暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ 作:dwwyakata@2024
キャプテンバッケンは、腰を下ろすと、大きくため息をついた。
自分が作られた存在であることは、この世界のコアであるバッケンもある程度認識はしている。
違和感があるのだ。
本当に自分は人間や、その成れの果てなのか。
それが不思議でならなかった。
島に現れたドラゴンを見て。
疑惑は確信に変わった。
それはそうだろう。
この島に入り込んだ異物。
レンプライアの比では無い脅威。
そして、島全体が、警告を発している。それが、手に取るように分かったのだから。
七つの海なんてものも実際には存在しない。そんなものは、絵の中で「愉快な海賊」である自分が発するただの記号。
バッケンは。
ただの人を楽しませるアトラクションであり。
そしてこの島を守護するための存在でもある。
海を旅した事なんて無い。
あのボロボロの海賊船だって、本当に部下を乗せて海を移動した事なんて、一度もない。
だって、部下達なんて。
一人だって、名前も顔も思い出せないのだから。
骨になった、というのは原因では無いだろう。
島にいて、何をしていると言う記憶ははっきりあるし。
子分ABや、CDと話した事もしっかり覚えている。
あの子分CD。
恐らくは。
また、レンプライアが湧いているのを見かけたので、即座に処理する。かなりの数が集まって来たが。銃弾は無限。剣は朽ちない。
ちぎっては投げ。ちぎっては投げる。
大きいのが来た。
振り向き様に、数発の弾丸をくれてやるが。
上半身だけのレンプライアは、平然と突貫してくる。今までの中で、一番大きい奴だ。
何か聞こえる。
海なんて、出られるわけが無いだろう。
内海に出るだけで命がけだ。
海の中は巨大な獣だらけ。錬金術の金属で装甲を作った船でさえ、撃沈されるようなバケモノ達。
そんな中、海賊なんて滑稽だ。
自分だって分かっているさ。この絵が子供じみた夢の欠片である事くらい。だけれども、夢くらいだったら見てもいいじゃないか。
レンプライアは悪意の塊だと、子分Bに聞いた。
なら、この世界を作った奴が。
そんな風に考えた。
勿論この絵に愛情も持っていたのだろう。だが、心は色々と動くものだ。そんな染みがあっても不思議ではない。
詠唱も無しに、広域攻撃の魔術を連発してくる巨大なレンプライア。
近づけたものではない。
飛び退いて距離をとろうとしたら、残像を作って、後ろに回り込んでくる。
振り上げられる豪腕。
まずいな。
これは子分共に、宝をくれてやれないかも知れない。
苦笑いした瞬間。
レンプライアの頭が、横殴りに銃撃を浴び。吹き飛ばされていた。
「キャプテンバッケン、腕落ちた?」
「おお、子分Aじゃないか。 ありがとうよ」
二丁拳銃をクルクル廻しながら、腰に収めるは。
巻き毛が印象的な、すらっと背が高いヒト族の女。充分な美貌を持つ、才気ある戦士。
子分CとDの面影が確かにある。
そして動きを見るだけで分かるが、戦闘関連の仕事をしていた者だ。多分騎士だろう。あの勇敢なホムと同じように。
本来だったら、賊と騎士が相容れる筈が無い。
だが、この絵の中でなら。
「この間、お前達によく似たのが来てな。 子分CとDと名付けてやった」
「それって、リディーとスールって名乗ってなかった?」
「ああ、そうだが」
「ふふ、そう。 もうこの絵に入れるくらいに力をつけたのね。 錬金術師としてやっていけるか心配だったけれど、国一番のアトリエを開けそうだわ」
目を細める子分A。
レンプライアの残党はもういない。しばらくは処理しなくても良いだろう。
軽く話す。
子分Aは、同じような世界……不思議な絵画の世界というらしいが。それを移動して、自由に暮らす事が出来るという。
だから、他にも幾つもある不思議な絵画の世界を見てきているそうだ。
悲しい話だが、既に子分Aの命は世界から離れてしまっている。
かりそめの命だけが、不思議な絵の中で、存在を許されている。
いや、バッケンと同じような存在が。
更なる完成度を経て。
同じような、不思議な絵の世界を行き来できるようになった、というのが正しいらしい。
それが証拠に。
ある一時期から、子分Aの体が「変わった」事を、バッケンも悟っていた。
前は生身で入ってきていたのだが。
今はどちらかというと、バッケンのような概念的な存在だ。
同じような存在は他にもいるらしいが。
残念ながら、バッケンには他の絵に行くほどの力は無い。
キャンプで焚き火を囲む。
酒を呷りながら、話を聞く。
ここずっと子分Bの姿を見ていない。どうやら、子分Aの命が体を離れた事で、相当な衝撃を受けたらしく。
殆ど廃人になってしまったそうだ。
とても心配だそうだが。
流石に絵の外には出られないらしく。
子分Aにはどうすることもできないそうだ。
「あの子達の顔も見てあげたいし、抱きしめても上げたいけれど、流石にこればかりはどうにもならないわね」
「この絵にいれば、近いうちに来ると思うが」
「残念だけれど」
「ああ、そうだったな……」
人間ではなくなってから、子分Aには色々制限がついた。
絵を移動出来るようにはなったが。
基本的に、本来の住処である絵に戻って、其処で力を蓄えなければならない。
そして力を蓄えても。
感じるという。
総量としての力が、少しずつ落ちているのが。
器に力を貯めるのだが。
その器が壊れ始めている、と言う事らしい。
「お前さんほどの騎士でも、死ぬときには死ぬんだな」
「後で色々聞かされたのだけれども、どんなに屈強でも、人間であるかぎりどうしようもない病だったらしいわ。 流行病なんかだったら、あの人の作る薬で一発だったでしょうけれどね」
「あいつ、腕が良い錬金術師だったもんなあ」
「腕っ節はからっきしだったけれどもね。 それこそ、人間止めてるような錬金術師でも無い限り、どうにもできない病気だったのに、あんなに悲しんで」
ため息をつく子分A。
そろそろ行くか、と聞くと。
頷いて、子分Aは腰を上げた。
「そうだキャプテン。 あの子達には、あの銃をあげてくれないかしら」
「スールは二丁拳銃で戦っていたし、そもお前さんの形見だろう」
「そろそろ親離れも必要な時期よ。 それにあの銃はね、私用に調整された最強の銃であって、スール用に調整された最強の銃ではないの」
「……そうだな」
とはいっても、バッケンの持っている銃だって、それは同じ筈。
火力は今子分D、つまりスールが使っているもの以上だけれども。それでも、スールは受け入れられるかどうか。
子分Aが消えると。
大きく溜息をバッケンはついていた。
親子、か。
とうとう、最後まで自分とは縁がないものだった。
海賊に対する夢を詰め込んだこの絵の番人として、バッケンはずっと存在し続ける。この絵がある限り。レンプライアに負けない限り。
もしも、この絵に誰かが加筆したら。
或いは子分達が現れたり。
嫁と子供が現れたり。
肉体を取り戻せたりするのだろうか。
いや、それはいい。
バッケンは結局、「愉快な海賊」のままで良いのだ。
騎士アンパサンドが最初にバッケンが海賊だと名乗ったとき、非常に険しい顔をしたのをよく覚えている。
つまり絵の外の賊が、どんな連中かは想像もつくし。
そもそも海で好き勝手に出来るようになったら、どれだけ残虐な行為をしでかすかも、考えなくても分かる。
今のままで。
海賊に夢を持った者が、たまに此処に遊びに来て。
それをもてなすくらいで、バッケンには丁度良いのである。
さて、あの双子。子分CとDに宝をくれてやったら。
後はまた、誰かが遊びに来るのを待つだけだろうか。
たまにはやられ役とかもやってやる必要があるのかも知れない。
カカカと笑うと。
骨だけの姿で、バッケンはまた酒瓶を傾けていた。
幾らでも、宝物庫に湧く酒瓶を。
(続)
自分が作られた理想像の投影である事を自覚すること。
それは作られた世界の住民であっても容易では無いでしょう。
それを乗り切りそれどころか若者にエールを与えた。
愉快な海賊は立派な存在なのです。
海賊なんて実在しない世界にいたとしても。