暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ 作:dwwyakata@2024
お父さんは酒瓶を手にはしていたが。
結局お酒を口にはしていないようだった。
少なくとも、お酒の臭いはしない。
それにしても、昔は綺麗な丘だったというのに。酷い有様だ。瓦礫だらけで、それも完全に放置されている。
先代王は芸術家を気取っていたらしいけれど。
綺麗な丘を滅茶苦茶にして。
それで何が芸術家なものか。
見ていて、怒りさえ浮かんでくるけれども。
しかし、それでも、今はお父さんの方が先だ。
お父さんを挟んで座る。
お父さんは、何も言わなかった。
「お父さん、今までたくさん酷い事言ってごめんなさい」
「……」
「ずっと言いたかったんだ。 二人とも、もうお父さんの事悪く何て思ってない。 だから、帰ってきて。 また、三人で暮らそう」
「……」
お父さんは返事をしてくれない。だから、幾らでも辛抱強く待つ。壊れた心は、ちょっとやそっとじゃ治らない。
そんな事は、もうリディーもスールも知っている。
やっと、お父さんが口を開いたのは。
四半刻もした頃だった。
そろそろ日が沈み始めている。もう夕方が、終わろうとしている。
「何でも出来るつもりだった。 俺は何処かで勘違いしていた。 兄貴は秀才と言われていたが、俺は天才と言われていた。 天才だなんて思っていないつもりだったが、何処かで天才だと思い込んでいた」
聞くべき時だ。
そう思ったから、静かに聞く事にする。
お父さんは、酒瓶を開けると。
中に入っていたお酒を、地面に全部捨てた。お酒の臭いがかなり強い。これだけで、酔いそうだ。
「公認錬金術師試験をラスティンで受けた。 受かって、俺は更に調子に乗った。 オネットも俺と一緒になってくれて、お前たちも生まれて。 俺には何もできないことはないとさえ思っていたんだろうな。 だから調子に乗っていた俺に罰が降った。 俺はオネットを喪って、お前達を孤独にした」
酒瓶を放り捨てるお父さん。
もう、いらないというのだろう。
お父さんは、此処で。
あの酒瓶と、決別するつもりなのだ。
「俺はな、地下室でオネットともう一度会いたいと思って、オネットの残留思念が籠もる絵を描いた。 だがどうしても、絵は俺を受け入れてくれなかった。 俺は思い知らされた。 俺の力量じゃあ、不思議な絵画を完成させることは出来ないってな。 二度目の、完璧な挫折だ。 オネットを死なせて、そして最後の賭にも負けた。 俺は、何もできなかった」
今、お父さんは。
出来ない事を知っている。
錬金術は才能の学問だ。
だから、出来ない事はどうしても出来ない。
それは分かっている。
故に、お父さんが何処かで自分を天才だと思っていた事や。何処かで万能感を持っていた事が。災いしたのである。
「挙げ句の果てに、深淵の者がお前達に目をつけた。 もう、俺には打つ手がない」
「いいよ、それでも」
「……」
「もうこれ以上、家族を喪いたくない。 だから、家に戻ってきて」
二人で、お父さんの手を握る。
お父さんは、無言のまま口を引き結んでいた。
「……役立たずだが、良いんだな」
「役立たずな訳ないでしょ。 スーちゃんとリディーとルーシャが、力あわせてやっとあの霊薬作れたんだよ。 お父さん、あれ一人で作ったんでしょ」
「お父さんがいてくれたら、それだけで心強いよ。 だから帰ってきて」
「……」
三人で、帰る。
いつぶりだっただろう。アトリエに、三人で帰ったのは。
ロクに口も利いてくれなかった。
だけれど、リディーが夕食を作ると。
久々にお父さんは食べてくれた。
「まだまだだな。 オネットの足下にも及ばん」
「分かってるよ、そんな事」
「お母さんのパンケーキ、絶品だったもんね」
「ああ。 ……少し、話があるが良いか」
食べながら。
お父さんは少しずつ話してくれる。
研究をしていたそうだ。酒に溺れながら。ぼんやりと、頭の中でイメージを組み立てていた。
未完成品の不思議な絵画について。
調査の結果、最後の一点が足りない。
多分、不思議な絵画そのものは出来ている。しかし出来ていないのは、入り口では無いのかと、お父さんは考えているらしい。
「お前達はあの地下室にある不思議な絵画に入ったな」
「うん。 中にレンプライアもいたし、あんまり放置は出来ないと思う」
「……だろうな。 俺の負の思念はあの中に山のようにしみこんでいるはずだ。 オネットの残留思念が苦しんでいるんじゃないかと、気が気じゃ無かった」
「お母さんだったら大丈夫だと思う。 もの凄く強かったんでしょ」
お父さんは首を横に振る。
そうなると、いつまでも持ち堪えるのは無理、と言う事か。
いや、違うと言う。
「レンプライアはな、コアというものがあって、それを打ち砕かない限り幾らでも湧いて出るんだよ。 オネットが幾ら強くても、際限なく湧いてくる相手にはどうしようもない」
「じゃ、じゃあどうするの」
「不思議な絵画の不完全な入り口を修正するのが第一。 俺が中に入って、コアを探し出すのが第二。 最後にコアを破壊する」
何となく聞いていたが。
要するに。
ひょっとして。
あの時、地下室の絵の中で見た女の人。
お母さん、だったのか。
もしそうだとしたら。
ネージュの残留思念と同じように。
ずっといてくれるかもしれない。
本物の錬金術師であり、ここ200年でも上位に食い込んでくるだろう実力者であったネージュが描いた不思議な絵画だ。残留思念が、あれだけ強固だったのは当然とも言えるけれど。
しかしながら、実力が足りないお父さんが描いた絵なら。
なるほど、それでか。
焦りと、それにリディーとスールが深淵の者に好き勝手にされているという事実。
どちらにも板挟みにされて。
お父さんは身動きできなかった、と言う事か。
リディーが、少し考え込んだ後に言う。
「深淵の者の方は心配しないで」
「リディー!」
「ソフィーさんはおっかない人だけれど、私達を殺そうとは思っていないと思う。 何かに利用するつもりだろうけれど、使い捨てにするつもりもないと思う。 きっと怖い事を始めるつもりだけれど、その時は……」
リディーの目は濁っている。
スールの目だってそうだろうけれど。
「まだ、力が足りない。 だけれど、絶対に好きにはさせない」
「スーちゃんだって、好きにさせるつもりは無いよ」
「お前達は、あの魔人の恐ろしさを知らない」
「知ってるよ。 深淵の者の全てを上回るって話だもん」
絶句したお父さんが。
そして、俯いた。
「だから、もう焦っても仕方が無いよ。 それよりもお父さん、絵の方の研究に集中して」
「お母さんに会えるかも知れないんでしょ。 だったら、会いたいよ」
「……お前達」
「大丈夫。 私もスーちゃんも、もう昔のどうしようもない頭の悪くて何もできない馬鹿な子供じゃない。 お膳立てがあったけれど、それでもドラゴン倒して、Bランクにまで上がったんだよ」
しばし俯いて震えていたお父さんは。
ほどなく、言った。
頼むぞ、と。
(続)
父と子らの和解の時です。
ずっと離れていた心は、ついに戻る事が出来ました。
それがどれだけ過酷な試練の末だったとしても。