暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ 作:dwwyakata@2024
双子を利用されたくないし、危険にさらされたくない。
そういう心理が出ています。
錬金術の基礎になる事を、徹底的に勉強し始めて。
イル師匠の所で練習をして。
三週間が過ぎた。
そして、ようやくGOサインが出た。
長かったが、むしろ短かったのかも知れない。
今まで半人前以下だったのが。
やっと半人前になった、という事なのだろうから。
まだ他の錬金術師には並んでさえいない。
ただ、お薬に関しては。
今までと違って、明らかに塗れば目に見えるほどの速さで、傷が治っていくのが分かる程に質が上がっていた。
また、鉱石を貰って。
インゴットも作った。
これも基礎だからと言って。イル師匠立ち会いの下、炉を使って、鉱石を溶かし。不純物を何度も取り除き。
そしてできたインゴットは。
鍛冶屋の親父さんの所に納品しに行った。
お礼だと言うと。
品を一瞥だけして。
親父さんは、まだまだだなと、厳しい評価をくれた。普段は陽気な人なのに。別人のように厳しい顔だった。
まあそれは当然だろう。
この人の所には、アルファ商会や、後はルーシャの所から、一人前の錬金術師が作ったインゴットが納品されている筈で。
半人前のリディーとスールが作ったインゴットなんて。
ロクな出来では無い事くらい、一目で分かるはずだ。
何しろ本職なのだから。当たり前と言えば当たり前である。仕事に関しては本職なら厳しいのが普通だ。
めげることは無い。結果は分かりきっていたのだから。
一通り、基礎の勉強をした後。
イル師匠の立ち会いの下、レシピを見る。
今までは理解もできないないようだったけれど。
今では、少しずつ読めるようになりはじめていた。リディーに至っては、もう読めるようだった。
「ええと、これ……絵筆、ですか?」
「まずは作りなさい。 木材はこのために確保したのよ」
「はいっ!」
「分かりました、イル師匠!」
二人喜び勇んで家にまず帰る。
それはそうだ。
半人前として、認めて貰ったと言う事なのだから。だが、イル師匠はまるで嬉しそうにはしていなかった。
その理由については。
すぐに悟ることになったが。
まず、木材を削りだし。中和剤につける。この中和剤は、四回蒸留した蒸留水を使って、これに以前殺したファンガスの体液を混ぜて作り出した。これで木材を変質させ、強い魔術の力を持たせる。
木材そのものはその前に、レシピ通りに削ったのだが。
何だろうこれ。
思わず小首をかしげてしまう。
ねじくれているというか。
曲がっているというか。
指定通りに作ったのに、まるで悪夢か何かを見ているかのような造形である。スールは思わず口にしてしまう。
「何これ」
「でもレシピだとこうだよ」
「うーん……」
中和剤に一日つけ。
その間に筆の部分を作る。
丁寧に繕って。
残っていた、以前狩った兎の毛の一部を使い。(毛皮は売ってしまったが、少しだけ毛は残してあった)
これも中和剤につけ込んで変質させるのだが。
ここからが大変だった。
中和剤から上げて乾かした後。
魔法陣を紙に書いて、その上で丁寧に魔術の力を仕込む。リディーはその作業に集中。スールはその間に、ハンマーを振るって、絵筆の柄の部分を作り出す。
だが、どうレシピを見ても。
このぐねぐねした曲がり具合。
とてもではないが、実用的な品だとは思えない。
程なく、接着する。
丁寧に柄に毛を植え込んでいく。
魔術により吸着の力を持たせた毛を、一本ずつピンセットで柄に植え込んでいくのだけれども。
この作業が恐ろしく手間暇が掛かった。
それで出来上がった絵筆だが。
やはり何かの呪いにでも掛かった木か何かにしか見えない。
見ていると、悪夢でも見そうなおぞましい造形で。
思わず真っ青になるリディー。
リディーは体調を崩して、ベッドで横になる。
スールも、どういう顔を作って良いのか分からず、困り果ててしまった。
「ねえリディー、これ何に使う道具なんだろう」
「分からないけど恐いから近づけないで?」
「スーちゃんだって恐いよ!」
「イル師匠に聞いてみよう。 ちょっとこれ、尋常なものだとは思えないもん」
見るのも嫌なので。
布に丁寧に包んで、見えないようにした後。木の板に乗せて、持っていくことにする。何というか、持っているだけで周囲の人達がぎょっとして此方を見るような代物だからである。
ただでさえ、お客なんて誰も来ないアトリエだ。
これ以上評判を落とすわけにはいかない。
ただ、こんな不気味極まりないものでも。
それでも、丸一日以上掛かって作ったのだ。
大事には、扱いたかった。
周囲を伺いながら、できるだけ早く話を聞きたいと思って、イル師匠の所に急ぐ。そして、あまり長い距離でもないのに。
随分と、長い間歩いたような気がした。
アトリエの戸をノックして。
アリスさんに引き継いで貰う。
アリスさんは下手なホムより感情が薄い様子で。
本当にこの人はヒト族なのかと疑いたくなったけれども。どうみてもヒト族なので、何か理由があるのかも知れない。
ともかくだ。
イル師匠に、完成品を見せる。
イル師匠はぐねぐねした絵筆らしき物を見ると、手にとり、しばらく見つめた後、容赦ない評価をくれた。
「17点」
「うう、イル師匠、それでこれ何なんですか」
「不気味でさわりたくないー」
「ああ、これはね。 レシピそのものが引っかけ問題になっているのよ」
えっと思わず声を上げてしまう。
リディーも、スールも。
こう言うときは双子だ。
流石に綺麗に声が被った。
「半人前以下だった貴方たちが、半人前になる時に学ぶ最後の一つがこれよ。 レシピは必ずしも正しいとは限らない。 むしろ悪意を持って、レシピを改ざんしているケースがあるの」
「うっそお……」
スールがぼやくが。
リディーは、すっと静かになった。
「ひょっとして、機密保持のためですか」
「そうよ。 錬金術は基本的に才能がないとできないけれど、ろくでもない奴が才能を持つことはあるの。 これは強い戦士が人格的に高潔とは限らないのと同じ事よ。 それぞれの錬金術師の秘伝になってくると、他人に情報が流出するのを避ける為に、敢えて暗号化したり、嘘を書いたりする事があるくらいなの」
「そんなのどうして? わかんない!」
「いい、錬金術はね、その気になればこの街くらい、簡単に消し飛ばす事が可能な技術なの」
イル師匠の声が沈む。
スールは、思わず息が止まるかと思った。
今、イル師匠は。
戦士としての、いや現実を散々見てきた大人として話している。
茶化すことは許されない。
「今回は、どうすれば正しくレシピを読み解けるかを教えるけれど、それで最後よ。 以降は課題は出すけれど、レシピについては時々嘘が混じるわ。 それは自分で見抜けるようになりなさい」
「はい」
「分かりましたあっ」
「よろしい。 それでは、まずは……」
レシピについて。
本当の所はどうなのか、教わる。
そして思い知らされる。
多分アトリエランク制度に参加している人は。
恐らくルーシャも含めて。
このレシピの嘘は、見抜けるくらいの力は当然持っている、と言う事だ。
なるほど、半人前以下だ。
それを徹底的に叩き込まれる。
少しずつ上手くなってきたと思ってきた。
事実技術は上がっていた。
でも、はっきりいって。
今分かった。
今までは、半人前以下どころか、ひよこ以下だったのだ。
そして、そんな程度の力量しかない錬金術師を門前払いするために、こういう試験が出される。
そういう事だったのだ。
なるほど、やっとミレイユ王女の真意が分かった。
此処からの世界は、実力主義の地獄。
其処に踏み入れる資格があるのは。
嘘を見抜ける存在だけ。
イル師匠に丁寧に順番に教わらなければ、それさえも分からなかっただろう。リディーもスールもだ。
そして、レシピの嘘については。
すっと理解する事が出来た。
そして、イル師匠はこうも言う。
「まだ少し早いと思うけれど言っておくわ。 一人前になる頃には、レシピは自分で作り出せるようにならないとダメよ」
「自分で!」
「そう。 アルファ商会で自走する荷車、見たことあるかしら。 あれって比較的最近作り出されたものなのよ。 作り出したのはある天才錬金術師……荷車の世界に、それ以降革命が起きたわ。 でも、最初に誰かが作り出せば、同じものは比較的再現する事が容易なの。 ある程度実力があれば、なるほどと思って理解すれば。再現出来るのが現実なのよ」
頭がくらくらしてきた。
凄い世界だ。
でも、これからやっていくつもりなら。
錬金術師として歩いて行くつもりなら。
当然、できなければならないことだ。
一度、アトリエに戻る。
そして、今日はもう休む事にした。
二人とも何も言わない。
壁が高すぎる。
あまりにも。
閉口しているというよりも、尻込みしてしまっている自分がいる。このテストだって、自力で突破したとは言えないと思う。
自力で、どこまでやれるのだろう。
実際、二人だけで頑張っていたときには、半人前どころかひよこ以下だったのだ。
それを思い知った今。
スールの中にあった、何処か漠然とした自信は。
木っ端みじんに消え去っていた。
現実はとても苦い。
自分はまだやっと入り口に立ったところなのだと、スールは何度も言い聞かせなければならなかった。
驕り高ぶった今までの自分に。
レシピの正しい解読を教えて貰った後。
絵筆を直す。
絵筆を打ち直して。
毛も植え直して。
丸二日時間を掛けた。
木を入れ替える事も想定したが。
レシピをよく見ると、変質させて打ち直すことで、まっすぐにできる事が分かったので、そのまま使う事にする。
コンテナはまだいくらでも入るし。
何よりも素材は一つだって無駄にはできないのだから。お父さんの浪費を見てきたスールは。勿論リディーも。浪費が如何に悲しいかは、よく分かっていた。
そして最終的に、絵筆らしいものができた。
毛一本ずつに強い魔術が籠もっていることもあって、使ってみるともの凄い。絵の具は余っているから、それを余ったキャンパスにぶつけてみると。するりと絵の具がキャンパスに吸い付き。
絵筆には一切残らない。
はあと、溜息がつくほど美しい。
なるほど、本当のレシピでは。
こんなに凄いものができたのか。
二日がかりで直した絵筆は、きらきらと輝くようだった。
綺麗に洗い直すと。
イル師匠の所に持っていく。
今度は、前と違って。
布で隠しはしたけれど。周囲の目が怖い、と言う事は無かった。この絵筆だったら、誰に見せても恥ずかしくは無い。
そう断言できるからである。
イル師匠に現物を見せると。
師匠は、点数は告げずに、これならまあ大丈夫だろうと言ってくれた。少なくとも17点よりは評価が高い、と言う事なのだろう。
即座に納品しに行く。
試験開始から時間はかなり経っていたが。
それを問題視されることはなかった。
勿論、即座に試験の結果が出ることは無い。
ミレイユ王女は錬金術師ではないし。
多分国側でも、誰か錬金術師がいて。採点をしているのだろうから。
受付には、最初ミレイユ王女と会わせてくれたモノクロームのホムの役人がいて。
納品しに来たと言うと。
モノクロームを直し。
絵筆を受け取ってくれた。
いそいそと奥へ行く役人。
なお、受付は一人じゃない。
補助の受付をしていたヒト族の役人が、それを見送りながら言う。
「実は山師みたいな錬金術師が何人か試験を受けたんだが、殆どはその場で突っ返されてたんだよ。 試験免除されてる錬金術師を除くと、君達双子はまだ受け取って貰えた中では三人目……いや三組目だな」
「いいんですか、そんな機密情報口にして」
「機密でも何でも無いよ。 此処には大勢来て、試験内容でつまみ出される錬金術師が結構いるんだから。 ミレイユ王女は容赦ないからなあ」
はははと笑うと。
モノクロームのホムが戻ってきた。
「二人とも、お疲れ様なのです」
「あ、はいっ」
「ありがとうございます」
「結果については明日には知らせるのです。 それまではゆっくり休むと良いのです」
一礼すると。
王城を出る。
開放感などない。
だって、分かりきっているからだ。
ここから先は、更に更に厳しくなっていく、という事を。
楽しいなんて事は、微塵も感じなかった。その内楽しくなってくるのかも知れないけれど。
今はとにかくひたすらにきつい。
一応、他にもランク制度の参加を、試験を突破してもぎ取った錬金術師はいるという話だから。
この試みそのものは成功しているのだろう。
イル師匠の所にまっすぐ出向いて。
試験を受け取って貰えたことは告げる。
イル師匠は、一言だけ言ってくれた。
「全てはこれからよ」
頷いて、頑張りますと二人で応える。
もう、漠然とした自信は木っ端みじんに砕け散った。世の中を甘く見ていた馬鹿な自分はもういない。
戦闘ではアンパサンドさんが。
錬金術ではイル師匠が。
現実を見せてくれたからである。
此処からは、少しずつでも良いから、現実に沿ってやっていかなければならない。自分の正確な技量を把握した今。
まず目指すのは一人前。
そして次に目指すのはレシピを自分で作れるようになること。
最終的には国一番。
イル師匠を超える、と言う事だろうか。
いやいや、それは厳しいと思う。
あの人は、ラスティンからわざわざお呼ばれしているようだから、超えなくても国一番にはなれるだろう。
いずれにしても、今は一番に尻込みしている。
お母さんに言われた言葉。
一番を目指せというのが、もの凄く重い意味を持っていたことが、今更ながらよく分かった。
負けん気を持つのは大変だ。
そして今の技量では。
夢の中でさえ、一番になどなれないだろう。
アトリエに戻ると、今日は休む事にする。
受かった自信はある。
だが今後、求められることは加速度的に難しくなっていくのが分かりきっているのだから。
油断など、絶対にできなかった。
すぐ眠ろうかと思ったけれど。
中々寝付けない。
イル師匠の所に通うようになってから、食事代くらいは稼げるようになった。何しろ練習の過程で質が良いお薬が作れるようになって。それを国のお仕事で納品したら、今までとは比べものにならないお金が入るようになったからだ。
「スーちゃん、眠れない?」
「うん……」
「私ね、ちょっと恐いんだ……」
「スーちゃんもだよ……」
リディーの言葉は他人事じゃない。
入り口でこれだ。
錬金術がどれだけ奥深くて凄まじい学問なのかは、嫌と言うほど分かってしまった。悪意のある錬金術師だっているだろう。
そういうのに遭遇したらどうなるのか。
はっきり言って考えたくない。
「まずはルーシャを超える事を考えようか」
「ハハ、いきなり壁が高いね……」
「うん。 今なら分かるもん。 ルーシャがバカなんかじゃなくて、凄く良い腕の持ち主だって」
「……謝らなきゃいけないんだろうけれど、そのタイミングが掴めないね」
ぼんやりと話をするが。
やがてどちらともなく眠りに落ちる。
何だか。
何もかもが、遠くに感じる。
始まったばかりの錬金術は。
リディーとスールが半人前以下という事実を叩き込んでくれただけではなく。周囲の人間に対する客観的な視点もくれた。
スールは思うのだ。
知る事は、やがてとても恐い何かにつながるのでは無いかと。
でも、もうとまるわけにはいかない。
ルーシャもいっていた。
今だからまだ許されていると。
もたついていたら、もう許されなくなる。
その時には。
きっともう、手の施しようがなくなっているはずだ。
「まだ起きてる?」
返事はなかった。
そういえば、リディーは体も酷使していたのだ。
スールは無言のまま、寝息を立てている姉の横顔を見ると。
自分も目を閉じて。
果てしない眠りの深淵に落ちていった。