暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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完全に人間止めてる勢の中で、一番人間よりなのがイル師匠です。

だからこそ苦悩も激しい。

地獄と呼ぶも生ぬるい世界の終わりを万回見てきているイル師匠は、壊れてしまった方が楽だと分かっているのですが。

それでも矜恃で踏みとどまっているのです。


1、砂漠探索の前に

イル師匠の所に、リディーだけで顔を出す。

 

前はアリスさんに散々絞られていたのだけれど。最近は、授業の内容も高度になった一方で、非常に短くもなった。

 

ドラゴン戦をこなしたリディーとスールだ。

 

もう応用を幾らか覚えれば、授業は終わりだとも言われた。

 

それはそれで嬉しいのだけれど。

 

逆に言うと突き放されているわけでもある。

 

ちょっと不安なのは、隠せない事実だった。

 

授業が終わった後、靴のレシピを見てもらう。

 

イル師匠は、空間を移動する扉を使って、調査地点とアトリエを行ったり来たりしているらしく。かなり忙しいようだが。

 

それでもきちんとレシピを見てはくれた。

 

一瞬で、だが。

 

前やったように、時間を止めているのかも知れない。

 

「なるほど。 この浮遊式方向確認装置……浮遊式方位針とでも言うべきかしらね。 これについては、良い出来よ。 アレンジレシピとしては申し分ないわ」

 

「ありがとうございます」

 

「靴の方はちょっと工夫がいるわね。 鍛冶屋の親父さんは脛当てに関しても知識があるはずだから、アドバイスを聞きなさい。 具体的には……」

 

レシピの図面の何カ所かに、添削を入れられる。

 

頷いてメモ。

 

その話が終わった後。

 

イル師匠に言われた。

 

「もう良いでしょう。 レシピについては、自分で考えたものを使うようにしてかまわないわ。 もう前からそれが出来るだけの実力はあったし、試行錯誤も自分でするようにしなさい」

 

「ありがとうございます!」

 

「ただ、本当に難易度が高いレシピについては私の所に見せに来なさい。 今の時期が、一番大きな事故を起こしやすいのだからね」

 

「はいっ」

 

頭を下げると。

 

そのままアトリエに戻る。

 

レシピを修正。

 

アトリエでは、スールが機織り屋から引き取ってきたモフコットを仕上げている所だった。

 

仕上がっているプラティーンと、モフコットを幾らかとると、すぐに武器屋の親父さんの所に。

 

スールも一緒に行くと言い出したので。

 

作業を一段落させて。

 

それで二人で足を運んだ。

 

どうやら、今後想定している空中機動戦の際に靴が重要だと考えているらしく。

 

親父さんのアドバイスを聞きたいらしい。

 

それに空中機動戦が靴を利用して可能になるなら。

 

アンパサンドさんも欲しがるはずだ。

 

現時点で、アンパサンドさんは、強化された身体能力だけで回避盾をやっているに等しく。

 

事実ドラゴンのブレスが擦っただけで、かなり危ない状態になった。

 

あの時は、リディーとスールの力不足を実感したし。

 

アンパサンドさんが空中機動戦を出来るようになったら、その戦力は倍増する。プラティーンくらい、どれだけ突っ込んでも惜しくない。

 

イル師匠に、もうレシピは完全に好きにして良いと言われて。

 

スールも喜んだが。

 

しかし、試行錯誤はきちんとしろと言われた事も告げると。

 

意図は理解してくれた。

 

「要するに、まだ即座に完成品を仕上げられる実力じゃあないってことだね」

 

「うん。 今が一番危ない事故を起こしやすいとも言われたよ」

 

「そっか……」

 

「ともかく、やれることだけは全部やらないと」

 

雪山の探査、というのもある。

 

この後の事を考えると、装備関連はどれだけ充実させても損はしない筈だ。

 

武器屋に到着。

 

若い傭兵が、意気揚々と出ていった。きっと貯金したお金で、良い武器でも見繕って貰ったのだろう。

 

ちょっと心配になりそうな程だった。

 

親父さんは、炉の前で、遮光グラスをつけてハンマーを振るっていたが。待っていろと、声を掛けて来る。

 

集中して何かを仕上げていたらしい。

 

ほどなく、それが終わって、振り返った。

 

汗を掻いている親父さんは、満足そうだった。きっと会心の出来、と言う奴なのだろう。

 

「親父さん、来たよー」

 

「応、それで」

 

「まずこのインゴット見て」

 

Bランクの義務。

 

プラティーンの納入。そして、それは一定以上の品質でなければならない。鍛冶屋の親父さんは、その品質を見極めて良いと国に太鼓判を押されている人間の一人だ。だから、今ついでに見てもらう。

 

親父さんは即座に意図を察し。

 

差し出したプラティーンのインゴットを確認。

 

他に客もいたけれども。

 

親父さんは、うむと唸った。

 

「よし、腕を上げてきたな。 これなら国に納入できる」

 

「やった……」

 

「ただし、まだまだこの腕だと、ハルモニウムには遠いぞ。 そうだな、これよりもっともっと……倍は金属に触る時間を増やせ」

 

「分かりました」

 

厳しい言葉だけれども。

 

この人は本物のスペシャリスト。この街でも、戦う職業にいる人は、この人に頭が上がらない。

 

それほどの実力の持ち主なのだ。

 

だから、その言葉には千金の価値がある。

 

まず、同じ品質のインゴットを渡して、幾つか頼む。

 

フィンブルさん用のハルバード。

 

ついに合金では無く、プラティーン製のハルバードを作る時が来た。魔術への親和性が高い上に軽く鋭い。勿論錆びることもない。要するに強い。

 

インゴットを受け取ると、すぐに作ってくれると確約してくれる。

 

そして次に。靴の相談をする。

 

レシピを見せると。

 

少し考えた上で、親父さんは言う。

 

「これはイルメリア嬢のアレンジが入っているな」

 

「誰のアレンジかも分かるんですか!?」

 

「金属加工ってのはそれぞれの癖が出るんだよ。 例えばフィリス嬢の作る奴なんかは、金属が喜ぶようになってる。 賢者ソフィーの作る金属レシピは何回か見たが、あれは金属を従える造りだな。 イルメリア嬢のは、金属を理屈でねじ伏せる感じだ」

 

何を言っているのかさっぱり分からないが、親父さんには分かるのだろう。事実イル師匠のアレンジだと一目で当てたのだし。

 

リディーとスールのレシピはと聞いてみると。

 

まだまだ金属の理解が足りないと一蹴されたので。

 

ちょっと悲しかったが。

 

「いずれにしても、これを四足造れば良いんだな。 一つはホム用、一つは獣人族用、それでお前達用と」

 

「皮と布はこちらで用意しました」

 

「どれ。 ふむ……これなら良いだろう」

 

脛当てを出してきて。

 

親父さんが説明をしてくれる。

 

話を、客も聞いていた。

 

「良いか、靴ってのは堅ければ良いってものじゃなくてな。 足が関節と一緒に動くのを、阻害しないようにしないといけねえんだ。 高度な脛当てになると、魔術で足にあわせて自動で動くようになってる。 まあそんな凄い脛当ては、それこそ騎士の二位以上にでもならないと支給されないがな」

 

「貧しい人が履いている木靴って、あんまり足にも良くないんですね」

 

「ああ。 足を小石とかから守るためには役に立つが、あれは足を痛めるだけだ。 かといって布製毛皮製では強度や耐久力がたりねえ。 結局の所、色々妥協しながら、足を守りつつ、足と一緒にあるように作らなければならないのが靴、更に言えば靴と一体化した脛当てなんだよ」

 

頷く。

 

とても参考になる。

 

親父さんは幾つか見せてくれる。

 

小さな靴。これは、前にフィリスさんの所にいるホム。フィリスさんの血がつながらない妹であるツヴァイが使っていたものだという。

 

今は更に高度なものを使っているらしいが。

 

出来が良いので、引き取ったそうだ。

 

これは今回持ち込んだレシピと違って、防御能力を極限まで上げて、集中力も高める仕様にしているらしく。

 

ツヴァイが戦闘では、要所で一撃必殺の攻撃を叩き込むポジションにいたらしく。

 

それに特化した造りであると言う。

 

なるほど。

 

フィリスさんの所では、そんな風に活躍していたのか。会計の類は一手に引き受けているようだったけれど。戦闘でも、それこそ緻密な計算の末に、一撃必殺を最高のタイミングで叩き込むポジションにいた。

 

そういう事なのだろう。

 

装備品の支援があれば、戦闘ではホムも活躍出来る。

 

それが分かって、少しリディーは感心した。

 

そういえば、コルネリアさんも相当な武闘派だと聞いている。

 

或いは、同じような靴を使っていたのかも知れない。

 

「こういうのが見本だな。 文字通り、本人のための靴だ。 いずれ、この世界の皆が、こんな靴を履けるようになると良いんだがな」

 

親父さんは少し寂しそうに言うと。

 

大事そうに靴をしまう。

 

これはツヴァイのための靴。

 

他の誰のためのものでもない、と言う事なのだろう。

 

よく分かった。靴の大切さが。

 

全員の足のサイズを説明。

 

その後で、親父さんはまずは二人の分をと言って、採寸してくれた。

 

「申告より少し大きくなっているな。 調整しておくぞ」

 

「あ、はいっ」

 

「もうそろそろ背が伸びるのも終わる頃だが、まだちょっと伸びるだろうな。 このレシピなら対応出来るだろうが、子供向けの道具は基本的に採寸が必要になる。 レシピに柔軟性を持たせる事が出来るようになったらもう完全に一人前だ」

 

この人の言葉にはいちいち重みがある。

 

後は、任せて戻る事にする。

 

プラティーンを大量に預けては来たが、何、此処に強盗に入る馬鹿なんかいる訳がない。どうせ深淵の者と親父さんは何かしら関係があるだろうし。大体親父さんを怒らせたら、仕事なんて来るわけもなくなる。この街中の武闘派を敵に回すことにもなるだろう。考えるだけでも恐ろしい。

 

「うーん、まだまだなんだね私達」

 

「そうだね。 本当に、昔どうして調子に乗ってたんだか。 昔とは比べものにならないくらい力つけたはずなのに、頂は全然見えないよ」

 

「……そうだね」

 

頂が見えた時には。

 

多分二人とも、深淵の底で闇に包まれているはずだ。

 

ソフィーさんやフィリスさんのように。

 

きっとイル師匠も、表には出さないがそれは同じ筈。

 

事実、この間も。

 

霊薬を完成させた後の実験を見て。

 

ルーシャがとても悲しそうにしていた。

 

リディーは何とも思わなかったけれども。やはりその辺りから考えても、もうリディーもスールも壊れてしまっている、ということだ。

 

アトリエに戻り。

 

今度は服の仕上げに入る。

 

鎧の下に着る服だから、やはり湿気と温度調整が絶対に必要になる。更に、防御力を強化したりと、色々魔法陣を仕込みたい。しかしながら欲を掻いても、鎧の下に着込める服には限界がある。

 

色々考えながら、出来る分だけ下布を入れて行くしか無い。

 

スールには、浮遊式方向指示器を二つ、作ってもらう。

 

これはあの丸いのに触ったとき、壊れることを想定しての複数作成だ。

 

リディーは黙々と服を作る。

 

既にリディーとスールの分はあるので、後はマティアスさん、アンパサンドさん、フィンブルさんの分。

 

採寸のデータは後で騎士団からマティアスさんが持って来てくれるとして。

 

フィンブルさんの分は、自己申告通りすぐに作ってしまう。

 

使用人を雇うことについては、教会に相談しに行くとして。

 

別にそれは今日では無くてもいい。

 

今は少しばかり時間が足りない。

 

いつ国からの仕事が来るか分からない状況だ。

 

それも、インフラ整備よりもある意味厳しい、未踏の地の調査。

 

どんな危険な獣が出るか、知れたものではないし。

 

ブライズウェストに侵入したときと同じくらいの危険を、最初から覚悟しておかなければならないだろう。

 

それが終わった後にでも。

 

使用人を雇うことを考えれば良い。

 

お父さんもレシピに取りかかりっきり。

 

しばし三人が黙り込んでいると。

 

不意にノック音があった。

 

「おーい、リディー、スー。 いるかー?」

 

「はい、ちょっとお待ちください」

 

どうやら採寸のデータが来たらしい。

 

扉を開けて、マティアスさんである事を確認。細かいデータを受け取った後、頷いた。

 

これならば、一週間以内に、想定したものを全て揃える事が出来るだろう。

 

そう告げると、マティアスさんは少しバツが悪そうに笑った。

 

「あのな、良くない知らせが一つある」

 

「なんですか?」

 

「これから調査する雪山に、ドラゴンの目撃情報だ。 それも上級らしい」

 

「!」

 

上級。

 

しかも雪山に。

 

ちょっと最悪のタイミングという他ない。だって、あれだけ弱体化させた海竜でさえ、あの強さだったのだ。

 

しかも雪山と言う事は、恐らく空を飛ぶタイプのドラゴンで、海竜ではないだろう。どうすれば弱体化させられる。

 

ちょっと、想定できない。

 

「まともに戦う事は想定しなくて良いらしいが、ともかく行動を調査して欲しいと言うことだ。 そもそも、麓にある街も、お世辞にもインフラが良い状態とは言えないらしくてな。 場合によっては、街ごと引っ越すことも考えなければならない、ということだそうだ」

 

「街ごと……」

 

「三傑もあっちこっちでそれ以上の仕事をしてくれている。 本当に、200年前のネージュに対する愚行が、今でも彼方此方で爪痕を残しているって、王族として悔しく思う」

 

マティアスさんは、そう言って本当に悔しそうにしている。

 

多分この表情は、嘘ではないだろう。

 

ともかく、分かった。

 

「ええと、探索の予定は……」

 

「多分雪山が先になる」

 

「分かりました。 それに備えておきます」

 

時間に余裕は幸いある。

 

雪山について、見聞院で調査をしておくのもいいだろう。

 

イル師匠に話も聞いておきたい。

 

ちょっとばかり、色々とやる事が増えるけれども。

 

それでも充実はしている。

 

まだまだ伸びる。

 

力はつく。

 

それならば、これからも続けていきたいし。今後世界に抗う力を得られるのであれば。苦悩は無い。

 

マティアスさんが帰ると。

 

夕食を作る。

 

お父さんもきちんと一緒に夕食の卓を囲んでくれる。

 

そして、夕食後は、黒板を囲んで、明日について色々と話し合いをした。予定通りに行けば、雪山の探索までに時間があまる。その余った時間で、備えをしておきたい。とはいっても、イル師匠に話を聞く必要もあるし。イル師匠のアドバイス次第では、また色々と作らなければならなくなる必要も生じるかも知れない。

 

だが、別に話し合いは紛糾することも無く。

 

比較的穏やかに終わった。

 

静かに作業を終えた後。

 

静かに休む事にする。

 

お父さんが帰ってきて、やっとなんというか。

 

少しだけ、落ち着いた気がする。

 

壊れてしまったお父さんは、もうこれ以上壊れることは無いだろうと言う安心感もしっかりある。

 

後は、終わっていない事を一つずつ終わらせて。

 

それから。

 

いつの間にか、眠っていた。

 

眠れる日は眠るべきだ。

 

そうとも思った。

 

 

 

イルメリアは、杖を降ろす。眼前には巨大な剣で串刺しにされたネームド。山のような巨体を誇る猪も。今のイルメリアの展開するシールドを突破することは出来なかったし。降り注ぐ巨大な剣に全身を貫かれて、生きてはいられなかった。

 

どうしてこんなになるまで放って置いた。

 

怒鳴りつけたくなるが。

 

しかし、我慢するしかない。

 

何度周回しても。こういうネームド退治は気が滅入る。ラスティンもろくな状況ではないのだが、アダレットは輪を掛けて酷い。

 

本当にネージュを迫害した200年前の愚行が、大きなダメージを国中に残し続けたのだとしか言いようが無い。

 

当時のアダレット首脳は騎士団長を除き、度し難い無能だらけだったのだ。皮肉な話で、その大半がヒト族だったというのには乾いた笑いしか出ない。野心的である、というヒト族の特性が、どうしても種族混合社会の足を引っ張る。ホムは役人として理想的な存在なのに、野心がないから出世出来ない。そんな状況は、さっさとどうにかしなければならない。

 

王都ですら、深淵の者がしっかり手を入れなければ、陥落していたかも知れない。

 

このネームドを見ると、そう思う。事実200年前、ファルギオルを倒した直後の歴史書を見ていると、そうなってもおかしくなかった危険なネームドの記録が幾つも出てくるのだ。

 

深淵の者も、当時は今ほどの力はなかったから。

 

本当に極めて危険な存在の討伐しか出来なかった。

 

その結果がこれだ。

 

こんな巨大になるまでネームドを放置しているから、被害が出る。この巨大猪のネームド、殺戮の車輪は。今までに小さな村を三つ文字通り挽き潰し、住人を皆殺しにして喰らった怪物である。

 

戦闘力は小型のドラゴン並み。

 

大きさは、最大級の陸魚であるイサナシウス並み。

 

だが、それも。

 

今、過去の存在となった。

 

周回によっては放置したり、或いはフィリスやソフィーが仕留めたりする此奴も。今回はイルメリアが倒す番だった。

 

騎士団が生唾を呑み込み、立ち尽くす中。

 

とどめとばかりに、アリスが首を叩き落とす。

 

もう死んでいるが、それでも念のため。

 

ネームドはもう、摂理から外れている存在なのだから。

 

「解体を始めなさい。 消化器系は調査。 被害者の遺物が残されているかも知れないわ」「は、はい」

 

騎士団が動き出す。

 

従騎士の中には、吐いているものもいた。

 

血に当てられたのではない。

 

強烈すぎる、殺戮の車輪が放つ殺気に耐えられなかったのだ。情けないと一喝するのは簡単だが。

 

此処でより重要なのは。

 

二度とこういうネームドに成長するまで、獣を放置しない事である。

 

事後処理をアリスに任せた後。

 

騎士隊長と話す。

 

時々顔を合わせるキホーティスである。

 

ヒト族の騎士隊長だが、力量は高い。愉快そうな人物にも見えるが、騎士としての手腕は確かだ。

 

「騎士団の討伐を三度も退けた怪物を、こうも簡単に仕留めるとは……流石ですな、賢者創造のイルメリア」

 

「ネームドは放置すると際限なく巨大化するのよ。 こうなる前に、どうにかするべきだったわね」

 

「まことに返す言葉もない」

 

「いいのよ、少なくとも貴方のせいではないわ」

 

幾つか、後処理について話す。

 

巨大な深核が見つかったので、それは回収しておくが。強い魔力を秘めた毛皮や骨、それに肉などは、騎士団に譲渡する。

 

別にドラゴンの鱗など、コレを凌ぐ素材はいくらでもある。アダレットは今かなり経済的に苦しい状況で、それをアルファ商会から支援までしている。多少の経済的な旨みくらいは、くれてやるべきである。

 

続けてもう二匹、ネームドを始末する。

 

今のイルメリアの敵ではないが。

 

どっちも、フィリスと一緒に公認錬金術師試験を受けた頃だったら、苦戦していた相手だった。

 

要するにドラゴン並みである。

 

今いるのはアダレットの辺境だが。

 

200年前の錬金術師の大迫害の影響が。

 

この国の辺境を、文字通り人外の地へ変えてしまっているのだ。

 

複頭の蛇を片付けた後、騎士団に深核以外は譲渡してしまう。

 

この蛇皮は少し惜しいかとも思ったが。まあ良いだろう。

 

処理の間、しかけてくる獣くらいは騎士団に処理させる。どれも大きいが、まあフィリスが事前に騎士団に再訓練を施している。

 

どうにか出来る。というか、これくらいは専門訓練を受けている騎士なのだ。対応して貰えなければ困る。

 

弱者の盾になる。

 

それが兵士、戦士、騎士、傭兵。呼び方がどうであろうと。戦う者の仕事なのだから。

 

「処置を急げ!」

 

「また四匹!」

 

「魔術班、足止めだ!」

 

ネームドを片付けても、獣が逃げ散る訳では無い。むしろ弱っているのではないかと思って、積極的にしかけてくる。

 

騎士団は一時期フィリスが鍛え上げていただけあって、全員練度が上がっている。

 

魔族は魔術で。

 

獣人族はその戦士としての勇敢さで。

 

ヒト族は組織戦で。

 

上手に戦闘を回している。

 

ネームドの解体と回収が終わる頃には、周囲には獣の死体の山が出来ていた。それも勿論回収する。

 

一度これは、深淵の者の会議に掛けた方が良いだろう。

 

この近くの集落は守りきれない。

 

騎士団の戦力を充実させ。

 

アダレットの錬金術師の質を上げてから。

 

もう一度この辺りに進出するべきかも知れない。

 

そもそも殺戮の車輪一体相手に騎士団は三度も討伐を失敗し、その度に大きな被害を出しているのだ。

 

人員をある程度まとめ。

 

辺境への進出は、控えるべきだろう。

 

レポートをさっさと書き上げると、キホーティスに渡す。

 

流石に苦笑いするキホーティス氏。

 

めぼしい獣を片付けた後、引き上げ。近くの街で、備蓄食糧として、燻製にした肉を引き渡す。

 

一部は騎士団の兵糧にする。

 

千人程度の規模の街だが。

 

この街の自警団も、殺戮の車輪はどうにも出来ず。その姿を見るだけで怯えて逃げ散るような有様で。

 

年に何人も食われている、と言う状態だった。

 

ましてや周辺の村などは、維持が厳しいだろう。

 

いずれにしても、一段落はした。後は騎士団に任せて、一旦深淵の者本部魔界に戻る。レポートを此方にも提出しなければならない。

 

ルアードはいるが、フィリスとソフィーはいないか。プラフタがいるので、多少は話をしやすいかも知れない。

 

レポートを即座に出す。

 

ルアードはしばらく黙々とレポートを読んでいたが、大きく嘆息する。

 

「やはりあの地域は一旦人員を引き上げるべきか」

 

「ラスティンでも厳しい状況よ。 一線級の錬金術師の少ないアダレットが欲を掻くべきではないわ」

 

「ふむ、一利ありますね」

 

「我々と同じようにネームドを蹴散らせる人員は深淵の者にも多く無いし、我々にラスティンやアダレットが依存するようでは困る。 それを、何度かの周回で身に染みて分かっている筈」

 

周回ごとに記憶の持ち越しが出来ているのは、ソフィー、フィリス、そしてイルメリアだけだが。

 

深淵の者幹部は、基本的にソフィーの開発した道具類で、記憶の擬似的な引き継ぎを行っている。

 

だからこういう会話も通じる。

 

しばし考え込んだ後。

 

ルアードは頷いていた。

 

「分かった。 イルメリアの言葉にも一利ある。 少なくとも今回はその方針で行ってみよう。 此方からもアダレット王室に働きかけてみる」

 

「お願いします。 人材の浪費は、もっとも避けるべき事だわ」

 

「分かっているとも」

 

深淵の者とて、無敵という訳では無い。

 

人材を適材適所に配置してきたからこそ、これだけ勢力を拡大はしてきているが。それでも危険な邪神やドラゴンと足りない戦力でやり合えば被害だって出す。

 

この間、ついにフィリスがルーシャを半ば無理矢理勧誘したが。

 

それにだって、イルメリアは反対するつもりはない。

 

むしろ普段の周回では心が折れてしまうルーシャが、良くも頑張ったと感心しているし。人材として活用出来るなら、するべきだとも思う。

 

幾つかの戦略会議に出た後、アトリエに戻る。

 

アリスが先に戻って、食事を作ってくれていたので、有り難くいただくことにする。ソフィーが矢継ぎ早に双子に試練を送り込んでいるが、あまり良い気分はしない。兎に角急いで育てる。それは分かるのだが、性急すぎるように思うのだ。

 

大きくため息をつくと。

 

食事を終えて、外に出る。

 

満点の星空。

 

まだ「今の時代」は、こんな美しい星空が見られる。

 

フィリスと旅をしている時は、こんな無限とも思える時を彷徨いながら、人間の業を見続けることになるとはとても思えなかった。

 

それでも始めたことだ。

 

投げ出すわけにはいかない。

 

過激すぎる手を採るようになったフィリスには心も痛むが。しかしイルメリアも、人間が如何にどうしようもない生物かは、万を超える周回で見てきている。人間賛歌などクソ喰らえである。

 

頭を振ると。アトリエに戻る。

 

やはりイルメリアは、残酷にはなりきれない。

 

悔しいが、ソフィーのアドバイスは的確だ。人間をやめてしまわない限り、この苦痛が終わる事はないだろう。

 

そろそろ、双子には自力で成長できる力が備わり始める。

 

それに伴って、イルメリアは要所要所で、試練を渡す側に廻る。

 

要するにそれはソフィーと同じ事をしなければならないと言う事で。気は、重かった。

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