暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ 作:dwwyakata@2024
それでも双子を守るため、周りの人間は必死にそれぞれの意地を通そうとします。
序、それぞれの願い
ルーシャにとっては、それはありうる未来の一つに過ぎなかった。だから、それほどの驚きは無かった。
分かっているのだ。
双子があの魔人ソフィー=ノイエンミュラーの掌の上で踊らされていることは。最近は双子もわかり始めているようだけれど。結局どうにもならず、あんなに目を濁らせることになってしまった。
ルーシャがどうしようもないからだ。
力を必死につけているが、相手が悪すぎる。
ソフィーは深淵の者全てを相手にしても圧勝するほどの実力者だという話は以前から聞いていた。
だが、フィリスやイルメリアですら。ルーシャではとても勝ち目がない相手だ。どれだけの時間、天賦の才の持ち主が鍛え続けたら、彼処まで行けるのか。はっきりいって、想像もできない。
まだ双子は二人のすごさが本当には理解出来ていないようだが。
ルーシャには、フィリスもイルメリアも、邪神など指一本で倒す魔人にしか見えない。そういうものだ。
だから、他にも動く者がいる。
そう、今、アトリエに入ってきたその人とかだ。
「おじさま」
「ルーシャ。 兄貴を連れて来てくれるか」
「分かりましたわ……」
覚悟を決めて来た、ということだろう。
そう、今いるのは、叔父様。ロジェ=マーレン。既にヴォルテールの家を離れた者。
公認錬金術師の資格を持つ、昔は天才の名を恣にしていた錬金術師。
だけれども。
愛するおばさまを救う事が出来なかったことで、心が折れてしまった。
ルーシャもおじさまには随分よくして貰ったから。
とてもその出来事は悲しかった。
「ロジェ……どうしたんだ」
「兄貴。 アトリエを借りたい」
「どういうことだ」
「双子を魔人の手から解放する」
まあそうだろう。
誰もがそう考えるはずだ。
ルーシャだって同じ事を考えた。そして失敗した。とてもではないが、勝てる相手ではなかった。
あの魔人は、ルーシャの全力の砲撃を、シールドも張らずに受けた。ソフィー=ノイエンミュラーには、ルーシャの全力攻撃でも、しかも相手は無防備でも、かすり傷一つつけられなかったのだ。
アレはもはや、摂理から逸脱している存在だ。
そして、あの魔人ソフィー=ノイエンミュラーが。おじさまの行動を見過ごす筈も無い。恐らく何かしらの取引をしたのだろう。
ルーシャは、おじさまを見据える。
「勝算は、ありますの」
「全盛期の腕前くらいは取り戻したはずだ」
「……分かりましたわ。 ならば、わたくしたちをコテンパンにしてアトリエを乗っ取ったと言うことで、話を合わせましょう」
「助かる」
おじさまに頭を下げられるが。
これが、多分最後の希望だ。
恐らく勝負の内容は、B級昇格試験。そしておじさまがそれに勝てば。多分ソフィー=ノイエンミュラーは、双子に興味を失う。
それで、双子を呪われた運命から救う事が出来る。
或いはそれで、双子はやる気を無くしてしまうかも知れないが。
それでも死ぬよりはマシ。
今後、ソフィー=ノイエンミュラーの思惑通りに事が進んだら。双子は恐らく、確実に殺される。そうでなくても、恐らく近々、奴と同じような魔人になり果ててしまうはずである。
そんな事だけは。
ルーシャが絶対にさせない。
馬鹿にされていたって良かった。
笑われていたって良かった。
双子が錬金術師として半人前以下であることを自覚していなくても、それでも全然かまわなかった。
深淵の者に関われば、修羅という言葉も生やさしい、悪夢の世界に叩き込まれることくらい、分かっていたからだ。
これが最後の好機である。
お父様は多少不安そうにしていたが。
もしも問題があるのなら、とっくに殺されている。
それを告げると。黙り込み。そして、好きにするようにと、おじさまに言うのだった。
さて、ルーシャは演技をこれからしなければならない。
馬鹿馬鹿しい演技だが。
それでも、双子を救うためだ。
道化になるのは慣れている。双子が気付かなければ、それが一番良かったのだけれども。
アトリエを出て、ふと気付く。周囲が不自然すぎるほどに真っ暗。
そして、歩み寄ってくるのは。満面の笑みの、フィリス=ミストルート。恐怖が一瞬でルーシャの全身を鷲づかみにした。身動きはまったく取れない。
腰砕けに、へたり込んでしまう。
筋肉がまったく言う事を聞かない。ドラゴンとも戦った後だというのに。つまり相手はドラゴンなんて、問題にもならないバケモノだと言う事である。それを本能が理解してしまっている。故に身動き一つさせてくれない。相手の敵意を買わないように、である。
時間を飛ばしたように、いつの間にか至近にいたフィリスが、ルーシャと視線を合わせていた。
「ひょっとして、これが最後の好機だとか思ってる?」
頬をなで上げられる。恐怖の悲鳴が漏れかける。必死に飲み込むが、フィリスはにこにこと笑みを浮かべているばかりだった。
フィリスはソフィーよりは優しいと思っていたが。しかし、最近は少し認識を改めている。
暴力衝動と破壊衝動に関しては、多分フィリスがソフィーを上回る。
ソフィーは淡々と冷酷極まりないが。フィリスの方は暴力衝動を制御する気が無いように見えるのだ。
破壊の権化として。
自らを設定しているように見える程だ。
「どちらにしても、もう双子がソフィー先生の掌の上から逃げられる事はないよ。 仮に今回の試験でロジェさんが勝ったとしても、それはただ一時のことだけ。 全てが終わった後、また同じ事が繰り返される」
「……え」
「ルーシャちゃんもそろそろ使えそうだから、スカウトしようと思ってね」
勿論逆らうつもりはないよね、とフィリスは念押しをする。
唇を噛んで、必死に抵抗しようとするが、無理矢理引っ張り起こされた。
そのまま、手を掴まれ、引きずっていかれる。
闇の中、無理矢理歩かされるのは。
恐怖以外のなにものでもなかった。
呼吸を整えて、必死に、やっと声を絞り出す。
「何をさせるつもりですの……っ!?」
「そのか細い腕と少ない知識で、何かできるとは、自分でも思っていないんでしょう?」
「っ!」
やはり思考を全て読まれている。
恐らくは、何かしらの錬金術装備で、即座に目の前の相手が考えている事を理解出来てしまうのか。
それとも、もはや何かもっと別次元の事をしているのか。
「だったら此方においで。 人手不足でね、少しでも人が欲しいと思っているところだから」
「まさか、深淵の者に……」
「そういうこと」
「い、嫌ですわっ!」
絶叫して、手を振り払おうとするが、出来ない。
どういうわけか、言葉と裏腹に、足は動き続けるし。
体は逆らおうともしない。
死力を振り絞ってソフィー=ノイエンミュラーに立ち向かった時とは違う。あの時は相手に「戦う気」さえなかった。
今度は、フィリスが積極的に悪意を向けてきている。
イルメリアが言うには。フィリスとイルメリアをあわせても、ソフィーに及ばないという事だが。
それはあくまで次元が幾つも違う世界にいる存在だから、という事であって。
フィリスが弱い訳では無い、と言う事だ。
「双子をもてあそんで来た貴方たち! 双子の目をあんなに曇らせて濁らせてしまった貴方たちに手を貸すくらいなら、舌を噛みますわ!」
「舌を噛んだくらいじゃ死ねないよ。 試したことあるの?」
「ひ……」
「わたしもね、億年単位の記憶の中で、何度も壊れそうになった。 何度か死のうと試みた事もある。 でもね、もうちょっとやそっと、衝動的に体を傷つけたくらいじゃ死ねないんだよ。 興味を持って、どうやったら人間は死ぬのか、匪賊を使って色々実験してみたんだ」
フィリスは別に声に愉悦を浮かべている訳でも無いし。
何よりただ淡々と諭すように言っている。
ルーシャをこれから自分の側に引きずり込もうとはしているが。
ルーシャを痛めつけて遊んでいるわけではないのだ。
それだけでこのプレッシャー。
だめだ、何をやっても勝てる相手じゃない。
「はい到着」
円卓の椅子に座らされる。
自分の意思とは全く裏腹に。
駄目だ、体のコントロールまで握られている。
周囲には。
ルーシャでは及びもつかない、想像もできない恐ろしい魔人達が幾人も座っていた。
見覚えのある顔も少なくない。
だけれど、普段とは、まるで違う顔と気配だった。
「みなさん、紹介するね。 今度から深淵の者に入るルーシャ=ヴォルテールちゃん」
「ほう。 所詮はお抱え錬金術師のボンボンと聞いていたが、貴殿ほどの賢者が目をつけるほどになったのか」
そう口にしたのは。
赤い体をした魔族である。
魔族はヒト族より遙かに魔術に優れているが。それでも、考えられないほどの魔力が全身から立ち上っている。
「イフリータさんは、この子みたいなボンボン嫌いだったっけ」
「昔はな。 イルメリア殿をみて考えが変わった。 ボンボンで温室育ちでも、その後の環境次第で人間は成長すると知る事が出来たからな」
「ふふ、それは良かった。 仲良くやって行けそう」
「それはそうと、本人が望んでいないようにも見えるがね、破壊神」
意外にも若い声。
フードを被ったヒト族の魔術師。
シャドウロードか。
最近何度か王都で姿を見かけたが。普段とは此方もまるで気配が違う。それこそ、幾億の地獄を見てきたかのような目だ。
魔力も凄まじく、イフリータと呼ばれた魔族にまるで引けをとっていない。
「大丈夫だよシャドウロード。 わたしが見る所、ルーシャちゃんははいって言うから」
「ほう? 何故か破壊神」
「まず第一に、わたしの面子を潰したら、此処でそのままミンチになるから」
分かる。
フィリスはそれを何のためらいも無く実行するはずだ。
つるはし一本で山をも崩す。
矢一本でネームドを文字通り蹂躙する。
そういうバケモノである事は知っている。
勿論、その力がルーシャみたいな非力な錬金術師に向けられたら、どういう結果に終わるかも。
ルーシャは分かってしまっている。
「第二に、双子を守るためには、他に選択肢もないから」
「ほう。 どんどんそなたは邪悪になって来ているな」
「貴方ほどの魔術師に言われると光栄です」
「ふん、褒めておらぬわ。 公認錬金術師試験を受けたときには、あれほど未来に目を輝かせていたのにな」
シャドウロードが吐き捨てる。
若々しい姿が、恐らくはアンチエイジングの結果なのだと、ルーシャも理解出来た。
獣人族のレア種族であるケンタウルス族。
その巨体が、ルーシャを見下ろしてくる。
「それで破壊神。 この娘を深淵の者に連れてきて大丈夫なのか」
「しばらくはわたしが監視するから大丈夫ですよティオグレンさん」
「……そうか。 まあ良いだろう」
「それでは、顔見せはこれくらいで」
フィリスがパチンと指を鳴らすと。
既に、アトリエの前に戻っていた。
ひょっとして、一歩も動いておらず。
時間も経過していなかったのか。
ただ、あの恐怖が事実だった証拠に。
ルーシャは、粗相をしていた。
涙が溢れてくる。
自分の弱さに。
それ以上に情けなさに。
フィリスは、それについては一切触れずに、肩に手を置いた。それだけで、恐怖に発狂しそうだった。
「それじゃ、以降はよろしくね。 何かあった場合は、わたしから声を掛けるから、その通りに動くように。 逆らったら、双子がどうなるかは分かっているね?」
「ふ、双子は貴方たちにとっても……」
「残念だけれどねルーシャちゃん。 貴方の事を、わたし達は今まで過小評価してきたんだよ。 そしてルーシャちゃんが思った以上に出来ると判断した今、既に今までとは接し方を変えているの」
何の、事だ。
まて、つまり。ルーシャは、深淵の者の、もっとも凶暴なる破壊の権化に、目をつけられたと言う事か。
終わりだ。
全てが閉ざされた。
心が死ぬのを感じる。
「残念だけれど、目をつけたのはわたしじゃなくて、データを精査していたソフィー先生だけれどね。 まあわたしも、今の時点ではソフィー先生の判断が正しいと思うから、その方針に従うだけ。 ソフィー先生は、時間を局所的に巻き戻す事くらいなら、それこそ片手間に出来る。 それはつまり、ルーシャちゃんの前で双子を……」
「も、もう止めてくださいましっ!」
頭を抱えて、へたり込む。
震えが止まらない。
此方の弱みを完全に握っている相手には、どうすることも出来ない。
さっきまでの、全身を掴んでいる恐怖とは別種の。
そう、強く悲しい絶望と哀しみが、ルーシャを包んでいた。
粗相をした事なんてもうどうでもいい。
目の前で、幾らでも双子を惨殺してみせる。
そう言われたら、もはやルーシャには、抵抗する手段がない。そして相手はそれを出来るのだ。
ルーシャにとっては、もう、他に方法など無かった。
「逆らいませんわ、だから……」
「よろしい。 それじゃあ、「当初の予定通りに」、双子にヴォルテール家のアトリエが乗っ取られたと伝えるんだね。 此方は此方で対応するから」
「はい……」
「ふふ、それじゃね」
フィリスが消える。
周囲の人々が動き出す。
一度戻って着替え直すと。ルーシャは目を何度か乱暴に擦る。
思えば、オイフェも色々おかしかったのだ。
今も無言で手伝ってくれるけれど。
この子、何時からヴォルテール家にいた。
記憶を改ざんされているとしか思えない。一応幼い頃から世話をしてくれた記憶はあるのだけれど。
その割りには、素性がまったく分からないのだ。
元違法奴隷だとか。
或いはヴォルテール家に仕える家の出身者だとか。
そういう話があるのならまだ分かるが。
オイフェについては、まったくという程分からない。記憶が埋め込まれているし、それは完璧なのだけれど。
その他の経歴については、むしろルーシャが気付くのを期待しているかのように、空白なのである。
着替え終えると、外にさっさと出る。
道化を演じるのは得意だ。
それで双子に生きる気力を湧かせたくらいには。
心の傷に耐えるのだって得意だ。
双子が改心し立ち直ったときには驚いたし。むしろそれで、涙が流れるくらいには嬉しかったけれども。
それまでは、ずっと心の底から双子に軽蔑され続けていた。
双子を育てるための当て馬になる覚悟だってしていた。
勿論いつも心はズタズタに傷ついていたが。
それくらいは、最愛の母親を。おばさまを失った双子にとってみれば、どうということもないと自分に言い聞かせ。
耐え抜いてきていた。
だから、立ち直る速度には自信だってある。
今だって、心を切り替えるべきだ。
自分にそう言い聞かせる。
深淵の者に勧誘されたのだ。双子に、今後戦略的な立場から関与できる。双子の事を誰よりも知っているのはルーシャだ。だから、ルーシャからあまりにも無理なことに対しては、無理だと提案も出来る。
結果として、それは双子を守る事にもつながる。
きっと、ロジェおじさまは、ルーシャと同じように、当て馬にされる。
深淵の者が行動を見逃しているのはそれが故だ。
だけれども、ルーシャは双子を守るために、深淵の者にか弱いながらも関与は出来る筈だ。
雑草かも知れない。
だが、雑草には雑草なりの矜恃があるのだ。
既に双子のアトリエの前に立ったときには、いつものお間抜けなルーシャに戻っていた。もう、こっちの方が本当の自分になりつつある。
何時だろう、自分の人生を捨ててまで、妹分達を守ろうと思ったのは。
おばさまに頼まれたときだっただろうか。
結局、ルーシャもずっと人生を縛られ続けている。
そして今後も、それは変わらない。
ため息をつくと。
アトリエの戸をノックする。
リディーが顔を見せた。ルーシャは、不自然さを悟られないように。用件を告げるのだった。