暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ 作:dwwyakata@2024
ただそれにしても、時代や国によっては首が飛ぶような言動を平気でしているので(原作でもそうですが)、原作をプレイしていてひやひやした人も多いのではないでしょうか。
自分もです。
バカ王子マティアスとアンパサンドさんは、約束の時間に、城門で待ってくれていた。スールとしても、相手が王族である事は分かっている。流石に面と向かってバカ王子とは言いたくはないけれど。
流石に待っている最中に通りがかりの女の人をナンパし始めて。
アンパサンドさんから、稲妻みたいな強烈な蹴りを側頭部に食らって悶絶している様子を見ると。
お目付も大変だなとしか言葉が出てこない。
呆れ果てていると、立ち上がりながらダメ王子は言う。
「なんだ、双子じゃないか。 見てたのか」
「リディーさん、スールさん、ご心配なく。 ミレイユ王女には許可をいただいているのです。 王子が馬鹿な真似をした場合には、相応の処置を執って良いと」
「お前なあ……」
「もしも国の威信を汚すような真似をした場合は、殺しても良いそうなのです」
あまりにもアンパサンドさんがさらりと言うので。
マティアスが真っ青になって硬直する。
勘で分かるが。これはマティアスは、本当だと知っている。
要するにミレイユ王女は、マティアスの事をどーでもいいと思っている。双子の弟だろうが、最悪の場合の自分のスペアくらいにしか考えていない。
そして場合によっては本当に消せと、指示もしているのだろう。
まさかあとリディは笑っていたが。
スールはとてもではないが、笑う気にはなれなかった。
ついでにいうと、多分今の時点でアンパサンドさんの方がずっと強い。これも何となくだけれど分かる。
下手な事をしたら本当に死ぬ。それでマティアスは真っ青になったのだ。
何だか大変だな。
少しだけ、スールはマティアスに同情していた。姉があの血染めの薔薇竜である。比べられるだけでは無い。
場合によっては、何の情も無く殺されるのは確実。
それは怖れるのも当然だろう。
門を出る許可は、アンパサンドさんが取ってくれていた。この辺りは、流石に数字に強いホム。
下準備もぬかりない。
ただし、照会などで、手続きがいる。
逆に言うと、それだけ外は危ないのである。
門を出る手続きの途中、軽く話をされる。
「危ない場所に行く場合は、傭兵を雇うと良いのです。 手が足りなくなる可能性もあるのです」
「前はそうしたこともあったけれど、高くって……」
「もし腕を上げていくつもりなら、すぐにそんな事は言っていられなくなるのです。 強めの獣になると、魔族の騎士を中心とした部隊でも、返り討ちにされる事があるのですよ」
「ひえっ」
リディーが声を上げる。
門を荷車を引きながら出る。荷車を引くのは、スールがすることにした。リディーの判断である。
リディーは力が弱すぎる。
騎士二人は、常に戦える状態になっておいてほしい。
そういう話で。スールも納得したし。騎士二人も納得してくれた。というか、マティアスは何でも納得しそうだったが。
「あの、アンパサンドさん、指揮は任せても良いですか?」
「ダメなのです。 自分は騎士三位、王子は騎士一位。 時には騎士三位が指揮を執る事もあるのですが、上位の騎士に命令をするようでは規律が保てないのです。 アダレットの騎士団は、少なくとも其処まで柔軟な組織ではないのです」
「そういうこった。 かといって俺だって、指揮は向いてない。 リディーだったよな、お前がお姉ちゃんなんだろ。 判断して指揮しろよ」
「スーちゃんもそれでいいよ」
えっとリディーは声を上げたが。
自覚しているほどに馬鹿なスールが指揮なんかしたら、滅茶苦茶になるのは目に見えている。
かといって騎士二人が指揮を執るのはまずいだろう。
アンパサンドさんは、外で自分が王子を指揮しているのを見られたら、というのを懸念している。
仕置きに関しては、王女公認だから良いのだろうとしても。
流石に戦闘指揮まではダメ、という判断なのだろう。
バカ王子が指揮を執る事は論外。ならば、消去法でリディーしかない。
「でも、戦闘の指揮なんてどうすれば良いのか……」
「最初は誰でも素人なのです。 ……どうしても向いていないのなら、お金を払って、戦略級の傭兵を専属で雇うのです。 戦略級の傭兵となると、騎士団でも指揮を受けることを嫌とは言わないのです」
「確かに凄い強い人ばかりだよな。 今も何人かアダレットに来てたっけ」
一応前線に出たことはあるのか。
マティアスがそんな事を言う。
スールはふーんと聞き流しながら。
荷車を引いて、森の中を行く。
確かに安定しない。
二輪は小回りがきくという長所があるけれど。その代わり石を踏んづけただけでがくんと揺れる。確か四輪だと、此処まで激しくは揺れないはずだ。
森の中を通っている街道は、お世辞にも丁寧に整備されているとは言えず。
時々石を踏んで、荷車が激しく揺れるのが分かる。
その度にちょっと痛いので。
次第にスールも口数が減っていった。
ほどなく森の密度が薄くなってくる。
森の外側になると、上手に森に守られた農園などがあるが、あれらは国の直轄で。麦などは専門業者に直接卸していると聞いている。クズみたいな取れ残りだったら分けて貰えるかも知れないが。それも、蔑む目で見られながら、場合によっては無茶も言われるだろう。
そして、あからさまに獣が大きくなってくる。
兎でさえ、角が生えてスールと同じかもっと大きいのが、彷徨いているし。
ぷにぷにがうめき声を上げながら、触手で不定形の体を引きずって、ずるりずるりと這いずっている。
「視界内でも襲ってこないのは、森の中だから、なのです。 ただし近付きすぎると、攻撃してくる可能性はあるのです」
「は、はい」
「すぐ済ませよう」
「分かってる」
リディーが震えているのが分かる。
それはそうだ。
スールだって正直恐い。
この間絵の中の世界に吸い込まれたとき。スールは足が竦んでしまって、恐ろしいバケモノ達を前に、震えあがる事しか出来なかった。
今視界内にいるくらいの獣だったら、全力で攻撃すれば倒せるかも知れないけれど。
それはあくまで可能性の話で。
死んだり怪我をしたりするかも知れない。
「その、周囲を警戒してください。 スーちゃん、採取を始めるよ」
「うん。 虫が出るのはやだよ」
「そんなこと言ってると、時間掛かるよ」
「やだあ……」
手を引かれて。
まずはうにの木を見上げる。
街の中のものよりも、良い養分を得ているのか、とてもみずみずしい。
傷つけるのは御法度。
そう思い出しながら、木に登る。木登りに関しては、シスターグレースにやり方を色々教わった。リディーはどうしても出来るようにならなかったけれど。スールは大丈夫だ。問題は虫がいた場合で。その場合はどうしてもどうにもならない。
小さなはさみを使って。
しっかり成熟したうにの実を一つずつ落としていく。
結構しっかり木についているので。
これだけでも相応な重労働だ。
木を蹴ったりして実を叩き落とせばいい、と考える人もいるかも知れないけれど。
この世界で、森は貴重だ。
だって、此処から見ても分かる。
王都の周囲を守っている森を出ると。
真っ茶色の世界がずっと拡がっている。
草原もすぐに途切れて。
木なんてロクに生えていない。
獣でさえ、木を傷つけるのを嫌がって、戦いを避ける位なのだ。木に酷い事をすることなど、許されない。
手元におっきな芋虫が来たので、ひゃあっと悲鳴を上げてハサミを落としてしまう。
下で、即反応したアンパサンドさんが、ハサミを空中でキャッチ。
更に跳躍して、身軽にスールの側の枝に立つと。
ハサミを渡してくる。
木の枝に降り立ったのに。柔らかく降り立ったからか、殆ど木は揺れなかった。
「危うくリディーさんの頭に刺さるところだったのです」
「ご、ご、ごめ、ごめんなさ……」
「これは食べられる虫なのです。 外ではああだこうだ言っていられないのです。 虫の食べ方、食べられる虫の見分けかたは、今のうちに学んでおくのです」
絶句して。
気絶しそうになる。
この人達は作戦行動中にサバイバルをしているわけで。それは当たり前に、こう言う言葉も出てくるか。
身軽に木を飛び降りるアンパサンドさん。猫のようにふんわりと着地する。
それにしても虫を。
食べる。
恐怖で手が震えて、効率が半分になった。やっと木から下りたときには、震えが止まらなくなっていた。
「スーちゃん、大丈夫?」
「む、むし、むしたべる、たべるのやだ……」
「錯乱してる」
「線が細いのです」
マティアスは呆れた顔で此方を見ていた。
それでちょっと頭に来て、少し精神の均衡を取り戻す。とにかく、今虫を触ったわけではないし。
食べたわけでもないのだ。
まず忘れるべし。
続けて、薬草を採る。何種類かの薬草を集めていくが。その取り方についても、アンパサンドさんがアドバイスしてくれた。
丁寧で、とにかく親切な教え方だ。
アンパサンドさんが、リディーとスールをあんまり良く想っていないことは知っているけれど。
仕事に私情を持ち込んでいない。
それだけでこの人はとても立派だと、スールは思う。
それに対して、虫を怖がってハサミをリディーの頭に落としかけたスールの、なんと情けない事だろうか。
口をつぐんで、薬草を順番に集めていく。
少し小高い丘に出る。
しっと口をつぐむ動作を、アンパサンドさんがした。
もうかなり危ない場所に出ている、と言う事だろう。
近くに泉が見えて。
其処に信じられないくらい大きなぷにぷにがいるのが見えた。
スールはぷにぷにが昔から何となく好きで、色々な種類について図鑑で見るのが楽しみだった。
本は苦手だけれど。
図鑑を見るのは嫌いじゃなかった。文字が殆ど無かったので。
アレは確か、あどみらぷにと呼ばれる上位種だ。ただ、森が近いからか、かなり大人しいようだけれども。
しかしながら、獰猛な猛獣である事は間違いない。
絶対に近付かない方が良いだろう。
マティアスも流石に黙り込んで、剣に手を掛けたまま、そわそわ周囲を見張っている。
リディーもスールを促すと。急いで薬草を集めに掛かる。
爆弾も持ってきていない今。
此処にいるのは、非常に危ない。
そういう事は、リディーも理解しているのだろう。
そうして、イル師匠が言っていた素材を集めるけれども。
どうしても一種類が見つからない。
既にお日様は真上。
これからは、どんどん危険度が上がっていく。夕方にもなれば、この辺りでも、非常に危なくなる。
そんな事は、スールにだって分かる。
急いで探して回るが。
どうしても一種類だけ必要な薬草が見つからない。しかもアンパサンドさんは、周囲を警戒中。
手伝いだって頼めない。
冷や汗が背中を伝うのが分かった。
「リディー、まずいよ。 この草、図鑑だとこう言う場所にある筈だよね」
「スーちゃん、声大きいよ。 二人とも凄く気を張ってるでしょ。 此処、凄く危ないって事だよ」
「分かってる、でも」
「とにかく、慌てないで探そう」
時期がまずいのだろうか。
いや、そんな筈は無い。そんな素材を、イル師匠が探してこいと言うはずが無い。後から聞いたが、あの人はいきなりBランク待遇でアトリエランク制度に参加しているという。ルーシャがFランク待遇だという話だから、桁外れの実力者だ。多分だけれども、腕利きだと噂のルーシャのお父さんでも歯が立たないだろう。
アンパサンドさんが、サインを出しているのが見える。
移動中に幾つか決めたハンドサインの一つだ。
スールの残念な頭では覚えられなかったけれど。
リディーは覚えていたのか、即応する。
すぐに手を引かれて、移動を開始する。森の中に戻ると、どっと冷や汗が顔にまで出てきて。
呼吸も乱れた。
「やだあ! 見つからない! お外恐い!」
「ぴーぴー情けない泣き言いうなよ……」
「五月蠅い残念イケメン! ダメ王子!」
「おま、面と向かって……」
マティアスも流石に呆れたが。確かに今のは言い過ぎだったと思う。涙が出てきたので、ちょっとリディーにハンカチで拭いて貰う。
気は強いのに。
虫もお化けもダメで。
肝心なときにはいつもこうだ。
情けないけれど。
でも、どうにもならない。お母さんが見たら多分嘆くだろうなと、今でも思ってしまう。
「さっきのハンドサイン、スールさん覚えていなかったですね?」
「ごめんなさい」
「泣いていても始まらないのです。 戦闘時は、グダグダ喋っていられないのです。 どんな戦闘単位……傭兵や、匪賊でさえも、ハンドサインや短縮した言葉で、戦闘はスピーディーに回すのです。 ハンドサインを覚えないという事は、死ぬと言うことなのです」
「アン、ちょっと脅かしすぎじゃ……」
マティアスが黙る。
既に日が落ち始めている。
そして、森の中で。
二つの影が蠢いているのが分かった。
人間と同じか、それ以上の大きさのキノコだ。それが体を揺らしながら、ゆっくりと迫ってきている。
あれは、確かファンガス。
前に遠くから見たときには、護衛の騎士さんが、近付くなと言っていた。
森の中で遭遇する獣の中では段違いに強く危険で。
しかも例外的に、森の中でも高い攻撃性を見せるという。
幸いなことに、夕方以降にならないと姿を見せないそうだけれども。
此処は森の辺縁。
騎士団でも駆除していない個体が、姿を見せてもおかしくない。しかも、左右から、此方を挟むように迫ってきている。
あっと、リディーが声を上げる。
ファンガスの向こうに。
探していた薬草が見える。アレはひょっとすると、夕方以降に花を咲かせるようなものだったのか。
イル師匠のいけず。
ぼやきたくなる。
多分、ある程度の危険をくぐって来いと言う意味が宿題にはあったのだろう。
いずれにしても、こんな調子じゃ、もう見つかるか分からない。
排除するしかない。
リディーが、すっとハンドサインを出す。
頷いた騎士が、別方向に飛ぶ。それぞれが、ファンガスを相手に、武器を振るい始める。
見ると、マティアスは動きこそあんまり早くないが、鎧の左手につけている小さな盾を使って上手にファンガスのぶっとい腕を受け止めながら、剣でファンガスの傘に斬り付けている。
そしてアンパサンドさんは、ファンガスの周囲に残像をたくさん造りながら、とにかく時間を稼いでくれている。ファンガスは斬撃の連打を浴びて、あからさまに嫌がって、なおかつ怒っている。ファンガスの注意は完全にアンパサンドさんだけに向いていた。
前は獣とも呼べないような相手だった。
兎を仕留めたときに、アンパサンドさんはそう言っていた。
本当だったのだ。
あの兎を一瞬で仕留めた攻撃が、束になってもファンガスには致命打になっていない。
「リ、リディー、どうしよう」
「落ち着いて。 いい、片っぽから集中してやっつけるの。 アンパサンドさんはまず大丈夫だから、あっち! 二人でマティアスさんがもっている内に叩くよ!」
「わ、分かったよう」
覚悟を決めると一気に走り出す。
マティアスと交戦していたファンガスの横っ腹に、加速して跳躍、ドロップキックを叩き込む。
もの凄い重い手応え。
ヒト族だったら転ばせるくらいはできたと思うけれど、ファンガスはちょっと揺らいだだけだ。
逆に拳が振るわれて、慌てたスールの前に飛び出したリディーが、杖でどうにか受け止めてくれるが、スールもろともまとめて吹っ飛ばされる。パワーが違いすぎる。これが獣の強さ。人間じゃとてもかなわない。
マティアスが、シールドバッシュでファンガスを押し込みに掛かるが。
腕一本でそれを受け止めると。
キノコのバケモノは、全身から手をたくさん生やし。それで一斉に逆にマティアスを押さえ込みに掛かる。
地面に手を突くと、リディーが詠唱開始。
スールは飛び起きると、銃をホルスターから引き抜き、乱射乱射乱射。
多数の弾丸がファンガスに食い込むが。
ぶすり、ぶすりという鈍い音は。
それが決定打になっていない事を、残酷なほどに示していた。
それでも、少しは此方に気を引くことが出来。
一瞬の隙を突いて、マティアスが振りかぶった剣が、ファンガスの傘に大きく食い込んで、体液が派手に噴き出す、
悲鳴を上げるファンガス。
ひいっと声を上げたのはマティアスも同じ。
ファンガスは滅茶苦茶に腕を振り回し始めるが。
その時、リディーの魔術が発動した。
一気に体が素早く動くのが分かる。
筋力強化の魔術である。大した倍率は掛からないが、さっきよりずっとマシ。
無言で跳躍すると。
もう一度、ドロップキックをファンガスに叩き込む。
今度は大きく揺らいだファンガスだが、同時に無数の腕がスールに絡みついて、一気に締め上げに掛かる。骨が軋む音がする。息ができない。まずい。死ぬと感じた。
だがその時。マティアスが渾身で放った突きが、ファンガスの体を貫いていた。
致命傷だ。
ファンガスの腕から、力が抜けていく。
地面に投げ出され、スールは悲鳴を上げたが。骨は折れていない。呼吸を整えながら、アンパサンドさんの方を見る。
アンパサンドさんはひたすら時間稼ぎに徹していたが。
ほどなく、呼吸を整えながら立ち上がったマティアスが加勢。細かい傷だらけになっていたファンガスを圧倒し始める。致命傷はなくても、あんな傷だらけでは、動きも鈍る。
不利を悟ったか、逃げようとするファンガスの背中から。リディーの魔術による支援を受けたマティアスが一閃。
斜めに切り裂かれたファンガスが。
大量の鮮血を噴き出しながら、斜めにずれて、二つに切れて倒れた。
スールは絞め殺され掛けた痛みもあってへたり込んでしまっていて、腰が上がらない。
リディーは這うようにして薬草に辿りつくと。図鑑を見て調べ始め、声を掛けてくる。
「スーちゃん、確認お願い! ランタン出して!」
「やだあ! もう動けない!」
「早くしないとお化けが出るよ! 虫だっていっぱい出るから!」
「やだあ! どうしてそんなこというの! いじわる! もう帰りたい!」
悲鳴混じりに、慌ててリディーの方に行くと。一緒に薬草を確認。
その間に、アンパサンドさんとマティアスは、ファンガスを捌いていた。
体液は毒らしく、近くの川から汲んできた水で、乱暴に洗い流してしまう。剣やナイフも応急手入れしている。
一方で、ぶら下げて血抜きをした後は。
身を剥いで、切り分けていた。
「これ、毒抜きをすると食べられるのですけれど、いります?」
「いらないいらない! 恐い!」
「ちょっとスーちゃん!」
「やっぱり線が細いのです。 獣の解体くらい自分でやってのけるのです」
あからさまにアンパサンドさんが嘆息した。
とにかく、散々な宿題は、やっとこれでどうにか終わった。
すぐに帰る事にする。
もう日が落ち始めていて。
帰りは、自然に駆け足になった。
森の中でこれなのだ。
森を出てしまうとどうなるかは、正直な所もう考えたくも無かった。
アトリエに入った後、素材を確認しながらコンテナに入れる。整理は明日の朝で良いだろう。其処まで、マティアスとアンパサンドさんは手伝ってくれた。
マティアスはそこそこ手傷を受けていたので、リディーが魔術で治療する。まあこれならば、お薬を使うほどでもないだろう。アンパサンドさんは無傷だったが。しかしながら言われる。
「自分は攻撃を受けたら一発でやられるのです」
「ええっ! それなのに、ファンガスとまともにやりあったんですか!?」
「いつもは乱戦の中で敵を攪乱するのが基本なのです」
「ひ……」
それが如何に恐い戦い方なのかは。
側で聞いているスールでも嫌と言うほど分かった。
頷くと。
スールは聞いてみる。
「アンパサンドさん、どんな風に鍛えれば、あんな風に動けるの?」
「スールさんは自分と大して身体能力では変わらないのです。 むしろ強いのです」
「えっ」
「試してみるのです」
コンテナに素材を詰め終えた後。
テーブルで、腕相撲をして見る。間近で向かい合ってみると分かるが、とても小さな体だ。ホムなのだから当たり前だけれども。
腕相撲を始めると。
最初は拮抗したが。やがてじりじりとスールが押していき、自然と押し倒した。
まあそれは、当たり前か。
アンパサンドさんは、自分の身体能力はホムとしては普通だと言っていた。それに、鍛えていると言っても、ホムでは限界がある。
つまり、何かコツがあるのか。
「見ての通りなのです。 単純な力はスールさんの方があるのです。 腕だけでなく足も同じなのです」
「じゃあ、何かコツが……」
「コツなんてないのです。 理論なのです。 簡単に言うと動きを細かくしているのです」
「動きを。 細かく」
ぽかんとするスールの前で。軽くアンパサンドさんが動いて見せる。
ゆっくりやってみせると言ったけれど。
動きが、とにかくぬるりぬるりとしていて。どう動いているのか、よく分からなかった。リディーは、目を回しそうな顔をしていた。確かに見ているだけで酔いそうだ。
「良いですか、力を出すポイントと、そうでないポイントを切り替えているのです。 体の制御を徹底的に仕込むと、こう言う動きが出来るのです」
「いや、アンと同じような動き出来る奴、騎士団でもそういないぞ……」
「それはみんな力に頼っているからなのです。 自分は非力だから、こうやって足りない分を技術で理論的に補っているのです」
マティアスの言葉に、アンパサンドさんが応える。
スールには、少し分かった気がした。
多分だけれど、アンパサンドさんは、さっき言ったような危ない戦い方で、ずっと足りない身体能力を補い、速度で敵を攪乱する事に徹してきたのだ。強い。間違いなく。派手に敵を真っ二つ、というような強さはないけれど。兎に角地味に強い。
でも、評価される強さじゃない。
騎士として出世が遅れたと言っていたけれど。
それはこのわかりにくい強さが原因なのだろう。
「ええと、理論っていうけど、具体的には……どうすればいいの?」
「体の操作を細かくする……といっても、自分の場合はそれこそ幼い頃から徹底的に本職に仕込まれて出来るようになったのです」
「ええ……そんなのどうしようもないよう」
「戦闘ではセンスがものをいうのです。 だから覚える事が出来れば、或いはすぐにでもできるのです。 理屈そのものは、聞きたいというのであれば教えるのです」
なるほど。
そういうものなのか。
確か喧嘩は、どれだけ体が頑丈でも、弱い人は弱いとかお母さんが言っていた気がする。
逆にどれだけ体が弱くても、強い人は強いそうだ。
そういえば、お母さんも。
スールは首を横に振ると。
頬を叩いて。
考えを入れ替えた。
「分かった、今度から外に行く時に教えて!」
「……」
「間違えたっ! 教えてください!」
「分かったのです。 ただ、いきなり全部は無理なのです。 それと、お荷物になるのはすぐにでも卒業するのです」
厳しい言葉だが。
アンパサンドさんの言葉は正論だ。
普段はなかなか正論は飲み込めないスールだが。
自分が犯した醜態の数々を思うと。今後はそんな事、多分言ってはいられないと思う。
「爆弾は、材料が揃ったから、次から作って来る!」
「期待しているのです。 王子、帰るのです」
「わーったよ。 じゃな、まあ元気でな」
マティアスを連れて、アンパサンドさんが帰って行く。
はあと嘆息すると。
スールは自分が如何に弱いのか。今更に思い知らされていた。
リディーでさえ、頭を切り換えると、的確な判断ができていた。
それなのに。
生命線になる筈のハンドサインは覚えられていなかったし。
戦闘でだって、初撃の蹴りでも、弾丸を浴びせても、ホンモノの獣にはまるで歯が立たなかった。
身体能力には自信があったのに。
このままじゃダメだ。
スールは、嫌と言うほどそれを思い知り。
そして、力をつけなければならないと、今更ながらに感じていた。
実戦を経験することは何事でも大事です。
スールは根拠のない自信を粉砕されて、それでやっと少しずつ目が覚めていくことになります。
ただその成長速度ではあまりにも遅すぎるのですが……