暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ 作:dwwyakata@2024
しかし普通の人間のままでは、この先にはいけないし。
未来もこの世界では、切り開けないのです。
Bランクのアトリエになってから、国から来る仕事の内容が一段階難しくなったとは感じていたが。
帰宅したときには、フラフラだった。
飛行キットつきの荷車で行って大正解である。
現地でも、この荷車は大活躍だった。
今回の仕事は、どうやらパメラさんの仕事と関係していたらしく。アダレットでも二番目の都市と、三番目の都市の間に直通路を作ると言う大胆なもの。しかも、その間にある山を二つほど丸ごと崩し。
そして道を開通させるという、大胆極まりないものだった。
しかしながら、この山脈の間にある荒野は人間が手を入れていない土地であり。騎士団の部隊が合計四つ出動し。更に既に現地にはフィリスさんの他にプラフタさんとルーシャが先に出向いていたことからも。
アダレットがこの事業に、どれだけ力を入れているのかは、スールにさえ分かった。
現地で行った「護衛」に関しても、尋常な苦労ではなく。
先にフィリスさんとプラフタさんがネームドはあらかた片付けてくれてはいたようなのだけれども。
それでもひっきりなしに襲ってくる大型の獣を捌き続けなければならず。
戦闘での疲弊を癒やす時間もなく、次々に獣が来るため。
殆ど休む事も出来ず。
負傷した騎士を後方の拠点に輸送するためにも、飛行キットつきの荷車はフルに活用せざるを得ず。
二週間ほど働いて、一度戻ったが。
すぐにまた、現地に出向かなければならなかった。
今までの戦略事業で、一番現地に長く貼り付いたかも知れない。
落ち着くまでほぼ一月がかかり。
今まで蓄積していた爆弾、お薬、いずれも殆ど使い切った。
在庫にしていた錬金術の装備品も、あらかた現地にいた騎士達に配ってしまい。
負傷者を治すために惜しみなくお薬を使用した結果、在庫もすってんてんに。
フィリスさんがガンガン山を崩して、オスカーさんがバリバリ緑化しても。それ以外の所では獣に襲われる。
そうなれば、犠牲者が出る。
どうしようもないその状況は、間近で嫌と言うほど見せられることになった。
結局一段落して、驚くべき事に絶対無理にも思えた直通路が一月で出来た頃には、騎士団も支援の戦力も、何よりリディーとスールも、ルーシャも疲弊し切っていて。平然としているパイモンさんが凄いとしか思えなかった。
貰った褒賞も膨大だったし。
山を崩す過程で出た鉱石もたくさんもらったが。
それでもとても間に合わないくらいの物資を消耗したし。
アトリエに戻ってからは、数日間疲れから身動きできなかった。
お父さんも、裏方としてお薬をフルスピードで作り続けていたらしく。リディーとスールが戻ってきたのを見て、ため息をついたようだった。
「アダレットが今までさぼってきたつけとはいえ、少しばかり忙しすぎたな今回は」
「お父さんも一杯お薬作ったの?」
「ああ。 今までにないほどたくさんな」
「ふええ……」
情けない声を出してしまうスールだが。
リディーは。そんな声をだす元気も無く、ベッドで青ざめて白目を剥いているので。まだ体力に関しては、スールの方があるのかも知れない。陣頭指揮をミレイユ王女が執っているのを何度か見たので。其処から考えても、今回の戦略事業は、余程重要なものだったのだろう。
まああれだけの人員投入規模から考えても。
無理もないか。
むしろああいう所で、しっかり陣頭指揮を執る辺り。先代の無能な庭園王と。現在の有能なミレイユ王女との違いが明白すぎる。
無意味に陣頭指揮を執るのでは無く。
しっかり戦略作業を廻し、各人の負担もきっちり減らしながらミレイユ王女は動き続けていた。
滅茶苦茶疲れたが。
ミレイユ王女の指揮が無ければ、多分疲れるでは済まなかっただろう。
ともあれ。
数日休んで、街に出ると。
相当な物資が出回り。お金も動いたらしく。街に賑わいが出ているのが分かった。
先代王が無意味に集めた石材とかも、今回の事業で殆ど前線に投入したらしく。街の彼方此方に積まれていた石材とかは、綺麗さっぱり消え去っていた。
どうやって運んだのかはよく分からないけれど。
この間の怪我人も。
ひょっとして、この戦略事業の下準備のために、作業をしたのかも知れない。
まずコルネリア商会で、登録しておいた物資を幾らか買って、最低限の物資を揃えておく。
爆弾やお薬のうち。
良く出来たものは、コルネリア商会に登録するようにしているのだ。
また、中間生成液なども同じ。
こういったものを登録することにより、より品質が高い物資を、比較的短時間で再度揃える事が出来るし。
国がくれたお金を。
それこそ無駄にせず、きちんと活用して。更にお金を、経済活動として回す事も出来る。
コルネリアさんに聞いたのだけれども。コルネリア商会は基本的に庶民向けの錬金術道具を主体に扱っていて。今後はアダレットでのアルファ商会の業務を、少しずつ肩代わりしていく予定だという。
ラスティンにはコルネリア商会と同じような商会をもう一つ作り。
アルファ商会はその上で、統括的な作業をする組織に変更する予定だそうだ。
機密なのではないかと一瞬思ったが。
実際にはもう周知の事実らしく。別に話しても、何ら問題が無いことだという。それを聞いて、スールも少し安心した。
買い物を終えたので、少し聞く。
お父さんについて。
前にコルネリアさんが、お父さんを探しているという話だったけれど。まだそれについては、見つかっていないという。
まあそうだろう。
コルネリア商会ほどの組織に、情報が入ってこないのである。
簡単に見つかるわけがない。
自分の方でも、何か分かったら連絡すると話をした後、アトリエに戻ると。
何故か、アルトさんが来ていた。
リディーが苦笑いしている。
とはいっても、実際には少し引きつり気味の笑いだが。
アルトさんの正体を知っている今。
あまりこの人に、なれなれしくしようとは思わない。
文字通り世界の深淵を支配する存在なのだ。お父さんとルーシャは、アルトさんに人質に取られているといっても良い。
お父さんは気分が悪いのか、地下室に行ってしまい、戻ってこない。
お父さんも事情をある程度知っているのであれば。
まあ当然の行動だとも言えた。
「さて、Aランクのアトリエになるべく試験を受けているそうだね。 今の進捗状況はどうだい」
「ええと、指定された内、イル師匠とお父さんの試験は突破しました」
「そうか、では今度は僕から試験を出そう」
笑顔のまま、アルトさんが目を細める。
嫌みな程の美形だから。却って怖かった。
この人が、昔は醜悪のルアードという酷すぎる渾名を付けられて迫害され。偏見から暗殺者まで送りつけられ。
それが故に、意趣返しにこんな嫌みなまでの美形のガワを作っていることは、スールも知っている。
はっきりいってそれに関しては、アルトさんを迫害した「みんな」が悪い。
当たり前の話だ。
どうして弱者が迫害された場合、弱者に対して責任を求める言説が出てくるのか。常に多数派が正しいとでもいうのか。
プラフタさんに後で聞いた。
アルトさん。昔のルアードさんは、賢者とまでいわれた昔のプラフタさんと、力量でも互角。生来の疾患での「容姿」によっての理不尽な差別が無ければ、時代を確実に動かした錬金術師だったという。
そんな人材を「見た目が気持ち悪いから」という理由で迫害し。
そればかりか暗殺未遂まで起こした「みんな」が正しいというのなら。その「正しい」こそが間違っている。
ただ、今のアルトさんがその結果、この世で最も怖い人の一人になっているのも事実だ。これに関しては、スールに責任はない。
スールは、愚かしい「みんな」と一緒にはならない。
それでしか、責任をとることは出来ない。
色々皮肉な話だが。
この世界に秩序を、「みんな」は作る事が出来なかった。
この世界に秩序を作ったのは、「みんな」が「気持ち悪い姿」だと嘲弄したルアードさん。つまりアルトさんだ。
アルトさんには、或いはこの世界に曲がりなりにも生じた秩序を壊す権利さえあるかも知れない。
それをしていないこの人に。
「みんな」は文句を言う資格は無い。
もちろん、ちょっと前まで、「みんな」だったスールも、それは同じだ。
アルトさんは肩をすくめると、軽い口調で課題を出す。
「ハルモニウムを作ってきて欲しい」
「!」
「素材ならある筈だよ。 それにそろそろ君達も、ハルモニウムくらいはつくれないと困るからね」
「……はい」
ハルモニウムくらい、か。
いよいよ来た。
インゴット単品が国宝になる超金属。それで作った武器も勿論国宝クラス。文字通り神域の金属。
プラティーンよりも、更に格上の金属である。
錆びない、軽い、魔法との親和性が高い、何より竜の鱗由来の圧倒的強度。全てにおいて、あらゆる金属の長所を混ぜ合わせたような代物。
そもそも一般には流通していない、ごく限られた素材によって作り上げられる、摂理を外れた金属。
布としてはヴェルベティスがこれに対応するが。
いずれにしても、もはや作ると言う事自体が、並みの錬金術師には手が届かない行為である。
少し前にティアナさんと仕事を一緒にしたが。
あの人が使っていた剣はハルモニウム製で。攻撃を受けようとした相手の剣をそのまま相手ごと真っ二つにしたり。
空気でも斬るかのように人体をバラバラにしていた。
また、最高品質の釜はハルモニウム製らしい。
フィリスさんやイル師匠が使っているものなどはそれで。
偽装はされているが。
或いはアルトさんが使っているのも、そうかも知れない。
「品質は問わないから、作って来てごらん」
「合点!」
「スーちゃん?」
「良い機会だよ。 どうせ作らなきゃいけなかったんだから」
頷くアルトさん。
その通り、というのだろう。
スールもそう思う。そもそも、もっとプラティーンの純度を上げろとはいわれていた。その純度を上げる目的は、ハルモニウムを作る事、なのである。
残念ながら、現時点では、まともな方法ではドラゴンを倒せない。
ハルモニウムはドラゴンの鱗から加工する超金属だから。本来ならばこの辺りジレンマになるのだが。
幸いリディーとスールの手元には。
以前フーコと火竜の住んでいた不思議な絵画から譲り受けた鱗や。
キャプテンバッケンの島に住み着いていた海竜の鱗など。
運が良かったり。
或いは勝てる条件が揃って、倒せたドラゴンの鱗がある。
これらを用いて、ハルモニウムを作っていくしかないだろう。
まず見聞院に出向き。
レシピを買う。
このレシピそのものが結構とんでも無くて、やはりお屋敷が建つくらいのお金は取られた。それも魔術でガチガチにガードされている。
最高機密というわけだろうか。
と思ったのだが。アトリエに戻って、レシピのスクロールを開いて見て。違うと分かった。
作成難易度が尋常では無いのだ。
目を通しただけで、頭がくらっとした。
それはそうだろう。
確かにプラティーンを湯水のように、しかも高品質で作れるくらいの技量はないと、文字通り話にもならない。
レシピを見なかったことにしたいくらいだが。
そうもいかない。
隣で無言のリディーと一緒に、どうするかしばし思案。最初に口を開いたのは、リディーだった。
「試験期限はない」
「うん、まあそれは、そうだけれど」
「だったら、まずはイル師匠と鍛冶屋の親父さんの言うことを、素直に聞くべきだね」
「……そうだね。 分かった」
イル師匠観点で、40点のプラティーンを作れ。
それでハルモニウムに手が届く。
鍛冶屋の親父さんに前に話を聞きに行ったときには、今の倍はプラティーンの加工に習熟しろといわれた。
それも納得である。
ハルモニウムの現物を、多分親父さんは触った事があって。
そこから導き出された、ごくまっとうな結論だったのだろう。あの人は本職の中の本職である。
「まずは、嫌になるほどプラティーンを作って、技術の底上げをしよう」
「まずは私から作るから、スーちゃんはそれを後追いで」
「……うん」
悔しいけれど。
スールは、一度作ったものを、上手に模倣する方が得意で。新しいものを作ったり。試行錯誤で完成品の質を上げるような行為はあまり得意じゃない。それはリディーの得意分野だ。
そしてリディーはそうだとは口にはしないけれど。
もうギフテッドに目覚めている可能性が高い。
ギフテッド持ちだからなのだろう。時々すっと素材に手を伸ばして、それがどう見ても最適解だったりする。
スールがどれだけ頑張っても、まだ全然ギフテッドなんて目覚めていないのに。
結構前から、その行動自体はしていて。
今では、もう流れるように作業をしている事がある。スールがじっと見ている事に、気付いていないこともあった。
持つ者と、持たざる者。
錬金術は残忍な話で、才能の学問だ。
ルーシャのお父さんより、もうリディーとスール、それにルーシャの方が技量は上だと、話は聞いている。
これはお父さんから聞いたことだから、多分間違いないとみて良いだろう。これは努力や経験を、才能が凌駕する学問だという事である。
またイル師匠はフィリスさんに必死に努力で追いついていったそうだが。
そもそも読み書きを習う頃から錬金術をしていたイル師匠を、フィリスさんは一年足らずで一度追い越したらしい。
それは、もはや不平等の域に達すると思う。
出来ない人間は何をやっても出来ない。
それが錬金術と言う学問なのだ。
魔術もそういうところがあるが。
錬金術はより極端だ。
魔術の場合は、自身が魔術を発動できなくても、道具類で代用できる。錬金術を使えば、更に何十倍も増幅できる。
しかし錬金術の場合は、ある一線をどうしても才能が無ければ越えられなくなるのである。
知識があろうがなかろうが関係無い。
そういうものなのだ。
しばし無言で作業を続け。
スールはお薬を。
リディーはプラティーンの品質上げを行う。
そうして、リディーは何か気付いたことがあると、情報を回してくるので、二人で共有する。
「思うに、鉱石をより細かく砕いて、最初に不純物を取り除く事が重要なんじゃないのかな」
「砂粒を顕微鏡でも使って選別する?」
「それも手だけれど……重さとかそういうので分けた方が早そう」
「うっ、そ、そうだね」
頭はどうしてもリディーの方が良い。
スールはどうしても戦闘向きの体をしている。これについては、お母さんの血をより濃く継いでいるのだろう。
それ自体は自慢なのだが。
錬金術師としては、足枷になってくるのが悔しいし、悲しくもある。
スールの提案通り、まず順番に一つずつ作業。
試行錯誤を繰り返す。
最終的に、以下のようなやり方が導き出された。膨大な試作品プラティーンがその間に作り出されたが。それ自体は、別にかまわない。
この作業に、二週間掛かった。
徹底的に細かくプラティーン鉱石を粉砕する。この粉砕作業も、今までとは更に別次元の段階にまで密度を上げる。
粉塵が舞い上がるようだと、人体に毒になるから。
ほどほど、を考えなければならない。
プラティーン鉱石はかなり軽いので。
やり過ぎると多分埃のように欠片が舞い上がり、それが体に入れば当然体組織を傷つける事になるのだ。
砕いた後、乳鉢ですり潰すのだが。
この乳鉢もすりこぎも、強化魔術で何十倍も強度を上げている。金属音のこすれる音がきついので。音も漏れないようにしている。
こうして徹底的に細かくした鉱石を。
今度は遠心分離器に掛ける。
あまり大きくない遠心分離器を用いるので、一度に取れる量は微々たるものだけれども。
遠心分離器を用いれば、確かに重さで選別が可能になる。
それぞれ、重さごとに分けた後。
顕微鏡で確認。
レンズを重ねて作り上げる機械だが。機械技術者がいるアダレット王都では、高いものではあるが手に入る。その気になれば、アルファ商会から購入してもいい。コルネリア商会では、残念ながら注文してから手に入るまで時間が掛かる。
レンズも魔術で強力に倍率が掛かっているが。
これも必要な出費だ。
錬金術は、極めれば極めるほどお金が掛かる。
それは分かっていたのだけれど。
確かに、本当にとんでもないお金が最近は一発で動くようになって来ているので。色々と違う世界に来てしまったのだなと、思うようになってきていた。
幸い。身体能力関係はスールの方がリディーより優れている。あらゆる意味で。
プラティーンの細かい鉱石をより分ける方法は大体顕微鏡を見る事で分かった。
分割した分を更に遠心分離器に掛け、更により分けつつ。
純度を上げたプラティーン鉱石粉末を、炉に入れる。
熱についても、特別に圧縮した強力な薪を用いて、プラティーンで無ければ液体さえ保てない状態にまで上げる。
コレが一番早いのである。
炉の温度を冷やし。
そして取りだす。
マーブル模様になっているプラティーンのインゴットを、ハンマーで叩いてかち割り、不純物を取り除く。
この炉での作業は何度か行うため。
枯れ木などを、色々な手段で入手してこないといけない。
基本的に街の外の森のものは、王都の人達用。
主に不思議な絵画に入って枯れ木は入手してくることになる。
最近はお化け達の森にいって、枯れ木をとってくることが増えた。定期的にレンプライアを退治して回っているのだけれども。
その時ついでに、ごっそり枯れ木を貰っていくのだ。
お化け達もレンプライア退治のついでに、色々含蓄のある話をしてくれる。ちょっと説教臭いこともあるけれど。
おかげで、もうすっかりスールはお化けが怖くなくなっていた。
彼らの言う通りだった。
子供の守護神であるお化け達は、本来は敬わなければならない存在なのだと、今でははっきり理解出来ている。
多分、スールは子供を産んで育てることは無い。
リディーもだ。
これは、もう錬金術師として人の道を踏み外しているからであって。それ以上でも以下でもない。
ただ、知っておかなければならない事ではあった。
炉に何度か入れて、その度に純度を上げていくプラティーン。今回は、前に無い程細かく鉱石を粉砕し、選別も神経質にやったのだ。
これなら、どうだろう。質は、上がるか。
充分に純度を上げたプラティーンを、今度はインゴットに成形。
成形が終わった時。
わ、と声が上がっていた。
これは、今までとは違う。
また、少し質が上がったはずだ。
作業の時に、マスクは念のためにしていた。空気が変なふうに漏れないようにも処置はしていた。
それだけの準備を徹底的にしていたほどなのだ。期待だってする。だから、炉から取りだしたインゴットが、更に美しい鈍色を放っていたときには感動の声も漏れた。
しばしインゴットを冷やして、そしてまずは鍛冶屋の親父さんの所に持ち込む。自信作だといって見せる。
親父さんは、今日は細かい作業をちまちまとやっていたが。
インゴットを見せると、目の色を変えた。
しばし布越しにインゴットを触り、鷹のように鋭い目で見つめていたが。やがて結論していた。
「これなら、もう充分だろう。 お師さんの所に持っていきな」
「やった……やったよリディー!」
「うん……」
反応が薄いリディーに抱きついて、スールは思わず泣き出す。
壊れ掛かっている姉の分だけでも、自分は泣こうと思ったのだ。勿論、自分もどんどん壊れてきている事は承知の上で。
麗しい姉妹愛を鍛冶屋の親父さんにたっぷり見せつけた後。
イル師匠の所に、インゴットを持っていく。
プラティーンのインゴットの要求点、40。
さあ、鍛冶屋の親父さんは太鼓判を押してくれたけれど、イル師匠はどうだろう。幸い、アトリエにいてくれた。
そして、現物を見せると。
目を細めてしばし見つめた後。咳払いした。
「43点」
「や、やった……!」
「ついに40点越えだねスーちゃん」
「うん!」
ため息をつくイル師匠。
まだ満点の半分にも達していないだろうと、顔に書いている。だけれども、出来たものは出来たのだ。
頭を下げて礼を言うと。
イル師匠は、もう一つ大きなため息をついた。
「どうせこれを見せに来たと言うことは、ハルモニウムにこれから取りかかるんでしょう」
「はい。 アルトさんからの指示です」
「覚えておきなさい。 ハルモニウムは本来、一世代に一人、作れる錬金術師が出るか出ないかという代物よ。 今の世代が色々とおかしすぎるだけ」
「えっ……」
ぴたりと、喜びが冷える。
そう、だったのか。
ひょっとして、既にラスティンの公認錬金術師と同レベルか、それ以上まで実力がついていたのか。
喜びではない。
錬金術師は、技量が上がれば上がるほど、人間から離れていく。ソフィーさんがその最もわかり易い例だ。
そうか、もうそんなところまで。
「ハルモニウムはもうレシピを見たから知っているだろうけれども、尋常な作成難易度じゃないわよ。 心して掛かりなさい」
イル師匠は、そんな心情を知ってか知らずか。
リディーとスールをアトリエから追い出す。
まだ、試験は二人分しかこなせていない。
そして、ハルモニウムを作る事が出来たとしても。まだまだ、最大の脅威だろうフィリスさんとソフィーさんが残っているのだ。
意外とリディーは落ち着いている。
どうして、この状況で落ち着いていられるのか。
より、壊れてしまっているからなのか。
そう考えると、スールは悲しくてならなかった。自分だって壊れてきている自覚はあるけれど。それでも悲しかった。