暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ 作:dwwyakata@2024
数年単位で時間を無駄にするケースもあります。
これは、そういう話だったのです。
昔は父を馬鹿にしていた双子でしたが。今は、その哀しみを理解出来るようになりはじめていました。
自分を常識人だとか思い込んでいた頃は、絶対に不可能だった事です。
即座に、神秘の霊薬の完成品を指定量。完璧に蒸留水で洗った硝子瓶に移して、王城の受けつけに行く。
落とさないように、全自動荷車に積んで。更に、モフコットで包んで、である。
全力でアダレットの大通りを走り抜ける。お父さんだって、もう完成させていてもおかしくないのだから。後は時間との勝負だ。
大丈夫。
お父さんは一人で頑張った。
それが出来る人だ。
リディーとスールは、二人でやっと出来る駄目な子だ。
だけれども、二人で出来る強みを全力で生かした。
だから今回はお父さんに勝てる。
自分に言い聞かせながら、スールは走る。通行人に荷車がぶつかる恐れはないが、緊急回避機能が働いて、瓶が割れる可能性があるので、モフコットで何重にも包んだのだ。
王城に飛び込む。
受付を大慌てで呼ぶと。
モノクロームをしたホムが、姿を見せてくれた。いつも頼りになる役人だ。
「試験の結果の納入なのです?」
「此方です」
「む……ふむ」
ホムは魔術が殆どの場合使えない。
だけれども、これが凄いものだと一目で分かったのだろうか。硝子に入った、透明な液体にしか見えないはずだが。
そして、直後。
無精髭だらけのお父さんが、姿を見せる。
乱暴にテーブルの上に置いたのは。
同じように、硝子に入れられた、美しい無色の濁り無き液体だった。
凄まじい魔力を感じる。
やはり、僅差だったか。
「此方も納入を頼む」
「……分かりましたのです。 明日、結果は伝えるので、待つのです」
「いや、もう結果は分かった。 俺の負けだ」
お父さんは、そう呟くが。
ホムの役人は、モノクロームを直す。
「決めるのは我々の指定した試験官なのです。 僅差で貴方の方が遅れたのは事実ですが、ロジェ=マーレン。 しかしながら、これはそもそもそこにいるリディー=マーレンとスール=マーレンの試験。 其処までの事は言わずに、静かに結果を待つのですよ」
「……」
お父さんは無言でお城を出て行く。
声は、掛けられなかった。
咳払いする役人。
「気にする事はないのです。 結果は明日伝えるのですよ。 それと、これはあくまで個人的な話なのですけれども」
「あ、はい」
そういえば、この人は、誠実な仕事をしてくれるホムの役人という事しか知らない。
会話を振られることは滅多にないので、自然に背が伸びた。
「自分も父親ではあるので、ロジェ殿の気持ちは少しだけ分かるのです。 この試験の結果が届いた後、きっとロジェ殿は話を聞いてくれるのです」
「……」
「昔は、ロジェ殿は優秀な錬金術師で、此処に何度も優れた品を収めに来てくれたものなのです。 先代王の時代ですが、それでもロジェ殿はやる気を無くした役人と腐敗が蔓延る中でも、真面目に仕事をしてくれたのです。 当時は自分も酷い腐敗に気分の悪い思いをしたこともあったのです。 それでも、ロジェ殿の真面目な仕事に対する態度は、見ていてとても感心したのです」
そうか、昔のお父さんはそんな真面目な人だったのか。
そして、真面目なことは。
この人が見ていてくれた。
ヒト族とは寿命が二倍半も違うホムだけれども。
だからこそ、なのかも知れない。
「ロジェ殿が元に戻ったら、その時はしっかり話し合いをして欲しいのです。 アダレットは、一人でも多く人材を欲しているのですよ」
「わかり……ました」
頭を下げると、全自動荷車を連れて、アトリエに戻る。
お父さんは。
元に戻ってくれるだろうか。
それについては、分からないとしか言えない。
お母さんがいなくなって。
お父さんが壊れた。
その前のお父さんは、怒るときは怖かった。でも、優しいときは優しかった。少なくとも、他のお父さんと違うようには見えなかった。
まずアトリエに戻ってから、結果を待つ事にする。
話を聞くと、頷いて、ルーシャは荷物をまとめ始めた。オイフェさんは、宿にいるルーシャのお父さんに声を掛けに行く。
いや、今更だ。
叔父さん、というべきか。
お父さんがちゃんと戻ってきたら。
また従姉妹としてルーシャと接したいし。
家族ぐるみでつきあって行きたい。
もともとお父さんの事を、自慢の弟だと、ルーシャのお父さんは言っていたと聞いている。
今回の件の片がついたら。
きっと、それでどうにかなるはずである。
今はそうやって、敢えて楽観しないと。
とてもではないけれど、精神の均衡が保てなさそうだった。
ただでさえ、最近は精神が不安定で。
リディー共々、頭のねじが外れ始めている。
このまま行ったら。
きっとリディーもスールも、三傑と同じような闇のサイドに落ちる。
だけれども、それでも。
守りたいものくらいはあるのだ。
荷物をまとめたルーシャが、ちょっとしたごちそうを作ってくれた。若干ちぐはぐな内容だったが、充分に美味しかった。
「明日の朝には、結果も来る筈ですわ。 そうなったら、わたくしはアトリエに戻ります」
「もっといてくれてもいいんだよ、ルーシャ」
「そうだよお姉ちゃん」
「そう呼んでくれたのは何年ぶりでしたっけねスー。 嫌みでわたくしをそう呼ぶことはありましたけれど」
ルーシャが目を擦る。
きっとルーシャにとっても。
これは、人ごとでも無い。お母さんのことを、おばさまと呼んで、とても慕っていたルーシャだ。
責任感も強く真面目で。
だから自己犠牲の精神に身を置くことも辞さなかったし。
馬鹿なリディーとスールのために、道化になる事も厭わなかった。
本当に今では。
頭が上がらない。
バカだった自分達にとって、シスターグレースに次ぐ恩人なのだから。
その晩は静かに眠る事ができた。
疲れがとにかく溜まっていたからだろう。
やれることはやりつくした。
そして、そもそもとして、あの霊薬は、コルネリア商会に登録もしてある。
だから今後の戦闘で、大きな力になってくれる。
後は、ルーシャも使い始めている拡張肉体や。
もっと上位の基幹素材。例えばハルモニウム、ヴェルベティスなどへの挑戦を果たせれば。
更に先に行くことを考えられる。
色々考えている内に。
既にスールは眠りに落ちていた。
翌朝。
一番に外で掃除をしていると、マティアスが来る。久しぶりに顔を見た気がする。そういえば、ほぼ一月缶詰で。騎士団と連携して動く事はなかったのだ。
「よー、スー。 リディーはいるか?」
「うん、奥に。 お手紙?」
「そうだぞ」
「ちょっと待ってね」
てきぱきと周囲を片付けてしまう。ルーシャに掃除のコツを教わって、家の前くらいは自分で掃除できるようになってきたのである。そして、繁盛しているアトリエヴォルテールも、毎朝きちんと掃除していると言う事は聞かされたのだった。
ネージュの頃から。良い事でも悪いことでも、ヴォルテール家は生き延びるための努力をしてきたのだろう。
今ではもう、スールには「みんな」は笑顔を浮かべているようには見えないが。
少なくとも、当たり前のように、「みんな」と接してきたアトリエヴォルテールの経験は、ルーシャに引き継がれている。
だから、その言葉を少しでも聞いて。
ちょっとでも役には立てたいと思うのだ。
同じやり方をしようとは、微塵も思えなかったが。
ほどなく、掃除が終わったので。マティアスに入って貰う。リディーが朝食を準備していたが、作業はオイフェさんが代わった。
「はい、じゃあこれな。 内容を確認してくれ」
「ええと、Bランクへの昇格を認める」
「……」
「おい? 嬉しそうじゃ無いな」
いや、やったという言葉は確かにある。だけれども、これからが大変だから、である。
まずBランクに昇格した後について。
今までの義務に加えて、一定品質のプラティーンを納入するように、とあった。
品質に関しては、何人か街にいる鑑定が出来る人物に頼むように、ともあり。その中には、鍛冶屋の親父さんの名前もある。
なるほど。
確かに騎士団にとって、目玉が飛び出るほど高いプラティーンは。
アルファ商会で買うよりも、錬金術師に作ってもらった方が安くつく、と言う訳か。
三傑はいつまでもいてはくれないだろうし。
少なくともこうやって、人員の強化、其処から得られる物資の充実を図っていかないと。
投資した意味がなくなる。
人員はそこら辺に生えているものではなく。
育成するものだ。
この辺りを理解出来ていない馬鹿がいるらしいが。それは昔のリディーやスール以下の馬鹿である。
ともあれ、鍛冶屋の親父さんが満足できるプラティーンを作らなければならない、と言う事だ。
そしてそろそろ合金製の装備からも卒業したいし。
プラティーンをもっと量産もしたい。
最高位錬金術金属であるハルモニウムを作るには。
プラティーンを簡単に作れるくらいでないと、話にもならないだろうから、である。
また、義務としては。
あまった装備品や生成物を、引き取るというものもあった。
これは現在、リディーやスールが使っているもののうち、型落ちになった装備。これを騎士団の方で引き取ってくれる、という事らしい。勿論インゴットや布も、と言う事だろう。
錬金術製の装備品は、元々尋常では無く値段が張る。
今は騎士にしか装備は行き渡っていないと聞くし。
従騎士にも装備品が行き渡れば。
生存率は格段に上がるはずである。
ならば、騎士団がそういう判断に出るのも、不思議では無いと言えるか。
頷くと、マティアスに分かりました、と答える。
マティアスは周囲を見回したあと、耳打ちしてきた。
「また不思議な絵が解放されたから、そこに入れるようにはなったんだが、兎に角これが厄介でな」
「厄介、ですか」
「そうだ。 なんつーか、入れば分かる。 実のところ、それほど危険な不思議な絵ではないんだが……とにかく精神を削られるんだよ」
「……」
それは、危険なような気がするが。
勿論レンプライアはたくさんいるんだろうし。
精神攻撃を受けているときに、レンプライアにおそわれでもしたら、それこそ死者が出てもおかしくない。
最近はレンプライアに苦戦する事は減ってきているが。
どうもレンプライアは、不思議な絵によって強さが全然違うようだし。
いきなり桁外れのが出てきても、何ら不思議ではないのだ。
「というわけで、覚悟だけはしておいてくれな。 それと、その前後に大きめの仕事が来ると思うから、外出の準備はしておいてくれ」
「はい、大丈夫です」
「……頼むぞ。 頼りにしているからな」
手をヒラヒラ振ると、マティアスは帰って行く。
ルーシャもそれを見送ると。
朝食だけ一緒に食べて。
それで帰って行った。
さて、後はお父さんだ。
アトリエヴォルテールから、直帰してくれるとはとても思えない。少し間を置いてから、アトリエヴォルテールに様子を見に行く。
修羅場になっていないと良いのだが。
見に行くと。
意外に静かだった。
ルーシャが外で周囲を見回していて。此方に気付くと、手招きしてくる。耳打ちされた。
「おじさま、やはりもう何処かに出たようですわ」
「やっぱり……」
「嫌な予感しかしないよ」
「どうします?」
ルーシャに言われて、考え込む。
実は、さっきマティアスに話して、城門からお父さんを出さないように、頼んではある。
多分お父さんも今朝まではアトリエにいたはず(結果を知るためにも)だから、アダレット王都にはまだいると見て良いだろう。
だけれど、その後が。
どうなるか、分からない。
首をくくったりしなければいいのだけれど。
そう思って、ぞっとした。
お父さんは、お母さんを喪ってから、精神の均衡を崩した。
そして多分だけれど、リディーとスールが、深淵の者に関わって。好き勝手にされていることも知っている。
自殺行為に出ても、おかしくは無いはずだ。
「手分けして探そう。 ルーシャも手伝って」
「分かりましたわ」
「私は教会に行ってみる。 スールはフィンブルさんに声を掛けて、彼方此方見て回ってきて。 お酒飲みに行ってるかも知れない。 ルーシャはお父さんが行きそうな所を見て回ってくれる?」
「合点」
頷くと、三人ですぐに手分けして探し始める。
当然、すぐには見つからない。
フィンブルさんに声を掛けて、手数を増やした後、探して回るけれど。どうも城門で、追い返されたという事以外は分からなかった。
しかし、危ない場所に足を運んでいる様子は無い。
夕方、一度集まる。
教会のお母さんのお墓には、花が供えられていたらしいけれど。
それだけ。
つまり行き違いになった、と言う事だ。
錬金術で探せないだろうか。
いや、厳しい。
お父さんの実力は、二人がかりで、しかもルーシャも加えて、やっとどうにかわずかに凌駕出来たくらいの次元にいる。多分Bランクどころか、Aランクのアトリエを任せられうる相当の実力だと推察できる。流石に三傑には及ばないだろうが、少なくとも公認錬金術師の名にふさわしいもののはずだ。
追跡を何らかの方法でしようとしても。
防いでくる可能性が高い。
物理的に探すしかない、と言う事だ。
念のために、アトリエにも戻って見るが、いない。
そうなると、何処だろうか。
困り果てて、何処を探すかと話していると。
不意に声が掛かる。
魔族の騎士だった。隊長の勲章をつけている。前に何度か見かけたことがある。インフラ整備作業で、指揮を執っていた人である。
敬礼をされたので、敬礼を返す。
ちょっとぎこちないが。
「ロジェ殿の事を探していると聞いてな」
「はい。 お父さんの事を知っているんですか?」
「知っているも何もな。 我々の中で、次代の隊長とみなされていたオネットを連れていった男だ。 それは有名人だ」
苦笑いする魔族。
こんな風に魔族が笑うのを、スールは初めて見た。
ホムほどではないが魔族は真面目で、とにかく感情をヒト族には少なくともわかり安くは見せない。
ホムと違って感情はしっかりあるし、激情家もいるらしいのだけれども。それでも、淡々と己の中の信仰に生き。淡々と己のするべき事をしていく。そういう種族が魔族だという印象はある。
となると。
オネット、つまりお母さんは。
それだけ騎士団で期待されていた人物だった、と言う事か。
「もしもロジェ殿が最後に行く場所があるとしたら、思い当たる場所がある」
「えっ!」
「お、お願いします! 教えてください!」
「ああ。 彼方に小さな丘があるだろう。 庭園趣味の先代王が、あの辺りに石ばっかり積んで役にも立たない庭園にしようとした場所だ。 彼処は昔とても綺麗な丘でな、ヒト族が言うプロポーズを、彼処で受けたとオネットが言っていた」
その丘なら知っている。
先代王が無茶苦茶にしてしまって、今ではすっかり荒れ果ててしまっているけれど。
昔は綺麗だったのか。
お礼に頭を下げると。
すぐに丘に飛んでいく。
既に夕焼けが其処を染めている中。お父さんは、酒瓶を片手に、座り込んでいた。
辺りは瓦礫だらけ。フィンブル兄が顎をしゃくって、ルーシャを連れていく。ルーシャも頷いて、後は任せると視線で言って。そしてその場を離れた。
向き合う、時が来た。
ずっと現実を無視してきた。
良いお父さんだった。甘いだけでは無く、ちゃんと厳しいときは厳しかった。お母さんを心の底から愛しているのが幼くても分かった。
お父さん。
声を掛ける。
振り返らず、お父さんは。
その場を動かなかった。