暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ 作:dwwyakata@2024
ぐったりと眠り込んでいたリディーとスールは。
当然ながら寝覚めも悪かった。
スールは特に朝に弱いのだ。
この辺りは、お父さん似だったっけ。
お母さんは朝から全力で動いていたような気がするから、多分そうなのだろうとも思うけれど。
正直、よく分からない。
お父さんがふらふらと家を出ていくのが分かった。
無精髭を剃ってもいない。
服もぼろぼろ。
あれが元は腕利きで。騎士団にも装備を納入していたなんて、誰が信じるだろうか。そして、本当だったら。
声を掛けて、家に引き戻すべきだ。
でも、できない。
散々酷い事を言ったし。
少しずつ分かってきている。
錬金術が、これほど凄い学問だというのに。それでもなお愛する人を救えなかった絶望を。
お父さんもお母さんも、互いが大好きなのは知っていた。
子供でも分かる程だった。
だからこそ、その絶望の深さも、少しずつ分かってきている。
声を掛けなければならないのは、リディーとスールなのだ。
だけれど、どうしても。
スールには出来そうに無かったし。
リディーも、口をつぐんだまま、お父さんの背中を見ているだけだった。
今日は家で復習をしよう。
試験結果がいつ来るか分からないし。
そうリディーが提案してきたので。
言われたままそうする。
確かに、一日くらいで結果が出るという話だったから、それが一番良いだろう。そして、暇つぶしが来てくれた。
ルーシャである。
例の無表情なメイドさんを連れて、ルーシャはアトリエに様子を見に来た。
「聞きましたわよ。 試験を受け取って貰えたんですってね」
「危なく引っ掛かるところだったけどね」
「で、何、嫌みでも言いに来たの?」
「ま、相変わらず粗野ですこと」
メイドさんが、無言でバスケットを差し出してくる。
差し入れだろう。
「此方、ライバルができた私からのささやかなプレゼントですわ。 二人で仲良くお食べなさいまし」
「その妙ちくりんなお嬢言葉、色々変だよ……」
「スーちゃん、しっ……」
「ではこれで」
ルーシャは聞いてもいないようで、バスケットだけ押しつけて帰って行く。
中には焼き菓子がたっぷり。
流石に錬金術で作れるようなものはくれないか。
いや、まて。
本当にそうだろうか。
少し考え込む。
これ、錬金術で作ったものではないのか。
王都には当然お菓子屋さんもあるけれど。お菓子は基本的に高級品だ。理由はお砂糖を簡単に作れないから。
果実の甘みなどを利用して作るお菓子が多いのだけれど。
これは小麦粉以外は、何を使っているのかよく分からない。
食べて見るととても美味しいけれど。
同時に、リディーも気付いたようで。
しばし無言になった。
これは、或いは挑戦状なのかも知れない。
ルーシャからしてみれば、ライバルが誕生したと言う事なのだろうか。
いや、リディーは気付いていないだろうけれど。
うちが貧乏生活ながらも、ギリギリ生きて行けたのは、ルーシャが後ろから支援してくれていたからだ。
それを考えると。
この焼き菓子にも、何かしらの意味はあるのかも知れない。
ふうと大きく嘆息すると。
いずれにしても、ルーシャは此方をライバルなどとは思っていないなと、結論した。
とりあえずお菓子は有り難くいただくことにする。
子供舌だから美味しい。
というよりも、だ。
リディーとスールが好みそうな味を、ルーシャが熟知していると言う事だ。多分だが、このお菓子はルーシャが錬金術で作ったのだろうから。
食べ終えると、リディーは図鑑を見始めて。
スールもそれを隣で見る。
まだ頭には上手に入ってこないけれど。
実際に調合したり。
触ったりしたものに関しては。
分かるようになって来ている。
それはとても進歩していると言う事で。
それで進歩と感じている時点で。
まだまだ半人前だという良い証拠だ。
「よーっす。 いるか双子」
「あ、王子」
「マティアスで良いぜ。 ほら、スクロール」
配達か。
しかも今日はアンパサンドさんがいない。
マティアスの話によると、今日アンパサンドさんは、錬金術師と一緒に討伐任務に出ているらしい。
イル師匠と同格くらいのすごい錬金術師らしく。
その錬金術師が支給してくれた装備で身を固め。
他の騎士達も同じような装備で武装して。
強力なネームドを狩りに行っているそうだ。
「というわけで今日は俺様自由。 いや-、久々に体が軽いな!」
「あのさ、えーと、マティアスって呼んで良いんだよね」
「そうだぞスー」
「あそ、じゃ言っとくよマティアス。 あのミレイユ王女が、アンパサンドさん以外の監視役をつけていないとでも?」
無言になったまま。
見る間に真っ青になっていくマティアス。
まさか気付いていなかったのか。
スールがミレイユ王女の立場だったら、それこそ迂闊な行動をしたら、一瞬でマティアスくらい殺せる手練れに見張りをさせる。
スールでも考えつく程度の事だ。
あのミレイユ王女がやっていない筈が無い。
「お、俺様、死ぬの!? 殺されるの?」
「落ち着いてマティアスさん。 悪い事していなければ大丈夫だと思うけど」
「あ、ああそうだよな。 一応仕事はしてるし、殺されないよな、ハハ……」
目に見えて動揺するマティアス。
そういえば、昔。
この国が武門の国で、猛々しいルールが蔓延っていた頃。
王様の弟が。王様が死んだ後、ぼそりと漏らしたという言葉が伝わっている。
兄は恐ろしい人だった。
いつ殺されるか分からなかった。実際、処理された兄姉が何人もいた。だから兄の前に出るときは、密かに鎖帷子を着込んでいた。
それは笑い話なんかじゃないと。
マティアスの様子を見ていると分かる。
ミレイユ王女は面と向かって話したのは一度だけだが。
それでもあの炸裂するような圧迫感は、恐怖とともに染みついている。ましてやマティアスは、日常的に会っているだろうし。恐怖も別格だろう。
「じゃ、じゃあ配達は済ませたからな。 見回り行ってくるわ」
「イッテラッシャーイ」
どうしてか冷めた声で見送ってしまう。
リディーはため息をついた。
「リディー、そういえばマティアス嫌いだよね」
「ああ、分かる?」
「うん。 どして?」
「今のお父さんに被るから」
ああ、なるほど。
それなら嫌うのも当然か。
スクロールを開いて、中身を見る。
まず、合格という文字が浮かんで来た。
これからGランクの錬金術師として認めると。ただし、二人セットでGランクだとも書かれている。
結構厳しい採点なのだろう。
採点基準については、非常に細かく書かれていた。
技術点などもしっかり記載されていて。
非常に厳しい内容だった。
ただ、総合では合格と言う事で。
多分かなりこれでも甘い配点なのだろう。
厳しい試験になってくると、一つでも項目をクリア出来なかったら、失格というケースもあるらしいのだから。
兎に角、それは良い。
合格結果は当然だと感じた。イル師匠に教わったのだ。最初で躓くはずがないという確信はあった。ただし、そこまでの確信しかなかったが。
次だ。
まず最初に、支給品があるという。
お金だ。
当面の生活費などが支給されるというが。
その代わり、実績も日常的に上げる事を要求される、と言う事だった。
Gランクの場合、騎士団に納品する薬がそれに相当し。
合格品質の薬を、毎月一定量納品しなければ、Gランクの資格を即座に取り消すという厳しい内容だった。
その代わり、今後は申請があれば、騎士達を無料で護衛に貸し出してくれる。
まあ厳しいけれど、妥当とも言えるか。
薬のレシピも記載されていたが。
今作っている薬よりもかなり凝っている。
なるほど、アルファ商会から買い付けているお薬を、多少でもコスト圧縮したいわけか。何となく、事情は分かった。或いは騎士団の規模を拡大するつもりなのかも知れない。騎士団は手が足りていないと言っていたし、装備のコストを減らせれば、規模の拡大を行えるはずだ。そうすれば、多少は状況も改善出来る筈。
お金儲けにはある程度興味も知識もある。
だからそのくらいのことは、わかるのである。
続けて読み進めていく。
次の試験までには、まだ実績が足りない。
実績を上げて、次の試験を受けても良いと国に判断させろ、とある。
実績には、獣や匪賊の討伐任務の参加。
街道警備。
更には、最低限ではなく、実用性のある錬金術の道具の騎士団への納品などがあるという。
なるほど。
本当に此処からは実力主義の世界。
イル師匠に泣きつくわけにはいかない、自分でどうにかしていかなければならない世界という訳だ。
まずどうしようか。
「スーちゃん、まずはこのお薬作って見よう。 傷薬だけれど、今まで私達が作ってたのより難しいし、多分作るだけで勉強になると思うし」
「それもそうだけれど、やっぱり実用性のある爆弾作りたい」
「外でもっと良い素材を採集したいって事?」
「うん」
即答する。
流石に拡張肉体はハードルが高い。
でも、爆弾だったら。
それに爆弾の使い方については、イル師匠のレクチャーでよく分かった。後は判断はリディーに任せれば良い。
「銃弾の強化については……」
「しばらくはそれは考えない方向で行こう。 お母さんは今の銃弾でやれていたんだし、多分支給されていた錬金術の道具が、或いはお母さんが魔術を使っていたのか、どちらかだと思う」
「どっちもじゃないのかな」
「いずれにしても分からないから、後回し」
頷く。
なんだかんだで結構考え方が違うリディーとスールだが。
こう言うときは息もぴったり合う。
まず、師匠に相談しに行く。
最初からいきなり未知の薬をプロレベルで作れると考えるほど、頭が花畑ではない。まず話を聞き。
作ったものを見てもらって。
それで問題が無いようなら、騎士団に納品する。
まずはGランクの維持を当面の目標とし。
そしてそれが問題なくこなせると判断したら。
Fランクへの挑戦を視野に入れて、動き始める。
イル師匠は、やはりというか。
二人で気づけなかったことを、幾つも指摘してきた。流石にひっかけレシピではないようだけれども。
やはり足りない材料がある。
危険を承知で、外に出なければならない、と言う事だ。
そうなると、作ったクラフトがいよいよ役に立つ時が来たのだ。というか、どうにかして役立てなければならない。
「戦略と戦術とかいうのはどうにかなりそう? スーちゃんどう違うのかもよく分からないんだけれど」
「うん、でも手数が欲しい……」
「傭兵雇う?」
「そうしたいけど、でも見て。 支給金額。 これだとギリギリだよ。 まずお薬を作るための薬草を、森の外に採りに行くとして……」
それがまずハードルがとんでもなく高い。
だけれど、どうにかしてやらなければならない。
アンパサンドさんは頼りになるけれど、マティアスは文字通り壁にしかならないし。
いずれにしても、手助けが必要か。
そういえば。教会でシスターグレースに世話になっていた頃、戦士になりたいと言って鍛えていた人がいた。
獣人族の戦士で、犬顔の真面目な青年だった。
今戦士としてやっているなら、多分傭兵になっている筈。騎士団には行きたくないと言っていたし。時々街で見かけるから、まだアダレット王都にいる。メルヴェイユなんて名前よりも。やっぱり王都と素直に言う方がスールは好きだ。
「えっと、あの人……フィンブルさん」
「ああ、この間見かけたよ」
「手が借りられないか頼んでみようか。 騎士ほどじゃないにしても、多分役には立ってくれる筈だよ。 少なくともスーちゃんよりは強いと思うし」
「……そうだね。 まだ若いし、実績もない傭兵だから、安く雇えると思う。 ただ、向こうも錬金術の装備を欲しがるんじゃないのかな」
勿論今の状況では、親しいわけでもない相手にあげるわけにはいかない。
仕事の時に貸与するだけだ。
だが、もしも一緒に腕を上げて、専属で雇えれば。装備を譲ってもいい。
ギブアンドテイクである。
「分かった、少しずつだけれど、やってみよう」
「うん。 じゃあ、まずはお薬の材料を採りに行くスケジュールを立てなきゃね」
「スケジュールは私が立てるよ。 手続きもしておく。 スーちゃんは体温めといて」
「ラジャ」
ああそうだ。
その前に、一つやっておきたい事がある。
荷車を四輪に。
箱形にするのだ。
これで無理矢理籠をつけて、荷車の体裁を保っている状態からは脱することができる。
やっと。
外に行く準備が整うとも言える。
ようやくスタートラインだ。
スールは、今。
朝日が昇るのを、見た気がした。
(続)
自分には常識なんぞないし、基礎的な力も当然備わっていない。常識なんてものが仮にあったとしても、そんなものは何の役にも立たない。
それを自覚して、やっと一歩を踏み出せます。
謎の自信で自分を凄いと思い込んでいたスールは。
やっとこの時、人生を歩み始めたのかもしれません。