暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ 作:dwwyakata@2024
この世界の人間全てが作り出した今と。
その世界に対して戦う事を決めた二人の話。
荒野を、二人の子供が彷徨っていた。
二人ともボロボロの服を着て。
一人は酷い皮膚病で、見ているだけで悲しくなるような姿だった。
ぞろぞろと群れを成して歩いている人達。
ネームドなどに街がやられると。街道をこうやって人が逃げ惑うことがあると聞いた事がある。
だけれども、これは。
ずっと荒野を彷徨っているのが普通、という雰囲気。
ひょっとして。ずっとずっと昔の光景なのか。
生唾を飲み込むリディーとスール。
言われた事を思い出す。
500年前。
この世界には、秩序そのものが存在しなかった、と。
そんな世界では、こんな風に人々はボロを纏って、凶悪な獣が徘徊する荒野を歩き回り。
そして命すらつなげずに、死んで行ったのではあるまいかと。
光景が切り替わる。
偶然手に入れた本。
タチが悪いけれども、字が読める男。
男にものを貢いで、字を読めるようになった二人の子供は。
必死になって本を解読していく。
それは錬金術の本。
ほどなく、二人は錬金術を身につけ。
そして集落の中で、敵性勢力を撃退し。けが人を助ける。そんな中核的な役割を果たすようになっていった。
だが、容姿がそれでものをいうようになった。
美しく育った女の子の錬金術師。
多くの病気で、とにかく周囲から見て「醜かった」男の子の錬金術師。
二人は非常に仲が良く、文字通り比翼として活動していたのに。
周囲は女の子の錬金術師には神に接するように崇め。
男の子の錬金術師のことは徹底的に馬鹿にした。
目を覆いたくなる。
これが現実だ。
そして、誰の過去なのかも大体分かった。
女の子の方の瞳に星があるからだ。
やがて、二人のおかげで集落は安全になり、大きな街になって行くが。その過程で、どんどんろくでもない人間が流入し。
やがて女の子の錬金術師は政略に利用されるように。
男の子の錬金術師は、そいつらにとって邪魔と判断されるようになった。
暗殺者が送り込まれた。
記憶が切れる。
「アルト、これ一体……」
「さあ?」
マティアスが聞くが。多分、マティアスだって分かっている筈だ。これはアルトさんと、プラフタさんの過去だ。
アルトさんが、嫌みな程に美形で。
それで女の子を相手にもしない。
その理由が分かった気がする。
こんな経験をすれば。
それは徹底的に人間嫌いにもなる。はっきりいって、リディーやスールだって、この場にいたら、周囲に迎合していたかも知れない。
見ていて痛々しいほどの皮膚病と異形。
錬金術の才覚は確かに見ていて互角に思えた。
それなのに、周囲の扱いは正反対。
二人は互いに理解し合っていても。
これでは、おかしくなるのも当たり前だ。
無言でプラフタさんが調査を続ける。
その過程で、他にも色々な記憶を見た。
ルーシャのお父さんの記憶。
凡才と言われた錬金術師。無能な王とその取り巻き、錬金術の装備が足りずに多くの死傷者を出している騎士団の板挟みになり。苦悩し続けた人の苦悩。
何度も手首を切ろうとして。
そして、ルーシャが悲鳴を上げてその場で顔を覆って蹲ってしまった。
すぐにルーシャにリディーが駆け寄って、抱きしめるけれど。首を横に振るばかりで、ルーシャは正視できないというのだった。
元々無理をしているのだルーシャは。
こんな光景を見せられたら、それこそたまったものではないだろう。
イル師匠の昔の光景。
フィリスさんと。そう、目が濁っていない、優しくて正義感も強かった頃のフィリスさんと一緒に戦っている姿。
だが、フィリスさんは目に見えて分かる程の天才。ギフテッド持ちであり、しかも才能を鼻に掛けず努力を続け、機会にも恵まれた。
本来なら、同時代に何人も存在し得ない天才。
文字通り輝ける星だ。
それに比べて、努力家で知識もあるとは言え、所詮凡人のイル師匠は。ずっと苦悩し、嫉妬し続けてもいた。だけれども、その愚かしい自分を必死に押さえ込み。自分が勝つために、それこそ血がにじむ努力を続けていた。
それは論理の権化になる訳だ。試行錯誤を、誰よりもこなした人なのだから。
血を吐くような光景ばかりが現れる。
今度は、多分マティアスつながりだろう。
ミレイユ王女の記憶だった。
無能そうな、眠そうにしているおじさん。
着飾っている様子からして。
コレは恐らく。先代庭園王だろう。
武門の王とは名ばかりの男で。
騎士達が命を賭けて人々を守っているのに、前線に出て指揮をするとか鼓舞をするとか一切せず。
それどころか、騎士団の予算を削って庭園趣味に王都を改造。
元々あった強力な獣への備えなどを、庭園趣味に沿って排除したり。
場所によっては、王都を守る森まで斬り払おうとしていたらしい。
王妃との仲も冷え切っていて、佞臣達が用意した側室を、毎日名前も知らずにとっかえひっかえ。
文字通り、国を滅ぼしかねない無能だった。
ミレイユ王女はまだ幼かったのに。
その現実を目の当たりにする。
そして其処に現れたのが。
深淵の者達だった。
元々深淵の者は王宮にかなりの影響力を持っていたのだが。流石にこれは目に余ると判断したのだろう。
利害が一致したミレイユ王女と、元々宰相を務めたこともある人物を中心とした深淵の者達は連携。
佞臣を根こそぎに粛正。佞臣と連んで暴利を貪っていた悪徳商人もまとめて粛正。更にそいつらと連んでいた賊も根こそぎ処理。
更に王を幽閉した。
庭園を造りたい。
醜い王都を美しい庭園都市にしたい。
そうわめき散らす先代王を、文字通り幽閉したミレイユ王女の目は冷え切っていた。血の粛清はしばし続いたが、勿論佞臣も黙っておらず。ミレイユ王女を暗殺しようとしたり。よりによって深淵の者の関係者に暗殺者を送ろうとさえした。
下手をしたら、アダレットは一度焼け野原になっていたかも知れない。
ともかく、ミレイユ王女の尽力によって、アダレットに巣くっていたゴミ共は処理され。今は墓の下か、海の底か。生きている場合も権限を全て奪われた上で、閑職に回されている状態である。
記憶が消えた後。
マティアスはぼやく。
「俺、あの時何もできなかったよ」
沈んだ口調。
誰も、それを責めなかった。
マティアスには、佞臣が接近し。ミレイユ王女に代わる旗頭にしようと当然工作を仕掛けていたが。
それを見越したマティアスに。
ミレイユ王女は、先に言っていたのである。
暗愚になっていろと。
周囲から馬鹿にされるほどに暗愚な様子を演じていろと。
それは弟に対しては、あまりにも過酷な言葉であるかも知れない。
マティアスは、今ではスールも知っているけれど。努力家で、自分がミレイユ王女に及ばないことを知った上で、出来る範囲で出来る事をやっている人物だ。騎士としては、既にもう騎士一位の名前に負けていない実力も持つ。
捨て扶持として騎士団に置かれているマティアスだけれども。
少なくとも一戦士としての称号、騎士一位としては、もう既に申し分ない実力だと、あのアンパサンドさんが保証しているのを何回か見ている。
政治家としての能力はないかも知れない。
だが、有能な姉に嫉妬せず。嫉妬したとしてもその心を押さえ込み。
そして、全てを良い方向に動かすため。
バカ殿になる事が出来る人物でもある。
はっきりいって、何も考えないで、自分の主観で相手の良し悪しを決めつけたあげく。心の底から馬鹿にしていた昔のリディーとスールとは、その頃からして雲泥である。
だから、スールは言う。
「マティアス、ミレイユ王女は英雄で、凄く良い王様だと思う。 でも、マティアスは立派な騎士で、一緒に仕事が出来るのが今のスーちゃんの誇りだよ」
「すまないな、スー。 ありがとうよ」
「……もう少し探索を進めましょう。 少し厳しいですが、これで大まかな情報は明らかになる筈です」
此処は戦地だ。
そう、静かにプラフタさんはたしなめているように思えた。
その通りだ。
まだまだレンプライアは湧いてきている。
もたついていたら、多分不意を打たれるし。
或いは戦闘で無駄に消耗する。
戦闘は精神論では勝てない。
戦力が欠けている状態では、どうしても無駄な被害が増える。
それはスールも、戦場に立って良く理解出来ている。
プラフタさんの言葉通り。
今は可能な限り、戦地での調査を早く終わらせて、そして安全な場所で話すべきなのだ。
黙々と砂漠を歩く。
先頭にいるアンパサンドさんが、ハンドサインを出してくる。
どっと、しかけてくるレンプライア。
よくもまあ、次から次へと湧いてくるものだ。本当に、何処にこんな数が潜んでいたというのか。
しかも、左右から、2時10時の方向から、どっと押し寄せてくる。
砂丘の影に潜んで気配を消していて。
待ち構えていた雰囲気だ。
勿論後退する。後方は既に調査済み。そっちにまで回り込んでいる可能性は小さい。後退しながら、乱戦になりつつも敵を引きつけてくれているアンパサンドさんに時間稼ぎを頼みつつ。
敵を一掃する準備を整えるが。
しかし、直後。
事故が起きた。
砂丘を乗り越えて、無理矢理に一体が、至近距離に躍り出てきたのである。
それも、下半身がない大きい奴。
サイズも特大である。
口に当たる部分を開くそれ。
それだけで、次の瞬間、特大威力の魔術が飛んでくると分かる。腕を振り下ろすだけで魔術を発生させるような奴である。
まずい。対応が、間に合わない。
即応したのは。
マティアスだった。
跳躍して、相手が魔術をぶっ放す前に、口に剣を突き立てていた。
あれは、空中に足場を作って、空中機動したのか。
確かに靴にその機能はつけていたが。
アンパサンドさんじゃあるまいし。マティアスも、凄く影で努力していたというのか。
負けていられない。
一瞬遅れて、スールもマティアスの至近に躍り出ると、レンプライアに至近距離から魔力の籠もった弾丸を連射連射連射。
のけぞるレンプライア。
剣を引き抜きつつ、けり跳ばすマティアス。
その先には、既にルーシャが、全力砲撃をぶっ放していた。
怨念の声を上げながら、光に消えていく巨大レンプライア。更にとどめと、スールがフラムを空中で放り、バトルミックスで起爆。
砂丘が文字通り消し飛んだ。
流石にレンプライアでは、今の怒濤の攻撃に耐えきれないだろう。
更に、乱戦の上空に出ると。
上空から、レンプライアの頭を次々撃ち抜いていく。
勿論レンプライアだ。即死しない奴もいるけれど。アンパサンドさんが、隙を見計らって飛び退けるほどの時間を稼げる。
其処に、プラフタさんが、極太の魔術砲をぶち込み。
敵を文字通り掃討した。
更に生き残りを、フィンブルさんとオイフェさんが一気に仕留め。
わずかに逃げようとしたものも、アルトさんが片付けた。
着地。
砂の一部が溶岩になっている。
今のプラフタさんの砲撃が、それだけ桁外れだったと言う事だ。大きめの砂丘が、砲撃の先で消滅しているのも見る。
冷や汗である。
アルトさんより実力を出しているだろうとはいえ、まだまだ手加減しているはず。
それでも、とても勝てる気がしない。
それに、この人は。
アルトさんが、数百年前から。恐らくは、500年以上前から。秩序のない世界を知っている事を考えると。
「戦闘の後始末を」
「はいっ!」
アンパサンドさんに声を掛けられて、慌てて虚脱から引き戻される。
すぐにレンプライアの欠片をまとめ、けが人を確認。
物資も。
アンパサンドさんは、一瞬だが二十近い数のレンプライアを同時に回避盾で引き受けてくれていたので。当然ながら、かなりの手傷を受けていた。
接近するだけで手傷を受けるあの翼鎧も、その中には混じっていたのだ。
仕方が無い事だろう。
動きに支障が出るような傷は無かったが。
それは強化した装備品や、既に渡している錬金術製の服による強化を、アンパサンドさんが上手に使ったからである。
すぐに手当をする。
傷薬で溶けるように傷が消えるが。
一部の傷には砂が入り込んでしまっていたので。
水を使って傷を洗って。
更に殺菌した後、薬を塗らなければならなかった。
「痛くない?」
「痛いに決まっているのです」
「そ、そうですよね……」
「さっきの連携、見事だったのです。 このアトリエランク制度が終わったら、正式にアダレットに雇われてくれると助かるのです」
驚いて、手当の手が止まりそうになった。
リディーも目を丸くしている。
きょとんとした様子のアンパサンドさん。
この人は自他共に厳しいが。
故に評価するときはしてくれる。
とはいっても、こんなに評価してくれているとは思わなかった。ちょっと嬉しいかも知れない。
「そうなったら、アンパサンドさんとは同僚?」
「そうなるのです」
「アンパサンドさん、騎士隊長にはならないんだよね」
「そもそも隊の指揮をするのにはむいていないのです」
そうだろうな。
手当を終えると、最後の調査地点に向かう。傷も既に完治。残る物資を考えると、戦闘はもう何度も行えない。
少なくともさっきの規模の戦闘は、後一度で限度だ。
プラフタさんが、迷いなく歩き始める。
さっき手傷を受けても、全然アンパサンドさんは臆することも無く、すぐに先頭に立って敵の攻撃を真っ先に受ける立場に立ってくれる。
ならば、此方も。
それに答えなければならない。
無言で、後に続いて。
最後の地点の調査を開始。
幸い、もうレンプライアの大規模な攻撃は無く。
最後の地点で、よく分からない光景を見せられることになった。
顔をフードで覆った人。
既に姿は異形とかしている。
もう片方は、恐らく昔のプラフタさんだ。
瞳に星があるから分かる。
二人は、静かに。悲しい応酬をしていた。
「この世界には現在すらもない。 だから未来を消費してでも、今を生きる事を考えなければならない」
フードを被った人。
恐らくはアルトさんの昔だろう。
その人は、そんな事を言う。
だが、既に致命打を受けて蹲っているプラフタさんは、口から血を吐きながらも、答える。
「どんなに過酷な世界であっても、未来を奪うことはあってはならないのです。 ルアード、その禁断の技……根絶の力を使うことは絶対に許しません」
そして、プラフタさんは。
恐らくアルトさんの過去の姿に対して。
自爆特攻。
何が起きたのかは分からないが。
相討ちに持ち込んだらしかった。
アルトさんはじっと黙り込んでいる。
プラフタさんは、静かに目を背けていた。
「これで調査は終了です。 引き上げましょう」
「ああ、双子には後で話がある。 僕のアトリエに顔を出すようにね」
ぞくりとした。
アルトさんはいつも通り笑みを浮かべているが。
これはひょっとして、深淵の者の機密に触れたか。
さっきの光景。明らかに尋常なものではなかった。プラフタさんがあれだけ悲しそうにしているのもおかしかったし。
何よりも、あの自爆特攻。
どちらも無事で済んだとはとても思えないのである。
絵から出る。
点呼を済ませると、アンパサンドさんに、レポートを出すようにと、一言だけ言われる。同時に、アルトさんに咳払いもされた。
多分だが、深淵の者から見て、知られるとまずい内容があるのだろう。
後で話をするのかも知れない。
とはいっても、アンパサンドさんが大まじめにレポートを書いたとして、受理するのはアダレットだ。
其処まで深刻な話になるかは分からないが。
ともかく、である。
一度、アトリエに戻る。
二人、顔を見合わせたのは。
アルトさんとプラフタさんが、とても悲しい過去を背負っていると言う事が確実になった事。
そして恐らくは、世界の命運を担う戦いを、比翼の友ともいえる関係でありながら、しなければならなかったということだ。
秩序無き世界から。
深淵の者は此処まで秩序を作った。
その大いなる実績は誰にも真似できない。
でも、それには当然大量の血塗られた歴史もあった筈。さっきさらりと流されていた、ミレイユ王女の粛正劇もそう。あれだって、レポートに書いたら、国家機密に抵触しかねない。
アトリエで、回収した素材をコンテナに収めると。
頬を叩く。
リディーは、冷たい井戸水で顔を洗っていた。
多分、気分を転換すると言うよりも。
覚悟をするためだろう。
お父さんに、戻るのが遅くなるかも知れないと告げる。お父さんは、様子を見て、静かに頷いていた。
砂漠の探索はどうにかおわったけれど。
きっと本番はこれからだ。
アルトさんがとても怖い人だと言う事は、とっくに分かっている。
だが、だからこそに。
今、その真の姿と、向き合わなければならなかった。