暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ 作:dwwyakata@2024
ついに双子は、最高位金属に手をつけることになります。
序、ついに神域へ
自分達二人だけでは絶対に到達できなかった場所へ来たことをリディーは悟る。順番にレシピ通り、注意深く竜の鱗を調整していく。
ただ粉々にするのでは駄目だ。
この鱗、尋常な成分で出来ていない。下手に加工すると、あっと言う間に痛んでしまうのである。
鱗そのものは圧倒的頑強さを誇るのだが。それを加工するとなると、構造が壊れてしまい二度と元に戻らない。
故に、構造を壊さないように。
注意深く加工していく必要があるのだ。
まず最高品質の中和剤を用意。
ドラゴンの血液が好ましいという話だったけれど。今は流石にそれは用意できない。故に現状で用意できるもっとも優れた魔力を持つ素材。つまりネームドの血液を使用する。これを中和剤とし。
まず竜の鱗を変質させる。
この変質も極めて丁寧に、時間を計ってやらなければならない。
竜の鱗を中和剤から引き上げる。
リディーにはもう良いよ、という声が聞こえるが。
ハルモニウムを作れない人には、これは一生無理だとよく分かった。多分ここから先は、ギフテッド持ちか、とんでも無いセンスを最初から持っている者しか。立ち入れない領域なのだ。
変質させた竜の鱗を、丁寧に崩していくが。
この時も、無理に力を掛けてはいけない。
柔らかくしたのだけれども。
それも中和剤で一日がかりで変質させ、柔らかくしたのであって。実戦で使える状況では無い。
或いは金属の声が聞こえるギフテッドなら、このハルモニウムの構造をついてドラゴンに致命打を与える事が出来る、というケースがあるのかも知れないが。
そんなのは、世界に一人か二人、いるかどうかだろう。
フィリスさんなら或いはやれるかも知れないが。
あの人以外には想像も出来ない。
崩した後は、丁寧に、相手に負荷を掛けないように。優しく潰して行き。同時にわずかに混ざっている不純物も取り除いていく。
恐らくだが、ドラゴンの体内にある老廃物が積層化した部分だろう。
完全にいらないと分かる部分もあった。
或いは、鱗と体の間で緩衝材の役割を果たすのかも知れないが。
それは、今は調べる必要もない。
潰し終えて。
ようやく炉に入れる。
此処からは、炉の温度を徐々に上げていき。最終的に、プラティーンでさえ使わなかった高温に到達させる。
勿論非常に危険な作業だ。
炉はもつ。
鍛冶屋の親父さんに、手を入れて貰ってある。
だから大丈夫だ。
問題なのは、炉では無く自分達の力量。
薪をくべて、火力を上げていくが。その薪も、勿論素手で放り込むわけにはいかない。そんな事をしたら、一瞬で手が炭だ。
火力を上げるために特別に加工している炭と。
更に魔術での熱放出を避ける工夫。
いずれも、一筋縄ではいかない。
炉をリディーが見ている間に、スールが黙々と消耗した物資を補給していく。この間の、ほぼ一月がかりの戦略事業にて、爆弾もお薬も殆ど使い切ってしまったからである。こういう時間は、有効活用しなければならない。
やがて条件の温度に到達。
今度は炉の温度を適正まで下げる。
そうしないと、炉を開けた瞬間、アトリエが消し飛ぶからである。
あのドラゴン戦。
海竜との戦闘でも、ドラゴンの鱗そのものは、殆ど無敵に近い防御力を誇っていた。彼奴はそもそも海の中ですら無く、しかも極めて不利な環境で戦っていたにもかかわらず、である。
つまるところ、ドラゴンの鱗とは総じて無敵の装甲であり。
それを溶かすには、それ以上の圧倒的パワーか。
もしくは人知を越えた力が必要になる。
錬金術は後者。
残念ながら、前者は人間には再現出来ない。
錬金術による身体能力の増強でそれに近いことは出来るけれども、それも結局錬金術が必要になる。
ドラゴンを相手にするというのは。
そういう事なのだ。
炉の温度を下げてから、取りだす。
さて、上手く行ったか。
青紫の輝きが見える。確かに、コレで良い筈だ。生唾を飲み込んでから、ペンチで取りだし。用意しておいた中和剤につけて一気に冷やす。
そして固まった所で、ハンマーを振るって、不純物とかち割り分けた。
さて、どうだ。
しばし黙って、青紫の輝きを見るが。どうやら、安定してくれたらしい。中和剤もかなり作るのが手間だったので、駄目だったらどうしようと不安だったのだけれど。これならば、きっと上手く行っているはずだ。
呼吸を何度か整えてから。
いつもインゴットを作る時と同じようにして。
不純物を全て取り去る。
とにかくデリケートな金属なのだと言い聞かせながら作業。機嫌を損ねたら、一瞬でゴミになると思うと、本当に神経をすり減らされた。
インゴットに加工できるだけの量は出来たが。
それにしても、品質はどうなのだろう。
確かにまだ熱いうちにハンマーを振るって加工していても、おっそろしく堅い。その一方で非常に軽い。
強い、凄まじい魔力は感じる。
だが、これではまだ本当の力は引き出せていないようにも思える。
お父さんが地下室から上がって来たので、ハルモニウムのインゴットを見せる。眼鏡を直したお父さんが、しばしまじまじとハルモニウムを見ていたが。ほどなく、咳払いをした。
「まさかハルモニウムを見るとはな。 王宮に出向いたとき、ネージュが作ったという先代騎士団長用の鎧や武器を見て以来だ」
「質はどうかな」
「まだまだだな。 俺が見ても、ネージュが作ったものとは雲泥だ」
「そうだよね」
まあ、当然だろう。
実は今まで、ハルモニウムは何度か見ている。
フィリスさんのアトリエで見た釜もハルモニウムだったし。
最近では、あの恐ろしい剣鬼、ティアナさんが嬉々として振るっていた剣もハルモニウムだった。
ティアナさんの剣に至っては、ぎらぎらと殺気にも似た魔力が渦巻いていて。
どれだけの数の人間を殺してきたのだろうと、恐ろしく感じるほどだった。
感情がどんどん無くなってきているリディーでも、恐怖を感じるほどだったのである。
それら先達の作った超金属に比べれば。
今やっと何とか「ハルモニウムになった」代物なんて。
それはどうって事がなくても当然である。
ドラゴンの鱗はかなり消耗した。
正直な話、ハルモニウムを量産するのは現時点では不可能だ。試行錯誤できるほど、もう鱗が残っていない。
ましてやもっと良い品質の鱗となると。
それこそ、中級以上のドラゴンを狩らなければならないだろう。
現時点での実力では、下級のドラゴンに不意打ちをしかけられればどうにか、と言う程度の実力しか無い事はわきまえている。
不思議な絵の具による世界の書き換えを駆使してもそうだろう。
それも、ドラゴンに不利な世界なんて、そうそう作れるだろうか。
火竜には凍てついた世界が有効だろうし。
海竜には灼熱の世界が有利だろう。
だが、一般的なドラゴンには、それらが通じるとはとても思えないのである。
話に聞いて調べはした。
今世界に最も多い下級のドラゴンは、ドラゴネアという品種らしいのだが。
下級といっても当然弱点など存在せず。
錬金術で能力を意味不明なまでに倍率を掛けて上昇させないと、とても勝ち目がないレベルであるという。
つまり、下級の時点で。
走攻守が揃った万能選手という訳で。
ドラゴンの素材なんて、簡単に手に入るわけがない。
それはソフィーさんとかだったら、それこそ赤子の手を捻るようなものかも知れないけれど。
あの人はもうなんというか。
リディーが知る中では、多分創造神パルミラに最も近い実力者。
比べる対象にしてはいけない相手である。
「ねえスーちゃん。 これ、アルトさんの所に持っていく?」
「ハルモニウムだっていうなら、まずコルネリア商会が先じゃない?」
「うーん、そうだよねえ……」
煮え切らない様子に、昔のスールだったら多分イライラを見せていただろうけれど。どうしてか、最近スールは大人しい。悲しそうにしている事も多い。
理由は良く分からないと言うか。
もやが掛かったように、どうにも理解出来ない状態だった。
「残りの鱗も使って、もう少し試行錯誤してみよう。 このハルモニウム自体は、コルネリア商会に登録してくるとして」
「分かった。 じゃあ、スーちゃんがいってくるよ」
「お願いね」
手分けして動く。
今までの作業を見直して、何が駄目だったのか丁寧に分析していく。勿論、今できたハルモニウムが最底辺の代物だと言う事は分かっている。
中和剤か。
可能性はある。ドラゴンの血が一番好ましいという話だったのだ。そもそもハルモニウムは神域の金属。
多分、本格的なものを作るのであれば、ドラゴンの血肉が欲しい。血も良いが、肉をすり潰して、中和剤に出来ればそれもいい。
ただ、それにはドラゴンを仕留めなければならない。
そもそも騎士団の部隊を連れていって、更に其処に高位の錬金術師が加わっても勝てるかどうか怪しい存在だ。
三傑、イル師匠、フィリスさん、ソフィーさんだったら、確実に勝てるだろうけれど。
あの三人は、もうそういう次元の存在じゃない。
次点としてはアルトさんやプラフタさんが思い当たるが。
あの二人は、頼んで動いてくれるような存在ではないし。
何より深淵の者に大きな借りを作ることになる。それは、現時点ではあまり好ましい事ではない。
そもそもどれだけ無理難題をこれからぶつけられるか知れたものではないのだ。
できる限り、深淵の者との関わりは避けたい。
感情が薄くなってしまった今でも。
ルーシャとお父さんを人質同然にされていて。
その気になれば、いつでも彼らは二人を殺すと言う事くらいは分かっているし。
それに対して、抗う手段が無い事も分かっている。
深淵の者だけでも、王都なんか一日で滅ぼせるだろうし。
ソフィーさんに至っては、人間全部が束になっても勝てるかどうか怪しい。
「どうした、何か難しい事か」
「ううん、何でも無い」
「そうか。 俺は不思議な絵画の研究に戻る。 それと、明日から少し出かけるからな」
「うん」
一応説明はしてくれるが。
どうやらパイモンさんのA級昇格試験に立ち会うらしい。お父さんからの試験にはパイモンさんもルーシャも受かっているらしいのだけれど。ルーシャはフィリスさんの試験で、パイモンさんはソフィーさんの試験で手こずっているらしく。
素材集めなどで、手助けを頼めないかと声を掛けられたそうだ。
お父さんは戦闘要員としては役に立たないが。
錬金術の道具は使えるし。
お薬に関する知識などは豊富。
決していて邪魔になる存在ではないだろう。
「どこに行くつもり?」
「ラスティンだ」
「えっ……」
「それ以上は聞くな」
何となく分かった。
多分だが、深淵の者が使っているあの謎の扉を用いるのだろう。お父さんも、あまり深淵の者には良い気分を抱いていない様子で、それ以上は何も言わなかった。
レシピと行程を見直している内に。
スールが戻ってくる。
どんよりと表情が沈んでいたが。
「どうしたの」
「む、無茶苦茶だよう」
スールが嘆く。
コルネリア商会にハルモニウムのインゴットを持ち込んだ所。複製に、今まで聞いた事もないような金額を要求された、というのだ。
この様子だと、ヴェルベティスでも同じだろう。
あれも国宝級の品だと聞いている。
ハルモニウムはそもそもインゴットの段階で国宝になるケースがあるという品である。その扱いも当然か。
まて。値段を即座に指定されたと言う事は。
そして、コルネリアさんは、ソフィーさんと冒険をしていた事があるとも聞いている。
実はこの間、街のカフェで、二人で酒を飲みながら軽く話しているのを見かけた。ソフィーさんは上機嫌だったが、コルネリアさんはお酒を飲んでもまるで顔に出ないようで、普段と違うように見えなかった。
そうか、昔のソフィーさんと一緒にいたのなら。
ハルモニウムを見た事があってもおかしくないし。
或いは複製をした事があるのかも知れない。
コルネリアさん自身が複製能力持ちだと聞いている。
もしハルモニウムを複製したことがあるのなら。
それは大変である事を知っているだろう。
「どうしよう……」
「とりあえず、登録はしたから、最低限のラインは確保できたと言う事で満足しよう」
「うん。 もう少し試行錯誤するの?」
「今度はスーちゃんが主体でやってみて」
頷くと、交代。
スールが主体になって、作業を始める。
再現のうまさに関しては、スールはもう完全にリディーを超えている。最初に手を出すのがリディーなら。
後からそれの完成度を上げていくのはスールだ。
昔は怠け者だったが。
今では反復練習をしっかりやるようになっているので、腕の上昇も著しい。昔と違ってメモもしっかりとっているので、覚えも悪くなくなっている。残念ながら、本人に自覚はないようだが。
その間にリディーは、ヴェルベティスについて調べに行く。
見聞院に行ってレシピを購入。
出費は痛いが、これがないと多分安定してドラゴンと戦えるようにならない。
上級のドラゴンになってくると、騎士団が束になっても勝てるかどうか怪しいという話を聞いている。
三傑が来る前は、彼方此方に手に負えないネームドが闊歩していたという話は、騎士達から直接聞いている。
そう。ネームドでさえ、である。
ネームドでも最強クラスになると、下級のドラゴンに匹敵するケースがあるらしいけれど。
最強クラスで下級のドラゴンくらいという事でもある。
要するに上級のドラゴンが、どれだけ凄まじい超越生物かと言うことを、逆説的に説明しているとも言える。
レシピを購入してからアトリエに戻り。
内容に目を通す。
金の絹糸と呼ばれる、強い魔力を持つ虫が作る繭の糸が必要になる。
生息地域は、邪神が出るような場所ばかり。
正直かなり厳しいが。
今後の事を考えると、何とか入手しなければならない代物だ。
スールがハンマーを振るっている。リディーが試行錯誤していたのを見ていたからか、かなり飲み込みが早い。リディーはレシピを見ながら、問題になりそうな所を洗い出していく。
やはりまず最大の問題は糸の鋭さだ。
以前モフコットを作った時にも、コーティングの話がされたが。
ヴェルベティスに必要とされるコーティングは、あの時とはまるで別次元である。
何しろ糸が細い上に恐ろしく鋭い。
その切れ味たるや、何も考えずに糸を地面におとしたら。
その途中にあるものをみんなスパスパ斬り刻んで行くほどだというのである。
そんなものを衣服にしようという時点で頭がくらくらしてくるが。
これが異次元の魔力との親和性や強度を併せ持ち。
恐らくイル師匠もフィリスさんも日常的に着ている事を考えると。作らない訳にはいかない。
モフコットを使っていた道具にヴェルベティスを導入すれば。
恐らく数倍、下手すれば十倍以上に性能は跳ね上がる筈で。
ドラゴンに、正攻法で勝つ目が見えてくる。
そもそも海竜をあれほどオーバーキルしなければならなかったのも、実力差が大きかったからで。
もしも相手に実力が近付けば、血を採取できるくらいにまで、戦力差を縮められるかも知れない。
メモをとっていると、スールに時々質問される。
丁寧にそれらに答えているが。
ふと、変な質問が混じった。
「ねえリディー。 これって、いわれている通りに押しつぶせば良いの?」
「何の話」
「ううん、何でも無い。 勘に従って押し潰してみる」
「……」
リディーは多分ギフテッドらしいものにもう目覚めている。ものの声が弱いながらも聞こえるのだ。
最近はどんどんそれが強くなってきている。まだまだ弱いとは言え、調合の時はとにかく頼りになる。
スールだって、双子の妹なのだ。
スールはどうやら、お母さんの血が強く出たことで、自分には錬金術師の才能が出なかったのでは無いかと気に病んでいる様子で。前に、シスターグレースに愚痴を言いながら泣いているのを見てしまった。
だから、余計な事は言えない。
今のも、そのまま答えていたら、どうなっていたことか。
レシピを読みながら、今のは危なかったなと、自分に言い聞かせる。
そして、来るべきヴェルベティス作成に備えて。黙々と、必要な素材について、調べていくのだった。