暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ   作:dwwyakata@2024

133 / 200
過去を暴かれ晒される。

それはとてもつらいことだと思いますね。


2、暴き出す絵

どうやら、この場にいる人の過去に対応して。

 

絵は「見せてくる」らしかった。

 

今、見せられているのはアンパサンドさんの過去。

 

見覚えのある教会で、アンパサンドさんがシスターグレースと話をしている。シスターグレースは、余談だけれどまったく老けていない。昔と姿が殆ど変わらない。驚異的な若作りを通り越して、やはりアンチエイジングをしているのだろう。

 

騎士になりたい。

 

そういうアンパサンドさんは引かない。

 

感情が薄い。計算は得意で不正もしないが、身体能力が極端に低い。

 

魔術も使えない。

 

ホムは戦闘にはとことん向いていない人間種族なのだ。

 

それでもアンパサンドさんは、戦う道を選んだ。

 

固い決意を見て取ったシスターグレースは、どうしてもというのならと答え。そしてアンパサンドさんはどうしてもと即答した。

 

以降は、ストイックな自己鍛錬が開始される。

 

それは精神論を廃した極めて合理的な鍛錬で。

 

シスターグレースが、上背がヒト族の半分しかないホムで、どうやって戦うのかを徹底的に考え抜いて。

 

そして基礎体力をつけた上で。

 

アンパサンドさんが、血のにじむような努力の末、身につけていった力だった。

 

最初はアンパサンドさんが前に言っていたように馬鹿にする者も多かった。

 

痛みを知っている筈の教会出身者でさえ。

 

自分より弱い者を探して痛めつけたがる。

 

本当にどうしようもないと、スールは思う。

 

だがアンパサンドさんは気にもせず。

 

黙々と鍛錬を続け。

 

二回、試験に落ちてもなお。

 

屈しなかった。

 

騎士になってからも、必ずしも評価されたわけでは無いが。現騎士団長に、味方の被害を減らし敵の被害を増やすアンパサンドさんの戦闘スタイルが見いだされ。やっと従騎士を卒業。

 

そして、今に至る。

 

鼻を鳴らすアンパサンドさん。

 

露骨にびびるマティアス。

 

まあアンパサンドさんの尻に敷かれているし、仕方が無いとも言えるかも知れない。アンパサンドさんは、露骨に不機嫌だ。

 

この人は、理不尽な世界と戦うために。

 

本物のスペシャリストに教えを請う機会を得た。

 

そしてその機会を利用して。

 

今の実力を得た。

 

だからこの人は強い。

 

でも、アンパサンドさんのような人は、本当に少ないのだ。それはスールが身を以て知っている。

 

別の場所では、フィンブル兄の記憶がまた出る。

 

フィンブル兄は強さを求めていた。

 

教会で、幼い頃は意外にもかなりけんかっ早かった。今の落ち着いたフィンブル兄からは想像も出来ない有様である。

 

獣人族は基本的に戦いを好むが。

 

その悪い性質が、子供の頃はモロに出ていたらしい。

 

シスターグレースはフィンブル兄をしかりつけるのでは無く。

 

その戦闘本能を、制御出来るように。

 

そして何が戦闘本能を引きだしているのか。

 

丁寧に調べ上げて行った。

 

他の子供達も疎かにせず。

 

しっかり一人ずつ調べていく。

 

この辺り、シスターグレースの手腕は凄い。子供に接した経験が桁外れなのだろう。

 

やがて、しっかりした武術を教わって行き。

 

同時に、シスターグレースはそれと並行して、フィンブル兄に精神の制御方法を教えていった。

 

教会の教えにそったものではない。

 

単純に技術に沿った教え方だ。

 

だが、それは功を奏して。幼い頃の単なる暴れん坊は、スールとであった頃にはすっかり落ち着いていて。

 

周囲に怖れられることも、周囲を無意味に傷つける事もなくなり。

 

立派な青年へと育っていった。

 

記憶が消えると。

 

バツが悪そうに、フィンブル兄は頭を掻く。

 

「幻滅したか」

 

「いえ、全然」

 

「そうか。 俺はシスターグレースには今も感謝してもしきれん。 もし出会えていなければ、今頃ただのチンピラだっただろう。 教会で育った経緯は今の俺にとってはどうでも良い。 結局、俺は強すぎる好戦性を、どうにか自力で押さえ込んでいるに過ぎないのさ」

 

狂気を包む薄皮の正気。

 

だが、それは。

 

狂気を押さえ込めているとも言える。

 

フィンブル兄は立派だ。

 

マティアスも、それに異論はないようだった。

 

また、別の記憶を見せられる。

 

今度はリディーとスール。

 

お母さんが死んだときだ。

 

お母さんは最初こそ、流行病と言われていたが。後でルーシャに言われたように、「癌」と呼ばれるどうしようもない病であったらしい。

 

それにお父さんが気付いたときには手遅れ。

 

摂理の範囲内では、もはやどうしようもない状態になっていた。

 

騎士団でも期待の若手と言われていたお母さんが。

 

すっかりやせ衰えてしまった手で、泣くだけの双子の頭を撫でる。

 

貴方たちは私とロジェの宝物よ。

 

いい。

 

これからロジェと、ルーシャお姉ちゃんの言う事を良く聞いて、しっかり夢を叶えるの。

 

それだけが、私の望みだから。

 

記憶は、そこでぷつんと切れた。

 

言葉も出ない。

 

本当に、ルーシャにも、お父さんにも、謝罪の言葉も無い。

 

勿論、お父さんが壊れた後、世話をしてくれた人達。

 

見かねて教会に連絡してくれた鍛冶屋の親父さんにも。

 

そして世話をしてくれたシスターグレースにも。

 

本当に駄目だったのはお父さんでは無い。

 

お母さんが言った一番大事なことをすっかり忘れていた、リディーとスールなのだ。

 

冷静に分析をするプラフタさん。

 

「ふむ、此処にいる人間の記憶を再現していくようですね」

 

「ふふ、どうするプラフタ。 ミステリアスな僕の過去が暴かれてしまうかもしれないな」

 

「……それは「大丈夫」でしょうに」

 

「へ?」

 

リディーが間抜けな声を上げるが。

 

ルーシャが慌てて口を塞ぐ。

 

何となく、スールもそれには突っ込まない方が良いと思った。

 

そもそもアルトさんは深淵の者の大幹部。

 

もしも下手な記憶が表に出たりしたら。

 

それはこの場にいる全員が口封じに会う可能性に直結する。

 

大体。これだけアルトさんが平然としているのだ。

 

多分記憶を表に出さない何か手段があるのだろう。

 

また、次の記憶が出てくる。

 

今度はルーシャだ。

 

板挟みになるお父さんをずっと見て育つ。

 

才能は弟。つまりリディーとスールのお父さんに持って行かれ。

 

無能な先王の時代に跋扈した無能な役人には賄賂を要求される。

 

金を作れ。

 

そう言われて、何度もため息をついている姿を見ながら、ルーシャは育つ。

 

そんなとき、帰ってきた弟。つまりリディーとスールのお父さん。

 

ラスティンで公認錬金術師になったのだと言うと。

 

誰よりも、ルーシャのお父さんが喜んだ。

 

ルーシャは、自分のお父さんが喜んでいる姿なんて殆ど見なかったから。それを見て、本当に嬉しかったのだろう。

 

事実幼い頃は、ルーシャは殆ど笑うことも無かったのだ。こんなに寡黙な子だったなんて、スールも知らなかった。

 

だが、それもその日以来変わった。

 

そして、まもなくリディーとスールのお父さんは、お母さんと結婚。

 

リディーとスールが生まれて。

 

ルーシャはどんどんしっかりしていった。

 

窶れたリディーとスールのお母さんに。ルーシャは頼まれる。

 

あの子達をお願い。

 

ルーシャは決意を込めて頷く。

 

何があっても。

 

何が相手でも。

 

双子を守り抜くのだと。

 

ルーシャは首を横に振る。

 

恥ずかしいというのだろうか。

 

「ルーシャ」

 

「……」

 

「もう、謝るのはしないよ。 今のルーシャは、スーちゃんとリディーの誇りだよ。 それだけ言わせて」

 

「ありがとうございます……ですわ」

 

気持ちは分かる。

 

ルーシャはきっとだけれど。

 

リディーとスールを守れていない現在の自分を恥じているのだろう。

 

それは悲しい事だと思うけれど。

 

だけれども、そもそももう一人前に位置する錬金術師にまでなっているのだ。

 

今度はリディーとスールが。

 

今まで散々掛けた迷惑の分、ルーシャを助ける。

 

それについては、リディーとスールは。最近意見が対立することも起きる様にはなってきたけれども。

 

一致した見解だった。

 

そして、次で例外が来る。

 

リディーとスールのお父さんの記憶だった。

 

お父さんは、兄。ルーシャのお父さんの苦悩を見ながら育った。無能な庭園王と、その腰巾着達。

 

どうしようもない国政。

 

打つ手が無い程に腐敗した社会と国家。

 

板挟みになって、家族を守るために苦悩する兄。

 

その上、才能はお父さんの方に持って行かれてしまっている。その過程で、どれだけ兄が侮辱されたか。お父さんは哀しみと共に、それを見ていた。

 

俺が少しでも負担を減らさなければならない。

 

そう思ったお父さんだけれども。

 

どうしても宮仕えには向いていない。

 

だったらラスティンとの人脈を作りたい。

 

そう考えて、公認錬金術師試験を受けに行った。

 

ラスティンに辿りつくだけでも命がけ。

 

崩壊したインフラを、何とか辿りながら王都まで行く。推薦状が必要だと、ラスティンの街の一つで公認錬金術師に聞かされて。それで大慌てで推薦状も集めた。本当に見切り発車で。

 

いつ死んでもおかしくない旅路だったのだ。

 

その過程で、お父さんは知った。

 

自分が天才などでは無い事を。

 

記憶が一旦途切れる。

 

プラフタさんが、腕組みして考え込んだ。

 

「これは初めてのケースですね。 今のは?」

 

「私とスーちゃんのお父さんです」

 

「ああ、なるほど」

 

プラフタさんは多分お父さんの顔を知っている筈だが。

 

此処は話を合わせておく。

 

その方が良いだろう。

 

リディーに目配せしたのが効いて。リディーは、ちゃんとそういう風に取り繕ってくれた。

 

「この様子だと、この場にいる人間の家族の話も記憶として出力される可能性が高そうですね」

 

「……何か利用は出来ないです?」

 

「記憶の探り出しであれば、別に錬金術の道具を使えば良いだけの事。 わざわざレンプライアだらけの場所に来る必要などありませんよ」

 

「なるほど。 確かにその通りなのです」

 

そういえば、裁判などでは。

 

そもそも偽証を避ける為に、記憶の引き出しを行うケースがあるという。

 

捕獲した匪賊を特定する場合にやっているのをスールも見た事があるが。

 

確かに裁判でそういうものが使われるとなれば。

 

抑止力にはなる。

 

少し考え込んでから、プラフタさんは探索の続きを促す。

 

此処までの過程で。

 

既に二度の休憩を挟み。

 

次の調査地点を見に行った後には、眠りたいくらいには疲労していた。物資も少しずつ、確実に減っている。

 

だがプラフタさんはさくさくと砂漠を踏みしめながら平然と歩いている。

 

この人、想像以上に厳しいかも知れない。

 

ほどなく、次の記憶が出現する。

 

さっきの話の続きだ。

 

リディーとスールのお父さんが、公認錬金術師になって戻ってきて。最初に接触したのは騎士団だった。

 

まだこの時代は先代騎士団長が健在で、お父さんに騎士団長が直接会いに来た。流石に恐縮するお父さん。

 

何しろあの雷神を倒した伝説の英雄である。ネージュと一緒にこの人が戦わなければ、雷神には勝てなかったのだ。

 

騎士団長はパレードなどで姿をスールも見た事があったが。

 

ヒト族の四倍の上背を持つ、魔族のレア種族である巨人族は。流石に圧巻。

 

武を体現するような姿だった。

 

騎士団長に頼まれて、多くの装備の更改を頼まれるお父さん。言われるままに、身につけてきた技術でどんどん騎士団の装備の更改をしていく。プラティーンなど、加工できるものや、お薬も納入する。

 

ナイトサポートも。

 

実はナイトサポートの作成コストを三割ほど下げたのがお父さんだと、この時の記憶を見て知った。

 

昔は作り方の過程に無駄があったのだけれど。

 

お父さんがその無駄を発見。

 

お薬として更に完成度を上げたのだ。

 

騎士団とお父さんとの間にはつよいパイプが出来。

 

そして、それはお父さんのお兄さん。つまりルーシャのお父さんの立場を強くする事にもつながった。

 

お父さんが安堵する中。

 

元気の良い、若い女性と出会う。

 

ああ。

 

そうか。

 

これが、若い頃のお母さんか。

 

綺麗な人だ。騎士団として、ヒト族としては最強の騎士の一人、ともこの時代から言われていたらしい。

 

キホーティスさんの若い頃らしい人も少し映った。今では愉快で物わかりが良い有能な騎士だが。当時は堅物だったようで、どうもお父さんとお母さんの中を良く想っていなかったらしい。

 

うちには人材が足りないんだ。そう過去の映像では言っている。

 

どうやら騎士団でも、これほど有力な騎士を結婚退職させるのは惜しいと判断していたようである。

 

いずれにしても、二人は恋に落ち。

 

やがて多くの祝福の中結婚した。

 

結局は、キホーティスさんも納得した様子だ。騎士団長は、結婚式にも顔を出し、有望な騎士の未来を祝福した。お父さんが恐縮している姿が初々しい。お母さんは常に堂々としていた。

 

リディーとスールが生まれて。

 

ヴォルテール家の立場も良くなって。

 

何もかもが上手く行くようにさえ思えた。

 

しかし、幸せは長くは続かなかった。

 

後の悲劇は、目を背けるようだった。

 

ナイトサポートの改良実績もあり。むしろ薬の作成を得意としていたお父さんが、何をやってもお母さんの病気を治せなかった。

 

癌だと気付いたときには手遅れ。

 

やがてお母さんは天に召され。

 

そしてお父さんは。

 

怖くて錬金術ができなくなった。お酒に溺れて。ぼんやりと、何もできずに蹲ってしまうことになった。

 

スールは涙を拭う。

 

こんな状態になったお父さんに、どれだけの暴言を浴びせてきたか。本当に、本当にどうしようもない馬鹿だった。

 

リディーも涙を拭っている。

 

どうしてこの時に。寄り添ってあげられなかったのか。

 

だからずっとお父さんは、孤独の中彷徨い続けたのではないか。

 

しばしして。

 

プラフタさんがいう。

 

「もう少し調査を進めたら、切り上げましょう」

 

「分かりました……」

 

「気持ちを切り替えなさい。 貴方たちの様子を見れば分かりますが、既に周知の事実の筈です。 今此処でするべきは、怪我をせずに生きて帰ること。 違いますか?」

 

「プラフタさん、流石にそれは……」

 

マティアスが助け船を出そうとしてくれるが。

 

視線を向けられただけで黙り込む。

 

何となく、プラフタさんという人が分かってきた。

 

この人、多分自分というものにたいして、痛みをどれだけ浴びせられても何とも思わない人なのだ。

 

他人の苦しみは分かる。

 

苦しんでいるのは分かる。

 

だけれども、自分自身は何をされても基本的に平気。

 

だからこそなのだろう。

 

他人に対してもとにかく厳しくなりがち。

 

ひょっとして、だけれども。

 

或いはそれで手遅れになった事が、何度もあるのではあるまいか。

 

憶測で推察してしまったけれど。

 

あくまでそれは憶測だ。

 

言われるまま砂漠を調べて、また記憶を引き出す場所に出る。

 

今度は、オイフェさんだった。

 

ちょっと驚く。

 

オイフェさんの世界は、灰色だった。

 

一つだけの言葉は、時々脳裏で繰り返される。それだけである。

 

ルーシャに対して。

 

従い、支えよ。

 

それだけ。

 

灰色の人だなとは思っていたけれど。これほどまでだとは思わなかった。背筋が凍るかと思った。

 

オイフェさんは、それを見ても何とも思わない。ルーシャも何となく事情を知っている様子で。

 

特に自分の忠実な護衛に対して、何かを言うことは無かった。

 

気まずい中、一旦撤収する。

 

プラフタさんの調査がかなり手際が良かったこともあり、もう一回、砂漠に入れば調査は完遂できそうだ。

 

また、砂漠を調査している過程で。

 

鉱石の類は、かなりたくさん拾う事が出来た。

 

特に記憶が呼び覚まされる場所の近くには。高純度のプラティーン原石だけではない。多くの貴重な鉱石が散らばっていた。

 

ハルモニウムの材料となる竜の鱗は既に充分な量を確保できている。

 

ならば、今度はプラティーン作成の腕を上げていって。

 

もっとマシなものを作れるようにする。

 

それが先だ。

 

「物資の消耗、どれくらいで補給できますか」

 

「ええと、四日もあれば……」

 

「わかりました。 それでは五日後に再集合で。 次の探索で、この砂漠の調査を終えましょう」

 

プラフタさんが、巨碗を何処かに格納。

 

拡張肉体とは便利だ。

 

手を叩いて解散、と宣言して。

 

皆それぞれ帰路につく。

 

リーダーシップをとってくれるのは有り難い。リディーは元々リーダーシップをとるのに向いていない。それはリディー自身が、時々スールにぼやいたりもするくらいだ。

 

とはいっても、スールはもっと向いていない。

 

かといって、マティアスはリーダーをやりたがらないし。

 

アンパサンドさんは立場が微妙すぎる。

 

フィンブル兄が、スールの頭にぽんと手を置くと。帰るぞと言ってくれたので。ぐるぐる回る思考からは解放された。

 

もう全自動荷車は、力仕事を必要としないので。後はそのまま流れで解散する。

 

回収した素材もルーシャと文句なく分け合ったし。

 

これでいい。

 

アトリエに戻ると。

 

お父さんが、貴重な素材を使って、高度なお薬を作っていた。

 

何でも昨日(缶詰状態でリディーとスールが不思議な絵を探索中)、王城に出向いて。

 

必要な薬を作る事を交渉してきたらしい。

 

役人はロジェ=マーレンの実績を知っていたからか。

 

すぐに喜んで、依頼をして来たそうだ。

 

片手間に作ってはいるが。

 

それにしても凄い腕だ。ぱっぱと仕上げていく様子はある意味芸術的ですらある。

 

天才、と呼ばれたのも、無理はないことなのだろう。

 

お父さんは謙遜していたが。

 

「よし、こんな所だな……」

 

釜からお薬を引き上げ、瓶に詰め始める。

 

これだけの高度な薬をホイホイと作れる腕前。リディーとスールが勝てたのが、奇蹟だとしか思えない。

 

「分量のダブルチェックを頼めるか」

 

「試用はいいの?」

 

「俺が散々作った薬だ。 必要は無いさ」

 

「そう、なら……」

 

二人で重さ、量を確認。

 

更を瓶をちゃんと蒸留水で洗ったかも確認。お父さんはしっかり洗ってあると、頷いてくれた。

 

なおお父さんも、最近は蒸留水を作ってくれるので。

 

非常に手間暇が減って助かる。

 

蒸留水の作成は、案外手間暇が掛かる物なのである。

 

「全自動荷車を借りるぞ。 納品してくる」

 

「行ってらっしゃい」

 

「ああ」

 

お父さんは、だいぶ顔も晴れやかになっている。確実に立ち直りつつあるのだろう。

 

また、研究も進んでいる様子だ。

 

ため息をつくと、今度は爆弾とお薬の補充を手分けして開始する。

 

そろそろ、もっと強力な爆弾を作りたい。

 

というのも、今の状態で無茶な仕事をさせられていくことになると。どうせドラゴンとの戦闘を想定しなければならないからだ。

 

現状、バトルミックスを用いても、ドラゴンを確殺出来る爆弾はない。

 

ドラゴンのブレスの火力を考えると、戦闘は出来るだけ短時間で終える方が良いはず。

 

海竜との戦闘で思い知らされたが。

 

ドラゴンは戦術を知っている。

 

知能はないらしいのだが。

 

少なくとも、下手な人間よりも遙かに高度な戦術を使いこなしてくる。獣としての勘も鋭い。

 

つまり戦いが長引けば長引くほど不利になって行く訳で。

 

戦闘では。それこそ一撃必殺の火力を持つ爆弾を作りたい、というのが本音だ。

 

今、イル師匠に相談したり。

 

或いは見聞院に足を運んだりもしているのだけれども。

 

どちらも決定打がない。

 

イル師匠は今までの知識を応用しなさいと、ごくまっとうな話をしてくるし。見聞院にあるのは、それぞれ完成形の爆弾ばかり。要するに、量産を前提とした爆弾であって。ドラゴン戦を想定したようなものはない。

 

勿論、凄腕の錬金術師がそれらのレシピに沿って爆弾を作れば、当然ドラゴンにも有効打を与えられる爆弾を作れるのだろうが。

 

残念ながら現状のリディーとスールにそれは無理だ。

 

結論としては、腕を磨くしかない。

 

そういう事である。

 

黙々と爆弾とお薬を補充しているうちに、お父さんが戻ってくる。金貨の袋を無造作に渡すと、地下室に。

 

ちょっとひやりとしたが。

 

すぐにレシピを持って戻ってきたので、少し安心した。

 

家にいないか、地下室に籠もりっきり。

 

お父さんがああなったのは、お母さんの悲劇が原因だけれども。リディーとスールにも責任はある。

 

だから、今はもう。

 

同じ事が、繰り返されないことを祈るばかりだ。

 

疲れも溜まってきたので、スールが出来合いを買ってくる。

 

そして、皆で夕食にした。

 

「まだ店売りの方が美味しいな」

 

「もう、お父さんったら」

 

「当然だよ」

 

「……そうだな。 店売りより良いものをお前達が作れたら、外食産業の人達が食いっぱぐれてしまうからな」

 

リディーは相応に家事が出来るが。

 

流石に店売りより良いものが作れるとはうぬぼれていない。

 

お父さんはあるいは、そうやって釘を刺してくれたのかも知れない。

 

そういえば、だけれど。

 

昔からお父さんは、滅多に怒らない代わりに。怒るとお母さんよりも怖かった記憶がある。

 

これから、ちゃんとしたお父さんになろう。

 

今、そう思っているのかもしれなかった。

 

勿論、リディーとスールも、もうそろそろ子供ではなくなる。

 

つきあい方には、今までとは違うやり方が必要になるだろう。

 

その辺りは、シスターグレースにでも相談してみるのが良いかも知れない。

 

夕食を終えると。後はすぐに眠る。

 

お父さんの過去を見た事は、言わない。

 

リディーと帰り道、話しあって決めた。

 

砂漠の記憶で見たけれど。お父さんはお母さんに、不器用なプロポーズをして。そして快諾されていた。若い頃のお母さんは、とにかく綺麗だった。

 

お父さんはそういう意味では人間で。

 

人間を止められなかった事が、イル師匠やフィリスさん、それにソフィーさんのような人外の域に達した錬金術師になれなかった理由でもあるのだろうと。

 

才覚はどうかは分からない。

 

ともかくお父さんは、人間だった、と言う事だ。

 

リディーとスールは、それではいけない。

 

やろうと思った事がある。

 

この国一番のアトリエになって、それから何をしたい。

 

聞かれて、気付いた。

 

そもそも、この世界みんなのために、誰かが動かないといけないのだと。

 

ミレイユ王女はとても良くやっているけれど。

 

それは人間に出来る範疇で、だ。

 

リディーとスールは、驚天の神技である錬金術を極めることによって、この世界を根本から変えたいのだ。

 

「ねえ、スーちゃん」

 

「うん……」

 

「まだ起きてる?」

 

「うん」

 

リディーが眠れないのか、話しかけてくる。頷きながら、話を聞く。

 

「時々、聞くんだよね。 破壊神フィリス=ミストルート。 創造イルメリア=フォン=ラインウェバー。 特異点ソフィー=ノイエンミュラー。 これってひょっとして、そのまんまの意味なんじゃないのかな」

 

「神に等しい力って事?」

 

「ううん、世界に対する接し方って事」

 

「!」

 

そうか。

 

確かにフィリスさんの豪快極まりないインフラ整備。あれは世界に対して、「破壊の力」を振るっているに等しい。

 

イル師匠の理論的な錬金術。

 

あれは世界に新しい道筋を創造しているに等しい。

 

そして、ソフィーさんの凄まじい力。あれは、文字通り特異点として君臨する力だ。

 

二つ名ではなく。

 

世界に対する三傑の存在そのものだったのか。

 

「もしも、力が欲しいと欲するなら……」

 

「そうだね。 何か、具体的なビジョンが必要なんだろうね」

 

だとすると。みんなのためにというのは基本として。

 

リディーは変革。

 

スールは選抜、だろうか。

 

いずれにしても、まだ全然力が足りない。今後も話しあって、考えて行かなければならない事だ。

 

それから少しだけ会話をして。

 

後は眠った。

 

今は休息が必要だ。

 

それは、分かりきった話だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。