暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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前作で散々フィリスが苦戦した雪山探索。

あれほどの難事では無いですが、双子も雪山に挑みます。


2、雪山探索

言われてはいたことだけれども。

 

実物を見ると、唖然とせざるを得なかった。

 

騎士団の一部隊と移動。イル師匠と一緒に行動していた部隊の半分らしい。イル師匠の仕事は非常に大変だったらしく、隊長が二人出ていたそうだが。この仕事に来る前に、部隊を分けたそうだ。本当に忙しいのだなと同情する。

 

今回は、ルーシャとアルトさんが来てくれている。パイモンさんもいてくれれば心強かったのだけれど。

 

流石にそうもいかないだろう。

 

あの人も既にBランクらしく。

 

彼方此方で声が掛かる、一線級の戦力だから、である。

 

雪山まで四日。

 

そう、わずか四日で。

 

常時雪が降っているという、異常な山を目にすることが出来た。

 

壮観というか、異常である。

 

まず、その山を中心に数峰の山が、真っ白。完全に雪に閉ざされている。連日雪が降るという話でもある。

 

山から雪解け水が流れ出てきていて。

 

麓にある街が、その水を活用しているらしいのだけれども。

 

ちょっとした大きな音を立てるとすぐに雪崩が起きる。その上、ドラゴンの目撃例もある。

 

山を越えた向こうは、完全に荒野になっているらしく。

 

人間が進出出来ていない。

 

一番厄介なのは、一応アダレットの領地と言う事になっているこの土地が、匪賊などのねぐらになる事で。

 

現状でも無策な拡大は愚策だという話が出ている中。

 

かといって、危険地帯を放置も出来ず。

 

実態を把握しなければならない、と言う事だった。

 

ドラゴンを倒せという指示は出ていない。

 

調査しろ、という指示だけである。

 

しかしながら、遠目に見ても、かなり大きい獣がいる状況である。いきなり雪山に踏み込むのは、愚策としかいえない。

 

勿論準備は幾つもしてきている。

 

海底探索の際に使った温熱フィールド。

 

深海の極寒にも耐え抜く程である事は、実際に使って確認済みだ。

 

そして実戦投入が間に合った靴。

 

分割したプラティーンを靴底に仕込み。

 

更にモフコットを主体とした緩衝材も。

 

それぞれの足に合わせて、鍛冶屋の親父さんが作り上げてくれたこの靴は。靴単品で、錬金術の装備品に匹敵する性能を持っている。

 

具体的には、多分慣れれば空中機動が可能になる。

 

まだスールは上手に出来ないようだが、アンパサンドさんは靴を受け取ってから。実際に空中で何度か移動して見せて、コツを掴むべく努力しているようだった。騎士団の方でも欲しいという声が上がっているようで。或いは、これを量産する価値があるかも知れない。しかも素材が素材なので、成人が相手ならそれこそ何年でも保つ。

 

刃物が散らばるような戦場でも、この靴は充分に耐え抜くし。

 

何よりも魔術に寄る増幅効果をある程度カスタマイズ出来るのが大きい。

 

魔族の騎士隊長が見せて欲しいと言ってきたので、街でキャンプを張っている最中に見せる。

 

何度か頷いて、レポートを書いていた。

 

或いは、正式備蓄品として登録すべきだと、具申するつもりなのかも知れない。

 

手分けして、街で雪山に関する情報を集めていた騎士達が戻ってきたので。

 

一度会議を開く。

 

騎士隊長がリードしてくれるので。

 

大変に有り難い。

 

リディーはこういうので、リーダーシップをとるのは今でも苦手で。

 

出来れば、他の人に丸投げしたいのだ。

 

「やはり空を飛ぶ巨大な影が目撃されているか」

 

「人里にしかけるつもりは無い様子ですが、形状からしてドラゴンであることは間違いないかと思われます。 色から考えても、多分ドラゴネアではないでしょう」

 

「厄介だな」

 

ドラゴネアというのは、最下級のドラゴンだと捕捉してくれる。

 

三傑が来てから、連携してドラゴンと戦う事が増えている騎士は多いらしく。

 

必然的にドラゴンとの戦闘経験は増えているそうだ。

 

今までどうしようもできなかった凶暴なドラゴンを駆逐できるというのはとても大きく。三傑に対する騎士団の評価が極めて高い一因である。フィリスさんが凄まじい豪腕でインフラを整備しているだけが、騎士団が三傑を評価する理由ではないのだ。

 

「山の様子は」

 

「不規則に吹雪が降るようですね。 ラスティンにも常時雪が降る不可思議な山が存在しているそうですが、そちらともまた随分と違うという話です」

 

「具体的に」

 

「はい。 ラスティンの方は、実は人為的に吹雪が起こされているらしく……」

 

思わず目が丸くなる。

 

咳払いすると、かなりの年配の騎士は、調べてきたらしい情報を披露してくれる。

 

ラスティンにもある常時雪が降っている山は、リッチと呼ばれる道を踏み外した魔術師達が隠れ住む土地となっていて。既に死体も同然の彼らが、人間の接近を阻むために常に雪を降らせていた、という状態だったらしい。

 

雪を降らせるなんて大魔術、凄まじいと思ったが。

 

なんと百年単位での詠唱を続けて、それで環境改造をしているらしく。

 

要するに「凄い魔術」というよりも、「呆れてものが言えない魔術」としか言いようがないものである。

 

なおこれらの情報は見聞院にレポートとして収められているらしく。

 

現地では、リッチ達と人間が、ある程度上手くやれているそうだ。

 

騎士隊長は頷くと、話を続けろと促す。

 

「現状から考えて、同じ状況では無いと推察はされますが……しかし下手に踏み込めないのも、また事実だと思われます。 特に爆弾や大規模な魔術を下手に使うと、雪崩がいつ起きても不思議ではないでしょう」

 

「……なるほど、了解した」

 

此処で、初めて意見を求められる。

 

まずアルトさんに。

 

アルトさんは、によによ笑いながら言う。

 

「偵察だけが目的だろう? 騎士団の物資に、空飛ぶ荷車は? あれは、さっき話題に上がったラスティンの雪山でも利用されているものなのだが」

 

「数が少なく、今回投入は無理だと判断されたのだ」

 

「ふむ、それならば徒歩で調べるしかない、と」

 

頷くと、次へ。

 

次はルーシャだ。

 

「雪山から獣が襲い来る事は」

 

「街にまで来る事は滅多にない、という話だが、しかしながら雪山に近付いた者が一瞬で食われる、という事件は何度か起きているらしい」

 

「厄介ですわね……」

 

「一番厄介なのは、匪賊が此処や、此処を超えた先に根城を構築することだ。 ともかく、最低でも巡回路くらいは確保するか、それも厳しいなら地図でも作らなければならないだろう」

 

最後に、リディーとスールに話が振られる。

 

昔だったらスールは居眠りしていたかも知れないが。

 

もう今はそんな事もない。

 

「山越えだけなら、装備があるので出来ます。 ただドラゴンに襲われた場合が……」

 

「ドラゴンを見かけたら、即座に逃げる方針でかまわない」

 

「……分かりました」

 

いずれにしても、それならば大丈夫だ。

 

温熱フィールドを麓で試し。

 

出現する獣の実力を測った後、本格的に探索する。

 

それで問題は無いだろう。

 

持ち込んでいる幾つかの装備について説明。

 

温熱フィールドを実際に展開してみせる。深海で使ったものとほぼ同じなので、騎士団の一隊を丸ごと包むことが出来る。

 

雪山の麓を、そのまま探索。

 

アンパサンドさんが前に出て、周囲を睥睨。

 

逆にマティアスさんは殿軍だ。

 

フィンブルさんにも来て貰っているが。

 

今回は、腕利きの騎士達が一緒にいるので、ある程度の安心感はある。逆に言うと、この戦力を投入する案件という事で。

 

かなり規模の大きいプロジェクトでもある。

 

騎士の数は限られている。

 

予算も。

 

それである以上、こんな任務に繰り出したと言う事は。アダレットとしても、膿出しや危険地帯の確認は、この機会に全て済ませておきたいのだろう。

 

流石に騎士団の精鋭。

 

誰も私語一つ発しない。

 

ハンドサインについては、既に確認済み。

 

黙々と、麓を調べる。

 

雪に覆われた木。このあたりは珍しく植物がある程度存在する。

 

温熱フィールドが、急速に雪を溶かしていくが。途中、何度か川があった。雪の下を流れているらしい。

 

少し気になったので、温熱フィールドの外に手を出してみる。

 

なるほど、そういう事か。

 

雪は降るけれど、温度そのものはそこまで強烈に寒くは無い、ということだ。

 

スールには、爆弾は使わないようにと指示はしてある。

 

獣に襲われても、出来るだけ静かに相手を仕留めるように。

 

これも周知はしてある。

 

黙々と麓の地形を調べていき。

 

その間に、専門家らしい騎士が、着実に地図を作っていく。予想された寒さの脅威がなく。更に雪が高速で溶けていく好環境もあって。騎士達は測量も地図造りにも、苦労していないようだった。

 

獣は、現時点では仕掛けて来ていないが。

 

コレは恐らく、雪崩を警戒しての事なのだろう。

 

視線はずっと感じる。

 

荒野の獣は、基本的に人間を襲う。

 

雪山でも、海でも、それは例外ではない。

 

この山でも、それは同じ筈。

 

それがしかけてこないと言う事は、この大人数と戦闘になった場合、雪崩に巻き込まれることを知っているからだと見て良い。

 

ただ、雪崩を敢えて起こし。

 

此方を攻撃する事を試みている獣もいても不思議では無い。

 

知性が無いと言う話だが。

 

獣が戦術を使いこなす場面は何度も見てきている。

 

それにしても、砂漠に似た環境だ。

 

足下はとても柔らかく。

 

いつ奇襲を受けてもおかしくは無い。

 

温熱フィールドのおかげで、ちょっと周囲に蒸気が立ち上り続けている。常時雪が溶けているからだ。

 

雪に足を取られない代わり、足下がぬかるんでいて。

 

戦闘をするときに、此方も有利だとはとても思えない。

 

探索は、可能な限り迅速に。

 

なおかつ、要地を徹底的に抑えるべきだろう。

 

そう判断した。

 

麓はあらかた回ったので、一旦戻る。

 

街に戻ると、見る間に雪が降り始め。雪を溶かして回った辺りを、どんどん白雪で埋め尽くしている。

 

風情もなにもあったものではなく。

 

どかどか雪が降って、それこそ「埋め直している」ような感触だ。

 

悪意すら感じるが。

 

それがなんで起きているか分からない以上、何とも言えない。

 

初日は一旦これで解散。

 

街の中なので、交代で見張りをする事も無い。騎士団はそれぞれ宿を確保していて。リディーとスール、ルーシャとアルトさんも、それぞれ宿を確保して、ゆっくりと休む事にした。

 

ルーシャとアンパサンドさんとオイフェさんとは、大部屋で一緒に泊まる。

 

靴の具合を確認するけれど。

 

アンパサンドさんは、頷くだけである。

 

「耐水性も問題無さそうなのです。 錆びないというのは強いのです」

 

「撥水も魔術で展開しているから、泥沼に入っても洗うだけで大丈夫ですよ」

 

「心強いのです」

 

幾つか、話し合いをしておく。

 

まず山をこれからどうやって攻略するか、だが。

 

一番険しい道を、先に上るべきだろうと、アンパサンドさんは提案。明日朝一番の会議に掛けてみるという。

 

「まず、王子に爆弾を山頂付近に投げさせるのです」

 

「雪崩を意図的に起こすんですね」

 

「そうなるのです。 それも、雪崩が起きなくなるまで爆弾を放るのです」

 

「……」

 

過激だが。

 

しかしながら、獣も処理出来る。戦闘時に、雪崩を気にしなくても良くなる。

 

問題はドラゴンを刺激する可能性だが。

 

今の時点では、ドラゴンは山にはいないと判断している。というのも、あの下級とされるドラゴンでさえ、凄まじい魔力を感じたのに。

 

今の山からは、そういった強烈な気配は感じ取られないからである。

 

「でも、アンパサンドさん、あの様子だと、すぐに雪でまた台無しになるんじゃないの」

 

「それを確認する意味もあるのです。 雪崩に怯えながら雪山を探索するよりは、そもそも雪山の謎と性質を見極める方が先なのです」

 

「……確かに」

 

アンパサンドさんの発言に、ぐうもでない様子でスールが黙る。

 

ルーシャは、しばらく黙っていたが。

 

きちんと意見も出してくれた。

 

「問題は雪山で動けなくなった場合ですわ」

 

「全自動荷車がスタックした場合とか?」

 

「そんなのは、騎士団が総出で動かせばいいだけのこと。 温熱フィールドを獣に破壊されるとか、そういう状況ですわね」

 

「……その時は、あれを使って何とかするしかないかな」

 

スールが、指さすのは。

 

砂漠探索のために作り上げた、常時同じ方向を指す、浮遊式方位針。

 

避雷針と同じ仕組みだから、雪の中でも大丈夫。

 

というか、あの過酷なブライズウェストで平気だった代物だ。雪の中でも大丈夫だろう。

 

ただ、準備はするべきだとも思う。

 

「最悪の場合は、一気に山を降るしかないのです」

 

「縄を準備しておきましょう。 それを掴んで、皆で一気に山を降って退避する他なさそうですわね」

 

「此方で縄は準備しておくのです」

 

「お願いしますわ」

 

一通り明日の話を終えると。

 

遅くならないうちに眠る。

 

スールもすぐに眠り始める。昔はおしゃべりとかをしたがったが。最近はアンパサンドさんの良い影響を受けているのだろう。プロ意識が見えてきている。リディーも負けてはいられない。

 

早々に眠る事にする。

 

朝、起きだして。

 

スールがいないのを見ても慌てない。

 

窓から外を見ると、いた。

 

裏庭で、アンパサンドさんと一緒に、朝の体操をやっていた。

 

あのうねうね動く奴である。

 

アンパサンドさんと、殆どシンクロするくらい上手になっている。スールは錬金術師としては極めて攻撃寄りで、場合によっては肉弾戦もこなす。アレは必須だと言う事だろう。

 

アンパサンドさんが、それでも幾つか指摘をしていて。

 

スールは素直に頷いて、その指摘された部分を直している。

 

食堂で食事をしていると、二人が入ってきた。ルーシャはまだ眠っているようだけれど、最近心労が酷いようだし、寝かせておいてあげる。どうせルーシャの部屋にはオイフェさんもいるし、危険は無いだろう。

 

「スール、体操どんな感じ?」

 

「まあまあ。 まだアンパサンドさんほど体を制御出来ないや」

 

「錬金術師がこれだけ動ければ充分なのですよ。 そもそも回避盾くらいしかできない自分と同じに動かれてはたまらないのです」

 

「いや、アンパサンドさんの勇気と判断はとても真似できないよ」

 

スールも、昔はアンパサンドさんに反発していたけれど。

 

その性格の違いがホムとヒト族の違いである事や。

 

そもそもアンパサンドさんは言う事は厳しくても、誰よりも自分に厳しい事や。

 

戦闘でも、自分が被害を受けることは一切合切気にしない、文字通り「みなを勝たせる」ための戦いをしている事を知って。

 

反発は尊敬に変わっているらしい。

 

ほどなくルーシャもオイフェさんと一緒に起きて来た。寝癖の一つも無いのは流石である。

 

同じ宿に泊まっていた、アルトさんも降りてくる。

 

どうやら外で、別の場所で鍛錬していたらしいフィンブルさんと、マティアスさんも、丁度食堂に来た。

 

ちょっと賑やかになって嬉しい。

 

アルトさんとマティアスさんは、どういうわけかある程度虫があうようで。

 

仲良くしているのを時々見かける。

 

アルトさんはさらりと毒針を刺すような皮肉を言う人だけれども。

 

マティアスさんは、負の思念を向けられるのになれている様子だし、平気なのだろう。

 

フィンブルさんは黙々と鍛え、黙々と戦いに向かうから。

 

最初に一緒に外に出たころよりも、少し大きくなっているように感じる。筋肉がそれだけ鍛え抜かれた、と言う事なのだろう。食事も寡黙にしているが、やはりヒト族とはかなり嗜好が違う。ある程度血の味がする肉の方が好きのようだ。

 

皆で軽く打ち合わせしてから、会議に。

 

アンパサンドさんの提案は受け入れられ。

 

早速雪崩を引き起こす。

 

雪崩の勢いは凄まじく。

 

山にどれだけ雪が積もっているのかと、驚かされるばかりである。いや、温度自体はどうということも無い事を考えると。

 

降雪量そのものが、この山を魔境と化しているのかもしれない。

 

二度目の爆弾での雪崩は小規模だったが。別の場所で雪崩が起きる。

 

大きな音だけで、デリケートな状態になっている山は雪崩を起こすらしい。

 

四度目の爆弾の時には、既に雪崩は起きず。

 

しんとした状態になっていた。

 

すぐに騎士隊長が判断を下す。

 

「最速で山頂へ。 地図を作り、出来れば山越えを」

 

「最悪の事態の場合は、全員ロープを握って、吹雪の中を降りる事になりますわ。 気を付けて」

 

「合点!」

 

スールが元気よく答えたので。

 

騎士達も、少し元気が出たようだ。

 

そのまま、山へ突撃。凄い量の雪が、辺りに飛散している。荒野になっている部分にまで、雪崩として吹き下ろしてきた雪が積もっていた。

 

雪の中には獣の死体も散見されたが。

 

それはもうしばらくは放置。

 

帰りにでも、余裕があれば回収すれば良い。

 

山を急いで登りながら、測量、調査を行っていく。

 

それにしても、マティアスさんの豪腕は大したものだ。それも、見た感じ、四度目の投擲でも全然飛距離は落ちていなかった。

 

今は無駄話をしている余裕は無い。

 

温熱フィールドで残った雪を溶かしながら、兎に角地図を作っていく。

 

クレバスを発見。

 

アンパサンドさんが注意を促し、すぐに迂回する。こう言う場所が、本当に一番危ないのだ。

 

地図を作っている騎士は、多分従騎士だろう。

 

眼鏡を掛けている女性のヒト族騎士で。

 

集中して、黙々と作業を行っていた。

 

「間もなく山頂です」

 

「ドラゴンが来るかも知れない。 シールド準備」

 

周囲を確認しつつ、マティアスさん、ルーシャ、それにリディーで備える。

 

正直な話、下級の、それも弱体化させたブレスであの火力だったのだ。上級のブレスなんて、耐えられるとは思えないけれど。

 

それでも何とかしなければならない。

 

冷や汗が流れる中、ついに山頂に到着。

 

泥に滑りそうになった騎士を、同僚が助けているのを横目に。

 

周囲を警戒し続ける。

 

いきなり躍りかかってきた、虎のような巨大な獣。キメラビーストではない。真っ白な毛皮で、牙がすごい伸びている。

 

シールドで弾き返すと、無言で騎士達が一斉に槍で突き刺す。暴れ狂った虎だが、しかし数の暴力にはどうにもならず。

 

さらに五月蠅いとばかりにアルトさんが本から放った剣で、背中から串刺しにされて、その場で倒れる。

 

まあ巨大といっても、大したサイズではない。

 

恐らくだけれども。

 

この雪だらけの環境では、獣も強くなれる余裕が無いのでは無いのか。雪崩もそこそこ頻繁に起きているようだし。

 

騎士団が虎っぽい獣を解体している間に、周囲を探索。

 

リンゴがあった。

 

こんな雪山の中にも、リンゴが。

 

木そのものが珍しい世界だ。ドラゴンがいる影響かも知れない。

 

回収していく。

 

ひんやりしていて、とても強い魔力を放っている。或いは、特異な環境で育った品種なのかもしれない。

 

暖かくしてもまったく溶けない氷の塊もある。

 

これは凄い。

 

どうやら魔力が定着していて、水が形を保っているらしい。後で調べて見るとして。一応、硝子瓶に入れておいた。

 

他にも、珍しい薬草が何種類もある。

 

雪の下から顔を出した薬草たちは、どうやって生きているのかよく分からないのだけれども。

 

ともかく、不可思議な生命力で、この雪の中生きていたのだろう。

 

その中には、以前お父さんが描いた不思議な絵画の中でだけ見つけた、稀少な薬草もあった。

 

これは凄い。

 

鉱石類も、いいものがゴロゴロある。

 

回収を急いでいる内に。

 

騎士隊長が、声を掛けて来る。

 

「そろそろ、向こう側に山を下りる」

 

「あ、済みません」

 

「いや、良いのだ。 だが、正直此処は危険すぎる。 それらの素材が、我等のためにもなる事は分かっているが、危険と天秤に掛けるとな」

 

急いで山を逆方向に降りる。

 

此方も雪崩で雪はある程度安定していたけれども。その先には荒野がある。ここからが本当の本番だとも言える。

 

一応山頂で、二度爆弾を中腹に向けて投擲。

 

もう雪崩は起きないことを確認してから、一気に降る。地図を作りながら降りきった。

 

荒野が拡がっている。

 

この山脈に阻まれ、人間が到達できなかった未踏の大地だ。

 

周囲を確認。

 

人影無し。

 

獣は多数いる。それも、雪山の奴とは比べものにならないほど大きく、危険そうな奴らばかりだ。

 

こっちはただの荒野。

 

獣たちにとっても、暮らす事は難しくも無いのだろう。

 

「撤収」

 

騎士団長が急いで周囲の地図だけ作ると、撤収を指示。来る時に使った道を使って、一気に戻る。

 

山頂辺りで、雪が降り始める。

 

まずい。

 

最悪の事態だ。

 

ただし、このペースなら、山を下りきるくらいまでなら大丈夫のはず。そして、トラブルさえ起きなければ。

 

一度、岩を踏んで全自動荷車ががくんと行った時には冷や汗を掻いた。スールに至っては文字通り跳び上がった。

 

生命線である温熱フィールド発生装置がやられたら、ロープを掴んで必死に駆け下るしかないからである。

 

雪がつもり始めている中、慌てず、ゆっくり、山を下りる。

 

アンパサンドさんは早速空中機動を試していて。

 

泥だらけの地面を直接踏まず、枯れ木などを飛び移り、空中を足場に移動しながら、周囲を伺ってくれている。

 

途中、点々と獣の死骸を見る。

 

やはりこの山の環境はおかしい。

 

獣ですら、急激な環境変化に耐えられない、と言う事なのだろう。

 

ともかく、今回の探索での目的は達している。

 

山を越えるための地図と、そのノウハウの確保。

 

ここで戦う理由は無いし。

 

勿論命なんて捨てる意味もない。

 

急ぐ。

 

「ドラゴンだ!」

 

声が上がる。

 

思わずシールドを全力展開して周囲を見るが、遠くを飛んでいる状態で。しかも、山頂辺りをくるくる回っているようだ。

 

縄張りに誰かが入った。

 

それを察知して、調べているのだろう。

 

騎士隊長が、冷静に指示。

 

「刺激しないように山を下りる。 奴の行動そのものは観察を続けろ」

 

「はっ!」

 

雪が更に激しく降り始める。

 

温熱フィールドでも溶かしきれないかも知れないと思ったが。それよりも、アンパサンドさんが、騎士達を制止。

 

そうだ、此処にはクレバスがあった。

 

もう雪がどかどかつもり始めていて、見えなくなってきている。こんな状況で、よく分かるなと感心。

 

クレバスを避け降る。その間、アンパサンドさんは、空中機動を試しながら、ステップを踏むようにして。温熱フィールドの最外縁で見張りを続けてくれていた。

 

雪の中から獣が飛び出してきたとき。

 

真っ先に自分を狙わせるためだ。

 

方位針を確認。

 

もう、温熱フィールドの外は、真っ白である。方角がまるで分からない。だから、方位針を見て、麓へ向かうしかない。

 

温熱フィールドの中には雨が降り注いでいて。

 

それで体力を奪われ続けている、というのもある。

 

海中で使ったシールドは、水を跳ね返す効果もあったが。あれは流石に大気中では使えない。

 

雨は、我慢するしかない。

 

「もう少しだ、全員で生きて降りる!」

 

「応っ!」

 

騎士隊長が点呼をとりながら、皆を常に確認してくれる。

 

本当に心強い。

 

こんな人が、ネージュの時にもっといたら。

 

アダレットは、此処までの状態にはならなかったのかも知れない。

 

一部の尊敬できる人だけ。

 

どうにかしたい。

 

ふと、スールの言ったことを思い出す。みんなのためにと言っても。スールは、みんなを助けるといっても。みんなというのが大半ろくでもないと、諦めている様子だった。リディーはそれに対して。みんなをどうにかするには、洗脳を使う方法すらも検討しなければいけないと思った。

 

ふと、気付く。

 

ひょっとして。

 

今、まがりなりにも四種族が一緒にやっていけているのは。

 

こんな風に、世界が地獄だからなのではあるまいか。

 

丁度今、此処には四種族が勢揃いしている。

 

皆、それぞれの強みを生かして、この地獄の雪山からの生還を測っている。荒野でも、それは同じなのではあるまいか。

 

不意に。

 

視界がクリアになった。

 

雪の範囲を抜けたのだ。

 

まだ油断できない。

 

雪崩が起きたら、思い切り巻き込まれるからである。すぐに騎士隊長が点呼をとる。全員いる。大丈夫だ。

 

だが、直後。

 

山頂付近で閃光。

 

爆裂音。

 

そして、雪崩が起きた。凄まじい雪が、怒濤となって此方に押し寄せてくる。

 

リディーは飛び出す。ルーシャも。マティアスさんも。

 

他にもシールドを展開出来る騎士は全員。

 

騎士隊長も、大きく手を回して、巨大な魔法陣を展開。

 

地面に手を突いて、巨大な禍々しい模様のついた壁を召還した。

 

直後、雪崩が、何重にも展開したシールドを直撃する。

 

更に、強烈な手応え。

 

雪崩を貫通して、何かがシールドにぶち当たってきたのだ。凄まじい熱量で、周囲が何も見えなくなる。

 

皆のシールドが軋む中、リディーはフルパワーで魔力を絞り出す。額の血管が切れる。だが、それくらいなんだ。

 

ごうと、凄まじい熱風が吹き抜けた後。

 

顔を上げると。

 

もう真っ白にしか見えない雪山が、そこにあった。

 

意識を失っている騎士が何人かいる。シールドの負荷が凄まじかったのだ。リディーも正直足腰が立たないレベルで消耗している。

 

マティアスさんも、へたり込んで、大きく息をついていた。

 

「今のは恐らく、上級ドラゴンのブレスだな……雪崩をぶつけて、それを視界封じに使った上で、更に狙撃してきたという事だろう」

 

騎士隊長が、説明してくれる。勿論騎士隊長も余裕など無い。

 

騎士隊長が撤退を指示。

 

すぐに、皆をかついで、街の中に逃げ込む。街の中だから安全と言う事はないが。いずれにしても。

 

これ以上、上級ドラゴンが仕掛けてくる事はなかった。

 

恐らく縄張りを侵されたと判断して腹が立ったのか。

 

そんな程度の理由だろう。

 

ドラゴンは人間の敵対者。あのフーコの世界にいた火竜はあくまで願望の産物。本物は気分次第でこれだけの破壊をまき散らす。下手をすれば数十人が死んでいた。いや、シールドを抜かれたら、ブレスが街に直撃していた可能性もある。

 

いずれにしても、あのドラゴンが危険な事は良く分かった。レポートに記さなければならないだろう。

 

それから一日、ドラゴンの様子を見るために街に留まる。

 

交代で様子を見張るが。

 

ドラゴンは単に虫の居所が悪かっただけでブレスを吐いただけで満足したのか、それ以外の理由か。

 

もう仕掛けてくる事はなかった。

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