暗黒錬金術師伝説8 暗黒!リディー&スールのアトリエ   作:dwwyakata@2024

157 / 200
1、星彩平原

アンパサンドさんが突貫し、突入してくる大型レンプライアの頭を、数度切りつけて、わかり安い程に速度を落として攻撃を誘う。

 

巨大な腕が振り回され。

 

その場に、竜巻のようにかまいたちの渦が発生するが。

 

残像を抉っただけ。

 

モロに隙を晒したレンプライアの脇腹に、ルーシャの砲撃が炸裂。更に、スールが跳躍しつつ、空中軌道で足場を確保。

 

メテオボールを叩き込んだ。

 

空気の壁を四枚ぶち抜いたメテオボールは。

 

ルーシャの砲撃を耐え抜いた大型レンプライアの脇腹を直撃、一瞬の拮抗の末に、シールドを貫いて爆散させる。

 

地平の彼方まで飛んで行ったメテオボールだが。

 

まもなく、ゆっくり柔らかくとんで戻り。スールの手の中に収まっていた。

 

「凄いの作ったな、スー」

 

「そうでしょマティアス。 竜核が入ってるから、実質ドラゴンの攻撃並みだよ」

 

「回収を忘れてはなりませんわ」

 

「俺は警戒に当たる」

 

ルーシャとフィンブルさんにそれぞれ戒められ。

 

皆動く。

 

アンパサンドさんも、無言で警戒しているなか。ルーシャと、黙々と働くオイフェさんと一緒に、今倒したレンプライア達の欠片と。大型の中から出てきた大量の宝石や武具、それに装飾品などを回収する。

 

なんで装飾品が出てくるのか、最初は分からなかったが。

 

怒濤のように押し寄せるレンプライアを蹴散らしながら進む内に、何となく分かり始めてきた。

 

果樹園を越えた辺りから、多分レンプライアの絶対数が落ち着いてきたのだろう。

 

中型から小型のレンプライアが、間断なくしかけては来るものの。

 

数も質も落ちてきたから、対処に余裕が出始めた。

 

不思議な絵画の中での戦闘は、基本的に即時撤退が出来ると言う強みがある。この不思議な絵画では、それを有効活用し。敵が波状攻撃を仕掛けてくるのを逆手にとって、此方も適時撤退しながら、カウンター代わりに波状攻撃を仕掛けていく。

 

敵の消耗の方が大きい以上。

 

進めば進むほど楽になるのは道理である。

 

そして敵が減るほどに、周囲が見えてきた。

 

あれは、庭園だろうか。

 

良く切りそろえた木が、植木のように迷路を作っている。勿論レンプライアや、不思議な絵画の世界で生きている獣がいるから、処理していかなければならないが。周囲を片付けると、次が来るまでの時間はだいぶ減るようになりはじめた。ハルモニウムの錬金術装備と武具で身を固めているのだ。

 

本来はこれくらい出来て当然なのだろうし。

 

そう思うと余裕もある。

 

彼方に見えるのは、屋敷だ。

 

一旦撤退して、休憩を挟んで再調査。

 

屋敷の中に入ると、小型のレンプライアがわんさか襲ってきたが。今までの不思議な絵画に出るレンプライアのと大して変わらない。多分、初手で一番強いのを全部ぶつけてきたのだろう。

 

もう残りカスだけ、と言う訳だ。

 

あまり時間を掛けずにレンプライアを片付け、欠片を回収すると。屋敷の中を、丁寧に調べる。

 

そして、結論が出た。

 

フィンブルさんがぼやく。

 

「嫌に綺麗に整っているな……以前豪商の屋敷を警備したことがあるが、其所並みだ」

 

「でしょうね」

 

「リディー、何か分かったのか」

 

「絵の外で話します」

 

頷くフィンブルさんと、外に出る。

 

中に金目のものは無かった。

 

丘に出る。

 

レンプライアの大きいのは、幸いと言うべきか、それとも当然と言うべきか、もう殆ど見かけない。

 

奥の方に一際大きいのがいるが。

 

あれは次の探索時に処理すれば良い。

 

スールが何かみつけたらしい。ハンドサインで、皆を呼んでいる。呼ばれるまま集まると、ああなるほどと思った。

 

大きな家だ。

 

さっきの屋敷とは比べものにならないほど。

 

ただし天井がない。

 

雨も降らない不思議な世界だ。ずっと夜が続いているのだろう。

 

壁にはよく分からない絵画。

 

壁際には高級そうな壺。

 

生活出来そうなテーブルと椅子。

 

チェストもあったけれど、開けてみても特に何も入っているような事は無かった。

 

戸棚があるので調べて見るが、内部には書類が入っているばかりだ。錬金術師が、それも不思議な絵画を手がけた錬金術師が描いたものらしく、高品質のゼッテルである。触るだけで、暖かい魔力が伝わってくる。

 

「何て書いてある?」

 

「……外で話します」

 

「ああ、分かった」

 

マティアスさんが、周囲の警戒に戻る。

 

時々小さいレンプライアがしかけてくるが、もう人数が集まる必要もない。大きいのが近付けば、リディーもスールも感知できるくらい腕を上げている。もう今更、驚く必要もない。

 

奥にいる大きいのは後回しと言う事で、さっきハンドサインで皆に意思疎通した。

 

一度引き上げる。

 

また借りている応接室に引き上げる。その途中、アルトさんと、プラフタさんとすれ違う。プラフタさんは、美しい衣装を着ていたが。それがヴェルベティス製である事は明らかだった。それに、拡張肉体も、前同様に展開出来るようだ。

 

一礼だけして、通り過ぎる。

 

お父さんの話を聞く限り、多分二人は、今お母さんの残留思念がいる絵。つまりお父さんの描いたあの天国のような絵を調査して、レンプライアを片付けてくれているのだろう。邪魔は出来ない。

 

お父さんの描いた絵に土足で踏み込まれる、というような不快感はない。

 

今まで、リディーとスールだって、他の人が魂を込めた絵に足を踏み入れているのだ。当然の話だろう。

 

応接室に集まると、軽く話をする。

 

「まずあの絵、星彩平原ですが、描いた人の美意識を詰め込んだ絵だと思います」

 

「美意識を詰め込んだ絵?」

 

マティアスさんが小首をかしげ。

 

フィンブルさんが説明を促す。

 

頷くと、順番に説明していく。

 

「好きなものだけがある世界、ということです。 美しい夜空、豊かな果樹園、素晴らしい庭園、それに外から見て素晴らしい屋敷と、暮らすのに最適な屋敷」

 

「ああ、それで屋敷が二つ……」

 

納得がいったようで、マティアスさんが手を打つ。

 

スールはずっと、闇そのものの目で、口を引き結んで黙って立っている。

 

何となく気持ちは分かる。

 

こんな自分にだけ都合が良い絵で、何が美しいだとでも言いたいのだろう。だけれど、今はそんな事を言っても仕方が無い。

 

持ち帰った素材を吟味。

 

宝石類はルーシャと分ける。レンプライアの欠片は、今までルーシャは此方に譲ってくれていたのだが。

 

自分でも研究すると言い出したので、最近は三割ほど譲渡している。その内、五割欲しいと言うかも知れない。その場合は譲るつもりだ。ルーシャに助けられた回数は、数え切れない程なのだから。

 

一つ、美しい何か糸玉のようなものがあった。

 

ルーシャが、触らないでと、警告を発する。

 

そして、いそいそと取りだした、魔法陣を描いた高品質のゼッテルで包む。

 

「黄金の絹糸ですわ」

 

「!」

 

ついに、来たか。

 

最高位の錬金術布の素材、黄金の絹糸。触るだけでスパスパと行くらしい、超繊維。確かにそのまま触るわけにはいかない。

 

これについては、コルネリア商会に登録。

 

それぞれの持ち金で増やす事で、話を決める。ただ、ルーシャから見て、そこまで良い品では無い様子だ。

 

後で吟味する必要があるかも知れない。もっと奥には、更に良い黄金の絹糸があるのかも知れないのだから。

 

「それで、さっき持ち帰っていたゼッテル、あれはなんだ」

 

「……恐らく、あの不思議な絵画を描いた錬金術師は、アダレットの王族に近い立場の人だったんだと思います」

 

「……」

 

「機密にどうぞ」

 

マティアスさんに手渡す。アンパサンドさんが覗いて。すぐに視線をそらした。

 

これは、マティアスさんから、直に報告した方が良いだろう。

 

最初の方だけ読んだが、其所から先は読まない方が良い。

 

そう判断したのだ。

 

しばし読み進めた後。マティアスさんは、大きな。本当に呆れかえった溜息をついた。そして、周囲を見回す。

 

「他言無用に頼めるか」

 

「分かりました」

 

「此処にいる面子は、拷問されても秘密は漏らさぬよ、殿下」

 

「ああ。 分かってるが、それだけちょっと面倒でな」

 

話によると、だ。

 

どうやらこの絵を描いたのは、三百年前ほどにアダレット王家に仕えていた錬金術師。ヴォルテール家ではなく、既に絶えた家だという。

 

アダレットに来てくれていたのに。

 

二百年前の、ネージュへの迫害の土台は、既に三百年前には整っていた、と言う事か。すこぶるどうしようもない。

 

迫害しつつも。都合良く錬金術の成果物だけは欲しい。

 

そんな理由で王家に出入りしていた錬金術師は、ある日嫌気が差して暇を乞い。以降は隠棲した。

 

相当な嫌がらせを受け。

 

当たり前のように暗殺者まで送り込まれたようだが。

 

その辺りは不思議な絵画を作る程の高位錬金術師。

 

悉く返り討ちにして、天寿を全うしたようである。

 

此処には、そんな王宮の腐りきった様子を見てきた錬金術師から見た、醜聞が描かれているという。

 

そうなると。

 

リディーが思うに、恐らくはその錬金術師は、読まれることまで計算に入れていたのではあるまいか。

 

不思議な絵画がどういうものか熟知していたのなら。

 

それはあっても不思議では無い。

 

例えば、歪んだ形であっても、フーコと火竜の世界では人間とドラゴンが共存を果たしていたし。

 

今では理想的な形で共存を果たせている。

 

ただし、それはあくまでドラゴン主導、更に言えば設計者である錬金術師の思惑の範囲内での話であって。人間が無作為に増えたりしたら、あっと言う間に共存は崩れるだろう。

 

願望が形になり。

 

それぞれの夢の世界を作り出せる此処でなら。

 

自分が見てきた汚いものが、後世に残せるかも知れない。

 

例え、自分が殺されたとしても。

 

そう不思議な絵の制作者は、考えたのかも知れなかった。

 

「ちょっとなあ。 口には出来ないような酷い醜聞が多すぎる。 これは、姉貴の元に持ち込む。 皆にくわしい内容は話していないって姉貴には説明するし、深淵の者にも報告しなければならないかも知れない。 それは覚悟しておいてくれ」

 

「では、此処で今回の探索は一度打ち切るのです。 丁度物資も減ってきていた所ですし、その黄金の絹糸というのも試してみたいでしょう?」

 

アンパサンドさんの言葉に頷く。

 

有り難い話だ。

 

次は一週間後、と話をした後、解散。

 

さて、どんなろくでもない事が書いてあったのか。冒頭部分だけしか読んでいないが、さぞや酷い内容なのだろう。

 

ルーシャと一緒に、コルネリア商会に出向く。

 

丁度、ドロッセルさんが来ていた。

 

「ああ、丁度良かった。 どうやら調査結果が出たみたいだね。 聞いていくといいよ」

 

調査結果。

 

ああ、そうか。コルネリアさんの故郷の話か。

 

頷くと、ドロッセルさんは言う。

 

「コルネリアちゃんの故郷だけどね、結論から言うともうないみたいだね。 アダレットの腐敗に嫌気が差して、逃げ出したホムの一族がいたらしくて。 彼らが獣が少ない谷間に作り出した、ホムだけの独自のコミュニティだったらしいんだ。 防衛のために、わずかな傭兵を雇ってはいたらしいんだけれど、二十何年か前に匪賊どもに見つかった」

 

コルネリアさんが俯く。

 

きっと辛いだろう。

 

だけれど、顔を上げた。

 

コルネリアさんは、知っておかなければならないことだからだ。

 

「まだ鏖殺も匪賊の間で噂になっていない様な時期だ。 この辺りにも大勢匪賊がいたからね。 コミュニティは襲われて、皆殺しの憂き目にあった、って話だよ。 ただ、わずかな生き残りがいるって話もある」

 

「……」

 

「その一人らしい人が、今外れの教会で、細々と暮らしてる。 会いに行くかい」

 

流石だ。

 

まさか、其所まで探り当ててくれたのか。

 

ドロッセルさんに頭を下げて、是非とコルネリアさんは言う。リディーも、スールと一緒に、立ち会うことにした。店の下働き達が、閉店の支度をしているのを横目に、ルーシャは眉をひそめた。

 

「どこからそんな情報を」

 

「傭兵達は独自の情報網を持っているんだよ。 まず第一に、そういう特殊なコミュニティがあったって話を聞きだした。 ラスティンでもコルネリアちゃんは探していたらしけれど、何しろ隠れ里に近かったらしいからな。 そりゃあ見つからないさ。 其所から順番に当たっていって、もう引退していて、実際に警備をした事がある経験を持っている傭兵を見つけた。 それで、協力して貰って、惨劇を生き延びた人を見つけたんだ」

 

歩きながら話す。

 

ルーシャは、青ざめているが。

 

リディーは特にもう何も感じない。スールもだった。

 

いつも商売のことしか殆ど口にしないコルネリアさんが、珍しく早足になっている。今では、コルネリアさんといえば、この王都の顔役だ。ドロッセルさんは戦略級傭兵としてならず者には怖れられているだろうし、それに最近名を上げている、「雷神殺し」のリディーとスール。それにヴォルテール家のお嬢さんまでいる。アホでない限り、ちょっかいを出そうという輩はいないだろう。ドラゴンに素手で喧嘩を売るようなものだ。

 

「もう少し詳しく聞かせて欲しいのです」

 

「……惨劇の夜。 わずかなホムを逃したその傭兵は、何とか必死に匪賊を食い止めていたが、それでも匪賊共はホムを大勢「収穫」し、満足して帰って行ったそうだ。 大勢助けられなかった。 その事に悲しんだ傭兵は、心を病んでしまった。 そして町外れで、狂人としての余生を送る事になった」

 

「悲しい話なのです」

 

「ああ、そうだね。 だけれど、傭兵をするってのはそういう事なんだ。 戦略級にでもならなければ、傭兵は十把一絡げの使い捨て。 騎士団でも損耗率が激しいって話があるけれど、私達はそんな次元じゃない。 うちの父さん母さんみたいに、年老いても生きている傭兵ってだけで凄いんだよ」

 

その、心を病んでしまった傭兵をどうにか探り当て。

 

フィリスさんから借りた道具で、記憶を再現。

 

その結果、離散したホム達の内、一部はアルファ商会の手の者によって、アダレットに残り。

 

他は彼方此方の教会に引き取られ。もしくは商人の見習いとなったのだという。ごく一部は、商人として逃げ延びることも出来たとか。

 

顔を上げるコルネリアさん。

 

その商人は、自分の家族だと。

 

旅先でまた匪賊に襲われた。その時離ればなれになった。母は襲撃を受けたときに殺された。父は匪賊から自力で逃げ出したようだが、その後の行方が分からない。もしも父が生きているなら。そのコミュニティに戻ったはずだと。記憶を失っているのなら、父の形見のオルゴールの記憶を聞かせれば、記憶が戻るかもしれないと。

 

そうか、それでは記憶が曖昧なのも当然か。

 

劫火の中で記憶は滅茶苦茶になっただろうし。何よりも、そもそも幼い頃の記憶だ。

 

ヒト族より遙かに記憶力が優れているホムだとしても。そんな状況で、記憶を保持できているとは思えない。旅先で襲われた事が上書きされて、住んでいた場所なんて、詳しくは覚えていないだろう。

 

「手酷く負傷したホムの一部は、教会にまだいるらしい。 離散したコミュニティの構成者も、ぽつぽつ集まっているそうだ。 今から向かうのは、そんなホムの一人がいる場所だ。 もしコミュニティの壊滅を知ったら、此方に来ている可能性がある。 あくまで可能性だけだよ。 期待はしすぎないでほしい」

 

どんどん下町に入っていく。

 

あまり好意的では無い視線も跳んでくるが。すぐに外される。こそこそ話しているつもりだろうが、丸聞こえだ。

 

「あいつ、大斧のドロッセルだぞ」

 

「ドラゴンの頭をかち割るって噂の彼奴か!? 大物錬金術師と知り合いも多いって話だぞ。 匪賊の大物でも辺りに逃げ込んだのかもしれないな」

 

「距離を取るぞ。 捕り物に巻き込まれちゃたまらん」

 

「旦那にも話してこい。 ともかく、刺激だけは絶対にするな」

 

苦笑い。

 

ドロッセルさんは相当に怖れられているらしい。まあそれはそうだろう。フィリスさんと旅をしていたようだし、実際本気を出せば邪神との戦いでもかなり良い線まで行っていた。

 

ティアナさんのような人間を止めているレベルの規格外とは流石に比べられないが。それでも相当な実力者だ。

 

理解出来る範囲の実力者なら。それは怖れられて当然である。

 

ほどなく、教会の前に出る。

 

コルネリアさんは、頷くと。懐から小箱を取り出す。それがオルゴールと呼ばれるものである事を、リディーは知っていた。

 

教会は寂しげだったが、中には誠実そうなヒト族の老神父がいて、祈りを捧げていた。貧しそうな人々が、身を寄せ合って暮らしているようだ。その中にはホムもいる。恐らく深淵の者が庇護しているのだろう。そうでなければ、こんな治安の悪い場所で、こんな弱々しい人達が、そこそこ幸福そうにはしていられない。

 

祈りが終わるのを待つ。

 

ホムの中に、目が完全に濁っていて。正気を保っていない人がいる。

 

顔には酷い火傷の跡があって。指も何本か欠損している。

 

そして、周囲の何も見えていないようだった。

 

コルネリアさんが箱を開く。

 

そうすると。美しい音楽が流れ出した。いや、これは本当に美しい音楽だ。ただのオルゴールだとは思えない。

 

神父が顔を上げ。周囲の貧しそうな人達も、此方を見る中。

 

目が濁って、正気も保てていないらしいホムは、ゆっくりと顔を上げる。見分けはヒト族にはつきづらいけれど。

 

窶れている事だけは良く分かった。

 

「……コルネリア?」

 

「お父さん?」

 

「……っ! コルネリア、逃げなさい! 匪賊が来ているのです! お母さんはもう……」

 

「大丈夫、お父さん。 自分は、もう匪賊なんか、瞬く間に蹴散らせるくらい……強くなったのです」

 

ぎゅっと衰えきった父を抱きしめるコルネリアさん。

 

ルーシャが口を押さえて、視線をそらす。涙を流しているのが分かった。

 

小さなコミュニティだったとは言え。

 

生きていたのは奇蹟だっただろう。

 

オルゴールが流れ続けている。美しい、本当に美しい音色だ。

 

「自分の名前で、今は商会を持っていて、アダレットを任されているのです」

 

「そうか、そうか……」

 

「帰るのですお父さん。 お母さんのお墓も、立ててあげるのです。 それに、匪賊共はもう殆どこの世にいないのです。 みんなみんな、掃除したのです」

 

「そうなのか……」

 

少しずつ、目に光が戻っていく。コルネリアさんは、ホムらしくもなく静かに涙を流しながら。

 

宿願を、目の前で果たしていた。

 

 

 

その後、コルネリアさんがお父さんを教会から引き取る。アダレットで使っている自宅があるらしいので、そこで一緒に暮らすそうだ。そして教会に、金貨でどっさり今までの礼金を置いていった。

 

有り難いと神父が受け取る。深淵の者の加護があるとはいえ、この貧しい教会だ。足りないものは多いだろう。リディーも頷くと、まだ残っていた薬を取りだして、渡しておく。使ってくれと。神父はリディーとスールの事を知っているらしく、何度も感謝した。

 

「雷神殺しの錬金術師から、神秘の薬をいただけるとは。 英雄の行く手に幸多からんことを」

 

涙を流す神父に、シスターグレースに教わった最敬礼を、スールと一緒に返す。

 

その後、ドロッセルさんの護衛付きで、コルネリア商会まで戻る。コルネリアさんのお父さんは、ヒト族っぽいしゃべり方が抜けなくなっているが。じきに戻っていくことだろう。

 

足腰がかなり弱っているようなので、錬金術の装備を貸す。獣の腕輪が良いだろう。すぐに効果が出て、コルネリアさんのお父さんは、歩くのが楽になったようだった。

 

「本当に助かったのです。 今後、多少割引させて貰うのです」

 

「それじゃあ、早速で悪いのだけれど、黄金の絹糸を登録させてくれる?」

 

ルーシャが何か言おうとしたが。

 

目を伏せて、それっきり口をつぐんだ。

 

もう、変わってしまったことに気付いているから。自分がどうしようも出来ない事を分かっているから、だろう。

 

コルネリアさんは頷く。

 

「黄金の絹糸は複製が難しいので、少しお高くつくのです。 お父さんが見つかったのですし、三割ほど引かせて貰うのですよ」

 

「ありがとう」

 

「でも今回だけです」

 

流石にしっかりしている。

 

コルネリアさんの家に到着。思ったより静かな家だ。お母さんの遺品は取ってあったらしく。幾つか、古くて、とても大事そうにされている品があった。これは手を合わせなければならない。そう思ったから、シスターグレースに教わったやり方で、最大限の敬意を注意深く払いながら、一緒に手を合わせる。

 

精神が人間ではなくなってしまっていても。

 

これくらいの事をする配慮は働く。

 

コルネリアさんは家ではかなりの数のお手伝いさんを雇っているらしく。彼らはコルネリアさんから、余り良くない境遇から助けて貰ったという点で共通しているようだ。コルネリアさんのお父さんが見つかったのだと聞いて、もの凄く喜んでいた。色々な種族が雑多に混ざっているが、泣いている者もいる。

 

店ではとても厳しい顔を見せるコルネリアさんだが。

 

或いは苦労を知っているからか、家庭では別の顔を持っているのだろう。

 

すぐに看護の準備を始める彼らを横目に、コルネリアさんがいう。やるべき事は、先に済ませるという表情だ。

 

「まず此方、ドロッセルさんにお礼のお金なのです」

 

「ありがとう」

 

ドロッセルさんに、直接の報酬を渡すコルネリアさん。まあ、殆どはドロッセルさんが見つけてくれたのだから当然だ。そもそも、傭兵のネットワークを辿って、此処までの事が出来るのはこの人くらいだっただろう。

 

続いて、コルネリアさんが咳払い。

 

「これから、リディーさんとスールさんにはお父さんの看護用の医薬品をお願いするのです。 黄金の絹糸の複製費用の割引は、その代わりなのです」

 

「合点」

 

「分かりました」

 

そして、コルネリアさんは、ルーシャにも頼み事をする。

 

「お父さんの体は弱り切っているのです。 出来るだけ、体が弱ったホムの看護を出来る人員がもう一人二人欲しいのです。 ヴォルテール家の人脈でどうにか」

 

「分かりましたわ。 すぐに手配します」

 

「ならば、その分で割引を立て替えさせていただくのです」

 

とにかくしっかりしているなと、リディーは感心した。

 

後は契約書を書いて、それぞれが押印。ドロッセルさんにとっては、大したお金でもないのだろう。比較的無造作に懐にしまい込んでいた。

 

最後に、ルーシャが良かったですわね、と声を掛けると。

 

コルネリアさんは少し黙った。

 

何か問題でもあったかと思ったが。

 

コルネリアさんは、考え込んだ後に言う。

 

「自分が知っている錬金術師は、どうしてもある程度以上の力を身につけると、心の方が壊れてしまうのです。 最初から壊れている例外もいましたが。 後天的に壊れて行く人も多かったのです」

 

ああ、自分達のことだなと、リディーは思ったが。

 

何も言わない。

 

ドロッセルさんも、此方を一瞥した。

 

むしろ興味深そうに、コルネリアさんはルーシャを見る。

 

ひくりと、笑顔を引きつらせるルーシャ。

 

「むしろ、特別なのはルーシャさん。 貴方なのかも知れませんよ」

 

「わ、わたくしは……」

 

「自覚がないのなら別にかまわないのです。 ただ……いや、止めておくのですよ」

 

後は、軽く話をして、その場を離れる。

 

ルーシャは考え込んでいた。

 

アトリエの前で解散するまで。

 

ずっと、考え続けていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。