暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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父との意外な対戦。

双子は勿論、それを受けて立ちます。

裏で何が動いているか、概ね見当がついているが故に。

深淵に近付けば近付くほど。

その精神は人から離れていくのです。


1、意外なる挑戦

ヴォルテール家が乗っ取られた。

 

それもお父さんに。

 

スールはその話を聞いて、思わず唖然とさせられる。

 

ルーシャがいうには、お父さんがいきなりヴォルテール家に乗り込んで来て。そしてルーシャとルーシャのお父さんに錬金術の勝負を挑み。

 

圧勝したあげく。

 

アトリエの占有権を主張したのだとか。

 

そんな滅茶苦茶な。

 

思わず、スールも声を上げたが。

 

リディーは何かに勘付いたのか、ルーシャに席を勧めて、茶を出していた。あの様子、不自然な事にでも気付いたのか。

 

多分そうだろう。

 

そういえば妙だと、スールも感じる。

 

こっちは純然たる勘だ。

 

ルーシャがものすごく怖い目にあっただろう事を、なんでか分かるのだ。それは、多分お父さんがやったことじゃない。

 

誰が、ルーシャを脅したのか。

 

「ありがとうございます。 温まりますわ」

 

「まだルーシャのお茶には及ばないよ。 やっぱり良い茶葉使ってるの?」

 

「秘伝のレシピに沿っているだけですわよ」

 

「そう……」

 

多分、来るな。

 

そうスールが思って、時間はさほど掛からなかった。

 

ドアを開けて、お父さんが入ってくる。

 

無精髭はある程度剃っていて。

 

目の隈も落ちていた。

 

ある程度の身繕いはしてからこの家に来たらしい。妙な話である。

 

「二人ともいるな」

 

「お父さん……」

 

「もう戻ってきてよ! リディーもスーちゃんも気にしていないし、一時期は本当に勝手な事ばっかり言って悪かったと思ってる! だから!」

 

「そういうわけにはいかない。 お前達にこれ以上錬金術師をやらせるわけにはいかない」

 

何を、言い出すのか。

 

錬金術は、この理不尽な世界と戦うための武器だ。

 

みんなのため。

 

リディーと考えは違っているけれど。

 

それでも、みんなのためになろうと思って動くのならば、錬金術を失う訳にはいかない。

 

深淵の者と関わって、とても怖い思いは幾つもしたけれど。

 

だけれども、錬金術がなければ、今でもリディーとスールはどうしようもないはな垂れのひよっこで。

 

やっと一人前になったかと思える今の状態ですら。

 

天を仰ぐような駄目錬金術師のままだっただろう。

 

精神だってそうだ。

 

ルーシャをずっとバカにし続け。

 

マティアスをずっとバカにし続けていただろう事は間違いない。

 

今ではもう完全に反省している。

 

バカなのは自分達の方だったと、理解出来ているからだ。

 

お父さんにしてもそれは同じ。

 

「Bランクの試験について、既に王宮と交渉してきた。 俺と同じものを、俺より早く、高品質で作ってこい。 それができなければ、Bランクの試験は二度と受けられないように、という話もしてきた」

 

「えっ……」

 

「そんな、無茶苦茶だよ!」

 

リディーでさえ、抗議の声を上げる。

 

いや、待て。

 

やはりおかしい。

 

お父さんに其処までの権力があるとは思えないし。

 

そもそもリディーとスールは、少し前にレポートを提出し。それが高い評価を得たと聞いている。

 

そんな事で、大事な人材を、あのミレイユ王女が手放すとも思えない。

 

ましてや、今リディーとスールよりも上のランクをとっている錬金術師。ルーシャとパイモンさんを除くと、皆筋金入りのくせ者だらけだ。

 

給金を払えば、仕事をする。

 

そんな単純な理屈で動くリディーとスールを、ミレイユ王女が手放すとは思えない。

 

何処かおかしい。

 

勘が告げてきているが。

 

お父さんの本気になった表情は。

 

前に地下室に入ったとき以来だ。

 

あの時は、恐らく不思議な絵画と思われるものに吸い込まれて、本当に怖い目にあった。今になって思うと、あの時お父さんは、リディーとスールがどんな目にあったのかを正確に理解して。

 

本気で怒ったのだろう。

 

今も怒っている。

 

何に対してだろうか。

 

少なくとも、スールに対して怒気が向けられているとは思わない。

 

「期限は一月後。 そして作るべきものはこれだ」

 

「おじさま、これは!」

 

「……では俺は「自分の」アトリエに戻る」

 

ルーシャはため息をつく。

 

そういえば、少し遅れて、オイフェさんが来る。ルーシャの生活用品を、鞄に詰めていた。

 

現実逃避をしたいから、だろうか。

 

スールは、しばらく呆然とした後。

 

どうでもいい事を聞いていた。

 

「あれ、ルーシャ、ここに住むつもり?」

 

「おじさまが、わたくしに出ていくように言ったのですわ。 まあ、兄弟水入らずの時を久々に過ごしたいと思ったのでしょうけれども。 勿論貴方たちに塩も送ったのでしょうね、多分」

 

「……そうだったね」

 

そう。

 

ルーシャと、リディーとスールは従姉妹だ。

 

お父さんのお兄さんがルーシャのお父さん。

 

従姉妹というよりも、姉のような気もするけれど。

 

そう思えるようになってきたのは、最近の事。

 

今まで自分達がして来た仕打ちを考えると、あまり口にはしたくない事だったから。積極的にその話をするのは避けている。

 

「とりあえず、部屋はどうしようか。 ベッドは……ごめん、お父さんの使ってくれる?」

 

「かまいませんわ。 少し大きめのベッドですし、オイフェと一緒に寝ますわ」

 

「ルーシャ、お嬢暮らしでしょ。 この狭い家で耐えられる? 悪いし、わたし達で宿借りようか?」

 

「野営もしているのに何を今更。 平気ですわよ」

 

それもそうか。

 

ルーシャは見た目よりずっと逞しい。

 

戦闘でも、判断が速いし。

 

動きだって悪くない。

 

むしろリディーとスールのミスを、積極的にカバーしてくれたり。相手の大技を最初に受けてくれたり。

 

それで随分と戦いやすくもなる。

 

お嬢とは言え。

 

本当の箱入りという訳でも無いのだ。

 

てきぱきとオイフェさんが荷物を展開して、一部をルーシャの空間にする。

 

多分コレが何かの嘘だと言う事は、リディーも悟っているのだ。

 

スールにはそれが何となく分かる。

 

だから、スールは黙っている事にした。

 

藪をつついて蛇を出しても仕方が無い。

 

どうせ深淵の者がらみだ。

 

お父さんが無茶苦茶を言って、王宮がそれを受け入れたと言う事は。十中八九そういう事である。

 

ミレイユ王女も、流石にあのソフィーさんには逆らえないだろう。

 

あの人に逆らったら。

 

多分アダレットが、一刻も掛からず更地にされるはずだ。

 

さて、レシピを見る。

 

うっと呻く。

 

これは、かなり難しいものだ。

 

まず作るのは薬だが。多分ドラゴン戦で、フィリスさんがアンパサンドさんに対して使ったものよりは劣るにしても。いずれにしても、市販品では及びもつかない神域の薬と見て良いだろう。

 

素材にしても、最上位クラスの薬草を用いる事になる。

 

こんなもの、不思議な絵画の中でも。

 

いや、待て。

 

確か、あった気がする。

 

コンテナをあさると、見つかる。ただし、ほんの少しだけだ。

 

そう、最初に地下室にあったあの絵に入った時。

 

見つけた薬草の一つ。

 

こんなに凄いものだったのか。

 

コンテナの中でみずみずしさを保ち続けていた薬草は。

 

しかしながら、失敗したら後がない分量しか存在しなかった。

 

かといって、今はいる事が出来る不思議な絵画でも。

 

この薬草と同じものは確認できていない。

 

稀少な薬草がたくさんあるネージュの要塞にも、多分これは存在していないはず。

 

それにしても、お父さんがこれを選んだというのは、色々作為的だ。

 

お父さんはお母さんを錬金術で助けられなかった。

 

コレを作るくらいの実力はあったはず。

 

それでも助けられなかった病って、一体何だったのか。

 

ルーシャは、オイフェさんと一緒に、生活用具を並べ始めているので、話しかけるわけにも行かない。

 

いずれにしても、一月という期限。

 

しかもお父さんよりその中で早く完成させろと言う無茶ぶり。

 

これは、一秒も無駄にする事は出来ないだろう。

 

今回は、幸い材料は全て揃っている。

 

その代わり、技量が足りない。

 

幾つかのお薬を作った上で、最終的に挑戦する、と言う形にしなければ。きっと上手くはいかない。

 

お薬も、もっと高度なものを作らなければならないと、そもそも思っていたのだ。

 

軽くリディーと話す。

 

「レシピを見る限り、これもの凄く難しいよ。 お父さんだって、ギリギリになるんじゃないのかな」

 

「それに、話が本当だったとして、ルーシャのアトリエって今Bランクでしょ。 それをお父さんは伸したわけ?」

 

つまりお父さんにはBランク試験合格を出来る実力と、それに裏付けられた自信があるという事でもあるのだろう。流石に深淵の者の圧力が掛かったとはいえ、そうでもなければミレイユ王女がはいとは言わないはずだ。

 

公認錬金術師だという話は聞いていたが。

 

腕の錆を落とすと此処までなのか。

 

確かに全盛期のお父さんは凄い動きをしていた記憶はあるけれども。

 

ともかくだ。

 

薬草を何種類かコンテナから取りだす。

 

今までは難しくて作れなかった、高度なお薬から試して行く。

 

傷薬とか、化膿止めとか、疫病の特効薬とか。

 

そんなものは、もう片手間に作れる。

 

今はもう、千切れた腕がつながるくらいの薬だったら作れるようにはなっているのだ。綺麗に斬られた場合だけだが。

 

流石に手指を再生するような薬は作れないが。

 

お父さんが試験の課題に出してきたのはそういう薬である。

 

逆に言うと。

 

これを作っただろうお父さんでも。

 

お母さんは助けられなかったと言うこと。

 

一体、お母さんは。

 

どんな病気にかかった。

 

流行病では無かった、という話は聞いている。後で聞いたが、人間である以上どうしようもない病だったという話でもある。

 

だがそれは一体何なのだろう。

 

手分けして動く。

 

まず、リディーが、ルーシャのアドバイスを受けながら、新しい薬を作る。

 

その間にスールが、まずはコルネリア商会を見に行き。

 

続けてラブリーフィリスを。

 

そして更には見聞院。

 

最後に、フィンブル兄に声を掛けて、ネージュの要塞を見に行く。彼処には珍しい薬草がたくさんある。ひょっとしたら、探せば予備になるような薬があるかも知れない。一応戦闘の実績は積み上げてきてはいるが。それでも万が一の時のために、護衛は欲しい。騎士団にいるマティアスさんとアンパサンドさんに来て貰うのは気が引ける。騎士団がどれだけ忙しいかは、見ていてよく分かっているからだ。

 

すぐに外に。

 

コルネリアさんは、セールだとかで、店の前に行列ができていた。数人の使用人らしい人が働いていて、行列をてきぱき捌いている。

 

買い取りも当然やっているようで。

 

傭兵が持ち込んだものを、その場で鑑定などもしているようだった。

 

もっとも、盗品が持ち込まれるのはこう言う場所でもある。

 

最近は、騎士団員らしい人が護衛に目を光らせていて。

 

ゴロツキの類は怖くて近づけないようだったが。

 

列が捌けたところで、在庫を見せてもらう。

 

コルネリアさんは、惜しげ無く素材を見せてくれたが。

 

そもそも、高級品を扱うアルファ商会と、庶民でも買える品を扱うコルネリア商会。アルファ商会の傘下とは言え、そういう意味で棲み分けはしているのだ。逆に言うと、極端な高級品は無い。

 

フィンブル兄から見ても、珍しいものは無さそうだ。

 

ただ、プラティーンのインゴットは回収しておく。

 

これでフィンブル兄の武器を新調したいと思っているから、である。

 

勿論この場でその話はしない。

 

「ところで、この辺りでこういう服を着ているホムの集落を見た事はないのです?」

 

「こう言う服?」

 

不意に、コルネリアさんが話を振ってくる。

 

ある程度の力量の錬金術師や傭兵に話をしているらしいのだけれど。

 

どうもコルネリアさんはお父さんを探しているらしく。相手の力量によって、情報を買えているらしいのだ。

 

コルネリアさんは、普段は一目でホムの商人と分かる姿をしているのだけれど。

 

そもそも、この人はソフィーさんと一緒に戦ったこともある超武闘派で。

 

戦闘衣は此方になるのだとか。

 

見せてもらうと、まるで見た事がない様式だ。

 

小首をかしげてしまう。

 

「お、珍しい服だね」

 

声を掛けてきたのはドロッセルさん。

 

彼女はインスピレーションでも受けたのか、せっせとメモを取り始める。

 

ドロッセルさんの実力も知っているからだろうか。

 

コルネリアさんは、頷くと話を続けた。

 

「自分は昔から、お父さんを探して旅をしているのです。 前はラスティンにいましたが、今はこうしてアダレットに来ているのです。 どうやら、アダレットの一部に、これに似た服を着た者達が住まう集落が存在していて、そこに独特の文化を持つホムがいると聞いているのです」

 

「……何だか事情が複雑そうだね」

 

「もしもお父さんを見つけてくれたのなら、相応の礼はさせていただくのです。 お願いしますのです」

 

ぺこりと頭を下げられる。

 

コルネリアさんといえば、アダレットでも相当に稼いでいる著名人である。

 

この人がこんな風に低姿勢に出ると言うのは、相当なことだ。

 

勿論いつも世話になっているスールに異存は無い。

 

フィンブル兄も、ドロッセルさんも同じなようだった。

 

続けて、ラブリーフィリスを見に行くが。

 

生憎薬草は在庫切れ。

 

お魚や毛皮は幾らか入っていたが。どちらも今はあまり必要だとは感じない。ただ、本に使えそうなのが幾つかあったので、購入していく。本はもう高い買い物ではなかった。

 

「最近は、リディーちゃんとスールちゃんが本をどんどん買って行ってくれるわね。 これでフィリスちゃんに可愛い服を買ってあげられるわ」

 

「フィリスさんに、買ってあげるんですか?」

 

「ええ。 フィリスちゃん、ああ見えてセンスがないから、放っておくと変な服ばっかり買ってくるし作るのよ。 だから私が買ってあげているの」

 

あの恐ろしい破壊神が。

 

まあ、多分この人はフィリスさんにとっては大事なお姉さんなのだし。本人も嫌がっている様子は無い。

 

それで良いのだろう。

 

多分。

 

そのまま、城の地下エントランスから、ネージュの要塞に。勿論ネージュに咎められることも無いし。

 

要塞の入り口も固く閉ざされている。

 

そういえば、後で調べたが。

 

ネージュに関する当時の記録は、殆どが酷く改ざんされていて。

 

ネージュに対する人格攻撃が、殆どの文書で展開されていた。胸くそが悪くなるほどに。

 

最近史書の見直しが行われ。

 

ミレイユ王女が、ネージュに対する評価を改めさせたが。

 

これは、例のネージュとの取引の結果である。

 

ネージュはそれで満足し、納得はしてくれたけれども。

 

しかしながら、問題は人間の方で。

 

やはり歴史学者の中には、ネージュは魔女だという主張を変えずに、史書に書かれているのだからそれが正しいと強弁するものがいたらしい。

 

これらの話はマティアスから聞いたのだけれど。

 

ネージュには聞かせられない話だ。

 

何というか、あまりにも情けない。

 

悲しい。

 

本人に会ってきた者が言っているのに。

 

何が史書か。

 

黙々と、薬草を採取。フィンブル兄には周囲を見張って貰うけれど。その間に、片手間に話をする。

 

「さっきのコルネリアの話、どう思った?」

 

「何だかきな臭いね」

 

「……ああ、そうだな」

 

「ホムの中に、ものの複製が出来るレアな人がいるのは知ってる。 コルネリアさんもその一人らしくて、話によるとコルネリアさんのお父さんもその一人だったらしいんだけれど……なんかおかしいんだよね」

 

そう。

 

どうしても話を聞けば聞くほど変なのだ。

 

まずコルネリアさんが、どうして故郷を知らないのか。

 

旅先で生まれた子供なのか。

 

旅先で、片親だけいきなりいなくなるというのは、どうも妙だ。

 

そもそもホムは極めて合理的な思考をする種族として知られていて。生活が安定してから子供を作ると聞いている。

 

旅先で考えなく子供を作って。

 

片親だけ失踪。

 

その後、どうやって生きてきたのか。そもそもその辺りがおかしい。故郷で父親が失踪したとしたら、どうして故郷を知らないのかもおかしい。

 

ホムは人間より二倍半も長生きだけれども。

 

記憶力は人間よりずっと良い。

 

アダレットの何処に故郷があるかなんて大事な事、忘れる筈も無い。

 

まあ、多分複雑な事情があるのだろうなとしか、結論は出来なかった。

 

「ましてやコルネリアは相当な腕利きだと聞いている。 金もある。 それだったら、傭兵でも雇うか、見聞院でも漁れば良いだけのこと」

 

「そうだね。 フィンブル兄はどう思う?」

 

「さてな。 推論しか出来ないが、何か大きな隠し事があるのだろう」

 

「……本当は知っていたりしてね」

 

薬草を集め終わったので、果実に移る。

 

木を登って、みずみずしい果実を集めていく。

 

見た目が美味しそうでも毒があるもの。

 

毒がありそうな見た目でも薬効があるもの。

 

様々だが。

 

もう流石に、この辺りは図鑑を見なくても分かる。

 

一応、ランクCまで来ているのだ。

 

そしてこれからランクBの昇格試験を受けようとしているのである。これくらいできなければ、話にならない。

 

「もう良いよ、上がろう」

 

「うむ。 手際が良くなってきているな、スー」

 

「そりゃあそうだよ。 如何にスーちゃんが駄目な子でも、これだけやれば覚えるよ」

 

「……そうだな」

 

不思議な絵を出る。

 

一瞬ネージュの視線を感じた気がしたが。

 

多分監視者に対する警戒のものだろう。

 

見かけは子供になっていたが。

 

そもネージュは大人への嫌悪感から、残留思念を子供の姿にしたのである。中身は子供ではない。

 

今更話したいとも思わないだろうし。

 

そのままにしてそっとしておくのが良いだろう。

 

アトリエに戻ると。

 

ルーシャと相談しながら、リディーが作業を進めていた。更には、手際が良いことに、フローチャートも作っていた。

 

流石に霊薬。

 

今までに作った薬とは、まるで桁外れの内容だ。

 

生唾を飲み込むが、フィンブル兄は顎をしゃくると、その場をさっさと離れる。此処にいても邪魔なだけだと知っているからだろうか。

 

コンテナに荷物をしまいながら、本を渡す。

 

本は増える一方だが。

 

一冊でも多くあった方が良い。

 

元々高級品だ。

 

本を作る人に、お金が流れる方が好ましいし。

 

それに、お金が流れることの重要性は、スールもこの間布を作る過程で学習した。

 

また、薬を作る過程で。

 

薬を濾すために、高精度の錬金術の布が好ましいという記述もレシピにある。

 

いずれにしても、今までの全ての技術と知識を総動員しなければならないだろう。

 

「これは、難しいよ。 お父さん、これ昔作ったんだね」

 

「もし市場に出せば、貴族の豪邸が軽く建ちますわ」

 

「そうだよね……こんなの生半可な錬金術師に作れないよ」

 

「でもさ、そうだとすると、どうしてお母さんは助からなかったの?」

 

ルーシャは唇を引き結ぶ。

 

そして、少し悩んだ末に言った。

 

「癌というものをご存じですの?」

 

「いや、何それ……」

 

「厄介な病気なの?」

 

「簡単に言うと、生き物の体が、おかしくなる病気ですわ。 それも、本来だったら絶対にならない状態になる病気。 しかもおかしい状態が、正しい状態よりも強く、体を侵していくのですわ」

 

ぞっとする。

 

何だか、人間の社会そのものみたいだ。

 

放置しておくと、すぐに匪賊が湧く。

 

どうしようもない連中が、好き勝手を始める。

 

この間、アンパサンドさんが見せてくれた路地裏の教会。彼処だって、深淵の者が守っていなかったら、きっと人身売買を好き放題やる邪悪な施設と化すか。犯罪組織が好き勝手に手を入れる場所になっていただろう。

 

お母さんの体は。

 

そんな状態になっていたのか。

 

「癌は厄介な病気で、良い薬ほど効かないのですわ。 摂理に沿った範囲内では、癌を治せる薬はないと聞いています」

 

「ど、どうしてそんな事……知ってるの」

 

「おじさまはああなってしまったでしょう。 二人とも、あの時泣いてばかりで、周囲なんて見えていました?」

 

「……」

 

今度はスールが唇を引き結ぶ番だった。

 

そうだ、あの時。

 

スールは無力な子供のままで。リディーも同じ。見かねた鍛冶屋の親父さんが手をさしのべてくれなければ。

 

タチの悪い大人に、好きかってされていたかも知れない。

 

「おばさまの周囲で流行病が出た様子が無かったことから、うちで遺体を改めさせていただいたんですわ。 そうしたら、体内に癌特有の病巣が。 聞けばおじさまが医療魔術師に診察を頼んだのは初期段階だったとか。 若いうちは兎に角癌は進行も早く、おばさまの場合はもっとも進行が早い最悪のタイプだった様子ですの。 酷い場合は脳もおかしくなってしまうのですけれども、幸いそれだけは無かったのが救い……ですわね」

 

「教えてくれても良かったのに……」

 

「リディー、それは違うよ。 スーちゃん達、それを受け入れられる状態だった? 昔はルーシャの事、徹底的に馬鹿にしてたの忘れた?」

 

「……っ、ごめん」

 

リディーが素直に謝る。

 

スールもこれに関しては完全に同罪だ。

 

自分達がバカだったから。

 

お母さんがどうして、どんな風に命を落としたのかも、真相を詳しく知ることが出来なかったのだ。

 

これに関しては完全に自業自得だ。

 

そして、思い知らされる。

 

多分、このお薬では、摂理の範囲内でしか、人を助けられない。

 

生半可な病気とかは絶対に治る。

 

手足もくっつくだろう。

 

だけれど、癌のように、人間を絶対に殺す病気に対しては、文字通り手の打ちようが無い。そういうものに対しては、恐らくはもはや摂理を超越した力。

 

そう、ソフィーさんを一とする魔人達。三傑が使っているような力が、それぞれ必要になる筈だ。

 

大きな溜息が出る。

 

ともかくだ。

 

まだ今の実力では、摂理の範囲内で人を治す薬でさえ、まだまだ手が届くか分からない状態。

 

魔人達の掌の上で、好きかってされるのも仕方が無いとも言える。

 

嫌と言いたいなら。

 

力をつけるしかない。

 

勿論スールが本当に弱い立場なら、嫌という権利はある。

 

だけれども、スールも、それにリディーも。

 

まだまだ伸びる立場だ。

 

才能の学問であり。

 

深淵を覗き込めば力が得られる学問である錬金術で。

 

更に上を目指せる状況だ。

 

三傑に並んだときに。

 

思いっきり文句を叩き付けてやれば良い。

 

だけれども、そもそも。

 

文句を言うにしても、あの三傑が、摂理に沿った思考をしているかどうか。イル師匠は、ともかく。フィリスさんは、もはや人間と思考が著しく乖離しているようにしか思えないし。

 

ソフィーさんに至っては、多分完全に思考回路が人間を超越してしまっている可能性が高い。

 

深淵をちょっとだけでも覗いたスールでさえ。

 

自分がおかしくなっているのを感じるのだ。

 

ソフィーさんなんて、多分深淵の深奥にまで達している可能性が高いし。

 

そんな状態で、人間的な思考など。するとはとても思えない。

 

溜息を零すと。

 

まずは、フローチャートに沿って、やるべき事をやろうとリディーに提案。

 

頷いたリディーは、まず技術的に出来ない事はイル師匠にアドバイスを受けつつ。一つずつ、タスクを処理するべきだと論理的に言った。

 

その通りだとスールも思う。

 

お父さんとの真剣勝負が。

 

今、此処に始まった。

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