暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ 作:dwwyakata@2024
形態変化をしないだけで、普段は何十分の一までパワーを抑えていると言う点ではあの駅伝に姿を見せる宇宙最強の地上げ屋のようです。
城門を出る。移動は、飛行キットを取り付けた荷車で行おうかと思ったのだけれども。今回はルーシャも来るので、少し人数が多すぎる。そのルーシャも、もう飛行キットは作ったようだったのだけれども。残念ながら、小型の荷車用の飛行キットだった様子で。行くだけなら良さそうだが。荷物を運ぶ帰りには上手く行きそうに無い。少し話しあった後、どうせ大した距離でもないので、全自動式を使う事になった。
まあ別に今は一刻を争う状態でもない。
ルーシャは三連連結の荷車で。リディーとスールは飛行キットつきの大型荷車で来ていたが。
大型荷車はしまって、二連結の全自動式荷車に切り替える。
その間に、ルーシャがもう一両荷車を出してきて。リディーとスールの荷車の後ろに連結した。
これで丁度良い。
幸いドロッセルさんとの契約が間に合ったので、今回は何とか戦力がそれなりに揃った事になる。
前に海竜戦をやったときに比べて、フィリスさんとアルトさんがいない。しかしどちらも滅茶苦茶手を抜いていたのは、当時から知っていたし。それなら、今の戦力でも大した差はない。
一旦森の中で止まり。
全員にハルモニウムを使った装備品を配る。
今回はドロッセルさんにも配った。
ルーシャはそれを見て、嘆息する。
まだハルモニウムは出来ていないのかなと思ったが。流石ルーシャだ。若干リディーとスールよりも質が良いのを作るのに成功していたらしい。
ルーシャ自身とオイフェさんの分しか装備品は用意できていない様子だが。
それではっきりいって充分である。
「倍率が強烈なので、先に試してください」
今まで、此処にいる面子は、錬金術の装備を試したことがある者ばかりだ。フィンブルさんが頷くと、まずは腰を落として、ハルバードを振るう。
いきなり風圧が地面を抉ったので、流石に慌てた。木を傷つける可能性があったからだ。いうまでもなくこの森は、王都を守る防衛線である。生木を傷つける事など、絶対にあってはならない。
マティアスさんもしばらく四苦八苦したり、手を握ったり開いたりしていたが。
青ざめているのは、想像以上にパワーの倍率が高いからだろうか。
アンパサンドさんは、もう空中機動まで試している。
この間、山二つをぶち抜く大規模インフラ工事にかり出されたときは、フィンブルさんも空中機動を使いこなしていたのだが。
それでも、アンパサンドさんほどには出来ていなかった。
とはいっても、アンパサンドさんの場合は、体を徹底的に鍛え上げた結果、それこそ隅から隅まで意図通りに動かせるようになっているだけの事で。
別に天才でも何でも無いだろう。
死ぬほど努力した結果がこれだ、というだけである。
「本当にパワーが大きすぎるのです。 ただ、使いこなせれば実に頼もしい。 これが騎士団に正式配備されたら、どれだけ被害が減ってくれるか……」
悔しそうにアンパサンドさんがいう。
それは、まだ残念だけれど、リディーとスールの腕では無理だ。今回も凄まじい出費の末に、何とか作り出した品である。更に言うと、これはハルモニウムとしては落第点レベルのもので。
もっともっと、マシな品を作っていかなければならない。
これについては、皆が一通り動けるようになってから説明をする。なお、恐らくだけれども。とっくにハルモニウム装備は使った事があったのだろう。ドロッセルさんだけは、平然と使いこなしていた。
「今回のドラゴン戦では、血をどうしても採取したいです。 手加減は出来ない相手だと分かっていますが、お願いします」
「血、かあ。 前はそれどころじゃなかったもんな」
「マティアス、無理そうだったら無理しなくてもいいからね。 相手はドラゴンだし」
「ああ、分かってる。 スーが最近優しくて俺様嬉しくて泣きそう」
そう大げさにいうマティアスさんだが。
案外本音かも知れない。
この人、恐らく王宮でも意図的に孤立しているだろうし。
何よりミレイユ王女が怖すぎて、佞臣だと目をつけられないためにも、怖くて声を掛ける官吏はいないだろう。
ホムの役人は声を掛けるだろうが。そもそもホムは野心が極めて薄く、権力欲もほとんどない。というか、あったとしても他人を押しのけてまで権力の座につこうと考える種族ではない。
その代わりホムは極めて寡黙で事務的だ。無駄な事はほぼしない。
マティアスさんの悩みを聞いてくれるような人もいないだろう。
「じゃ、注目」
不意に、手を叩くドロッセルさん。
ドラゴンについての説明を受ける。
ドラゴンは上級、中級、下級に分けられ。高位、中位、下位に分けられる邪神とは位階の分類からして違うと言う。当然高位、上級の方が強い。それも桁外れに。
これはあまり知られていないが、まあ当然だろう。
何しろ、下級のドラゴンでさえ、普通の人間には手に負えないのだ。
どうせ手に負えないなら、更に桁外れに強かろうが同じである。
ドラゴンについての解説に戻る。
下級のドラゴンは、ドラゴネアが殆ど。希に変異種などもいるらしいが、いずれにしてもドラゴンの大半はこれである。
中級のドラゴンになると、金属名と同じ名前を持つシルヴァリアや、金色に輝くゴルドネアなどの品種がいるが。これらは中級の名前に相応しく、圧倒的な火力と防御力を持ち、ドラゴネアより格段に強いと言う。
なお、この間戦った海竜は、珍しい下級の海棲ドラゴンだそうだ。
そして上級になると。
ドラゴンは名前を持つようになる。要するに、ドラゴンのネームド、というくらい危険な存在と言う事だ。普通の獣とネームドの実力差を考えると、怖気が背中に走る。
上級のドラゴンになってくると、物理的に強いだけだったドラゴネアなどと違い、天変地異も容易に起こすようになるという。
ドロッセルさんは、さらりと当たり前のようにいう。
「私が戦った上級は二体だけだけれど、片方は津波を起こして一万の人間が暮らす都市を湖底に沈めようとしたし、もう片方は砂嵐を常時起こして自分の縄張りを有利な状況においていた。 要するに、天候を操作し、天災まで操ると言う事だよ」
「ひえっ……」
「殿下」
「わ、分かってるがよう」
マティアスさん青ざめて、フィンブルさんにたしなめられる。
ルーシャは頷いてメモをとっていたが。
これは多分、ドラゴン戦の経験者の生の話は貴重だから、というのが理由だろう。リディーも勿論メモをとる。スールも、熱心にメモをとっていた。
「アンパサンド、今回のドラゴンの特徴は」
「今の話を聞く限りゴルドネアなのです」
「となると恐らく中級だね」
恐らく、というのも。
やはり、例外的に強い個体が出現する事があるらしく。
ゴルドネアは基本的に中級だが、ごく希に上級並みの実力者が出てくることがあるらしいのだ。
またドラゴンは生態も殆ど分かっておらず。
縄張りに入らなければ襲ってこない「比較的」大人しい者から。
人間の街を襲撃しに積極的に動く者まで様々で。
しかも、大人しかった個体がいきなり暴れ出したりするケースもあるため。何処にどんなドラゴンがいるかは、常に把握する必要があるのだとか。
そういえば、500年前より前。
世界には秩序さえ無かったという話をアルトさんにされたが。
要因の一つはこれではないのだろうか。
リディーが思うに、錬金術師と、錬金術の装備に身を固めた使い手達でなければ、ドラゴンが倒せない状況では。
ドラゴンが現れたら、余程の事がない限り人間は逃げ散るしか無い。
数をどれだけ集めたって無駄だ。
数を集めて勝てる相手では無い。
機械技術の類では、ドラゴンの鱗に傷一つつけられないのだから当然だろう。ましてやブレスはあの火力である。
「現地の地図を出して。 作戦はもう立てておこう」
ドロッセルさんが仕切る。
此処は、ドラゴン戦の経験を豊富に積んでいる彼女に話を聞く方が得策。
恐らく、アンパサンドさんはそう判断したのだろう。
ドロッセルさんはアダレットでも高名な戦略級傭兵の一人でもある。
騎士団としても、別に指揮を任せる事に抵抗はないだろうし。
地図を拡げると、ドロッセルさんはドラゴンの出た場所、街道などの位置から、小首をかしげる。
「本当に、此処に留まってるの?」
「現状ではそうなのです」
「まずいね」
ドロッセルさんが、すっと指先を地図の上に走らせる。
地図のかなり広い範囲が、指先によって囲まれた。
「感知範囲はこの辺りになると思う。 相手が中級だった場合だけど。 ドラゴンが気配を察知できる範囲と、視界に入る範囲を含めるとこんな感じだね。 どうしてこう、周囲を完璧に見晴らせる位置に陣取られたのか。」
「ここまで感知されるとなると……変な動きを相手が見せている以上、この辺りからはもう狙撃されることを覚悟して進むしかないのです」
アンパサンドさんが、リディーを見る。
リディーは、身につけたハルモニウムを使った装備を意識して。大きく深呼吸をしていた。
「分かりました。 何とかブレス、防いでみます」
「わたくしも手伝いますわ」
ルーシャもそう加勢してくれるが。
二人がかりでも、ブレスを何回防げるか。
相手は弱体化無しの中級となると、この間の海竜とは根本的に事情が違うだろうし。
それと、何よりも話を聞く限り、ゴルドネアに弱点は無い。
つまり不思議な絵の具は通用しないという事だ。
つくづくすこぶる厄介だが。それでもやるしかない。
錬金術師となって、Aランクになろうというのだ。Sランクがネージュ級だとなると、これくらいは出来なければ話にもならない。
頬を叩いて気合いを入れると。
ドロッセルさんとアンパサンドさんが幾つか打ち合わせをして。
それをリディーは頷きながらメモした。
イル師匠の所で、戦略と戦術を学んだ。それが今になって、大きな力になっている。すっと頭に二人の言葉が入ってくる。
スールも、熱心に話を聞いている。
多分、ある程度は理解出来ているのだろう。
「それでは、確認通りやるのですよ」
アンパサンドさんの言葉に頷く。
ドラゴンとの戦いを、はじめるときが来た。
ドラゴンの縄張りに入った。
それを察すると、背筋がぞわりと悪寒が伝う。
それはそうだろう。
人間には、ドラゴンには勝てないという本能が備わっているという説があるが。実際勝てないのだ。
気配とか読めるようになって来た今。
ドラゴンの計り知れない強さは、嫌でもリディーに伝わってくる。確かに人間なんか、なんぼ数を揃えても勝てる相手では無い。
錬金術が、偉大すぎるだけだ。
皆、一言も発さず。そのまま動く。
荷車はそのまま引くが、これは最後の時には盾にするためだ。当たり前の話だが、プラティーンの装甲である。これに全力での防御魔術を掛ければ、一回くらいは荷車そのものを犠牲に、ブレスを防げる。
撤退を判断した場合は、荷車を捨てる事になるが。
逆に言うと、最後の盾として、機能して貰う事になる訳だ。
ドラゴンがいるのは分かるが。
まだしかけては来ない。
好機。
可能な限り距離を縮める。
ちょっと先の空中を機動していたアンパサンドさんが、ハンドサインを出してくる。見つけた、という意味だ。
続いてのハンドサインを見て、右側に進路を移す。これは、ドラゴンがブレスで狙撃してくるまでに、可能な限り近付くために。進路を事前に幾つか設定した。
今、峠に掛かっている街道の中腹ほどに居座っているドラゴン、ゴルドネアの視界から外れつつ。
背後に回るように、砦を迂回して荒野を進んでいる。
獣はドラゴンの気配に威圧されたか殆どいないが、人間を見ればそれでも殆ど反射的に襲いかかってくる奴はいる。
ドロッセルさんは、今回はかなり危ない戦いだからか、いつもより本気だ。
獣を即座に仕留め、屠る。
残念ながら、今は回収している余裕が無い。本来この辺りは、そろそろ緑化作業をする予定候補に入っていたくらい、獣の駆除が安定していたらしく。ドラゴンが出るのはあり得ないそうだ。
やはりフィリスさんが追い立てたのだろう。
本当に、困った話だが。
しかし、どうしようも出来ないのもまた事実だった。
「シールド!」
アンパサンドさんが叫ぶ。
ハンドサインよりも先に意図を察したリディーとルーシャは、タイミングを合わせてシールドを張る。
アンパサンドさんとドロッセルさんは自力で何とかする。
これについては、事前に打ち合わせ済みだ。
なんと、峠ごとぶち抜いて、閃光が瞬く。
そして、周囲を一瞬にして焼き払っていた。
シールドへの負荷が尋常じゃあない。
前は本当に、弱体化しきってドラゴンとも言えないようなのを相手にしていたのだと、思い知らされていた。
ハルモニウムで強化された装備でこれだ。
手が痺れるようである。
煙が晴れてくると、周囲の惨状が明らかになってくる。
峠が抉られ。
其処から帯状に、此方に向けての地面が溶けている。そして、ドラゴンは既に宙に舞い上がり。口元に光を宿していた。
分かってはいたが、峠ごとぶち抜いても、これだけの火力が出る。
ドラゴンのブレス、第二射。
しかしそれは、大きく上にそらされる。アンパサンドさんがシールドの側に現れると、ハンドサインだけ残して、すぐに消える。
頷くと、突貫。
今、ドラゴンを蹴り挙げたのはドロッセルさんだ。ブレスを放った瞬間、全力で突貫し。至近から顎を蹴り挙げた、と言う訳か。
そのまま、ドロッセルさんに尻尾を叩き付けるドラゴンを見ながら、まず溶岩をレヘルンで冷やし。速攻で走り抜ける。そのまま皆で一丸となって走り、峠へと進む。
浮いたままの状態で、ドラゴンはドロッセルさんの猛攻をいなしているが。
しかしながら、ハルモニウム装備で強化された上、本気モードのドロッセルさんを即座に振り切れない様子だ。
かといって、ドロッセルさんだって、単独であいつに勝てるほどの実力は無いだろう。
急げ。
自分に言い聞かせながら走る。
ドラゴンが、此方を見る。
一瞬だけ視線が交錯する。
ブレスを吐こうとしたところを、その目を上からの閃光が抉った。アンパサンドさんが加勢したのである。
目を抉られても、眼球は破れなかったようだが、五月蠅そうに魔力を放出して、周囲全てを押し返すドラゴン。
この時を、待っていた。
上空に、スールが投擲。
束にして火力を最大まで上げたレヘルン。通称シュタルレヘルン。それを十個束ねたものだ。
勿論人間の、しかもヒト族の本来の腕力で投げられるものではないが。
今の装備による倍率なら可能。
更にこれを、バトルミックスで全力強化。
炸裂させる。
爆裂した冷気は、瞬時に周囲を極寒地獄に変えた。手加減無しの、冷気の究極の一撃だ。まずは、これで初撃。
空気すらもが一瞬凍り付いた中。
それをバリバリと砕いて、躍り出てくるゴルドネア。相当に頭に来た様子で、雄叫びを上げる。
ブレスを再び放とうとするが。
もうマティアスさん、フィンブルさん、それにオイフェさんの間合いだ。
今のは、効くことを期待していない。
接近するまでの時間稼ぎである。
ルーシャが腰を据え、周囲に拡張肉体を展開。
傘を構えると、全力での砲撃をぶっ放す。
更に、それにあわせて、スールが接近しつつ、上空の相手を横切るように動きながら乱射乱射乱射。
ぎこちないながらも空中機動を使いこなしたフィンブルさんとマティアスさんが、上空から大剣とハルバードを振るいかぶり。
真下から、腹にオイフェさんがナックルでの一撃を叩き込む。
ルーシャの砲撃と、スールの射撃。立て続けのオイフェさんの攻撃に気を取られたドラゴンの脳天に、マティアスさんとフィンブルさんの渾身の一撃が叩き込まれた事により、流石に中級ドラゴンも高度を保てず、地面に叩き落とされる。
同時に、作戦は次の段階に移行。
オリフラム十個を束ねた爆弾を、リディーが取りだし、投げる。残像を作り、動いたアンパサンドさんがそれを受け取り、スールへと投げ渡す。
リレーが成功し。
それを視線でしっかり追っているドラゴンの横っ面を、ドロッセルさんが渾身の蹴りで張り倒す。
勿論ドラゴンもやられっぱなしでは無い。
頭に来たのだろう。
ひゅうと、一瞬だけ音を立てると。
上空に、無数の石が飛来するのが見えた。
それが、文字通り雨のように辺りに降り注ぐ。一つずつの石が、それこそ爆裂するように地面を抉っていく。
思わずリディーはシールドを展開。ルーシャも全力で展開するが。
皆、直撃は避けても、衝撃波が重なり会う中、無事であるとは思えない。
耐えられないかも知れない。
だが、何とか。
今の装備なら。
祈るしかないが、そんな中。躍り出たのは、傷だらけのスール。今の空からの投石の中を抜けると。
立て続けにブレスを吐こうとしているドラゴンの至近に躍り出ていた。
スールが持っているのが爆発物、それも超特級の危険物であることを察知したか。
ドラゴンが、一瞬だけまどう。
それで充分。
スールを抱えて、空中機動したアンパサンドさんが離れる。今のアンパサンドさんなら、充分に出来る。
そして、その場に残された爆弾に対して、即座にシールドを展開するドラゴン。
その背中に、息を合わせてフィンブルさんとマティアスさんが、一撃を叩き込んでいた。
狙うは翼である。
更に、てこの原理で力が掛かるように。
下からオイフェさんが蹴り挙げる。
無茶な力が掛かった翼が。さきの冷気による冷凍もあるのだろう。勿論ハルモニウムによる強化もある。
へし折れる。
絶叫するドラゴン。だが、尻尾がまるで蛇のように動き、接近戦を挑んでいた三人を立て続けになぎ倒す。
ハルモニウム装備があってもこれか。
必死に次の手を準備しながら、尻尾を掴んだドロッセルさんが、凄まじい勢いで地面をずり下がりつつ。
その動きを止めるのを確認。
ドラゴンは爆弾に対するシールドを張りつつ。
跳び上がるようにして、尻尾を振るい。
無理矢理ドロッセルさんを振り払いつつ、此方に振り向こうとした。
その瞬間に。
空中機動していたスールが、ドラゴンの頭上から乱射。今のスールが手にしている銃は、昔の豆鉄砲ではない。弾丸に魔力も籠もっているし、キャプテンバッケンの魂の銃だ。ドラゴンが、一瞬だけ視線をそらされる。
同時に、翼の傷口を、アンパサンドさんが抉り。
更に空中機動し、まるで小さな箱の中で鞠が跳ね回るようにして、凄まじい数の斬撃を、瞬く間に傷口に叩き込んだ。
完全に頭に来たらしいゴルドネアが、ため無しでブレスをぶっ放し、アンパサンドさんを狙うが。
シールドを張る。
アンパサンドさんに、ではない。
ドラゴンの至近に、だ。
結果、ドラゴンのブレスが、その翼の傷を完全に焼き切る。悲鳴を上げたドラゴンが、思わずシールドを解除。
降り立ったスールが、落ちていたオリフラムを拾うと。
二回目のバトルミックスを叩き込んでいた。
きのこ雲が、その場に上がる。
呼吸を整えながら、様子を見る。流石に額からの汗が酷い。シールドを一緒に展開していたルーシャも、呼吸を整えるのに必死だ。
構えるのは、ルーシャの方が早い。
爆炎を蹴り破るようにして、姿を見せたドラゴンが。
そのまま、食らいつこうとしてくる。
だが、その鼻先に叩き付けるようにして、ルーシャが今日二度目の全力砲撃。しかも、これについては事前に打ち合わせていた。
先に冷気。
続いて熱。
これで仕留められないとしても、熱膨張破壊によって、ドラゴンには少なからずダメージが出る。頭に来たドラゴンは、錬金術師を狙いに来る。そして本能的に、積極的にアタッカーをしているスールではなく。能力強化とシールドの展開をしているルーシャとリディーを狙って来る。
ドロッセルさんの読み、完璧だ。
というか、それを誘発するために、わざと此処で動かないで戦っていたのである。
ルーシャの拡張肉体が、過剰な負荷に爆ぜ割れるのが見えたが。
その代わり、ぶっ放された砲撃は、ドラゴンがブレスを吐く前にその顔を直撃、一気に押し戻し。
そして、鱗を数枚、吹き飛ばすのが見えた。
同時にリディーが地面に手を突き、術式発動。
傷だらけになりながらも、今の爆破の風圧と、空中機動を利用して高く高く舞い上がったマティアスさん。その能力を、極限まで上げる。
文字通り、稲妻が落ちるような一撃。
鱗を喪ったゴルドネアの頭に、渾身の一撃が突き刺さる。
刺さるだけじゃない。
脳を破壊するほどの衝撃波が内部に通ったはずだ。
それでも、体を振るってマティアスさんを振り払うドラゴン。魔力を放って、周囲を吹っ飛ばすと。
詠唱無しで魔術を発動。
辺りの岩を一瞬で隆起させ、リディーとルーシャをまとめて吹っ飛ばした。
吹っ飛ばされながらも、見る。
横殴りに、フィンブルさんがドラゴンの喉を一閃。鱗が無くなった喉を、モロに抉る。
続けて、オイフェさんが踵落とし。
マティアスさんの剣を、ドラゴンの頭に更に深くねじ込む。
アンパサンドさんが、ついにこれ以上の負荷に耐えきれなくなったドラゴンの目にナイフをねじ込み。
引っこ抜く。
そして、満を持して、濛々たる煙の中から歩いて来たドロッセルさん。
舌なめずりすると、ドロッセルさんが跳ぶ。
ドラゴンは、この場で一番大きい戦気に反応。即応でブレスをぶっ放す。だが、確実に力は落ちている。
ブレスを、文字通りの豪腕で、ドロッセルさんは斧を振るって吹っ飛ばした。
人間業じゃないが、本命の一撃は次だ。
もう一発。
ドラゴンが気づき、絶叫する。
いつの間にか至近にいたスールが、首の付け根にあった傷口に、レヘルンをねじ込んでいたのである。
慌てるが、迫り来るドロッセルさんと、スールのどっちに対応するか、一瞬だけ迷う。
それが、ゴルドネアの最後のあがきとなった。
ドロッセルさんが、文字通り張り倒すようにして、ドラゴンの顔面を斧で殴り倒すと同時に。
スールが跳び離れる。
そして、ドロッセルさん自身も、空中機動して飛び退く。
突き刺さっているのはレヘルン一個だが。
ドラゴンの最強の守りである鱗も喪われた傷口に直接突き刺された状態で。
しかも、今回持って来ているレンプライアの欠片残り全部を突っ込んだ状況。
この一撃、耐え抜けるか。
三度、バトルミックスが発動。
その場に、氷の柱が出現したかのように見えた。
辺りが凄まじい冷気に漂白され。最後に残った力で、ルーシャがシールドを張ってリディーを守ってくれる。
情けない事に、もうリディーは、シールドを張る余力が無かった。
自分を抱きしめながら、シールドを張るルーシャの手が傷だらけな事にも気付いていた。多分、声には出せなかっただろう。
リディーは意識を失いながら、呟いていた。
ありがとう、私達のお姉ちゃん。
意識を取り戻すと、原型を保っているドラゴンの解体作業が行われていた。持ち込んでいる専用の桶に、大量の血が注ぎ込まれている。ほっとした。どうやら、最高級の中和剤の素材となるドラゴンの血は確保できそうだ。上級の血ならもっと良いのだけれど。正直、中級でこの苦労だ。
上級はまだ倒せないだろう。
全員ボロボロだ。特にここぞというタイミングで常に接近戦を挑んで相手の憎悪を引きつけてくれていたアンパサンドさんは、相当に酷い様子だが。比較的余裕があるらしいドロッセルさんが、せっせと手当をしてくれている。
リディーは頭を打ったわけでも無いし、そこまで酷い怪我もしていない。
体中痛いが。
我慢くらいなら出来る。
しばらく、作業は皆に任せ。そしてドロッセルさんに手当をして貰ってから、作業に加わった。
フィリスさんの思うとおりに動かされたことについては色々と思うところがあるが。
しかしながら、有害なドラゴンを倒せたのも事実である。
今はそれで満足するしかない。
鱗を回収。やはり質は、前に倒した海竜や、フーコと火竜の世界にいる火竜の鱗のものよりも格段に良いようだ。流石は中級、というところか。
今回は肉も回収出来る。
ドラゴン肉は王族でも口に出来ない代物だと聞いているが、流石に情報量が少ない肉をそのまま食べるのは危なすぎる。一旦燻製にして回収し、それから資料を当たって見るのが良いだろう。
尻尾も切り刻むと、一部を回収する。
また今回も、骨を回収出来た。前も骨は回収することが出来た。今後、何かしらに使えるかも知れない。
何しろ生半可な金属など及びもつかない強度なのだ。
点呼をとる。
皆、手足を失ったりはしていない。
ボロボロでギリギリだけれど、勝ったのだ。
ドラゴンとの戦闘経験者が本気で頑張ってくれて。しかも作戦通りにほぼ事は進んだのにこの被害。
決して完勝ではないけれど。
しかしながら、勝利は勝利だった。
呼吸を整えると、回収出来そうに無い素材について、少し相談する。今回は鱗と血を、充分回収出来た。またドラゴンの目については、ルーシャと一個ずつ確保できた。なお傷がある方、つまりアンパサンドさんがえぐり出した方は此方で引き取った。
荷車六両でもドラゴンの全てを回収するのは無理だが、肉を残すのは色々まずい。相談の結果、骨は一旦街に売る事にする。骨は前の戦いでもう確保できているからだ。それに、ドラゴンの骨は相当な値打ちものである。
街の住民もドラゴンは怖れていたのだ。
すぐにアンパサンドさんが出向いて、手伝いの人夫を呼び。街の自警団と連携して、骨を回収させる。
なお街からも戦いの様子は見えていたようで。
自警団と一緒に来た街の役人(比較的若いヒト族の女性)は、ドラゴンの骨の威容に震え上がっていた。
「世界の終わりかと思いました。 錬金術師というのはつくづく凄いですね」
「もっと静かに倒せなくて、すみませんでした」
「い、いえいえっ! ドラゴンを倒してくださっただけでもう、感謝の言葉もありません!」
目に恐れがある。
それを見ると、やはり暗い気持ちがより強くなる。
スールも、この時ばかりは同意な様子で。
冷たい目で役人を見ていた。
二人は「みんな」のためにと願った。
二人の方法論は違う。
だが、共通している事もはっきりしている。
二人が見ている「みんな」は、今生きている人間達では無い。そんな「みんな」は変えなければならない。
骨の回収までしっかり終わらせる。荷車には積みきれないので、肉の一部や内臓も、燻製が終わると街の国庫で預かって貰う。この辺りの手続きは、アンパサンドさんが役人としてくれた。まだ若い役人と言う事はやり手なのだろうが、流石にあの世界の終わりのような戦いが街の側で行われたからか動転していて。冷静過ぎるアンパサンドさんに、何度も間違いを指摘されていた。
書類手続きと、国庫への物資封印が終わる。
その後は、アンパサンドさんに呼ばれて、契約書を書く。
どうするか、と聞かれたので。
ルーシャとスールも呼んで、三人で話し合う。
「ルーシャ、どうしようか。 元から回収分は半分こにするって決めていたけど。 国庫に納めた物資、権利主張する?」
「リディーとスーはどうしますの?」
「私はいいよ。 国庫に入れたとなると、後の処理が面倒だし」
「スーちゃんも右に同じ」
ルーシャも頷くと。
今国庫に入れた分は、国に譲ると明言。
頷くと、アンパサンドさんはさらさらと書類を書いて、契約書にしてくれた。ただ、押印は王城でやるので、帰った後一日休んでから来て欲しいと言う事だった。
「いうまでもないのですが、口約束とはいえ騎士一位との約束で、書類についても残っているのです。 もしも前言撤回なんてしたらブッ殺すのですよ」
「わ、分かってるよ。 流石にアンパサンドさんを敵に回したくないもん」
「……うん」
「大丈夫ですわ」
アンパサンドさんはいつも通り軽くおっかない脅しを掛けて来たが。
どうしてか、リディーはもうそれほど心が動かされなかった。
後はアトリエに戻るだけだ。そして、フィリスさんに、結果を報告しなければならない。そして、である。
残っている。最後にして、最大の課題が。
ソフィーさんの試験である。
フィリスさんでこれだ。一体どれだけの無茶苦茶が要求されるのか、知れたものではない。今から覚悟は決めておいた方が良いだろう。
アトリエに痛む体を引きずって戻り。
そして翌日、王城で正式に、他の役人も立ち会いの下で契約を実施。
その日は何もする余力が残らず、後は寝ていることしか出来なかった。スールはいち早く回復して、そして裏庭でうねうね動く奴をやっていたが。
アレは、多分心を落ち着かせるためだな。
そう、リディーは、冷静に分析していた。