暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ 作:dwwyakata@2024
特に何もまだ考えていない二人は、錬金術の技量をそれで上げていく事になります。
※なお、基本的にリディーとスールの視点を交互に話を進めて行く事になります。
序、練習
イルメリアという人は、スールから見ても凄い錬金術師だと一目で分かる存在だった。自分の頭が良くないことはスールも理解している。直感でどうにかしていくタイプだという事も分かっている。
それをイルメリアさんはすぐに察して。
スールにも分かるように、非常にわかりやすく全てを教えてくれた。
本当に分かるのだ。
どんな本も、見ていると眠くなってしまうスール用に。
わかりやすく、レシピを書き下ろしてもくれる。
どんな材料が、どれだけ必要か。
それも全て描かれていた。
まず最初に、騎士団に頭を下げて、この材料をこれだけ取ってくるように。それが最初の宿題だった。
何に使うのかさっぱり分からない素材もあったけれど。
それらは多分、試験のためのレシピで使う素材なのだろう。
一部の素材は持ち合わせがあったので、それについては敢えて取ってくることもないと言われている。この辺り柔軟な先生だ。
考え込むリディーを見ていると、少し不安になるけれど。
とにかく、やっていかなければならない。
「リディー、まず動こうよ。 最初の数回は採集をただで手伝ってくれるって言ってくれていたし」
「うん、でもね。 この素材、見ると多分森の中の草原だと手に入らないと思う。 アルファ商会だと売ってるとは思うけれど、すっごい高いよ」
「え、じゃあ……」
「アンパサンドさんに怒られるのを覚悟した上で、また「丸腰」で、しかも危ない場所に出ないと」
うえっと、思わずスールは声を上げていた。
アンパサンドさんはとても厳しい人だ。
お目付とは言え、王族相手に躊躇無く強烈な突っ込みを入れていた。多分それを許されているのだろうが。それにしても、まるで躊躇が見えなかった。
ミレイユ王女に言われているのかも知れない。
彼奴には、容赦するな。
調子に乗らせると、碌な事にならないから、と。
ということは。リディーにも、スールにも。アンパサンドさんは容赦なんてしてくれないだろう。
「一番の問題が木材だね」
「森は傷つけてはいけない、だっけ」
「いや、枯れた木は切って良いってなってるはずだよ。 枯れ木も、枯れ枝を集めるでしょ。 問題は二つ。 一つは枯れ木が都合良く生えてないこと。 森の中を結構歩かなければ見つからないよ。 もう一つは、重いって事」
籠を見る。
ぼろぼろの籠だ。
持ち運べる量には限界がある。
やっぱり荷車が欲しい。戦闘時に動きが阻害されてしまう籠は、どうしても色々と厳しいからだ。
しばし悩んだ後。
リディーが、裏庭から荷車を出してくる。
或いはお父さんが昔使っていたものかもしれない。ぽつんとあるのを、思いだしたのである。
ただしアルファ商会で売っていたような奴とは違い。板に車を着けただけのような代物で。
これに籠を固定する事くらいしか、今は出来そうに無い。
仕方が無い。
知り合いの鍛冶屋さんの所に行くしか無いか。
まずは其処からだ。
勿論ただでやってくれるはずもない。
お小遣いを出してくる。
非常に厳しいが。
これでやってくれと、頼むしかなかった。更にこの荷車、ボロボロで完全にガタが来ている。
今回の採集、もつかどうか。
それでもどうにかしないと行けないのが、悲しくてならない。
朝一番に、荷車を引いて、鍛冶屋さんに。
色々荷車は壊れかけていて。
取っ手の辺りは苔がついていた。
しかも虫が這い回っていたので。
スールは触りたくもなかったけれども。
リディーが虫はとったからと言って、リディーにも押すように指示。
泣く泣く、従うしかなかった。
昔からリディーは大人しいけれど。
どうしてもいざという時は、頼ってしまう。
精神的には、リディーに逆らえない。
殴り合いの喧嘩をしたらスールの方が強いに決まっている。口げんかだってリディーはしたがらない。
それでも、どうしてかリディーには素直に頭が下がる。
これはよく分からないけれど。
胃袋を握られていたりするのが、大きいのかも知れなかった。
鍛冶屋さんは朝早くから開いている。
つるつるの禿頭で。
筋肉ムキムキ。
酷い音痴の鍛冶屋さんは、ハゲルさんという。何でもどこか遠くから来たらしいのだけれど。詳しくは知らない。昔からの、お母さんが健在だった頃からのつきあいで。お母さんの葬式ではわんわん泣いてくれた。
それからも時々お世話になっている。
スールの銃の調整も、鍛冶屋さんはしてくれていた。それも格安で、である。頭が上がらない相手だ。
「よう、ひよっこ共。 どうした」
「親父さん、この荷車直して欲しいんだけれど。 それと、この籠をくっつけられない?」
「できるが、応急処置にしかならないぞ。 これ二輪だが、できれば四輪の、しかも箱形の奴の方が良いな。 どうせ錬金術の素材集めに使うんだろ?」
ずばり見抜かれている。
リディーが頷くと。
親父さんは大きく嘆息した。
「まあお前の所がどんな状況かは分かってるから、今回はただでやってやる。 その代わり、インゴット作れるようになったら、納品してくれな」
「インゴット?」
「分かるようになったらでいい」
「あ、はい」
何もかも、まだまだどうしようもない。それだけが、今の会話でもよく分かる。とりあえず、半日で仕上げてくれるというので、一旦家に帰る。その途中でインゴットって何だっけとリディーに聞いてみると、向こうは知っていた。
「延べ棒のことだよ。 金の延べ棒とかあるでしょ。 親父さんが言っていたのは、金属の延べ棒だよ。 鍛冶だと金属は幾らでもいるし、錬金術師が作る良質の金属のインゴットだったら、騎士団でだって欲しがるはずだし。 親父さんの腕だと、騎士が持つような剣も作れるんじゃないのかな」
「ああ、なるほど……」
「なるほどじゃなくて、この間イル師匠に貰った本に基礎だって書いてあったでしょ」
「うー、読書苦手ー」
大きなため息をつかれる。
気持ちは分かるけれど、どうしても読書は苦手なのだ。
アトリエに戻ると、リディーと一緒に本を読む。確かにインゴットの事については、書いてあった。
なるほど。
実際に手元でその話が出てくると案外素直に分かるものだ。本だけだと、どうしても分からない。
一度それを確認してから、今度は騎士団の詰め所に出向いて手続きをする。
明日護衛を頼みたいという話をすると。
すぐに受付をしている役人のホムが対応してくれた。
ミレイユ王女との引き継ぎをしてくれた、モノクロームのホムではないけれど。不正をしない役人としてホムはとても信頼されている。ヒト族の役人だと、どうしても不正が疑わしいし。獣人族だと気が短すぎる事が多い。魔族は逆に頭が固すぎて、説教が長くなったりする。戦士としてホムはまず見かけないけれど。後方支援要員としてはどの種族よりも頼りにされるのだ。
いずれにしても、明日に仕事という事で受け付けて貰う。
実際に頭を下げるのは明日のことになるだろう。
アンパサンドさんに、前に言われた。
火力を担えない錬金術師を護衛するほど、騎士は暇では無いと。
それがぐうの音も出ない正論だと言う事は分かっている。それでも頼まなければならないのだ。
明日、とにかく爆弾の材料と。それにイル師匠に言われた宿題の素材類を集めてこなければならない。
貰った本を読んで、念入りにリディーはメモを取っている。
そして夕方。忙しそうにしているリディーをアトリエに残して、スールは一人、鍛冶屋に足を運ぶことにした。
途中、髪の長い綺麗なヒト族の女の人と、ホムが一緒に歩いているのにすれ違う。ホムの方が、あからさまにヒト族の女の人をお姉ちゃんと呼んでいたので、驚いて振り返ったが。もうその時には二人はいなかった。
ごくたまにだが。
養子などで、別種族の人間が、家族になることはあるらしいのだが。
そのケースだろうか。
スールは、正直な話。
今のお父さんが大嫌いだし。お母さんが死んでしまったことで、この世の事を恨みもした。
だけれども、それでも。
何とかやっていきたいと思う。
自分でもダメダメで、半人前以下だと言う事は分かっている。
ルーシャが自分達にアドバイスをしてくれている事も。心の何処かでは分かってはいるのだけれども。
どうしても素直になれない。
本当は多分とても失礼なことをしている事は。
理解はできている。
スールは昔から、時々単独行動をしていて。
本当に貧しい人が、どんな生活をしているかは、色々な理由から知っている。
うちなんて、貧しい内に入らない。
お父さんが浪費しているのに、どうして最低限で踏みとどまっていられるのか。そんなの、ルーシャが影で支援してくれているからに決まっている。リディーは賢いのに、肝心なところで抜けているから、そんな事も分からない。
スールは分かっていても。
それでも、どうにも出来ないのは、自分でも情けなくて仕方が無かった。
鍛冶屋に着く。
荷車ができていた。親父さんは、汗を拭いながら、幾つか説明をしてくれる。
「スー。 覚えておけよ。 錬金術師はな、金が掛かるんだ。 色々な薬を自分で全部作る訳にはいかないから、時には他人から買う必要もある。 材料もそうだ。 一人だとどうしても戦いに限界があるから、護衛も雇わなければならない。 この荷車にしても、本当は金が掛かるものなんだ」
「うん、それは分かってるつもり」
「……とにかく、早めに投資して、もっとマシな荷車にするんだな。 俺の知っている錬金術師だと、荷車を装甲板で覆って、いざという時には盾に出来るようにしている奴もいた」
「うん……」
分かる。
親父さんも、其処まではサービスしてくれない。
さっさと自力で稼げるようになれ。そういう風に言われているのだ。
荷車だって、本当は結構直すのにお金が掛かっていたはず。それどころか、板を追加して、籠が落ちにくいようにまでしてくれていた。
頭を下げると、家に帰る。
スールは自分の頭が悪いことは知っているけれど。
勘には自信がある。
アトリエに戻ると、リディーがリストを作り終えてくれていた。荷車を持ち帰ると、嬉しそうにする。
「わ、これで籠を背負って歩かなくていいね」
「早く四輪のにしろって親父さんに言われちゃった。 稼いでも、お金は多分投資でどんどん消えちゃうね」
「それは仕方が無いよ」
「それに、この家も何とかしないと……」
お父さんの生活の荒れ方。
この間思い知ったが。
お父さんは力はあるのに、それを完全に自分で封じてしまっている。あのままだと、多分何かの切っ掛けで死んでしまうかも知れない。
それはいくら何でも、スールだって嫌だ。
ダメ親父、バカ親父と面と向かって罵ることだってあるけれど。
それはそれとして、お父さんまで死んだら、この世にリディーと二人っきりになってしまう。
リストを見る。
「うにか……ちょっといつも行ってる森の中だとないね」
「森の一番外側にある、人間を襲うような獣の出る場所に行かないとこの辺りだと採れないみたい。 一応街の中にもあるけれど、品質はこの本に載ってる爆弾……クラフトっての作るのには、とても足りないよ」
「そんな危ないの、街の中に植えられないもんね」
一応実を非常食として使うため、街の中にも木はある。中にはうにの木もある。
うにはとげとげの実をつける木だ。実には色々な使い路があって、美味しかったりまずかったり。
うには何処ででも採れるらしいけれど。
図鑑を見ると、色々な亜種が存在しているらしく。
ものによっては、強い魔力を秘めているのだそうだ。
多分おいしいまずいも、品種によって違うのだと思う。
魔術が使えるリディーと違って、スールは殆ど魔術が使えないので。
見た目では殆ど分からないけれど。
いずれにしても、今後は図鑑を持っていく必要があるだろう。
二人で手分けして、籠を荷車に入れる。板である程度補強してくれたので、籠を並べて入れるだけで良いのが嬉しい。またこの荷車の横幅なら、アトリエにそのまま入る事が出来る。試してみて、確認。荷車を外に野ざらしにしなくて済むし、何よりコンテナに直通させられる。
一応治安はしっかりしている。
匪賊の話は殆ど街の中では聞かない。
でも、盗みをする人はいる。
流石に生命線である荷車を、今アトリエの外に放置して、盗まれる訳にはいかないのである。
一通り明日の準備をリディーと一緒に済ませると。
後は早めに夕食を取って、休む事にする。
アンパサンドさんが言っていた通り。
バカ王子はともかくとして、一線級で活動している騎士が、わざわざ護衛をしてくれているのだ。
騎士は人手が足りていない。
そんな状態で、である。
早く錬金術師として、一人前にならなければならない。
爆弾くらい。或いは、何かしら身を守るための錬金術の道具くらい作れるようにならなければ。
そんな人手を出して貰う資格は無い。
或いは、研究を専門にする錬金術師もいるのかもしれないけれど。
その場合は後方支援として役に立っている筈で。
いずれにしても、今のスールでは話にもならない。
勿論民を守るのは騎士の仕事だが。
民の我が儘を聞くのは騎士の仕事じゃないし。
不必要な我が儘を言うべきでもない。
そんな事は、先代の王様がこの国を荒らしに荒らして滅茶苦茶にしたのを、幼い頃に目の当たりにした事で。
スールだって分かっていた。
さもしい食事を終えると。後は休む事にする。
「ねえスーちゃん」
薄暗い中、隣に寝ている双子の姉に聞かれる。
なに、と気のない返事をすると。リディーは。少し考えてから。
一つ、絞るようにして言った。
「錬金術師って、何でもできそうだよね」
「……そうだね。 あの絵のことを考えると、そう思うよね」
「でも、お父さんはお母さんを治せなかった」
「……」
そうだ。
錬金術師の技量によって、できる事がある。多分お父さんは。自分の力量が足りなくて、お母さんを死なせたことで。錬金術への情熱を、全て失ってしまったのだ。
全盛期のお父さんはお金だって持っていた。
その気になれば、アルファ商会から良いお薬だって買えたはず。
確か相当にレベルの高い神聖魔術の使い手も呼んで、回復魔術を掛けて貰っていた。それでもダメだった。
つまりお母さんはそれだけ難しい病気だった、と言う事で。勿論今のリディーとスールに、治せる訳がない。
今のリディーとスールには。
少なくともお父さんをどうこういう資格は無い。
感覚で分かっていても。どうしても、理屈では納得出来なかった。
「早く何でもできるようになろう、リディー」
「うん……」
先に眠ったのがどちらかは分からないけれど。
いずれにしてもはっきりしている事がある。
また悲劇が起きる前に。
早く、自力でどうにかできるようにならなければいけない、と言う事だった。