暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ 作:dwwyakata@2024
フィリスは顔を上げると、リア姉にアトリエを任せて、外に出た。
声が聞こえる。
か細いが、ハルモニウムの声だ。
鉱物だけなら、ソフィー先生にも負けない。そういう自負を持っているフィリスである。鉱物に関するギフテッドだけなら、世界最高という自信もある。だから、聞こえるのである。新しく生まれ出るハルモニウムの声は。
ソフィー先生の作ったものでは無く。イルちゃんがつくったものでもない。フィリスくらいになると、その金属を作った人間も声である程度判別できる。
アルトさんことルアードさんでもないだろう。パイモンさんの可能性も薄い。あの人は新しくハルモニウム装備を作る事を今はしていない筈。
だったら、考えられるのは。
今、ハルモニウムに手を掛けようとしている双子だ。
ルーシャちゃんはプラティーンの品質上げに相当手間取っていると聞いている。そして、プラティーンの方は、どうやらギフテッドを覚醒させたリディーちゃんの事もあって。先に双子が必要品質に達したようだ。
様子を見に行こう。
ハルモニウムを作れる錬金術師なんて、一世代に一人出れば良い方なのだ。
そもそもソフィー先生が無茶苦茶な試練を課して、フィリスとイルちゃんを無理矢理育てなければ。
実際問題、今の世代では、一人もハルモニウムを作れる錬金術師はいなかった可能性が高い。パイモンさんも、フィリスとイルちゃんと旅をする過程で、結果としてハルモニウムに手を掛けられたというのが近いからだ。
ひょいひょいと家の屋根を飛んで渡る。
勿論音も残さない。誰にも気付かせない。
ほどなく双子のアトリエに到着。
壁に貼り付いて、窓を覗き込むと。やってるやってる。ハルモニウムを作ろうと、四苦八苦している。
まずはドラゴンの鱗を細かく砕く所からだが。
其処から躓く。
フィリスも辿った道だ。
ハルモニウムはとんでも無く気むずかしい金属で、完成さえすれば圧倒的利便性を誇る一方。
その完成までの苦労は尋常なものではない。
ドラゴンという存在が如何なるものか理解した今ならば納得出来るのだが。ドラゴンはそもそも「生物」にカテゴライズするには微妙な存在で。当然、その体を覆う鱗も、同じなのである。
「やっぱりおかしいよ。 何だか砕くと、すぐ変になる……」
「鉱石と同じ扱いはやっぱり出来ないね。 ちょっとレシピをもう一度最初から読み直そう」
「うん……」
半泣きになっているスーちゃんを、リディーちゃんが慰めているが。
ふむ。
リディーちゃんの方は、すっかりもう「墜ちて」いる。スーちゃんの方はまだもう一押し足りない。
これは、先輩が一肌脱ぐか。
そう思ったのだけれど、止める事にする。
壁を這って後ろ向きに天井に上がると、ひょいと屋根の上で立ち上がり。そして振り返った。
腕組みして立っているのは、ソフィー先生だった。
「ソフィー先生、気になって見に来たんですか?」
「うん、フィリスちゃんの事がね」
「ああ、やっぱり」
「ふふ、駄目だよ。 深淵には、自分で墜ちないといけないんだから」
苛烈な試練を与えているのもそのためだ。
勿論今までちょっかいは散々出してきているのだが。
それでも、最後に墜ちるのは、自分から出なければならない。
深淵とは知識の底。
知識とは力。
錬金術は知識の学問。
すなわち錬金術を極めると言う事は、深淵に自ら至らなければならないのだ。最初は嫌がっているのを後ろから深淵に蹴り込む荒療治でいい。だが最終的には自分から、深淵に身を任せるようにならなければならない。
勿論フィリスもそれは分かっているのだけれども。
それでも、やはり手っ取り早く済ませたい、というのも本音だった。
「さあ、戻ろうフィリスちゃん。 ちょっと大きめの仕事を頼みたくてね」
「はい。 大きめの仕事って、例の概念操作ですか?」
「そういう事。 双子にも問題は出ていないし、プラフタを「人間に戻し」たら、一回状況の固定もしようと思ってる」
「確かに細かく調整していけば、その分後でつぶしが利きそうですね」
軽く話をしながら、時間を止めて、その中を移動する。
そして、深淵の者本拠である魔界に到達すると。
時間の停止を解除。
既に待っていたイルちゃんと合流し、軽くレシピの確認をした。
レシピの調合そのものは難しく無い。
正直、この調合なら。
今のフィリスでもイルちゃんでも、片手間に出来るだろう。ソフィー先生だったら、それこそ朝飯前の筈だ。
材料はそこそこ複雑だが、今更手に入らない素材でもない。
深淵の者がソフィー先生と接触する前は、賢者の石の素材も揃わなかったという話だけれども。
それから「十年ちょっと」でこれである。
如何に特異点ソフィー=ノイエンミュラーが凄まじいのかは。こういった実績を見れば獣でも分かる事だ。
「この素材について、双子に用意して貰おうと思っていてね」
「待ちなさい、これは……!」
「ふふ、そう。 邪神の深核」
イルちゃんが思わず立ち上がるが。
フィリスは賛成だ。
そもそもファルギオルは、病み上がりの上に、極限まで弱体化が掛かった状態。しかもお目付にルアードさんまで一緒にいて倒したのだ。
そして今回、双子はハルモニウムの作成に着手した。
ハルモニウムは出来損ないでも、プラティーンとは比較にならない強度を誇る神話級金属である。
これで装備品を刷新したら。
ドラゴンに届く。
まずはドラゴンを倒させて。
次に邪神を倒させれば。その過程で、嫌でも邪神の深核は手に入る事になる。
まだ駆除していない邪神が何匹かいる。その中で、人間に有害な奴を思い浮かべる。丁度良いのがいる。
駆除させるには、頃合いだろう。
どうせ邪神は世界の監視装置。
殺しても、ファルギオルのように完全抹殺しなければ、その内復活する。パルミラがそういう仕組みとして作り上げたからである。まあ復活には数百年とか千年とかかかるのだが。それはそれだ。
「私は反対よ! これ以上やったら流石に潰れるわ!」
「弟子には甘いね、イルちゃん」
「非人道的だっていってるのよ!」
「人道はこの世界を救わないよ」
そうフィリスが指摘すると。
イルちゃんは青ざめ。そして、ものすごく悲しそうに、口を閉じた。理由は分かるが、追い打ちはしない。
ソフィー先生が咳払い。
「それでは、双子がハルモニウムを作り次第、次の段階に。 フィリスちゃん、準備はしておいてね」
「はい、分かっています」
「……特異点。 貴方は正しいと思う。 でも、いずれこんな事ばかりしていたら、報いが来るわよ」
「報いくらいでこの世界の詰みを打破できるのなら、安いものだと思うけれどね」
イルちゃん、まだ分かっていないか。
ソフィー先生は、もうエゴと自分を完全に切り離している。
感情はある。
時々暗い凶暴性に身を任せている事もある。
だけれど、それはもはやソフィー先生という思考装置とは別の所にあるのだ。
人を超越するというのはそういう事で。
イルちゃんだって本当はもうその段階に入っている。
それを拒否し続けても苦しいだけなのに。
かといって、苦しむのはイルちゃんが望んだことだ。フィリスには、これ以上何もしてやれることは無かった。
アトリエに戻る。
リア姉が食事を作ってくれていた。ツヴァイちゃんと、姉妹三人水入らずで食事を楽しむ。
さて、双子がハルモニウムを完成させるまで、一月は掛かると見た。
その間に、もう一つくらい大規模なインフラ整備作業を終わらせておこう。勿論その手伝いは、リア姉にもツヴァイちゃんにもして貰う。
食事を終えると、その話を軽くして。
二人は頷いた。
インフラ整備がどれだけ重要かは、二人とも良く知っているのだ。この世界のためにとって、である。
さて、腕が鳴る。
今少し、双子が次の試験に取りかかるまで。
世界の治療を、進めるとしよう。
(続)
フィリスはずっと抗ってきましたが、今はもうすっかりそっち側です。
それくらい、世界の果ての光景を見続けるというのは、辛い事なのです。