暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ 作:dwwyakata@2024
アルトさんのアトリエには、先客がいた。マティアスとそれにアンパサンドさんである。
プラフタさんはいない。
あの人も相当に忙しそうだし、仕方が無いのかも知れなかった。
さて、何の話をされるのか。
覚悟はしているが。アルトさんは、まず最初にアトリエに押しかけてきていた女の子達を、多分催眠を使ったのか、全員回れ右させ追い返す。
そして指を鳴らして。
アトリエの扉を固定。
どうやら、異空間へと移動させたようだった。
というのも、窓から見える外の光景が、いきなり真っ暗になったからである。この人なら、それくらい出来てもおかしくは無い。
アンパサンドさんは、いつでも武器に手を掛けられるようにしながら聞く。
「レポートには国家機密になるような事は書かないつもりなのです。 それについては、ミレイユ王女に直接……」
「これをまず見てくれるかな」
蜜蝋付きのスクロール。
四人で見て。
げっと、マティアスが声を上げた。
ミレイユ王女の直筆。しかも印も捺されている。署名の上には魔術的措置もされていて。その高度さから、これが偽造では無い事がすぐに分かった。
「エテル=ネピカにて、記憶の引き出される地点を確認後、その地点には人が立ち入れないように処置をする。 なお、引き出される記憶についての詳細は、どのような資料にも残さないこと。 レポートへの記載も禁じる」
「……」
「そういう事さ。 そも、プラフタをなんで連れていったと思う? 場合によっては、君達を排除しなければならないからだよ」
ぞくりと、恐怖が背中を走った。
多分アルトさんは本気だ。
目を細めるアンパサンドさん。すっと手を横に出し、マティアス王子を庇うようにする。
上背が倍の相手を庇うアンパサンドさんに。
ふっとアルトさんは笑みを向けた。
「大丈夫、余計な事を口にしないことは分かっている。 それに、砂漠に入った面子は、君達以外は全員深淵の者関係者だ」
え。
それって。
つまり、フィンブル兄も。
そうか、もう。
深淵の者のスカウトを受けていたのか。
その方が、スールにはショックだった。リディーに、手を握られる。それで、やっと意識を何とか引き戻す。
くつくつと笑うアルトさん。
話を始める。
「昔の話だ。 あの記憶の通り、僕とプラフタは同志だった。 いや、血はつながっていないが、家族であり、比翼の友だった。 僕の本当の名前はルアード。 当時は醜悪のルアードとも呼ばれていた」
「醜悪って、おい……」
「酷い話、か? 星として輝くプラフタの側に僕がいることは、周囲の人間達の嫉妬を買ったのさ。 僕がどれだけインフラを整備し、疫病を根絶し、危険な獣を退治しても、彼らはその呼び名を変えなかった。 挙げ句の果てに暗殺者まで送り込まれた」
人間は、どうしようもない。
分かってはいたが。
何となく今理解出来たことがある。
この人はネージュに力を貸したが。
その理由だ。
自分と同じだったから、なのだろう。
ネージュよりも更に悲惨な境遇にも、スールには思えたが。
「世界も人間も駄目だと思った僕は、深淵の者を組織した。 プラフタとの喧嘩別れの後、僕も流石に思うところがあってね。 プラフタの言う通り、未来を奪ってはいけないのか、それとも未来を消費しても現在を作るべきなのか。 500年かけて深淵の者と共に世界に秩序を作りながら、情報と同志を集めていった」
まって。
そうか。いや、確かにそうだ。
今までの情報を総合する限り。
そう、ルアードというアルトさんの本当の姿は。
深淵の者の長。
世界を裏側から事実上動かしている組織の長にて。500年以上も、この世界に秩序をもたらすべく尽力している組織の指導者。
各地で匪賊を潰し。
危険なドラゴンや邪神を退治し。
インフラを整備し。
何よりも、そもそも秩序さえ無かった世界に、二大国を作り上げ、その体勢を安定させてきた最大の功労者。
それがこの人だ。
「ソフィーという究極の才覚の持ち主が現れて、深淵の者との全面協力体制が出来てから、一気に時代は動き始めた。 現在僕やプラフタをもしのぐ、本来だったら現れ得ない、神に等しい錬金術師が三人いることは君達も理解していると思う。 いわゆる三傑だ。 そしてソフィーは、更に二人。 世界の改革者となり得る錬金術師を欲している」
「それがこの二人だと?」
「ご名答。 そして深淵の者は、君達全員を有能な同志として迎えたい。 無論リディーとスーは未来の改革に必要な錬金術師として。 マティアスとアンパサンドは、有能な戦士としてだ」
生唾を飲み込む。
返答次第では。
即座に殺される。
アルトさんは余裕の様子。
まあ当然か。この場の全員を同時に相手にしても、秒で殺せるくらいの実力者なのだから。
「これより、深淵の者との連携体制をとることを了承して欲しい。 できるかい?」
「……深淵の者がこの世界に対して行っている計り知れない貢献については理解しているつもりなのです。 しかし、何を求めているのです? それが自分には分からないのです」
「ああ、目的次第によっては、差し違えてでもあんたを倒さなければならない」
震えながらも、マティアスが言う。
マティアスは、剣に手を掛けて前に出た。
リディーとスールを守るように。
でも、守られてばかりのつもりもない。
スールも、青ざめながらも、マティアスの隣に歩み出る。
「理由次第では協力するけど、理由次第では絶対に協力しない!」
「うん!」
リディーも、スールと意見を同じにしてくれるか。
此処で、殺されるかも知れないけれど。
それなら悔いはない。
ふふと、アルトさんが笑う。そして、答えてくれた。
「この世界は詰んでいる」
「どういう意味なのです」
「文字通りの意味だよ。 いいかい、大体あともっても三千年……何とか無理をすれば五千年ほどかな。 この世界は資源を使い尽くして滅びてしまうのさ。 僕達の目的は、それの回避だ」
絶句。
世界征服だとか、そんな事は目論んでいないことは分かっていた。だが、まさか。
生唾を飲み込む。
嘘をついているとは思えなかった。
「それを回避するには、「天才」では無理だ。 文字通り「天災」となりうるレベルの錬金術師が、案を出しつつ試行錯誤していかなければならない」
「まるで見てきたような言い分なのです」
「見てきたんだよ」
「っ!」
流石にアンパサンドさんも続けて絶句した。
この人が絶句する所なんて、初めて見た。
「ソフィーが僕達に協力するときに、僕達は君達が教会で崇めている神……創造の存在とアクセスした。 そう、パルミラと呼ばれる、この世界の創造主だ。 そのパルミラですら、この世界の詰みを打開できずにいる。 パルミラは人間に協力的な神で、今は此方と、綿密に打ち合わせながら詰みを回避するための作業を実施中さ。 そして歴史の転換点ごとに記録をとり、世界が滅びたらその時点まで巻き戻している。 パルミラの話によると、すでに9兆回。 僕自身も、そのログの一部は閲覧したし。 ソフィーは破滅の歴史を二十三万回以上、フィリス、イルメリアは一万回以上見て戻ってきている。 記憶も共有させて貰っているよ」
話が、大きすぎる。
とてもではないが、ついていけない。
気絶しそうになるのを、リディーが支えてくれた。
「いいかい、もうこの世界には、余裕は無いんだ。 待っているのは確実な滅亡。 僕達はそれを回避するために動いている。 全能に最も近い、この世界の創造神でもどうにも出来ない滅びをね。 ……今一度問おう。 協力は、してくれるね」
唇を噛む。
何となく理解出来てきた。
今までの異常な試練の数々。恐らく、この人達が仕込んできたものだ。人間を超越した錬金術師を育成するために。
そして今、リディーとスールに手札を開示したと言う事は。
そろそろ、手札を隠す必要がなくなった、という事である。
アンパサンドさんは、しばし考えた後、頷く。
「分かりましたのです。 そういう理由なのであれば、利害が一致する限りは協力するのです」
「アン!」
「この世界が理不尽なのに、怒りを覚えているのは王子も同じ筈ですよ」
「……そう、だな」
マティアスも剣から手を離す。
スールは呆然としていたが。
リディーが、手を握った。
「もう、ルーシャとお父さんをもてあそばないで貰えますか。 私達、精一杯努力しますから、だから!」
「……スーも同意見かい?」
「……はい」
理は相手にある。
スールは、頷くしか無かった。
アルトさんは、素直に解放してくれる。多分、あの砂漠の世界の探索そのものも、計画に織り込まれていたのだろうな。
そう、スールは察していた。
(続)
利害の一致による協力。
これが実の所一番確かだったりします。
既にスールは、それを理解出来る程度には現実を見る事が出来るようになっているのです。