暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ 作:dwwyakata@2024
うんざりするほど繰り返した……最初の一歩が始まります。
ましてやスールは錬金術の才能で、リディーに劣っているのです。明確に……
イル師匠(イルと呼んで欲しいと言われたので、そうしている)の所に、命がけで取ってきた素材を持っていく。
頷くと、師匠はそれらの素材によって何が作れるのか。
順番に教えてくれた。
まずはお薬から。
師匠立ち会いの下で、二人で調合をする。
二人がかりで調合をするやり方については、イル師匠は何も言わなかった。今の時点では、言う事も無い、と思ったのかも知れない。
順番に一つずつ。
丁寧に行程を積み重ねていく。
その説明についても、駄目なときは即座にストップが掛かり。
やり直しをさせられた。
「精神論は有害よ。 覚えておいて。 大事なのは、ミスをしないための工夫。 どの素材をどの順番で、どういう風に入れるか。 それぞれをどうやって加工するか。 徹底的にチェックして、特に投入前には絶対に間違わないように。 今は一目で分かるけれど、そのうち一目ではわかりにくい中間生成物も使うようになるから、ラベルをフラスコに貼るのが基本になるわね」
「分かりました、師匠」
「よろしい。 もう少しゆっくりかき混ぜなさい」
それにしても、釜が違うと。
やはりできる薬も違ってくる。
また、蒸留水にしても。
イル師匠の話によると、本格的に良い品を作ろうと思うのであれば、二回の蒸留では足りないという。
作った実物を見てもらったが。
まだまだ全然純度が足りないと、はっきり言われてしまった。
悔しいけれど。
この人はいきなりアトリエランク制度に加入して、しかもBランク待遇を受けているような人だ。多分その気になればすぐAランクにでもなれる筈。
まずは全部聞いて。
その通りにやっていくしかない。
汗を落としそうになるが。
アリスさんという赤毛のメイドが、目にもとまらない速さで動いて、スールの汗を受け止める。
気を付けて、とイル師匠に言われて。
スールははい、としか応えられなかったが。
イル師匠は、頭を振る。
「マスクをつけて調合した方が良いかも知れないわね。 とはいっても、まずはそのマスクが作れないか……」
「ごめんなさい……」
「良いのよ。 まずは少しずつ技量を上げていきましょう。 最初は誰もできないのが当たり前なのだから」
「はいっ」
憎まれ口ばかり叩くスールだけれども。
流石に今はそうもいっていられない。
自信があった戦闘ですらあの有様だったのだ。
錬金術はもっと頑張らなければならないだろう。
程なく、薬が出来る。
今までと同じものを作ったはずなのに。作っただけで分かる。まるで別物だ。
うわっと、リディーが今日初めて声を上げた。
「こ、これ、私達が作ったんですか!?」
「そうよ。 そうね、これならば23点という所かしら」
「これで23点……」
「ちなみに100点の基準は私の薬よ。 私の知っている一番上手い奴は、3000点くらいの薬を片手間に作るわ」
ぞっとしたが。
それが現実なのだろう。
まずは薬を最初に。
それから中和剤を色々作っていく。
言われた通りに取ってきた薬草は、その過程で嫌でも消耗していった。
そして、三日がかりでイル師匠の所に通い。
錬金術の勉強を徹底的にして。
それが終わった後、挙手する。
「爆弾を作りたいです」
「スーちゃん」
「あの、戦闘で今は役に立てないです。 だから、錬金術の爆弾で、せめて前衛を援護しないと」
「何も爆弾だけが錬金術の道具ではないのだけれどもね。 例えば」
イル師匠が顎をしゃくると、いきなり数本の剣が浮かび上がって。リディーとスールに向けて剣先を向けた。
それも、剣はどこからともなく現れたように見えた。
合図さえしていないのに。
剣には雷撃が走っていて。
刺さったらどうなるか何て、考えたくも無かった。
「これは拡張肉体と言って、自分の肉体の延長線上で動かせる道具類よ。 身体能力に劣る錬金術師は、これを使って自衛したりするわ」
「すごい……」
「拡張肉体の種類は様々で、巨大な腕だったり、本だったり、球体だったりするけれども、それについてはおいおい学んでいけば良い。 それと」
指輪を出してくるメイドさん。
アリスさんというらしいけれど。
イル師匠とは、もうツーカーの間柄の様子で。
イル師匠がいちいち口頭で言わなくても、意を汲んで動けるようだった。
コンテナから取り出してきたらしい指輪をつけるように言われたので、おそるおそるつけてみる。
とたんに体が軽くなる。
「これはグナーデリングと言って、基本中の基本装備よ。 錬金術師は一緒に戦う戦士に装備を配って戦力の底上げをする事が多いけれど、このグナーデリングはわかり易く能力を上げられるから、よく使われるわね。 今の貴方たちでは手が出ないから、まだ考えなくていいわ」
「はい。 凄い……」
普段だったら持ち上がらないような重い石材が、簡単に持ち上がる。
でも降ろしてみると、ずしんというので。その重さがよく分かる。
それだけじゃなくて、体がぽかぽかする。
或いは、回復力が増幅されているのかも知れない。魔力も。
スールには魔力は殆ど無いけれど。
何か力がわき上がってくる、と言う事だけは良く分かる。
銃を見せるように言われたので。
手渡す。
しばし銃を見ていたイル師匠だったが。
頷いた。
「二丁拳銃がどうしてもいいというのなら止めないけれど、獣に痛打を浴びせるつもりなら、長身銃の方が良いわよ」
「ええっ、でも……」
「何かしらの拘りがあるのかしら」
「はい……」
リディーがフォローを入れてくれようとしたが。
敢えて遮る。
自分で説明したいからだ。
お母さんとお揃いなのである。
お母さんも二丁拳銃で戦う戦士だった。騎士団では、速度を武器に、弾丸を雨霰と浴びせて、敵と渡り合っていたらしい。
それを聞くと、イル師匠は言う。
「恐らくそれは、普通の弾丸じゃないわ」
「でも、まだ家にはお母さんが使っていた弾丸の在庫が」
「錬金術の道具で弾丸に魔力を込めていたのか、或いは本人の魔術で弾丸の威力を上げていたのか、どちらかね。 この弾丸の様子からすると、恐らくは後者でしょうね」
「ええ……そんなの知らなかったよう」
そんな事お母さんは、一度も言っていなかった。
ガッカリしてしまうけれど。
それはそれ。
今は、イル師匠に一つずつ話を聞いていくしか無い。
「それに爆弾は勿論フレンドリファイヤもするわ」
「フレンドリファイヤ?」
「味方も巻き込むって事よ。 乱戦で爆弾なんて使ったら、それこそ味方ごと敵も木っ端みじんよ?」
「……」
確かに、その通りだ。
イル師匠は散々脅かして満足したのか。
それから、始めて爆弾について、作り方をレクチュアしてくれた。
なお、イル師匠に言われた素材はまだ残っている。
多分これが、さっと師匠が目を通していたレシピに必要なのだろうと言う事だけは。勘で分かった。
更に数日。
必死にイル師匠のアトリエで勉強をする。
本を読むのは眠かったけれど。
体を動かして、錬金釜をかき混ぜるのは、個人的にはとても楽しかった。錬金術をしていると言う感じがしたからだ。
イル師匠のアトリエには、リディーとスールの家にもあるけれど、埃を被っている上に何に使うか分からない道具もあって。何よりそれが現役で動いていた。だからどう動かすのかを学んだ後。
家に帰って、その道具を掃除してぴかぴかにしたり。
色々と、勉強以外にやる事があった。
基礎さえできていなかった。
それを思い知らされながら。
少しずつ、勉強を進めていく。
「いい、錬金術の基礎をもう一度復唱して」
「ものの意思に沿って、ものを変質させる技術です」
「ですっ」
「はい、その通り。 いい、行き詰まったら何度でもこれを復唱しなさい。 錬金術に近道はないわ。 錬金術は才覚の学問だけれども、どんな天才でも反復練習と復習で上手になるのよ。 その回数が違うだけ」
ルーシャが言っていたのと。
寸分違わない、同じ言葉だ。
唇を思わず噛んでしまう。
色々ルーシャを馬鹿にする言葉を浴びせていたけれど。
本当にバカだったのはどちらだったのか。
その現実を、今突きつけられている。
そしてそれを怠ってきたから。
今まで上達なんてまったくしなかった、と言う事も。
素材については、足りない分はイル師匠が提供してくれたけれど。何がどうなっているのか、イル師匠のアトリエのコンテナは明らかに容積がおかしくて。お金持ちのお屋敷より広いくらいだった。
どう考えてもあり得ないが、イル師匠は空間を弄っている、と教えてくれた。
要するにイル師匠は錬金術師として次元が違いすぎて、考えるのも馬鹿馬鹿しい高みにいる、という事である。まずはそんなのは考えない事にする。
一つずつ、言われた事を順番にこなして行く。
ほどなく、イル師匠立ち会いの下、爆弾の作成に入る。
「錬金術師が使う爆弾の基本は、任意のタイミングでの爆発よ。 まずセーフティを解除して、その後起動する。 逆に言うと、どんなに危ない爆弾でも、セーフティを解除しなければ、火に放り込んでも大した爆発はしないわ」
「ええっ! そうなんですか!?」
リディーが驚く。
スールはあんまり驚かなかった。
色々凄すぎて。
ついていくのがやっとだからだ。もう驚く余裕も無かった。
「爆弾の基本は、敵に投げつけるか、それともしかけるか。 基本はこの二択よ。 どちらにしても、使う人間の任意のタイミングで爆破できなければ使い物にならないという事は覚えておきなさい」
「それで、具体的にどうすれば」
「まずはガワから作るわ」
うにの実の、トゲトゲをまず綺麗に刈り取る。
それを二つに割ると。
内部に言われた通りの魔法陣を書く。
そしてうにの実に詰まった身を腐らせて。それを加工する。
臭いガスが出てきたけれど。
これを逃がさないように、瓶に集める。
そして、魔法陣を書き上げたうにの実に閉じ込める。
更に外側にも魔法陣を書き上げて。
それでできあがり。
簡単なように思えるが。
実際には実の身を腐らせるのに、かなり時間が掛かっているし。
実の加工には、更に手間暇が掛かっている。
途中で検証作業を挟んだので。更に大変だった。
色々四苦八苦をしたあげく。
検証作業もする。
イル師匠立ち会いの下、城門の外で(なおイル師匠は騎士団同様外に出るのは手続き一つですぐに、だった)発破もして見て。
その火力に驚かされる事になった。
小さな実だというのに。
爆発したときには、ドガンと、聞いた事もない音がした。攻撃魔術だとどうしても限界があるのだけれど。
これ、多分魔術で再現するとなると、相当な腕前が必要になってくる。
至近で爆発したら、即死確定。
獣の場合だって、無事では済まないのは確定だ。
側でアリスさんが、メモを取っている。
「クラフトは14点ね」
「うわあ、厳しい……」
「イル師匠、まけてくださいよう」
「ダメ。 ただ、きちんとセーフティロックは効いていたから、戦闘では使えるはずよ」
後は使い方次第と言われ。
色々な使い方を教えて貰った。
また、大型のクラフトに関しても、作り方と使い方を教えて貰う。やりようによっては岩などを爆破もできるらしい。
火薬を使った爆弾については、まだ早いという事で教えて貰えなかったが。現時点では、とりあえずこれで充分だとは思った。
後は一週間徹底的に復習しろ。
そうイル師匠には言われたので。
言われた通りにする。
面倒なのは大嫌いだけれど。
師匠にきちんと教えて貰ってから、あからさまに腕が上がったのはスールも嫌と言うほど分かったので。
素直に言う事には従った。
その間、リディーはイル師匠に連れ出されていたけれど。
今は錬金術の腕を磨くことが大事だ。
だから、それを気にしている余裕は無かった。
リディーも。
イル師匠に連れ出され。
何をしているのかは、教えてくれなかった。
ただ、何となく分かる。
帰ってくると、リディーは毎度へとへとになっている。
体力がない、筋力もないリディーだ。
何か疲れることをしている、と言う事だけは分かった。
それと、夕食も持たされていた。
もうリディーが料理をする余裕も無いと、イル師匠は判断したのかも知れない。
言われた分の調合をこなす。
それも基礎ばかりだけれど。
徹底的にこなす。
今まで雑にやってきた作業を、丁寧にこなしてみると。まるで別の作業のようなのだと、スールも今更分かってきた。
そして少しずつだけれど思い出す。
お父さんも、錬金術をしている時は、もの凄く丁寧に手を動かしてきたと。
セピア色の過去の向こうで、ぼんやりと見えていたお父さんは。
確かこんな風に。
丁寧に。
徹底的に。
細かく細かく。
作業をしていた。
ため息をつく。やっと、お父さんの本当の背中が少しだけ見えてきた気がする。錬金術をしていた。そうとしか、漠然と思えていなかった。
自分で、専門家に教わって、錬金術をやってみて。
やっとの事で、少しだけ意味がわかってきた。
夕食を無理矢理おなかに詰め込んだ後。
ベッドで死んでいるリディーに聞く。
「外でしごかれてる?」
「スーちゃん、アリスさんってメイドさんいるよね」
「うん」
「あの人、滅茶苦茶強いよ。 多分アンパサンドさんよりずっと強い」
えっと声が漏れたが。
それは早い話。
あのメイドさんに、コテンパンにされている、と言う事なのだろうか。
言う間でも無く、リディーは言う。
「大体想像している通り。 まずは最低限の戦術と戦略について覚えろって。 後、いざという時のために、体鍛えろって」
「大丈夫? リディー、腹筋一回もできないでしょ」
「何とかする……」
「……」
心配になって来た。
でも、リディーの虚弱体質は。救貧院でお世話になっていた頃、シスターグレースも嘆いていた。
魔術を教わったのは、それを補うためだが。
外で本格的に活動するためには。やっぱり欠点もしっかり補わないとダメ、と言う事なのだろうか。
それに、戦略と戦術って。
何がどう違うのかさえも、スールには分からない。
リディーは分かるのだろうか。
だとしたら、戦闘の組み立ては、リディーに任せるしかない。少なくとも今の時点では、戦略級の傭兵なんて雇ってる余裕は無いのだから。
イル師匠の出してくる課題は現実的な量で、終わった後は片付けて、きちんと寝る余裕もある。
疲れたので眠る事にするが。
リディーはもう寝息を立てていた。
お父さんは何処に行っているのか、姿も見えない。
ただ、お金を無駄遣いしている様子はもうない。
少なくとも、お小遣いが消えている様子は無かったので。
何処かで稼いでいるのだろうなと言う事だけは、何となく分かった。
いずれにしても、生活費まで手をつけていたダメ親父だ。
少しは大人しくなってくれたことだけは、嬉しかった。
スールの隣で目を閉じる。
少しだけ、希望が見えてきた。
後は、まず最初に。
アトリエランク制度の試験を突破することから、考えなければならなかった。