暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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アトリエシリーズ恒例のドラゴン戦。

ついに双子も挑むときが来ました。


3、蒼海死闘

海の中に出る。前と環境は変わっていない。周囲からのプレッシャーも。マティアスがつけた印も。×印も、しっかり残っていた。

 

前に比べると、シールドの外側にある海流が比較的緩やかに感じる。

 

或いは今日の海は、機嫌が良いのかも知れない。

 

不思議な絵画の中でも、時間は流れている。

 

そして此方の世界と、時間の流れ方は違うようだった。

 

例えばフーコにこの間会いに行ったのだけれど、随分久しぶりに会ったと言われた。

 

あの世界では、フーコ達あの世界の人間と、火竜との関わり合い方を見直しているらしく。

 

今では村の位置も移動することを検討。

 

火竜の世話をする係として巫女は役割を変え。

 

レンプライアを狩る班。

 

獣を刈る班と、村では編成を行い。

 

静かな生活を送るようにしているという。

 

それで良いのだと思う。

 

あのイケニエの悪習が、ほぼ理想的な共存関係に切り替わっているのだ。これ以上此方が口を出す事なんて、一つも無い。

 

火竜はあの世界の神として君臨して、過酷な環境もコントロールしている訳なのだし。

 

元々、かなり危うい所で、世界のあり方に介入したのだ。

 

これ以上は、あの世界の人々と、火竜が決める事。

 

少なくともリディーとスールのような外野に、口を出すことは許されないし。

 

自分達のやり方を無理矢理持ち込んで、押しつけたりしたら。

 

それは文字通りの侵略だ。

 

悪しき風習は止めて貰った。それだけで満足すべきなのである。

 

海の中を黙々と歩きながら、そんな風に思う。

 

リディーはどうなのだろう。

 

もっと過激に考えているのだろうか。

 

実のところ、「みんな」こと、「平均的な人間」に関しての考え方は、むしろスールよりリディーの方が過激だと言う事は、この間腰を据えて話してみて思った。

 

むしろ今のリディーの本音を聞いたら。

 

ソフィーさんは大喜びするかも知れない。

 

あの人が何を目論んでいるかは分からないけれど。

 

きっと、ろくでもないことだ。

 

どんどん目が濁ってきているリディーもスールも。ソフィーさんから見れば、とても望ましいのではあるまいか。

 

また、魚が飛んでくる。

 

今度はマティアスの反応が早く、シールドで弾き返し。

 

そして、ぐわんと凄い音がした直後には、アンパサンドさんが魚を斬り伏せていた。

 

荷車に乗せると、すぐに先へ。

 

あの魚。灯りに引き寄せられているのでも無く。

 

単に獣として、人間を殺しに襲ってきているのか。

 

だとしたら、外の世界の獣と発想は同じか。

 

あくまで外の世界よりは環境が優しいと言うだけで。

 

この海が危険であることに、まったく変わりは無い。

 

直線距離で、迷う事もなかったので。

 

キャプテンバッケンの島までは、それほど苦労せずにたどり着けた。途中で三回魚の襲撃は受けたが、それだけだった。

 

巨大なクラゲや亀もいたが。

 

危ないと思ったので、最初から近付かなかった。

 

上陸すると、キャプテンバッケンは、ついこの間にあったかのように、その場に普通にいた。

 

「よう、待ってたぜ。 ドラゴン狩りの準備は整ったか、子分C、D」

 

「はい。 やれる限りの準備はしてきました」

 

「それは頼もしいなあ。 ちょっと前に子分Aが来てな。 ドラゴンは無理でも、って、レンプライアってお前らが呼ぶ黒いのを掃除して行ってくれたよ。 欠片は其処に積んでおいたから、持っていきな」

 

「ありがとうございます」

 

誰だろう。雰囲気が似ている、と言う事だけれど。

 

錬金術師に、リディーとスールに似た人なんているのか。

 

一瞬お父さんを思い出したが、お父さんってアトリエランク制度に参加していただろうか。

 

それに確か、お父さんは戦闘向けの錬金術師ではなかったと聞いた事がある。

 

だとすると、違うような気がする。

 

いずれにしても、バッケンにはその場に待機して貰う。

 

この人はかなり強いけれど、世界のルールを書き換えた場合、無事でいられるか分からないからだ。

 

そう。

 

今回も、世界のルールを書き換えて勝負する。

 

既に、不思議な絵の世界でも、世界のルールを更に書き換えられることは実験して検証済み。

 

ドロッセルさんに手伝って貰ったのがそれだ。

 

そしてドラゴン、特に海棲ドラゴンにとって最も不利な、灼熱地獄での戦いを挑む。

 

この作戦については、エントランスで既に皆に話してある。

 

大胆な作戦だとアンパサンドさんは言ったけれど。

 

ドラゴン狩りに参加したこともある彼女いわく。

 

効果は見込める、ということだった。

 

ならばやる価値はある。

 

密林を抜けて、入り江に。

 

ドラゴンは相変わらず、長大な体を丸めて、その場にいた。

 

ほっとする。

 

何とか、第一段階はクリアか。

 

次は第二段階。

 

ブレスに狙われないように、遮蔽物を利用しながら、接近する。

 

遮蔽物といっても、その辺の岩程度では駄目だ。ブレスで一瞬で貫通される。それこそ、丘をまるごと遮蔽物として扱って、接近するくらいでないと話にならない。

 

そして恐らくだが。

 

もうドラゴンは、此方に気付いている。

 

いっそのこと、石でも投げて、此方に近付かせるか。

 

そう思ったが、止める。

 

土壇場での作戦変更は、皆を混乱させるだけ。

 

何か問題でも起きたのならともかく。

 

そうではないのだから、独断で変なことをするべきではない。そう、スールは判断して、思い直す。

 

荷車は既に引かなくても良い自動式。

 

大きく回り込んで、ドラゴンが寝そべっているすぐ側まで移動。

 

先にアンパサンドさんに行って貰い。

 

動きは監視して貰っていたので、不意打ちを受ける可能性は無い。

 

ドロッセルさんが、不意にルーシャの口を塞いだ。

 

どうやらくしゃみをしそうになったらしい。こう言うとき、オイフェさんは何もしてくれないので、助かる。

 

丘を、降りきる。

 

アンパサンドさんと合流。

 

ドラゴンは丸まってはいるが、微動だにせず、と言う事も無く。ずるりずるりと動きながら、周囲を威嚇している。

 

此方に気付いていて、位置も分かっているだろうに。

 

あえて気付いているだけを装っている、と言う事だ。

 

ハンドサイン。

 

頷くと、皆、体勢を低くしたまま、でる。

 

ドラゴンが、此方に向き直ると、凄まじい咆哮を上げる。まだ、もう少し、距離が足りない。

 

当然のように浮かび上がるドラゴン。

 

その時、放たれた矢が。

 

上空から、ドラゴンの脳天を、一撃していた。

 

フィリスさんが放った矢だ。ただの矢ではない。

 

凄まじい雷撃を帯びていた様子で。

 

ドラゴンが悶絶して、動きを一瞬だけ止める。これは或いは、フィリスさんが、唯一してくれる援護、と言う事か。

 

その隙に、間合いに到達。

 

リディーが、不思議な絵の具を握りつぶしていた。

 

瞬時に、世界が切り替わる。

 

ドラゴンが、周囲を見て、絶叫する。

 

何だこれは。

 

そう叫んでいるようにも思えた。

 

辺りはあの火竜とフーコ達の灼熱地獄に切り替わっていたからである。凄まじい熱気が、周囲全てを包んでいる。ごうごうと、マグマが流れる音も聞こえた。

 

フィリスさんは飛び退くと、後は傍観の姿勢。最初に接近する隙を作ってくれたのだ。相手は監視役。これ以上の手伝いは望めない。

 

だが、これで充分。

 

一気に、仕留める。

 

戦いが、始まった。

 

 

 

最初にしかけたのは、一番間合いが長いルーシャだった。

 

腰を落として傘を構えると。

 

同時に、複数の球体がルーシャの周囲に浮かび上がる。拡張肉体か。

 

それが巨大な魔法陣を形成。

 

極太の光線を撃ち出す。

 

空間を蹂躙した光線がドラゴンの巨体を直撃するが、それでもなおドラゴンの防備は厚い。

 

鱗が、光線を弾き散らす。

 

だが、体勢も崩させる。

 

その隙に至近に踊り込んだアンパサンドさんが、相手の目に海底の泥をブチ撒け、頭を蹴って向こう側に向ける。

 

ドラゴンが、次の瞬間。

 

視界など知るかと言わんばかりに。

 

ブレスをぶっ放してきていた。

 

海竜らしく、ブレスは水。それも、文字通り切り裂くような凄まじい代物だ。そして、圧力が高すぎるからか、着弾点が高熱で爆裂する。

 

思わずうめき声が漏れるが。

 

リディーが即応。

 

モフコットの裏地の強化効果もある。

 

全力で展開したシールドが、ドラゴンのブレスを相殺。水が滅茶苦茶に飛び散って、灼熱の空気で瞬時に蒸発。

 

煙幕を切り裂くようにマティアスとフィンブル兄が躍り出ると。

 

それぞれ渾身の一撃を、ドラゴンの長い体に叩き込む。

 

しかし、だ。

 

やはりドラゴンの鱗。

 

激しい火花と共に、一撃が弾き返される。

 

強度だけなら、フィンブル兄の武器はプラティーン並みの筈なのに。

 

それでもやはり、ドラゴンの鱗は格が違うというのか。

 

巨体を振るって、ドラゴンが二人をはじき飛ばす。

 

擦っただけで、吹っ飛ばされる二人に代わり、オイフェさんが前に出て、顔面に拳を叩き込むが。

 

効いている様子が無い。

 

飛び退くオイフェさん。

 

そして、ドラゴンの周囲に。

 

五十を超える魔法陣が出現していた。

 

ブレスだけでは無く、魔術も使えることは予想していたが。

 

その魔法陣全てから、辺りを薙ぎ払うようにして、光線が射出されると。流石に閉口せざるを得ない。

 

必死に回避しながら、バトルミックスを叩き込む機会を狙う。

 

二発目のブレスが、続けてくる。

 

嘘とぼやきたくなる。

 

あれだけの凄まじい制圧魔術を発動しつつ、ブレスまで同時に撃てるのか。しかも防御は鉄壁。

 

やっぱりドラゴンはドラゴン、と言う事か。

 

リディーのシールドが相殺され、ブチ砕かれる。

 

悲鳴を上げて尻餅をつくリディー。

 

その隙に、ドラゴンが突貫してくるが。

 

ドラゴンの頭を、真上から殴り、地面に叩き付けたのは。

 

ドロッセルさんだった。

 

流石だ。

 

そのまま回転しながら、更に追撃。

 

斧での強烈な一撃が、ドラゴンの頭に突き刺さり、火花を散らせる。

 

「鱗を剥がすように意識して!」

 

「分かった!」

 

フィンブル兄が突貫。

 

そのままハルバードを振るって、さっきルーシャの大火力砲撃が直撃した地点を狙う。

 

タイミングを完璧にあわせて、マティアスが躍り出て。

 

鱗をねじりきるようにして、剣を振るう。

 

火花が散るが。

 

まだ鱗を剥がしきれない。

 

そうこうする内に、ドラゴンが遊びは終わりだと言わんばかりに、全身から魔力を放出。接近戦を挑んでいたメンバーを吹っ飛ばす。海竜は苦手な灼熱の環境だろうに、平然と動き回っている。はっきり言って、冗談じゃあない。これが最強に君臨する超越生物か。

 

再び制圧射撃を始めようとするドラゴンだが。

 

その瞬間。

 

閃光のように、一撃が走り。

 

着地したアンパサンドさんが、ナイフを振るっていた。

 

弾き飛ばされた鱗。

 

今だ。

 

スールが前に出る。

 

ルーシャが支援に切り替え。ドラゴンが制圧射撃をスールに集中してくるが、ルーシャのシールドが全力で守ってくれる。

 

至近に飛び込む。

 

ブレスの体勢を整えているドラゴン。

 

だが、全力でタックルを浴びせるマティアス。その後慌てて飛び退く。

 

五月蠅そうにマティアスを見るドラゴンだが。

 

それが命取りだ。

 

全力で、束ねたフラムを放り込む。

 

そして、バトルミックスで、全火力を極限まで増幅した。更に此処は、灼熱の環境である。

 

離れて。

 

リディーが叫び。

 

バトルミックスでの、全力強化フラムの熱波から皆を守るために、シールドを展開する。

 

スールは殆どギリギリで退避。

 

マティアスも。

 

至近距離で、灼熱を通り越して、太陽か何かが出現したかのような暴力的な熱量が荒れ狂う。

 

さあ、どうだ。

 

陽炎が立ち上る中。

 

それでも、ドラゴンは原型を留めている。

 

全身を灼熱に焦がされ。

 

何より鱗を剥がされた地点から、モロに熱を体内に叩き込まれている筈なのに。

 

怒りの声を上げているドラゴンは、正に暴威の魔そのものだった。

 

まずい、撤退するか。

 

いや、これ以上の準備をする時間も余裕も無い。

 

リディーは流石にそろそろ限界だ。全力のシールドを二回も展開したのだ。三回目は、多分ブレスを喰らったらぶち抜かれる。

 

だったら、スールがやるしかない。

 

立ち上がれ。

 

自分を叱咤して、無理矢理意識を維持。震える膝を怒鳴りつけて、体勢を立て直す。

 

アンパサンドさんが、スールの至近に一瞬だけ降り立つと、猛り狂ったドラゴンに真っ正面から突貫。

 

意図を理解。逡巡している暇は無い。

 

ドロッセルさんが投げた大斧が、ドラゴンの頭に突き刺さる。相当に鱗が脆くなっているらしい。

 

制圧射撃の魔術を展開するドラゴンだが。

 

ルーシャが、また全力砲撃を、顔面に叩き込み。

 

それが、一瞬だけ詠唱を阻害する。

 

フィンブル兄とマティアスが、気合いを入れて連携。さっき剥がした鱗の場所に、ハルバードをつっこむフィンブル兄。更に、踵落としをドロッセルさんの大斧に叩き込むマティアス。

 

体を振るって二人を追い払うと。

 

至近に見えるアンパサンドさんに、ブレスをぶち込むドラゴン。

 

抉ったのは残像だが。

 

しかしながら、爆裂はアンパサンドさんを完全回避させなかった。

 

思い切り爆風に吹き飛ばされる小さなからだ。

 

だけれども。

 

その瞬間、ドラゴンに完全な隙が出来た。

 

今度は雷撃。

 

ドナーストーンを束ねて、ドラゴンの至近に放り込む。

 

同時に、リディーが地面に手を突き、残る全ての魔力を注いで、ドラゴンをシールドで包み込む。

 

バトルミックス二回目。

 

フルパワーのドナーストーンを、炸裂させた。

 

閃光が、一瞬だけほとばしり。

 

シールドの上部をぶち抜いて、空へと光が迸る。

 

凄まじい雷光が、文字通り木のように拡がりながら、空を蹂躙し。そして、不思議な絵の具の脆い異空間を、完全に破壊し尽くした。

 

周囲が砂浜に戻る。

 

呼吸を整えながら顔を上げるスール。

 

どうだ、これで駄目なら、もう。

 

ドラゴンが、全身から煙を上げながら、黒焦げになった砂浜に倒れ伏す。

 

まだだ。

 

上空に、多数展開される魔法陣。

 

制圧攻撃をするつもりか。

 

何人か道連れにするつもりなのだろう。

 

リディーは。

 

もう駄目だ、完全に地面に伏している。頭から出血しているのは、魔術を使いすぎたからだ。

 

フィンブル兄とマティアスは。

 

吹っ飛ばされて転がっている。あのブレスの余波を受けたのは、アンパサンドさんだけではなかったのだ。

 

ドロッセルさん。無事だ。走りながら、次の攻撃に出るべく動いている。

 

スールも走りながら、銃を乱射。もはや鱗も彼方此方剥がれている瀕死のドラゴンに、弾丸をありったけ叩き込む。

 

もう動けるのはスールとドロッセルさん、それにルーシャくらいか。

 

いや、まだいる。オイフェさんが動く。

 

突貫すると、真上から、空気の壁をブチ抜きながらストンプをドラゴンの頭に叩き込む。それでも、制圧魔法陣は消えない。

 

ドロッセルさんが投げたらしい斧が、ドラゴンの首に突き刺さった。

 

まだ駄目か。

 

大量の鮮血を砂浜に噴き出しながらも、ドラゴンはまだ生きているのか、魔法陣が消えない。

 

だったら、もうやるしかない。

 

集中。

 

息を吐いて。顔を上げると。

 

ありったけの銃弾を、魔法陣全てに叩き込む。

 

もともと乏しいスールの魔力。

 

拳銃に込めて弾丸を撃ち込むことで、魔力を伴った銃弾を撃ち込み。更に発射するときの火力も長身銃並みに上げる。

 

それは、瀕死のドラゴンが相手だったら。

 

その、最後のあがきの魔法陣が相手なら。

 

魔法陣が、次々砕ける。

 

集中しろ。

 

全てを撃ち抜け。

 

あれが一発でも放たれたら、リディーも、倒れている前衛組も全滅だ。

 

後十。

 

魔法陣に光が点り始める。

 

後五。

 

もう手が動かなくなりつつある。

 

モフコットを服の裏地に貼り付けておかなかったら、多分とっくに継戦能力を失っていた。

 

あと一つ。

 

吐血。あまりにも、普段使わない魔力を、過剰に酷使しすぎたのだ。

 

見える。

 

魔法陣が、光を放とうとしている。

 

「させるかああああっ!」

 

絶叫すると、同時にスールは跳躍。

 

魔法陣を蹴り砕く。

 

同時に、魔法陣の爆発に巻き込まれてもいた。

 

意識が薄れる。これは、足の一本は無くなるかも知れない。でも、他の誰かが死ぬより、ずっとマシだ。

 

エゴの塊だったと、思う。だけれど、今は、こうやって動けた。

 

それを、光の中で、スールは満足しながら思った。

 

 

 

気付くと、キャンプで寝かされていた。

 

飛び起きる。

 

確認するが、手足はきちんとある。かなり体中が痛いが、これは無茶苦茶をしたのだから当然である。

 

それに、だ。スールなんてどうでもいい。

 

幾ら瀕死の相手とは言え、ドラゴンのブレスに対して回避盾をするという正気の沙汰では無い行動に出たアンパサンドさんが一番心配だ。

 

余波を喰らったフィンブル兄とマティアスは多分大丈夫。

 

ドロッセルさんやルーシャは動いているのを見た。オイフェさんも。

 

フィリスさんは、多分ブレスの直撃喰らっても死なない。リディーは倒れていただけ。かなり酷い目に会うだろうが、それでも命に別状はない筈だ。

 

慌てて周囲を見回して、見つける。

 

まだ目を覚ましていないアンパサンドさんに、フィリスさんが何か薬を飲ませていた。黄金に輝く薬だ。何だか分からないけれど、凄く輝いているのが分かった。

 

「スーちゃん、まだ起きちゃ駄目!」

 

頭に包帯を巻いているリディーに、そのまま寝かされる。リディーは散々泣きはらした目をしていた。

 

雷神戦以来の、いやそれ以上の被害だ。無理もない。

 

アンパサンドさんは、と聞くと。

 

リディーは黙り込み。

 

ルーシャが説明してくれる。

 

「フィリスさんが秘薬を分けてくれましたわ。 我々では手が届かない神域の秘薬をね……」

 

ルーシャの声が非常に不愉快そうなのは。

 

最初から手伝って欲しかった、という意味だろう。

 

だけれど、そも先手を敵がとれなかったのは、フィリスさんの援護射撃があったからで。

 

監視役で来ているフィリスさんに、戦力である事を期待する方が間違っている。

 

だから、口惜しいけれど、ルーシャの言葉は感情論だ。感情論では、残念だけれどフィリスさんみたいな半分、いや恐らく完全に人間止めてる相手には届かない。

 

アンパサンドさんは体の彼方此方が焦げていて、凄惨な有様だったけれど。体の内側から光が漏れて、肉が盛り上がるようにして治っていく。

 

ホムの、小さな、筋力も弱い体で。極限まで己を磨き抜いて。

 

そして皆を守るためにドラゴンの気を引き。歴戦の錬金術師ですら怖れるドラゴンのブレスの、直撃を避けて見せた。

 

どこの誰よりも立派な騎士だ。

 

唇を噛む。フィリスさんは、そんな凄い相手だからこそ、秘蔵の薬を使ってくれたのかも知れない。

 

言う事は厳しいし。

 

時々理不尽にさえ思うけれど。

 

アンパサンドさんが敵に臆したことは一度もないし、何よりあんな戦い方、生半可な覚悟で出来はしない。

 

あの冷酷なフィリスさんでさえ。

 

アンパサンドさんには心を動かされた、のかも知れない。

 

「それじゃマティアス王子、アンパサンドさん数日は起きないと思うから、それは騎士団に伝えておいて。 あと、このお薬の代金は気にしなくても良いからね」

 

「……ああ、分かった。 姉貴に伝えておく。 俺様も死ぬほど嬉しいよ」

 

「じゃ、わたしはこれで戻るね。 ドラゴンの素材は、何回かに分けて持ち帰ると良いよ」

 

可愛らしく手を振ると、フィリスさんは不思議の絵から消える。

 

なるほど、それはそうだろう。

 

あのドラゴン、あからさまに異物。

 

そしてフィリスさんは深淵の者関係者。

 

ドラゴンを不思議な絵に持ち込む事なんて、深淵の者にしか出来ないだろうし。そも持ち込んだらどうなるかも知っているのだろうから。

 

包帯を巻いて諸肌を脱いでいるマティアスが、思いっきり渋面していた。此処まで不愉快そうにしているマティアスは初めて見た。しかも相手はどちらかと言えばとても可愛いフィリスさんなのに。深淵に沈んでいる目を除いた見かけだけなら、の話だが。

 

無言でマティアスの側で腕組みしているフィンブル兄。

 

多分こう言うときは、側で無言でいた方が良いと思っているのだろう。

 

スールもその意見に賛成だ。

 

ルーシャとリディーが手当をしてくれて、とりあえず動ける状態にはなる。なお、お薬などの処置は、ドロッセルさんがもの凄く手際よくやってくれた。一通り、応急処置が終わると。

 

キャプテンバッケンが姿を見せる。

 

「済まなかったな。 俺は異物に手を出せる状態じゃなくて。 本当なら、俺がどうにかしなければならなかったのにな」

 

そう、陽気なキャプテンは言う。キャプテンも、とても心苦しそうだった。

 

この人は、この不思議な絵の中核。

 

この人が滅びたら、きっとこの世界は崩壊してしまう。それは、不思議な絵の死を意味する。

 

だからあの異物、ドラゴン相手には戦えなかった。それを責めるつもりは無い。

 

少なくとも、レンプライアに対して自衛できる。

 

それだけで、充分だ。

 

「俺には、彼奴を彼処に縛り付けておくだけで精一杯だった。 本当に苦労を掛けたな、子分CとD」

 

「いいえ、キャプテンに責任は……」

 

「キャプテン、むしろ凄いよ。 よくドラゴンを縛り付けておけたね」

 

「あー、それなんだがな。 あれ、多分ドラゴンとしてはもの凄く弱い奴だ。 だから、世界そのものには抗えなかったんだろうよ。 もっと大きい奴だったら、どうにもできなかっただろうな」

 

そうか、あれで弱かったのか。背筋が凍るような話だが、キャプテンの言葉と状況証拠からしても本当なのだろう。

 

そして、まだまだこの絵の調査そのものは終わらない。

 

これから、まず宝というのを受け取れるのなら受け取る。

 

更に、海底を念入りに調査する。

 

ドラゴンはもうでないとしても。

 

巨獣との戦闘は予想されるし、今後もとても油断できる状況では無い。海中でドラゴンに襲われるという最悪の事態だけは、これで回避できる。それだけだ。

 

「また来ます」

 

「今日はちょっともう限界っぽいから、絵から出てまた怪我を治して来るね、キャプテン」

 

「おう、待ってるからな。 次は宝も準備しておくから、楽しみにしておけよ」

 

カカカカと笑うキャプテン。

 

その間に、ドロッセルさんが手際よく、海岸でドラゴンの鱗や深核を回収して、持ち帰ってきてくれた。ドラゴンのだから、確か深核では無くて竜核か。いずれにしても非常な貴重品である。ルーシャと三分割することになるだろう。

 

後は骨や焦げた肉なども回収出来るだけはした。

 

巨大な眼球も。

 

左側の眼球だけは無事だったらしい。

 

ドラゴンの眼球は、良い素材になると聞いている。

 

錬金術師と命がけの旅をしたドロッセルさんだから、知っていたことだったのだろう。

 

皆で頭を下げてから、一度絵を出る。

 

アンパサンドさんはまだ意識を取り戻していないので、騎士団を呼んで、施療院に連絡して貰う。

 

命に別状は無い筈だし。

 

あのフィリスさんの薬を投与されたのだ。

 

死ぬとは思えないけれど。

 

万が一もある。

 

専門家に確認はして貰った方が良いだろう。

 

マティアスとは、少し話しておく。

 

「一週間後に入って、その時にドラゴンの残りがあったら回収。 宝も譲って貰えるようなら回収。 あと、海中の調査も済ませようと思いますけれど、それで良いですか?」

 

「俺様はそれでかまわないが、レポートはどうする?」

 

「調査が終わってからで良いと思います」

 

「それにしても、破壊神という二つ名は嘘でも何でも無かったんだな」

 

ぼそりとフィンブル兄が呟く。

 

分かっている。

 

だけれども、今更どうこう言うつもりも無い。

 

フィリスさんは昔は優しい純真な人だったと聞いている。

 

錬金術を極めていくと、人はどんどん壊れていくとも聞いている。

 

仕方が無い事なのだろう。

 

理性をとるか、力をとるかと聞かれて。

 

フィリスさんは、世界と戦うために、力をとったのだろう。

 

リディーとスールだって、どんどんおかしくなってきているのだ。フィリスさんを、責められなかった。

 

「それでは、一週間後に」

 

後は、全自動荷車もあるので、その場で解散。

 

エントランスを後にする。

 

ドラゴンほどではないにしても、巨獣が襲ってくる事を想定しなければならない。準備はしっかりする必要がある。

 

それにアンパサンドさんの事も心配だ。

 

今回の戦闘が、今までで一番損害が大きかったかも知れない。

 

ドロッセルさんは、契約が切れる最後の最後で、活躍してもらいたい所だが。

 

さて、何処まで力を貸してくれるか。

 

今回の戦いでも、要所要所では力を貸してくれたけれど。

 

それでもフィリスさんほどでは無いにしても、かなり手を抜いていたように思える。

 

海の絵は。

 

まだまだ、油断などさせてくれる場所ではないのだ。

 

アトリエに戻る。

 

不安要素は幾つもある。

 

大きくなり続けているものもある。

 

だが、それでも。

 

前に進まなければならない。

 

色々と、知りすぎた。

 

これ以上、立ち止まってはいられなかった。

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