近覚えたものだが。まあ軽めの手傷くらいなら、薬を使うまでもない。

 

そのまま、無言で密林を移動。

 

やがて、小高い丘に出た。

 

伏せるように、バッケンが指示。

 

頷いて、伏せ。

 

そして、丘の向こうから、ぞっとする光景を見せつけられる。

 

それは、想像を絶する存在だった。

 

巨大な蛇のようであるが。

 

ひれが体についている。

 

ゆったりと入り江に我が物顔で寝そべっているそいつは。とてもではないが、他の獣とは比べものにならなかった。

 

大きい。

 

体の大きさの問題では無い。

 

感じるプレッシャーが尋常じゃあ無い。

 

流石に雷神ほどではないが。

 

下手なネームドなんて、アレに比べたら雑魚も良い所だ。

 

促されて、一旦入り江から距離をとる。

 

下がるときも、冷や汗がダラダラ出た。

 

怖いなんてものじゃない。

 

あんなのにもし海の中で襲われでもしたら、それこそ一巻の終わりだ。即時撤退を決断しなければならないだろう。

 

森を抜けて、キャンプまで戻る。

 

途中、誰も口を利かなかった。

 

アレはこの世界の最大級の異物。

 

レンプライアは、まだこの異世界のルールに沿って出現している「敵」ではあるが。

 

奴はそれですらない。

 

文字通りの異分子であり。

 

存在していてはいけない存在だ。

 

キャンプで、しばし無言で過ごす。バッケンも、茶化すつもりはないようだった。

 

「見て分かったと思うが、放置していてはいけない相手だ。 彼奴はあの入り江で動かないが、いずれにしても近付いたら確実にしかけてくる。 それに入り江から動かないといっても、いつまで大人しくしていてくれるかさえもわからん。 残念だが今の俺には彼奴を倒す武力が無い。 俺の宝を譲る。 退治を頼めないだろうか」

 

「……やってみます」

 

即答とはいかなかった。

 

答えるまで、たっぷり逡巡が必要だった。

 

雷神を倒したばかりである。

 

苛烈な戦いだった。

 

本当に、勝てたのが不思議なくらいの。

 

そして雷神は、極限まで弱体化させて、やっとどうにか出来るレベルだった。別にリディーとスールが強いわけでも何でも無い。

 

ドラゴンとやりあうのであれば。

 

相応にまた準備を整えなければならない。

 

海棲ドラゴンの生態を調べ。

 

対応するべく装備も人員も整え。

 

それでも犠牲が出ることを覚悟しなければならない。

 

誰でも知っている。

 

普通の人間では、何をやっても絶対にドラゴンは倒せない。

 

錬金術師の力で、極限まで能力を増幅して、やっと倒せるのがドラゴンという超越存在なのだ。

 

あの極限弱体化ファルギオルは、異常な再生能力を除けば。ドラゴンより強かったとは思えない。

 

ましてや強いと言われる海棲ドラゴンである。

 

「今日はここまでだね」

 

ドロッセルさんの鶴の一声。

 

頷くと、皆腰を上げる。

 

認識は一致している。

 

一傭兵であるフィンブルさんだって、ドラゴンの恐ろしさは知り尽くしているのである。当然の結論だと言えた。勿論キャプテンバッケンも、文句は一つも言わなかった。

 

「また来ます」

 

「おう。 出来るだけ早くな」

 

「はい」

 

バッケンに頭を下げると、リディーは絵をでる。

 

不思議な絵画の唯一良い所は、この絵を一瞬ででられる事だ。

 

ドラゴン戦でも。

 

気絶している者がいなければ。一瞬で離脱できる可能性もある。ただ、ブレスの直撃なんか貰ったら、そんな余裕はとても無いだろうが。

 

エントランスで、しばし無言になったが。

 

顔を上げる。

 

まず、現実的に対応策を練らなければならない。

 

この件、とても作為的だ。

 

ドラゴンが不思議な絵の中に勝手に湧くなんて事あるのか。レンプライアの一種には見えなかったし。あれは多分外から持ち込まれたものだ。どうやってやったかは分からないが。

 

もしもそうだとしたら。

 

深淵の者の仕業ではないのだろうか。

 

それくらいしか、出来る存在が思い当たらないのである。

 

「次の探索までに、ドラゴン戦の対策をしてきます。 また声を掛けますので、その時はお願いします」

 

「この絵の探索、試験の前段階なんだろ。 無理はすんなよ」

 

「いえ、そもそも海の調査がこの試験の本番なので……入り江にドラゴンがいるうちに何とかしないと」

 

「あ、そうか……」

 

マティアスさんが、頭をぐしゃぐしゃと掻き回す。

 

どうにもならない事を悟ったらしい。

 

流石に、複数のドラゴンが持ち込まれているとは思いたくはないが。

 

いずれにしても、兎に角彼奴は倒さなければならないのだ。

 

一旦これで解散する。

 

解散するやいなや、フィリスさんはいなくなっていた。

 

ドロッセルさんには声を掛ける。

 

この絵の探索の間は、ドラゴン戦のこともあるので、常に同道して欲しい。

 

そういう話をしておきたかったからである。

 

声を掛けられた理由は分かったのか。

 

ドロッセルさんは、アトリエまでつきあってくれた。

 

途中まではルーシャも一緒だったけれど。

 

傘をしきりに見ていた。

 

「力が……足りませんわね」

 

「え、まだ私達より強いよルーシャの方が」

 

「そういう話ではなくて、傘の出力の問題ですわ」

 

「ああ、まだ不安なのか」

 

スールが納得したように頷く。

 

ルーシャはリディーとスールを守ろうとするから、いつも力に枷を掛けてしまっている。故に本来の力が出せずにいる。

 

昔よりは、これでも力を出せている……そう、リディーとスールが不遜な態度をとって、苦しめていた頃は、もっと力の制限が強く掛かっていた。今はもう、しっかり態度も改め、和解も果たした。だからルーシャは、本来の力を前より出せている。

 

それでも、やはり守るために力と意識の集中を欠いているのは否めない。

 

これは、リディーとスールに共通した認識だ。

 

要するにリディーとスールが不甲斐ないのが原因である。もっと強くならなければならない。ただそれはそれとして、話をすれば少しは気晴らしになるかも知れない。

 

「傘、自動で動くように出来ない?」

 

「拡張肉体の事ですの?」

 

「うん。 防御だけを担当する傘と、攻撃は自前で何か別でやるとか。 拡張肉体あると、アルトさんの戦い方見てもかなり便利だと思うし」

 

「……そうですわね。 全自動シールド発生装置については、考えておきますわ」

 

アトリエまで別れる。

 

オイフェさんは意外と気が利かないので、この辺りはルーシャが四苦八苦しなければならないのだろう。

 

アトリエで、ドロッセルさんと契約書を書く。

 

出来るだけ良い植物の繊維で作ったゼッテルを出してきて。

 

そして一つずつ話をしながら、まず黒板に契約内容を書く。

 

相手は戦略級傭兵。

 

基本的に、戦力が戦略級であるからこその呼び名であり。

 

場合によっては戦略単位での指揮も執る。

 

故に高いお金を取られるのは当たり前で。

 

契約もしっかりしなければならないのも、また当たり前の事だった。

 

一つずつ丁寧に項目を確認し。

 

そして最後にやっとお金の話になる。

 

すごく高い金額が提示されたが。

 

その代わり、どの絵に入るときも同行してくれる、と言う事で。

 

つまり堀以外で獣がでないネージュのアトリエ以外でも、採取を容易にできる、と言う事だ。

 

ただし、契約は「海」の絵を調査するまで。

 

それが終わったら、契約は廃棄する。

 

また契約も、最大で二ヶ月まで。

 

それ以上は、流石に今の経済力でも、無視出来ない出費になるからである。

 

スールが頭を抱えて、金額を見ている。

 

ドロッセルさんは、小さくため息をついた。

 

「そもそも戦略級傭兵はね、街なんかの戦略単位を守るためとか、傭兵団や騎士団部隊なんかを指揮する仕事をするの。 このお金は当然だと思って」

 

「確かに、今回も一方向の敵を完全に食い止めてくれましたけれど」

 

「契約自体では、作戦の指揮も執るけど。 立案も含めて」

 

「えっ……」

 

必死に勉強しているとは言え。

 

戦略も戦術も、リディーはまだまだ苦手だ。

 

如何に相手を苦しめて殺すか。

 

それだけを考えるのがそも苦手なのである。

 

戦略も戦術も、基本はそれだ。

 

味方の犠牲を小さく。

 

敵の犠牲を大きくするには。

 

如何に相手が嫌がる事をして。

 

そして徹底的に叩き潰すか。それが、最も大事になってくるから、なのである。これについては、イル師匠の所で散々叩き込まれたし。

 

シスターグレースにも教わった事だった。

 

ただ、ドロッセルさんにその契約も頼むとなると。

 

更に契約金額が跳ね上がる。

 

流石に口を引き結んで、今回は引き下がることにする。

 

或いは、Bランクにまで昇格したら、ドロッセルさんを常時雇えるくらいの経済力が身につくのかも知れないけれど。

 

「フィリスちゃんはさ、少人数で各地の崩壊したインフラを修復しながら、ライゼンベルグに試験を受けるために向かっていたんだよね。 だからだろうけれど、作業報酬をたくさん貰っていて、それで今の私より格上の戦略級傭兵も雇っていた。 流石にもうその人は引退したけれど、フィリスちゃんはそんな戦略級傭兵も太鼓判を押す成長速度で、見ていて凄いと何度も思ったよ。 比べる相手が悪すぎるのは仕方が無いけれど、ちょっと二人はフィリスちゃんより成長が遅いね」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「返す言葉もないです」

 

「流石にあの子がスペシャルなのは分かってるけれど、今の二人は実力よりも大きな評価をされているって端から見ても思うね。 命を落としたくなければ、もっと頑張らないと駄目だよ」

 

厳しい駄目出しだが。

 

返す言葉も無いので、黙り込むしか無かった。

 

後は、黒板に書いた契約書を、ゼッテルに書き写し。

 

そして双方でもう一度確認。

 

文章は可能な限りシンプルに。

 

更に短く区切って箇条書きをする。

 

これがトラブルが起きにくい契約のやり方だという。

 

契約書の写しを取り。

 

そして共有して、契約は終わりだ。

 

なお保存の魔術を掛けたので、手を入れればすぐに分かる。

 

頷くと、ドロッセルさんは契約書を受け取ってくれた。

 

ドロッセルさんは夕食は自宅で取ると言うことで。そのまま帰って行く。

 

契約書を見て。

 

スールがもう一つため息をついた。

 

「お高いよ、流石に……」

 

「でも仕方が無いよ。 ドロッセルさんが言ったとおりだもん」

 

「過大評価か……」

 

「うん」

 

少し、話しておきたいことがある。

 

夕食を作りながら、話をする。コンテナへの格納は、スールに任せてしまう。

 

「ねえスーちゃん」

 

「んー」

 

「大事な話があるの」

 

「うん」

 

料理をしながら、続ける。

 

大事な話だけれど。

 

確認に近い事だからだ。

 

「国一番のアトリエになる。 その目標は、今も変わっていないよね」

 

「うん、それは変わっていないつもりだよ」

 

「でもさ、国一番になって何するかを決めた?」

 

「……うん」

 

スールは答えてくれる。

 

多分、もう結論は。

 

違っている筈だ。

 

「私ね、みんなのために仕事をする錬金術師になりたいって思ってたの。 実際今でも、錬金術によるインフラ整備や獣の駆除で、どれだけの人が救われているか分からないわけでしょ。 確かにソフィーさんやフィリスさんは怖いけれど、それでもあの人達の行動が、どれだけの人を助けているか分からないもの」

 

「そうだね。 続けて」

 

「でもね、ネージュの話を直接聞いて思ったんだ。 本当に「みんな」をそのまま守って意味があるのかなって」

 

言葉が途切れる。

 

それは、双子だからこそ。

 

身内だからこそ出来る話だった。

 

「みんなって言うけれど、はっきりいってそのままだと「みんな」って醜いよ。 尊敬できる人はいると思うけれど、そういう人はごく限られていると思う。 もしも錬金術を使って何かできるんだったら、それは「みんな」を変える事なんじゃないのかな」

 

「……スーちゃんはさ、尊敬できる人だけでも守りたいって思っていたんだ。 リディーは、みんなを守りたいと思う代わりに、そんな風に考え始めていたんだね」

 

「スーちゃんの考えも間違ってはいないと思う。 でも、尊敬できる出来ないは何処で線引きをするの?」

 

「そうだよね。 確かにそれぞれに接してみないと、分からないもんね」

 

しばし、気まずい沈黙が流れる。

 

そして、沈黙が過ぎた後。

 

料理を配膳する。

 

スールもコンテナへの格納を終えていた。

 

夕食を静かにとる。

 

何だか、流石に少し気まずかった。

 

スールが、みんなのためになんて事を、本気で考え始めていることは、とても大きな進歩だと思う。

 

だって、そもそも昔はリディーもスールも。

 

「相手が普通で無ければ何をしても良い」と考える、「平均的な人間」だったからである。

 

みんなというのは、当たり前の事だが。

 

二人で言葉を確認するまでも無く。相手が普通だろうが何だろうが、関係無い。

 

例えば昔の双子だったら。

 

ルーシャやお父さんは、そのみんなには含まれず。

 

当然排除の対象になっただろう。

 

相手がどんな哀しみを抱えていようが知った事では無く。

 

むしろ笑い飛ばしたに違いない。

 

それが「平均的な人間」だからだ。

 

だが、今はもう違う。

 

そんな愚かしい者達と同じにはならないと、共通認識を決めている。

 

しかしながらその共通認識には、今決定的な終着点の違いが生じていることが、確認できた。

 

リディーは、「みんな」を、たとえ洗脳してでも変える必要があると思い始めている。

 

事実誰もが筋を通して生きている訳でも無い。

 

「普通」ではない相手を痛めつける事を嬉々として行い。

 

またどんな悪事も平然と正当化して、邪悪の限りを尽くす。

 

それが「平均的な」人間の側面だ。

 

それを変えなければならない。

 

だが精神論だの仕組みだのは無意味である。

 

生物として駄目なのだ。

 

だから、生物として切り替えなければならない。

 

リディーが目指しているのは其処だ。

 

それに対して、スールは選別を選んだ。

 

もう「みんな」の中に、「平均的な人間」は含まれていない。

 

敬意を払うべき相手だけが「みんな」であり。

 

それ以外に対しては、もはやどうなろうと知った事では無いと、考えを決めてしまっている。

 

双子であっても違う人間だ。

 

考え方がまったく同じだったら。

 

それは双子であっても、もはや違う人間とは言えないだろう。

 

ましてやリディーとスールは二卵性。

 

スールは運動が得意だし。

 

リディーは論理的思考の方が得意。

 

それを考えると。

 

やはり、一度しっかり話をしておいた方が良いと思ったのは、正解だった。

 

食事を終えると。

 

スールは、沈黙を破った。

 

「まだ、力が足りないね。 それに、終着点が違うって言う事は、最終的にスーちゃん、リディーと殺し合いになるのかな」

 

「そんなの、嫌だよ」

 

「スーちゃんだって嫌だよ!」

 

「……妥協点、考えるしか無いね」

 

大きな溜息が同時に漏れた。

 

このことだけは。

 

殺し合いだけは避けたい。

 

この結論だけは、共通している。それは良い事なのだと思う。しかしながら、もしもこのまま力がついていくと。

 

悲劇の結末を、避ける事はきっと不可能だろう。

 

「明日朝一番に見聞院に出かけて、ドラゴン狩りのための資料を集めよう」

 

「ドラゴン倒せる錬金術師って、世界でも上位に食い込んでくるんでしょ? フィリスさんは確実にその一人だろうけれど、本気で手伝ってくれるかなあ」

 

「無理だね」

 

「そうなるとバトルミックスを主軸に戦術を考えるしかないね」

 

気が重いが。

 

やはり結論はそうなるか。

 

さあ、これからが正念場だ。

 

そもそもドラゴンを倒せると言う事は、錬金術師として一人前から、一流になる事を意味している。

 

Cランクというのは。

 

恐らく錬金術師としても、かなり優れている事を意味しているはずだ。

 

ならば、そのランクに相応しい実力を身につけなければ。

 

最終的に目指す所に辿りついたとしても。

 

きっと力の使い方を誤ってしまう筈である。

 

その悲劇を避ける為には。

 

力をつけ。

 

知識を増やし。

 

試行錯誤を重ねていくしか無い。

 

時間は、無限にあるわけではない。

 

フィリスさんとさっきドロッセルさんに比べられたが。

 

あの人は、元々スペシャルだった上に、非常に大きな事業にガンガン関わって鍛えられていった、と言うわけだ。

 

それだったら、リディーとスールはまだまだ成長が遅いと言われるのも、仕方が無いのかも知れない。

 

今日は、ゆっくり休んで、本番は明日からだ。

 

あの微笑ましい海賊がいる愉快な島から。

 

邪悪なドラゴンを、少しでも早く追い出さなければならない。

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