暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ 作:dwwyakata@2024
当然、楽には終わりません。
イル師匠に指定されたのは、レシピに沿って道具を作る事。問題は、その道具というのが。先延ばしにしていた、荷車を飛ばせるようになる飛行キット、と言う事だった。
今までずるずる引き延ばしてきたが。
この間、移動に時間が掛かったときに思い知ったのである。
飛行キットを作っておけば。
もっと迅速に現地に到着できたはずだ、という事を。
また、飛行キットは取り外しが可能で。
戦略物資としても扱われる。
そもそも何故「キット」かというと、取り外しが容易で、色々なものを空飛ぶ移動装置に変貌させられるからだ。常識外の利便性を誇るのである。
大型の荷車に取り付けたものに、移動経路を設定しているものもあるそうで。
フィリスさんの本拠地にしている故郷の村では。
この移動経路を設定した飛行キットつき荷車が、移動手段として活躍しているそうだ。
運転手もいらないし、シールド発生装置もついている。しかも街道は緑にて整備されていて、匪賊も出ない。
そういう条件が整っているとは言え。
運転手もいらない、定時に来て運んでくれる上、空を飛んでひゅんと街と街を行き来できる。
そんな便利なものがあるのなら。確かに欲しいと思う。
フィリスさんの村には、大きな教育施設があるらしく。この飛行キットによる近隣の街からの生徒の移動を実施しているそうで。
いつもは怖い人だという印象のあるフィリスさんも。
インフラに関しては徹底的に手抜きせず。
暮らしている人が笑顔でいられる仕組みを作っているのだなと、つくづく感心させられる。
インフラ整備に関して世界最高とイル師匠は言っていたが。その言葉は伊達では無いという訳だ。
怖い人だけれども、世界全てから考えれば、間違いなく大きな貢献をしている。
そういう人でもあるのは事実なのだろう。
そして、これから。
その飛行キットを作る。
なお、レシピは自分で見聞院から買うようにと言われた。
これはまあ、仕方が無い。
必要経費だ。
リディーと手分けして、作業をする。
まず前提条件としてレシピが必要なのは当然だが、同時に高品質のプラティーンも必要だという。
流石にハルモニウムはいらないそうだが。
もう一つ必要なものとして。
大型の荷車、だそうである。
今まで連結して二台の荷車を試用していたけれど。
今後は、それ自体を移動手段として使える大型荷車が欲しいと言う事で。裏庭に降りられて、数人が乗れるものを鍛冶屋の親父さんに発注する。
飛行キットはサイズ次第では家を飛ばす事も可能らしく。
事実、この飛行キットを用いて、家のような大きさの荷車を飛ばし。
インフラを確保している場所もあるそうだ。
ラスティンは凄いなと感心してしまうが。感心で終わっていてはいけない。追いつくために努力するのだ。ましてやこれは試験である。
まずは、荷車。
そして、プラティーンの確保だ。
鍛冶屋の親父さんの所に行って、相談する。話を聞いた親父さんは、頷いた後、幾つかの指定をして来た。
「まずは前提として四輪。 更には、人間用のスペースと、荷物を積むためのスペースを区切るべきだな。 大きさとしてはこのくらいが妥当だ」
「うわ、こんなに!?」
「装甲としてプラティーンも使う。 内側には緩衝材も必要になる。 緩衝材の上には藁などを敷いて、更に撥水用の魔術を掛けたゼッテル。 ……これには強度強化を掛けた方が良いかも知れないな」
裏庭に降りられるように、という指定は満たしているけれど。
裏庭の半分くらいを占有してしまうくらいの大きさだ。
確かにいつも一緒に行動する面子。アンパサンドさん、マティアス、フィンブルさん。それにリディーとスール。
コレに加えて数人を乗せるとなると。
これくらいの大きさは、必要だろう。
ましてや安定して飛ばせることを考えると、荷車は一つの方が好ましい。地上を行くのなら兎も角。
空を行くのだから。
設計図を見せられた後、お金がどれくらい掛かるかを聞かされて。
そして、周囲の客達が愕然とするのが分かった。
スールも唖然として、その場に固まる。
普通の家なら、買える価格だ。
勿論プラティーンのインゴットは、自前で用意してこないといけない。
「どうだ、やるか?」
「ちょっと、ちょっと待ってくださいね」
「……」
計算する。
現状での資産を考える限り、決して無理な出費では無い。
問題は、このサイズだと、城の地下エントランスには持ち込めないと言う事で。
それについて、別に考える必要がある、ということだろう。
素材類をチェック。
ネームドの皮を利用できそうな箇所。具体的には緩衝材などの部分がある。これを此方で出したら、材料費などを値引きできないだろうか。交渉して見ると、親父さんは腕組みした。
「そういえばネームドの皮なんかの在庫があるんだな。 提供してくれるなら、その分は値引きするぜ」
「分かりました。 それじゃあ、お願いします」
「おう。 じゃあ、素材を持って来な。 素材が来次第、作成に入る。 まあ一週間ほどで出来るかな」
「はいっ」
ぺこりと頭を下げる。
アトリエに戻ると、今度は一番良く出来たプラティーンを持って、イル師匠の所へ。イル師匠の話によると、「30点」が最低ラインらしい。
現時点で、それを突破出来ていなければ。
まずは論外、というわけだ。
少し前に、ドロッセルさんに聞いたのだけれど。
フィリスさんが空飛ぶ船を作ったときには。
装甲の一部に、ハルモニウムまで使ったという。
空を飛ぶときに怖いのは、鳥とぶつかる事故、いわゆる「バードストライク」らしく。
生半可な装甲では、これを起こすと文字通り大破してしまうらしい。
それを防ぐためには、相応の品質の装甲が必要になってくるわけで。
そういう意味でも、最低限の品質を確保したプラティーンが必須、という事なのだろう。
イル師匠の所に、今最高の品質であるプラティーンのインゴットを持ち込む。
イル師匠はしばし目を細めてインゴットを確認していたが。
はあと、大きなため息をついた。
だめか、と思ったが。
違った。
「31点。 ギリギリ合格よ」
「やった……!」
「どうして31点で満足するのかしらね。 ハルモニウムを作るには、最低でも私基準で40点のプラティーンは作れないと話にならないわよ。 今回の試験は、嫌でも難しい調合を散々することになる。 精々、更に技術を磨きなさい」
厳しい事を言われて首をすくめるけれど。
しかしながら、認めてくれたことは事実だ。
とりあえず、準備は整った。
後は、リディーと一緒に、飛行キットを作成しなければならない。
そういえば。
鍛冶屋の親父さん、飛行キットを取り付ける荷車の話をしたときに、随分手慣れた印象を受けた。
ひょっとして既に作ったことがあるのか。
可能性は低くないと思う。
この街には、飛行キットを作成出来そうな錬金術師がもう何人もいるし。恐らく技術継承やお金を落とすという意味でも、腕が良い職人である鍛冶屋の親父さんは皆利用している筈である。
だったら、鍛冶屋の親父さんが知っていても、何ら不思議ではないだろう。
現在使っている荷車も、飛行キットを取り付けられるように改造したいと言ったら、或いはやってくれるかも知れない。
事実不思議な絵画に入るときは。
さっきの大きな荷車では無理なのだから。
アトリエに戻ると、リディーがレシピを見て、腕組みしていた。チャートを作ってくれているのだけれど。
かなり手間取っている様子だ。
スールが、鍛冶屋の親父さんの所に行って、荷車の作成を頼んで来たこと。イル師匠に、プラティーンの合格を貰った事を告げると。
リディーは頷いて。
大まかに作ったチャートを見せてくれた。
殆どは金属加工だ。
プラティーンに魔法陣を刻み、複雑な部品を作って、組み合わせる。
仕事としては以上。
鍛冶屋の親父さんに頼むべきではないかと一瞬思ったのだが。魔法陣の加工難易度が尋常ではない。
しかもこれは。
「ひょっとして、下手をしなくても、10以上の魔術が必要になる?」
「うん。 スーちゃん、これ彫る自信ある?」
「……待ってね。 ちょっと待ってね」
流石に尻込みする。
そもそもだ。
この飛行キットは、インフラ関連にて、ラスティンで巨大な功績を残している道具だと聞いている。
フィリスさんの拠点としている街でも。これを使って人々は快適な行き来を可能としているという話だし。
それほどの、世界のあり方に影響を与えるほどの道具なのだ。
そんなもの、簡単に作れてたまるか。
しばし悩んだ後。
頷く。
「わかった、やってみせる!」
「ありがとうスーちゃん。 じゃあ、私は部品の整理と、組み立て加工を順番にやってみるから。 それが終わり次第、魔法陣の彫り込みを開始して」
「合点!」
「じゃあ、始めよう」
そもそも、絶対に必要な作業だったのだ。
これをやれなければ、次にはいけない。
空が次の戦場になる。
そして、空をいけるようになれば。この間の匪賊のような連中を逃がす可能性も減るし。そうなれば、もっと多くの貢献を世界に出来る。
この世界は、詰んでいる。
その原因が人間に。正確には「みんな」にある以上。
リディーのように、「みんな」そのものを変えるのか。
それとも、スールのように、「みんな」を選別するのか。
いずれにしても、世界そのものに影響を与える程度の力は、絶対に必要になってくるのである。
偉大な先人であるフィリスさんが為して。
そして既にレシピがある品くらい作れなくてどうするのか。
スールは頬を叩くと。
まずはチャートを頭に入れ。タスクについて、確認をしていく。
殆どが飛行キットの部品についてだ。
飛行キットは幾つか革命的な機能がついている。
まず第一に、取り外しが容易であること。
ボルトを用いて固定する事で、箱状のものを何でも空飛ぶ移動装置に切り替えることが出来るのだ。
更に、普段は翼を立てるようにして畳む事により。
取り外しをしない場合でも、幅をとらない事。
そして何よりだ。
部品をそれぞれ分けることにより。
メンテナンスが容易で、一つの部品が壊れても、取り返しが利くというのも大きい。
複雑な部品は、脆弱性につながるが。
しかしながら使う金属は、最強金属の一角プラティーン。しかも、構造を見る限り、あくまで無理な力が掛かるような構造にはなっていない。大体ネームド戦でも充分な力を発揮できるプラティーンだ。
多少の衝撃くらいでどうにかなるような、柔な金属ではない。
スールは素早く計算を済ませ。
そしてかかる費用が、天文学的なことに頭を抱えたが。
しかしながら、これを一度完成させれば。後はその利便性は群を抜いている。多分だけれども。量産出来るようになったら、それこそ文明のあり方が変わってくるはずだ。
勿論、空を行く場合には、相応の備えがいる。
特に街道を外れた場合、ネームド級の獣に襲われる事も想定しなければならず。
その場合は、迅速に着陸して展開する必要もあるだろうし。
上空を飛んでいる時に奇襲を受けた場合、攻撃を耐え抜けるだけの耐久力だって必要になってくる。
勿論敵は積極的に「翼」を狙って来るだろうし。
その場合も想定して。飛行キットは頑強でなければならない。
ついでに護衛も必要になるだろう。
リディーは恐らく、常時シールドの展開に全力を注がなければならなくなる。ルーシャに来て貰う場合には、ルーシャにも手伝って貰う必要があるだろう。
要するに空を征くというのは。
自由であるとかそういう話ではなく。
相応な苦労も伴うし。
準備も人員も必要だ、という事である。
何とか一日掛けてチャートをリディーがくみ上げ。タスクについては、スールも頭に入れた。
その間に、コルネリア商会に出向いて、プラティーンのインゴットは可能な限り回収してきた。
出費は尋常ではないが。
それでもやるしかない。
まず、金属加工から。リディーと一緒に、プラティーンのインゴットを加工し。寸法を合わせていく。
必ずしも完成形の部品にいきなりする訳ではない。
組み合わせたりする事を考えると、最初からいきなり完成形にはできないのだ。
ねじなども必要になってくる。
それらの加工はより難しく。
更にねじにも魔法陣が必要になってくることを考えると、これは錬金術師にしかできない作業だ。
或いは、金属関連のギフテッド持ちだというフィリスさんだったら、ぱっぱとこなしてしまうのかも知れないけれど。
残念ながらスールはそうではない。
淡々と、レシピを見ながら。赤熱したインゴットをひたすら叩き。加工をしていくしかないのである。
「レシピを見ると、此処を丸くしないといけないね」
「合点!」
リディーが時々指示をしてくるので、それにあわせて加工する。チャートを少しずつ埋めていく。
昔は、本当にこのタスクの処理が、如何に重要な作業かさえも理解出来ていなかったし。チャートを作る事の重要性も分かっていなかった。
今は違う。
一つずつタスクを処理していきながら、その意味を噛みしめ。
更には、部品を完成させてからは。次の部品を、理に沿って順番に作り上げていく。
プラティーンの部品がある程度出来てから。
今度は、変形させる必要がない部分から、魔法陣を刻み始める。
なお魔法陣は、作用しないように、全てが完成してから、魔法陣が相互作用するように彫る。
しかも難しい事に、変形する部分などにも魔法陣は必要になってくるし。
組み合わせた後では彫り込めない魔法陣もある。
メンテナンスをする時に、取り外したりする事も出来るようにはなっているのだけれども。
その場合も、幾つか手順を踏まなければならない。
いずれにしても、高度錬金術の産物だ。
魔法陣そのものも極めて複雑で。
インクでプラティーンの翼に書き込んで、彫り込んでいくのが極めて困難だった。だが、勘が優れているスールの方が、この作業は適している。リディーは黙々と隣でハンマーを振るっているが。
此方には一切干渉しない。
額の汗を拭う。
鍛冶屋の親父さんは、上半身裸になって作業をしていることも多いけれど。それも分かる気がする。
暑い。部屋の換気はしている筈なのに、兎に角暑い。服を脱ぎたくなってくるほどに暑い。
不意に、それが楽になった。
どうやらお父さんが、環境安定の装置。そう、深海探索の際に使ったあれを、持ち出して来てくれたらしい。
後で感謝しなければならないだろう。
或いはお父さんも、自分の研究が邪魔されて鬱陶しかったかも知れないが。助かったのは事実である。
作業が終わったところで、次へ。
真夜中になるまで、魔法陣を堀り。ハンマーを振るい続ける。
タスクに×を付ける。チャートの進行状況を確認する。
組み合わせる。
動くか確認する。
簡単に終わるタスクもあれば。丸一日かかってしまうタスクもある。恐らく慣れれば時間は三分の一以下に短縮できると思うけれども。
それでも大変だ。
終わった後は、素直に眠る。
朝は起きた後、冷たい井戸水で顔を洗って。
目を覚ました後、手を消毒。
再びの作業に入る。
錬金術の加工がどんどん難しくなってきているが。その代わり、完成する品についても、どんどん便利になって来ている。
ソフィーさんやフィリスさん、イル師匠は、こんなもの朝飯前に終わらせるはず。
ずっと先を行っていて。
そして比べものならないほど難しいものを作っているはず。
だからああも強い。
それに、一万回以上世界の終わりを見てきている、とアルトさんから聞いた。その記憶を持ち越しているとなれば、強いのも当たり前だ。
どれくらいの年月、技量を蓄えてきたのだろう。
恐らくだが、イル師匠の採点は、甘々も甘々の筈。或いは、「本当に」リディーとスールと同じ年だった頃の自分の技量と比べて、採点してくれているのかも知れない。
いずれにしても、まだまだリディーもスールも、へっぽこぴーも良い所で。
世界に影響を与えるなんておこがましいにも程がある。
だから力をつける。
あの邪悪な村や。匪賊どものような、世界の敵を速攻で選別できるように。駆除すると決めたら、即座に消し去れるように。
これは、その一歩。
呼吸を整えながら、作業を進めていき。そして、魔法陣を彫り込んでいく。
タスクの処理も黙々と終え。
チャートに沿って、タスクを処理し続け。
ほどなく、最後の部品の組み合わせが終わった。
まだチャートは終了では無い。
幾つも試すことがある。
まず、普段使っている荷車。これに組み合わせてみる。
組み合わせる方式は、ねじを使って締めるような形でやるのだけれども。
そもそも、魔法陣が機能しているか、全て確認することもタスクに含まれている。全てを順番にやっていかなければならない。
リディーが支え。
スールがねじを締める。
「リディー、軽い?」
「うん。 まるで綿みたい。 スーちゃんも持って見る?」
「後で。 少なくとも「軽量化」は働いているみたいだね」
ねじを締め終えた。
丁度翼を立てた状態で裏庭に。荷車を出した後、翼を展開。一つずつ、魔法陣が機能しているか確認していく。
浮くのは最後だ。
遠くから石を投げる。
接触事故を起こさないようにする。勿論此方からぶつかるのは論外。向こうからぶつかられるのも防ぐ。
これらについては機能している。石は弾かれる。ぶつかりそうになると止まる。バードストライクで、致命傷を受けることは避けられそうだ。
頷くと、いよいよ本格的な作業に入る。
浮遊についての実験だ。
お父さんも裏庭に出てきていた。作っているものがなんなのかは、ある程度分かっているのかも知れない。
浮け。浮かべ。
そう念じるが。勿論それで浮かぶわけでは無い。ワードを指定通り、触った後に唱えることで、浮かぶのである。
最初は反応が無かったので、ひやりとしたが。
やがて、確実に浮き始め。そして、指定通りの地点で停止する。最悪の場合飛び降りなければならなかったのだが。きちんと指定の高さで止まってくれたので。ひやりとした。
後は風などが吹いても姿勢を保つかどうか。また、状況に応じて、意図通りに車体を傾けられるかどうか。
しばらくは空中で様子を見なければならない。
この姿勢制御も魔法陣に組み込まれていて。勿論姿勢が崩れたら全員投げ出されてしまうのだから、極めて重要だ。
風は吹いている。
なお風の軽減の結界も展開しているのだが。だからこそ、そこそこの風が吹いている事が分かる。
頷くと、次の実験。
前進、後退。
上昇、下降。
接触の回避。停止。順番に、一つずつ、試して行く。やはり、幾つかの機能は動作しない。だけれども、もう昔のスールでは無い。何処の魔法陣が、どう作用しているかは把握している。
メモをとり。
一旦着地した後、翼をチェック。魔法陣に不備がある事を確認し次第、修正する。修正し次第、もう一度チェック。
既に周囲から人が集まって、空飛ぶ荷車を見つめていた。
気にしない。むしろ、今実験中だという話をして追い払いたい位だけれども。其処までの無様なミスはしないつもりだ。
まだ一つ上手く動作していない魔法陣がある。
チェックして、丁寧に堀り直す。ねじも外して確認。丁寧に丁寧に処置をする。
これについては、「不良規格品」は許されないのだ。
もしも何か問題が起きたら、その時点で大勢人が死ぬのである。
それだけは許されない。
夕方を過ぎた頃。
見物人も飽きて、まばらになっていた。
漸く、全てのチェック項目をクリア。
飛行キットは完成した。
勿論、一度外して、つけ直して。それで再度チェックして、完璧に動作することも確認。翼を折りたたんでみたりもしたが。
動作については、いずれにしても完璧だった。
これでいい。
呼吸を整えると、一旦荷車にしまう。
明日、イル師匠の所で。
万全の状態で、現物を見せなければならないのだから。当然、機能についても証明しなければならないだろう。
疲れがどっと出たので。
あまり食欲は無かったけれど。お父さんがかなり多めに出来合いを買ってきてくれていた。
「食べなさい。 こう言うときこそ、食べておかないと駄目だ」
「おなかすかないよー」
「ちょっと私も……」
「いいから。 オネットがこの場にいたら、きっと同じ事を言うだろう」
それを言われると弱い。
それに、此処でこそ、しっかり食べておかなければならないことは、スールも分かっているのである。
明日には、外用の大型荷車も出来る筈。イル師匠の所で、飛行キットの合格を貰ったら、回収してこなければならない。勿論そのまま裏庭には入らないから、さっそく飛行キットを使って入れる事になる。
食事を済ませると。
後はぐっすりと眠る事が出来た。
そろそろ、国に物資の納入の時期でもある。それについては、既に準備も済ませてある。
一晩眠って、気力を回復すると。
スールは勝負を行うべく、リディーと一緒に、イル師匠のアトリエに向かう。
イル師匠は、気合いの入ったリディーとスールを見ると、頷き。
自身の荷車に飛行キットを手慣れた様子で取り付けると。
一つずつ、用件をチェックしていった。
落ちたとしても、この人ならそれこそ何ともないだろう。
圧倒的な能力があるからこそ、余裕の顔をして出来る実験である。リディーとスールの時は冷や冷やだったのだが。イル師匠は、弟子が作ってきた、自分のものから見ればゴミクズ同然の代物でも。
平然と、実験につきあってくれた。
ほどなく降りてきたイル師匠は頷く。
「合格よ。 次の試験に行きなさい」
やった。
小さな声が漏れるが、リディーに肘で小突かれる。まだ最初の試験なのだ。しかも、恐らく一番簡単な。
二人揃って頭を下げると。
その場を後にする。
飛行キットを荷車に取り付け直して、そして翼を立てると。後は、次の試験を受ける前に。王宮に、今月分の納品物を納入するべく、作業を開始したのだった。