暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ 作:dwwyakata@2024
此処、原作で屈指の空気の悪さで、非常に見ていて気分が悪い場所です。
本作でもその辺りを生かしつつ、シナリオに組み込んでいきます。
序、星空の絵
美しい星空だ。まるで深淵に宝石をちりばめたかのよう。今のリディーの心は、こんな感じの闇に満ちている。其処に宝石をたくさんばらまけば、こんな感じになるだろうか。
スールの様子が少し前からおかしい。スールは多分、この間のプラフタさんが人間になる所を見た事で、多分頭のほうがクラッシュしたのだろう。
それが切っ掛けで、どうやら深淵に染まった様子だ。
良かったね。
そう声を掛けたかったけれど。スールには、まだ慣れるために時間が必要だろう。闇に落ちて、力を使えるようになったのだ。
それだけで今は満足するべき。
それよりも、この力を有効活用していく事を考えなければならない。
美しい星空とは裏腹に、現れるレンプライアはどれもこれも大きいし強い。強いレンプライアの中には、ネームド級のもいる。
激しい戦いをこなしながら、少しずつ道を開く。レンプライアは削れば削るほど良い。それについては、以前から話に聞いている。この絵にレンプライアがどんどん湧くとしても。
最終的には、削る事は無駄にはならないし。
何よりレンプライアの欠片は、大事な火力ソースになる。
手をかざして、周囲を見る。
美しい木の実が、木からたくさんぶら下がっている。
非常に珍しい品だ。
ネージュの要塞の周辺でも、わずかには見受けられたが。此処は稀少度の高い錬金術の素材を中心に植えているらしい。
何度かの激戦を経て、少しずつ探索範囲を拡げていく。
強いレンプライアを片付けて、そして一旦外に出て、休憩を取り。
物資を確認し。
まだ戦えると判断して、不思議な絵の中に戻る。
一面の星空ばかりが最初目についたが。
辺りの草原も美しい。
このような場所で戦闘をしなければいけないのは悲しい事だが。
しかしながら、そもそも此処は不思議な絵。
外との法則が異なっているのだ。
だから仕方が無いとも言える。
非常に大きなレンプライアが歩いて来る。どうやらアレを片付けたら、今回の探索は終わりらしい。
かなりの素材を入手できた。その中には、見た事がない薬草や鉱物もある。残念ながら、狙っていた黄金の絹糸は見つからなかったが。それはまた、別の機会に探し出せばいいのである。
此処ならば。
ある可能性は低くないからだ。
苛烈な戦いの末に、絵を出る。
一旦応接室に、荷車と一緒に移動。
ルーシャと戦利品を分配して。そして、軽く話をした。
「装備を刷新した後だからいいけどよ、そうでなきゃ厳しいな此処……」
「殿下」
「分かってるよブル。 それよりスー、どんな様子だ。 欲しいものありそうか?」
「うーん、どうだろう。 もうちょっと調べて見ないと何とも言えないね」
またマティアスさんはスールと話している。
スールにその気が無いことは分かっているのだが。
単純に人恋しいのだろう。
またマティアスさんは、ナンパ癖はあるけれど。女の人を本気でたくさん侍らせたいと思っているようには見えない。
実際問題、フィンブルさんが側にいるときは、普通に話をしているし。
アンパサンドさんとも、ある程度は上手くやれているようにも見える。
種族の違いがあるからアンパサンドさんとはどうにもならないし。そもそももう人間を止めているリディーや止めかけているスールは対象外。いっそのこと、ルーシャとでも結婚すれば良いのではと思うが。
しかしながら、確かヴォルテール家からは王家に傍流とかで嫁いだりしている筈。この間、見聞院でちらりと見た。生き残るためにアダレットで何でもやってきたのがヴォルテール家だ。扱いがどうだったとはいえ、王家とは遠い親戚とも言えるのかも知れない。
となると駄目か。
変な風に血が濃くなると、あまり良い事にはならないだろう。
「とりあえず、次は三日後で良いのです?」
「はい。 それでお願いします」
「では解散だな」
マティアスさんが立ち上がり、それに続いて皆がぞろぞろと応接室を出ていく。代わりにパイモンさんが、アルトさんと一緒に地下へ降りていくのが見えた。別の不思議の絵を調査するのだろう。
或いは、お父さんの絵かも知れない。
可能性は、決して低くは無いだろう。パイモンさんは、この間も見たが、まだまだリディーやスールより格上の錬金術師だ。アルトさんは更に格上だとしても、連れて行くには申し分ないだろう。
解散した後、ルーシャと話す。
ルーシャは最近、笑顔がどんどん減ってきていた。
「二人とも、体に何か問題は出ていませんの?」
「大丈夫」
「問題ないよ」
「そう……」
ルーシャが眉を伏せる。
悲しいのは分かるけれど。もう人間を止めてしまっているのはどうしようもないことである。
多分だけれど、わざわざ何かしなくても、リディーは多分もう年を取らないのでは無いかとも思う。取るにしても、普通の人間とは加齢が全然違うはずだ。しかも最悪の場合、アンチエイジングをすればいい。
まだリディーの肉体は全盛期ではない。
だからもっと成長してから、年齢と肉体の固定をしたい所だが。
勿論その後も、可能な限り知識を詰め込んでいかなければならないだろう。
アトリエにつくと。
お父さんがお薬を調合していた。
多分絵の研究が終わったから、一気に国から注文が来たのかも知れない。
摂理に反しない範囲の薬であればお父さんはだいたい作れるし。
お父さんが作る薬はとても良く効く。
まだ、心の傷は回復しきっていないかも知れないが。少なくとも、全盛期の腕前は取り戻している筈だ。
食事にすることを告げると。適当な返事が返ってくる。
スールはフィンブルさんを誘って、例のメテオボールとやらの試運転がしたいそうで。お化け達の不思議な絵に行くそうだ。あのくらいの場所なら、もうフィンブルさんがついていれば大丈夫だろう。
フィンブル兄、と呼んで慕っている相手だ。
だが、そのフィンブルさんからスールがおかしいと聞かされた。
まあ、そう感じるだろう。
リディーもおかしい。
もう分かっている事だ。
「お父さん、何か必要?」
「いや、いらん。 スーは」
「道具の研究中」
「そうか」
お父さんの仕事を一瞥。手伝うことは無さそうだ。
夕食を作っていると、スールが帰ってくる。メテオボールとやらに改良を加え始める。
話を聞くと、蹴り出すときの衝撃は申し分ないのだけれど、当たったときにダメージが拡散しすぎるらしい。
当たったときに、相手に最大効率で、一撃必殺の衝撃を与えたいらしく。
空気などにダメージが吸われてしまう状況は避けたいそうだ。
スールを見て、お父さんは目を伏せる。
もう壊れたことに、気付いているのだろう。
娘が二人とも深淵に落ちてしまった。
そう気付いたお父さんは、悲しんでいるのだろうか。だが、錬金術師としてある程度以上先に行くには、深淵を覗き込むのは必須。
深淵は文字通りの深淵。
覗き込めば覗き返される。
当たり前の話だ。
力を得るのに代償を払うのは当然の事で。リディーもスールも、多分フィリスさんやイル師匠もそうだったはず。
ソフィーさんの場合は、多分最初から、もう深淵に近い存在だったのだろう。
「スーちゃん、それで改良は上手く行きそう?」
「次の大物との戦いまでには間に合わせたいけれど、どうだろう」
「ふーん」
「……」
お父さんは何も言わない。
どうせリディーもスールも、まだまだ大物とやり合わされる。この間は中級ドラゴン、邪神と続いた。
今度は連戦だろうか。
多分もっともっと今後は求められるハードルが上がっていくはずだ。それを考えると、スールの姿勢は正しい。
夕食の卓を皆で囲む。
お父さんは無言で食べていたが。スールが、その場に爆弾を投下した。
「お父さんさ、もう深淵の者に所属してるの?」
「っ!」
「もう大丈夫、スーちゃんもリディーも深淵の者については知ってるから」
「……いや、組織への所属までは……強要されていない」
お父さんによると、深淵の者は優秀な人材を集めるだけでは無く、育成もガンガンやっているそうだ。
それはそうだろう。
リディーとスールを見れば分かる。
流石にリディーとスールにしているような、無茶苦茶な試練のぶつけ方はしないだろう。ただでさえ人間が少ないこの世界だ。匪賊になって社会を脅かすような輩だって存在している。
そんな中、少しでもマシな社会を作り。
秩序を作ってきた深淵の者だ。如何に恐ろしい所がある組織であっても、人材育成に関してはこの世界随一だろう。
きっと人材に関しては、相当に大事にしている筈。
それもティアナさんのような人が重用されていると言う事は。恐らくは、一芸に特化した人材もきちんと育成しているはずだ。
何でも出来なければ無能。
そんな風潮は確かにある。
確かに何でも出来る人材はいる。ミレイユ王女なんかは典型例だろう。あの人はひょっとしたら、錬金術も出来るかもしれない。
だけれども、例えばリディーは接近戦が出来ないし。スールは頭を使うのが今でもやっぱりあまり得意じゃあない。
何でも出来る人なんていないし。
スペシャリストが欲しい場合は、教育するしかない。
お父さんにも需要はある筈だ。
或いは、今している仕事も。深淵の者から、手が回されているのかも知れない。
「お前達は、どうなんだ」
「関わってはいるけれど、所属まではしていないよ」
「そうか。 ……話しておくが、もうヴォルテール家は取り込まれている」
「……」
そうだろうな、と思う。
ルーシャは優秀な錬金術師だ。ハルモニウムを作れる錬金術師なんて、本来は同じ世代に複数出ないとこの間聞いたばかり。ルーシャはこの地獄の中で揉まれて来たという事情はあるけれども。
それでも、優秀な事に違いは無い。
パイモンさんだって、まだ伸びるかも知れないと思っているようで。今後Sランク試験に挑戦するのだと話をしていた。
だが、パイモンさんは圧倒的な経験値を持っている。
若くしてそれに近い実力を持っているルーシャの有能さは、言うまでもない事なのだ。
だが、それだけではないだろう。
ルーシャは性格上、必死にリディーとスールを守ろうとしたはず。
ソフィーさんに楯突いたりしたかも知れない。
ルーシャを配下にするだけではなく、御する。
それが深淵の者の目的だろう。
勿論人材としても有効活用するつもりなのだろうが。
「深淵の者は……確かに偉大な組織だ。 組織の規模も凄まじい。 アダレットに本格的に関与するようになってから、この国はどんどん良くなっている。 賊は減っているし、街はどこも活気づいている。 深淵の者も相応な対価を払っているらしい。 この世界の発展のために活動してくれていることは事実なのだろう」
だが、と。お父さんは区切る。
そして、しばらく長い間を持たせた後、吐き捨てた。
「俺は好かん。 協力はする。 だが所属までするつもりはない」
「そうだね、お父さんはそれでいいと思う」
「リディー?」
リディーは思うのである。
お父さんはそもそも、才能の限界に到達している。
今のままで充分優秀だ。
精神が決して強いとは言えないお父さんが。
深淵を覗いたら、きっと。完全に壊れてしまう。フィリスさんやソフィーさんとは違う方向に、だ。
そうなれば、どれだけの災厄がもたらされるか分からない。
普通の人間が匪賊になるのとは桁外れの災厄になるだろう。
昔、言われた。
錬金術師は、その気になればアダレットの王都くらい、簡単に滅ぼす事が出来るのだと。三傑ならそうだろうと思っていたけれど。今なら、リディーとスールでも、その気になれば出来ると思う。
勿論やらないけれど。
実力があまり変わらないお父さんが闇に落ちるというのは、そういう事を意味しているのだ。
こんなになってしまったけれど。
リディーだって、この王都には心も砕いている。
シスターグレースのいる教会だって守りたい。
彼処が無ければ、リディーもスールももっと悲惨な事になっていたし。
多くの人が更に不幸になっていたはずだ。
だから、深淵を覗くのは。
限られた人数だけで良いのだ。
夕食を終える。
スールは黙々と、背中を向けてベッドに入った。お父さんは、地下で何か研究をするという。
まだ自分で描いた絵に、満足していないのかも知れない。まあお母さんの残留思念が中にいるというのなら、当たり前だろうか。
「ねえ、スーちゃん」
「何……」
「こっちに来て、どう思った?」
「ソフィーさんがああなのにも納得したよ。 生まれてからずっと、こんな声聞き続けていたんでしょ」
その通りだ。
ソフィーさんがおかしいのも、今なら色々と納得ができる。
勿論、ソフィーさんにだって情くらいはあるだろう。
エゴと情が、完全に切り離されていて。
エゴが完全に制御されているというだけだ。
「もう、戻れそうにないね……」
「うん……」
会話はそれで終わった。
きっと、取り返しがつかない。
地下でお父さんは、本当に研究をしているのだろうか。変わり果てた娘達の姿を見たくだけなのではなかろうか。
眠ろうと思うと。
すっと眠れるし。
起きようと思った時間に起きられる。
スールはいつもの奴を裏庭でやっているけれど。リディーから見ても、驚くほど洗練されていた。
Aランクのアトリエに昇格した分のお金を使って、コルネリア商会からハルモニウムのインゴットを引き取ってくる。
そして、鍛冶屋の親父さんの所へ持っていった。
後回しにしていた、リディーとスールの、最終武器のためである。
勿論、これは現時点で作れる最終武器、と言う意味である。
今後、どうせおぞましい時間。
これから世界そのものの詰みを打開するために、戦い続けなければならない。その第一歩として。
自分達用のハルモニウム装備を、作っておくのだ。
鍛冶屋の親父さんは、頷くと、すぐに作成に取りかかってくれる。
もうリディーやスールは採寸もいらない。
それだけつきあいが長いからだ。
成長もおかしくなっている。
そもそもあわないなら自分用に調整すれば良い。もうそれくらい出来る筈だ。
アトリエに戻る。
そろそろ、ハルモニウムで錬金釜を作る頃合いか。
イル師匠もフィリスさんも、勿論ソフィーさんも。ハルモニウムの錬金釜で調合をしていたし。
更に、もっと高度な錬金術をするためには、空気を排除した特別な空間で錬金術をする必要があるという。
見聞院で仕入れた情報だが。
今のうちから、もう視野に入れないといけないだろう。
スールと並んで、お薬と爆弾の補充をする。
疲労がある程度溜まった、というのが分かるので、スールと交代。スールはスールで、的確な素材を完璧なタイミングで渡してくる。
場所を交代しても同じ。
お父さんが黙々と一人で調合をしている隣で。リディーとスールも淡々と調合をこなしていく。
ギフテッドを得て、もうものの声が聞こえているのだ。
その上、何度も何度も作った道具。
今更、作り方なんて頭に徹底的に叩き込まれている。
出来上がる薬は、いずれも納品用。更に余っている素材を使って、プラティーンを作り。騎士団に納入する錬金術装備や発破も作る。戦闘用の爆弾やお薬も作る。
一日でそれらを終わらせると、後は不思議な絵の中で何をするか会議。
お父さんは、勿論加わってこず。
黙々と、調合を続けていた。
「絵の中、果樹園があったけれど、どうしようか。 邪魔だよね正直」
「貴重な素材が取れるから、残すには残そう」
「じゃあ、敵を誘導しないといけないね」
会話がおかしくなっている事も承知の上。
不思議な絵画の中とは言え、森を傷つけるなんて本来は言語道断。果樹園でも同じ事だ。
だが今は、二人とも理屈で全てを割切っている。
感情の排除に成功しているのだ。
一度だけ、お父さんが此方を見た。
もう、お父さんに。
リディーとスールを、深淵から引き戻す手段は無い。だけれど、未練は残るのだろう。
お父さんの事は好きだ。
だから、これ以上死に急ぐような真似だけは、して欲しく無かった。