暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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もう壊れていても。

双子は心が泣くことはなくなりました。

他の壊れているひとたちのように。


3、概念の変化

城門で解散した後、アトリエに戻る。

 

お父さんは心配そうにしていたが。邪神は無事に倒す事が出来たこと。戦利品として、美しい青い花を手に入れたことを告げると、そうかとだけ呟いていた。なお花については、知らない品種だそうである。

 

伝説の花、ドンケルハイトに似ているかもとリディーは一瞬呟いたが。しかしスールは違うと思った。事実図鑑を調べて見ると、何カ所か違っている。その代わり、凄まじい魔力を持っているのは事実だ。近縁種か、或いは。

 

コンテナに、殺した獣の肉や皮、骨を収めていく。

 

残党処理で、周辺の獣はあらかた駆除した。ちょっとでも強いのが残っていると、それだけネームドの発生が早まるから、らしい。それに獣は放置しておいてもどうせ勝手に幾らでも湧くのである。

 

邪神がいるのだから、或いはとパイモンさんは期待していたが。

 

しかしながら、森の中にはそれほど高度な錬金術の素材は無かった。貪欲なあの邪神が喰らってしまったのかも知れない。いずれにしても、次に解放して貰えるという不思議な絵画で、貴重な錬金術の素材は手に入る、という事である。それに期待していれば良いだろう。

 

一休みしてから。

 

フィリスさんのアトリエに向かう。

 

ソフィーさんに遭遇できる可能性が一番高そうだったから、である。そして、その予感は的中した。

 

フィリスさんのアトリエに入ると、思考がクラッシュするような光景が展開されていたのである。

 

まず、ソフィーさんが、バラバラになったプラフタさんを、順番に並べている。

 

思わず、ひいっと小さな悲鳴が漏れたが。

 

しかし、フリッツさんも作業をしているのを見て、何となく悟る。

 

人形だ、と。

 

だがプラフタさんが偽物だとも思えない。

 

まさか、何か変だと感じていた魔力は。

 

これが原因だったのか。

 

フィリスさんが、声を掛けて来る。

 

「ああ、二人ともご苦労さんだったね。 今ソフィー先生ちょっと忙しいから、話しかけない方が良いよ」

 

「あ、あのあの……何をして……」

 

「プラフタさんはね、五百年前の戦いで肉体を失ったんだ」

 

フィリスさんがさらりという。

 

まさか。

 

あの不思議な絵の、砂漠で見た過去のことか。

 

ルアードさんとプラフタさんの戦いは、そういう結末になっていたのか。

 

まさか、ソフィーさんが人形で体をつくり。それでプラフタさんの魂を定着させるなりして、動けるようにしていたのか。

 

それは恐らくだが。

 

既にその時点で神域の錬金術のような気がする。

 

もう最初から、違っていたというわけだ。

 

乾いた笑いが浮かんでくる。

 

「それで、今から人形という概念を変更して、人間にするところ」

 

「凄いですね」

 

「リディー!?」

 

無感動に言うリディーに、スールは絶句するしかない。

 

駄目だ。リディーはもう完全に手遅れだ。スールは、間もなくこうなるのか。恐怖しか感じない。

 

スールだって、もっと技量を伸ばしたい。だけれども、少し先を行っているだけのリディーがこうなっているのだ。

 

怖くて、踏み出せない。

 

人形として体を動かすためのパーツを全て取りだしたらしいプラフタさん。組み合わせると、全裸のまま、横にされる。幾つかの作業を始めるソフィーさん。数えることも出来ない程の魔法陣が周囲に出現する。

 

この様子だと、どれだけ高度な錬金術なのか、想像もできない。

 

そもそも概念の変更なんて。

 

どうやってやればいいのかさえ分からない。

 

固唾を飲んで見ていると。

 

程なく、光がアトリエの中に満ち始める。フィリスさんが、右手を前に出して、シールドを展開。フリッツさんがシールドの守備範囲に移動。

 

さて、どうなるのか。

 

フリッツさんが、手をわきわきして楽しそうにしている。

 

本当に人形のこととなると目の色が変わるんだなと、少しだけ感心したけれど。それ以上にらんらんと光っている目が怖かった。

 

「ちなみにこの光に触れると、どうなるか保証できないからね。 ソフィー先生だから平気なだけだから。 空間も結構難しい方法で隔離しているんだよ」

 

「……はい」

 

「あの人、一体何者なんですか」

 

「知っている筈だよ。 この世界の特異点。 世界の詰みを打破する存在にて、この世界のあり方を根元から変える者。 そしてその特異点がいても、まだこの世界はどうにもならない」

 

ほどなく、光が収まり始める。

 

そこにいたのは。

 

星の瞳を持つ、美しい女性だった。裸にシーツ一枚。フリッツさんはどうなったか見たいと言うのを、無言のフィリスさんによって、外に放り出される。

 

用意されていたらしい美しい服を着直すと。

 

しばらく手を閉じたり開いたりしていたプラフタさんは。

 

錬金釜に向かい。

 

軽く調合をして。

 

そして、薬を作って見せた。

 

はらりと、プラフタさんの目から涙が零れるのが見えた。嬉しくて泣いている、ようには思えない。

 

無数の感情がミックスされていて。

 

一体何を思っているのか、まったく分からなかった。

 

「どう、プラフタ。 調子の方は」

 

「ええ、万全です。 死んだときの……全盛期の肉体ですね。 錬金術も出来ます」

 

「うふふ。 じゃあ後は、幾つか処置をしないとね」

 

「ええ、分かっています」

 

プラフタさんが、奥の扉に消える。

 

それにしても、何となく分かった気がする。ルアードさんは「醜悪のルアード」などと呼ばれて迫害され。

 

プラフタさんは何処でも特別扱いされたと言うが。

 

あの容姿、多分自覚は無いけれど。道行けば、男の大半はその場で振り返るほどのものだ。

 

地で綺麗なソフィーさんやイル師匠、リアーネさんとはまた違う、なんというか神々しい系統の美貌だが。

 

ただ、分かった。

 

容姿で人間を差別する「みんな」の愚かしさと。それをどうにかしなければならない現実が。

 

スールの中にも、まだ「みんな」が残っていることも。

 

「終わったか。 なんだ、もう行ってしまったか」

 

フリッツさんが戻ってきて、今までプラフタさんの体の中に仕込まれていたらしい部品を回収していく。

 

全裸にして全て見たかったなあとか呟いているので、思わず笑顔が引きつる。

 

人形師のさがなのだろうが。はっきり言って平然と口にしているのを見ると、流石に唖然とする。

 

筋金入りだなと、納得するしかない。

 

知り合いらしいフィリスさんとフリッツさんが話を和気藹々としているが。内容はとてもついて行けるものではなかった。

 

「いっそのことアルトさんに頼んでみては?」

 

「もう頼んだんだよ。 そうしたら変態と言われてしまってな」

 

「ははは、そりゃそうですよ」

 

「そうかあ?」

 

どうやら、アルトさんも普通の体ではないらしいとは知ってはいたが。それにしてもフリッツさん、これはちょっと色々度を超している。

 

ただ、正直な話。錬金術師も、得意分野に関しては周囲からこう見えているのかも知れない。だとしたら、あまり厳しい事は言えないだろう。

 

いずれにしても、ソフィーさんはしばらく戻ってこないか。

 

そう思った時には。

 

いつの間にか、目の前にソフィーさんがいて。しかも、周囲は暗闇の空間になっていた。

 

心臓が、止まるかと思った。

 

「さて、試験合格おめでとう。 貰った素材で、ちゃんとプラフタを人間に戻せたし良かった良かった」

 

「……はい」

 

「ありがとうございます」

 

「それじゃ、アダレットに、ルーシャちゃんもろとも、新しい不思議な絵画に入れるように便宜は図っておくよ。 多分最高位の錬金術素材が手に入るから、それで満足するようにね」

 

ひらひらとまったく目が笑っていない笑顔で手を振ると、ソフィーさんが消える。その場にいた痕跡など残らない。

 

スールは口を押さえていた。心臓が胸郭の中で跳ね回っていて、まともに呼吸も出来ない程だった。

 

分かるのだ。強くなればなるほど。何をやっても勝てないと。

 

力の差が広がる一方にさえ思える。

 

多分だけれども。ソフィーさんがプラフタさんを人間にしたのも、「利」があるからなのだろう。

 

人間にしか錬金術は出来ない。

 

世界最高レベルの錬金術師だったプラフタさんだ。人間の体を取り戻せば、戦力は数十倍に跳ね上がるだろう。

 

いや、もっともっと、か。

 

深淵の者は、戦力が足りていないのだ。世界の詰みを打破するには、幾らでも人材が必要なのだ。

 

それこそ、誰でも使う必要があるほどに。

 

気付くと、アトリエに戻されていて。

 

冷や汗が、止まらなかった。

 

翌日には、マティアスが来るな。そう思っていると、リディーが立ち上がって。大きく嘆息した。

 

「スーちゃん、大丈夫?」

 

「大丈夫なわけ……ないでしょ」

 

「そうだね」

 

あっさり言うと、リディーは疲れたと言って、ベッドに直行。

 

スールは無言でその背中を見送る。

 

どんどん遠くなる。

 

どんどん壊れていく。スールより速く壊れて行っている。ふらつきながら、錬金釜に辿りついたスールは、気付く。声が聞こえる。

 

僕はお薬になりたい、と。

 

その声に。震えが全身を駆け巡った。

 

何か声のようなものが聞こえてきていることは自覚があった。だが、此処までくっきり聞こえたのは初めてだ。

 

思わず吐き気がこみ上げてきて、外に飛び出す。

 

頭の中が、ぐちゃぐちゃの臓物を混ぜ合わせたように、混乱状態に陥った。

 

吐こうとして、出来ない。

 

通行人が、怪訝そうに見たが、それだけ。通り過ぎていく。

 

青ざめたまま立ち上がり、どうしようかさえ思い至らず。周囲を見回す。視界が歪む。まずい、倒れる。

 

アトリエの中に戻ると、へたり込む。

 

その時、やっと汚物を吐瀉していた。

 

聞こえてくる。何もかもの声が。はっきりと聞こえてくる。錬金術の根幹である「ものの意思」が。

 

頭を抱えて、絶叫する。

 

ついに、ついに来た。ギフテッドだ。間違いない。そして、スールも壊れるのだ。徹底的に。

 

リディーのように。

 

また吐き戻す。もう戻すものもなくて、胃液だけだった。お母さんが作ってくれた服を、盛大に汚してしまった。それだけでも、情けなくて涙が止まらず。そして、意識を失うまで、時間も掛からなかった。

 

 

 

気がつくと、ベッドに寝かされていて。

 

リディーがマティアスとやりとりをしていた。

 

「というわけで、正式にアトリエランクAだ。 お疲れさん」

 

「いいえ、ありがとうございます」

 

「スーは大丈夫か?」

 

「気を失っただけなので平気です」

 

どこか遠くから聞こえてくるようだが。その一方で頭は妙に冴えていて。話の内容は良く理解出来た。

 

あ、何となく分かる。

 

これだ。

 

多分この状態に、リディーはいたのだと。

 

以前から戦闘時とかには、苛烈な暴力性が牙を剥くことがある事は自覚していたのだけれど。

 

そういうときは、どうしてか不思議と頭も静かだった。

 

今は丁度そんな感触。

 

海には荒れている時と静かな時があるらしいけれど。

 

その静かな時だ。

 

「アトリエランクAの義務だが、今までよりも更に面倒な仕事が国から来ることがあるかも知れないから、気を付けてくれって事だ」

 

「例えば後進と一緒に不思議な絵画に入ったり、とか?」

 

「それもあるな。 いずれにしても既に相当な錬金術師の腕を持っていると判断されていると思ってくれ。 ドラゴン狩りや、邪神狩りもあるかも知れない」

 

「大丈夫です。 入念な準備と、人員の用意があれば」

 

リディーは淡々と応じているが。

 

これはひょっとして。

 

人員が足りないと苦戦するから、そういう事を言い出すなら、もっとマシな戦略的状況を作れと言っているのか。

 

まあマティアスが相手だから言えることだ。

 

リディーも図太くなっていると言える。

 

心はとても静かだ。

 

そして、マティアスが帰った後。リディーは此方を見もせずにいった。

 

「起きたんだね。 体の調子は」

 

「静か」

 

「そう」

 

「ねえ、リディー。 聞いても良い?」

 

リディーはじっと、感情のこもらない目で此方を見てくる。

 

いや、感情はまだあるけれど。

 

深淵に沈んでしまっていて、もうあるのかないのか分からない、というのが正しいだろう。

 

怖くない訳がない。

 

前だったら。

 

今は恐らく、スールも同じ筈である。

 

「声、周り中から聞こえるんだ。 リディーもそうだった?」

 

「スーちゃんは一気に聞こえるようになったんだね。 私は少しずつ、だんだん聞こえるようになって来て、今ではある程度聞こえていると思う」

 

「うん、聞こえているのは気付いてた。 鏡、見せてくれないかな」

 

手鏡を持って来てくれる。

 

そして、顔を見る。

 

疲弊しきった顔だ。

 

目の下に隈も浮いている。眠ってはいたが、恐らく相当にその間も消耗し続けていたのだろう。

 

今も周囲中からあらゆるものの声が聞こえている。

 

ものの意思が。

 

コレに沿って、ものを変質させる。

 

それが錬金術と言う技術。

 

錬金術にとってもっとも有利な、ギフテッド。

 

具体的には聞こえない。

 

願望が聞こえるだけだ。

 

フィリスさんは、前に話しているのをみたが。多分相当に細かい要望まで聞こえていると判断して良い。

 

そうでなければ、彼処まで的確に凄まじい道具を作れないだろうし。

 

あのソフィーさんが褒めるような品など作れる事はなかっただろう。

 

ぼんやりとしていると。

 

不意に聞こえる。

 

「君の力を最大限生かせる道具になれるよ」

 

ぐっと唇を噛む。

 

聞こえてきたのは、コンテナからだ。幾つかの素材が、そう口々に行っている。変化したい。だから変化させろ。そう言っているのだ。

 

昔だったら手鏡を投げ捨てていたかも知れないが。

 

今は、その気になれない。

 

とにかく、心が恐ろしく静かなのだ。

 

昔、悪戯をして。お母さんに閉じ込められた暗闇よりも。

 

彼処は虫の足音がずっとかさかさと言っていた。

 

今の心は、恐ろしい程に静かだった。

 

落ちたんだ。

 

そう、はっきり分かる。

 

ギフテッドとしての力がこれほどくっきり出ているのだ。元々、リディーに著しく才覚で劣っていたスールなのに。

 

そして、落ちたことで、あれほど取り乱したのに。

 

今はもう平気だった。

 

着替える。服はリディーが洗濯してくれていた。

 

その後、一緒にスクロールを見る。内容としては、マティアスが説明していたとおり。新たな納入物などは無い。ただ、出来るだけ品質が高いものを納入するようにと、敢えて但し書きがされていた。

 

研鑽を続けろ。そうミレイユ王女が言っていると判断して、間違いないだろう。

 

それについては望むところだ。

 

また、不思議な絵画についても、入れるように手配するという事も明言されていた。

 

アダレット王室の玉爾が捺されているのを見て、納得する。

 

アダレットにとって。

 

もはや手放せない人材になったのだと。

 

最近ずっと体を支配していた恐怖は静かに消えている。更に錬金術を上手くなりたいという欲求もある。

 

それに、だ。

 

リディーに追いついたのかもしれない。

 

勿論技量はリディーの方が当たり前のように上だ。

 

だが、ギフテッドによる補助。

 

そして、分かる程に分かる冴え渡る勘。

 

これらを活用すれば、技量に勝るリディーに追いついていくことが出来るし。何よりも、独自の方法性を詰めていくことも出来る。

 

早速レシピを書き始める。

 

スールがレシピを書くのは珍しい。

 

リディーがレポートを書き始めたが。スールがレシピを書くのを邪魔するつもりはないらしい。

 

ただし、チェックは求められた。

 

邪神戦のレポートについては、内容も細かい方が良い。復活が百年後か二百年後かは分からないが。

 

ファルギオルの時と同じく。

 

復活したときに、対応策が分からなければ。それだけ無駄に犠牲を出すことになるからである。

 

ファルギオル戦の後、ネージュを迫害したクズどもや。

 

それを止めもしなかったアダレット王室は唾棄に値するが。

 

今回、少なくともミレイユ王女は、しっかりとやるべき事をやってくれている。この辺りは、流石と言うよりも。

 

王族として、当然やる事を当然こなしてくれている、と言う事だ。

 

レポートを書き終わった後、リディーがレシピを見てくれる。小首をかしげた後、聞かれた。

 

「これは、球体?」

 

「銃弾を放つときに魔術を使っているでしょ。 それを利用して、このボールに全魔力を叩き込んで、敵にぶつけるの。 名付けてメテオボール」

 

「ふうん……」

 

「出来れば素材にヴェルベティスが欲しいけれど、流石にそれは欲張りすぎだから、ネームドの皮で我慢するとして。 どれだけ蹴っても壊れない柔軟性と、相手にぶつかったときの衝撃、更に自動で戻ってくる利便性が欲しいな」

 

腕組みして少し考える。

 

今、自分達を使えと言ってきている材料達を使うとして。

 

その精度を更に上げたい。

 

やはり内部にモフコットを仕込んで。それに魔法陣を色々突っ込むのが良いだろう。機織りをしている人に、注文をしてくる必要がある。

 

一連の流れは全て頭に入っている。レシピについても、リディーは問題ないだろうと言ってくれた。頷いて、更に改良を進めようと決めた。

 

「納品するけれど、チェックよろしく」

 

「合点」

 

二人で納品用のお薬などをチェック。いずれも、最初の頃とは雲泥の差にまで品質が上がっている。

 

特にナイトサポートは、非常に評判が良いと、アンパサンドさんから聞いている。

 

プラティーンも、かなり色をつけて生産している。プラティーンは鉱石さえ手に入れば、それほど難しく無くなっていた。鍛冶屋の親父さんが言うとおり、ハルモニウムを作るために散々作ったからである。多少品質が落ちるプラティーンでも重宝されるのである。無駄な在庫は、全て国に収めてしまう。

 

リディーが全自動荷車を連れていくのを見送ると。

 

スールは裏庭で一旦うねうねと動く奴をやってみる。

 

驚くほど、無駄が多いことが自分でも分かった。

 

アンパサンドさんが無駄が少ないんじゃない。

 

アンパサンドさんは、可能な限り完璧にこなしているだけ。

 

スールが無駄だらけだったのだ。

 

そうか、こんなに無駄が多かったのか。

 

そう、客観的に判断し。

 

動きながら改良をする。今度シスターグレースに、見てもらいたい所だ。

 

動き終わった後、レシピを精査していく。盛り込む魔法陣を確認した後、一番マシなモフコットの糸を取り出して、実際に詰め込むとどうなるかとか、手を動かして考えてみる。

 

素材は何がベストか一発で分かるのだが。

 

しかしながら、其処から先は自分でどうにかしなければならない。

 

この技能を最初から持っていたら。

 

多分スールは気が触れていただろう。

 

明確に落ちた、と分かる今ですら。時々煩わしいと思うのである。

 

そういえば、ソフィーさんは最初から大体なんでも聞こえて。フィリスさんは最初から鉱物限定で、声が聞こえていたんだっけ。

 

くすりと、とても邪悪な笑みが浮かぶのが分かった。

 

それはそうだ。

 

こんなものが聞こえていたら、それはおかしくもなる。ソフィーさんは今や深淵そのものだが。

 

それも納得がいった。これと生まれた時からつきあい続けていたのだったら、それこそ常人とは思考回路からして違ってくるはずである。

 

魔法陣を書き上げる。これについては、リディーと精査した方が良いだろう。

 

リディーが帰ってきた。

 

一緒に魔法陣をチェックして、問題ないとお墨付きを貰う。ただ、スールから書いた魔法陣だし、一応バステトさんに見てもらった方が良いとも言われた。

 

バステトさんの所に行き、魔法陣を見てもらう。

 

バステトさんはスールを見て、一瞬眉をひそめたが。

 

しかし、魔法陣はしっかり見てくれた。

 

「柔軟性の強化、着弾と同時の硬化、収束させた魔力を攻撃的に変換してぶつける、それに自動で戻ってくるようにする、か」

 

「どうですか」

 

「魔法陣としては無駄がないが、これは何に使う道具だ。 攻撃用のものだという事は分かるが」

 

「敵を蹴り殺すためのものです」

 

そうか、とバステトさんは言った。スールとはあまり絡む事がなかったのだけれども。少しだけ目に憐憫が湧いているようだった。

 

或いは、スールが壊れたことを察したのかも知れない。

 

本職に許可も貰ったのだ。

 

魔法陣と、更に糸を、機織りをしている人の所に持ち込む。出来るまで三日、という所だそうだ。

 

その後アトリエに戻ると。

 

ネームドの皮を加工し。

 

何重にも貼り合わせながら、球体に仕上げていく。何度か触って確認しつつ、柔らかさを重視。

 

必要なのは、ぶつかったときに凶悪に硬化すること。

 

そしてため込んだ魔力を爆裂させる事だ。

 

蹴り込む事自体は、スールがやらなければならないが。

 

これでも足癖の悪さには自信がある。直撃させることは、恐らくそうは難しく無いだろうとも思う。

 

弾丸はあくまで牽制用。フィニッシャーとならない事は今でも把握している。多分、作るのを後回しにしていたリディーとスール用のそれぞれのハルモニウム武器を作り。弾丸として、ハルモニウム製のものを作ったとしても。

 

一撃必殺の火力を出すのは無理だろう。

 

だから、こういった切り札を。バトルミックスを使わなくても致命打になり得る、必殺火力を手札に持っておくのだ。

 

ルーシャは拡張肉体による補助で、あの万能傘から砲撃も出来るし、シールドも出せる。その性能も桁外れだ。あれくらいはやれるようになりたい。

 

スールは今までは機動戦と、爆弾の投擲しか出来なかったが。

 

どちらもリスクが高い中距離から近接距離での戦闘を強いられもしていた。

 

このメテオボールが完成すれば。

 

それも過去の話になる。

 

遠距離から、敵にピンポイントでの狙撃が可能になるはずだ。

 

中和剤で変質させた皮も、凄まじい弾性を持っている。中和剤がドラゴンの血だからまあ当然だろう。

 

そしてコアには、今まで温存していた竜核を用いる。

 

これが極めて稀少な品だと言う事は分かっている。

 

だからこそ、此処で使うのだ。

 

ほどなく上がって来たモフコットを、球の内側に貼り付けていく。そして、球を閉じたとき。

 

マーブル模様の、スール用の遠距離狙撃武器。

 

メテオボールが完成していた。

 

裏庭で軽く蹴ってみる。

 

蹴る度にスールの魔力を吸収し。ぽんぽんと軽快に跳ねる。

 

跳躍しつつ、上空にフルパワーで蹴り挙げる。

 

ぼっと音がして、空気の壁をぶち抜いたのが分かった。それも三枚ほど。

 

しばしして、落ちてくる。

 

どうやらコントロールに関しては、問題が無い様子だ。

 

後は、次に入る不思議な絵画で、実戦での実用性は確認すれば良い。落ちてきたメテオボールを受け取ると。スールはにんまりと笑った。

 

もう、多分だけれども。

 

ソフィーさんやフィリスさんのように。

 

目だけ笑っていない笑顔を浮かべているのだろうなと、スールは思った。

 

壊れてしまったことは確実だ。

 

だが、同時に、どうしてもいけないだろうとは思っていた場所に到達することも出来た。

 

妙に気分は静かで。

 

そして晴れやかだ。

 

今まで苦手だった座学も、今ならこなせる気がする。大きく深呼吸すると、凄く晴れやかな気分。

 

まるで周囲に闇が満ちているようで。

 

スールは、笑みを浮かべ続けていた。これぞ、福音というものだろう。

 

深淵の、福音だ。

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